第十五話 タイラルマウンテンの秘密
七志とジャックも共に無事帰還。ライアスの予想さえ超えて、難なくクエストは終了した。ここは拠点の宿。
「正直、もう少しばかり苦心するかと思うておったぞ。最後のあの武器はすごい威力じゃな、七志。」
珍しく師匠に手放しで褒められた。照れ笑いの七志だ。
正直、あの円盤の仕組みなどは何も考えていなかった。イメージはゲームで見たものだ。ゲームと見た目は同じ演出効果が出たが、実際、ゲーム画面は色々無茶なものなんだろう、実現させれば凶悪極まりなかったというだけ。
ほかほかの焼きガニを前にまだ食べたそうな連中をけん制して、七志は言った。
「駄目ですよ、これ以上は絶対に! 魔法磁場の影響で何が起きるか解からないって聞いてたのに、先生まで一緒になって、なにやってんですか! これはこのまま信頼できる魔導師に預けて、調べてもらいますからね!」
「ケチくさい奴じゃのー、多少食べたくらいでどうってことないわい。ここのカエルを食っとったんだろうが、街の者は。何もありゃせんよ。疑い深いのー。」
「何と言おうがダメなもんはダメです!」
影響云々以前に、示しが付かないではないか。いつの間にか七志は軍隊式の考えに毒されている。騎士たちと精霊界で絆を固めすぎた影響だろう。
「けどボイルタラバかー。生と違って、高値じゃ引き取ってくれないだろうなぁ~。」
残念そうな顔で、リリィがまた皆のタヌキ算を煽り立てる。
「あら、これほどの大きさのカニはまず居ませんわ。酔狂なお金持ちは大喜びですわよ。」
「バラ売りって手もあるぜ、リリィ。」
どこぞの富豪が丸ごとで買ってくれるとシェリーヌが言えば、いやいや市場へ持ち込んで爪の一本くらいは貰っとくべきだ、とジャックの意見。
「陛下が買い上げてくださいますよー。これ、きっと表沙汰にしたくないヤツだから!」
もし出禁と解かっても大丈夫ですね、とジェシカが締め括りにそう言った。皆が食べたのだから、有毒ということはあるまいが、なんらかの事情で出荷停止を言い渡される可能性は残っている。主に国政の都合で。
この街での拠点にしていた宿の主が、そこへ来客の知らせを告げに来た。
「お客さんたちに会いたいそうですよ。……例のエルフ達だが、あなた方に折り入って相談があるそうです。」
首を回した亭主の視線の先に、見目麗しい集団が佇んでいる。その中に、以前に見た覚えのある黒いフードの男を見つけた七志が、怪訝に眉を潜めた。その男の声に聴き覚えがある。
「七志! 噂の来訪者というから飛んできたんだ、やっぱり君か!」
「ぎゃーーー!!」
悲鳴に驚いて振り向けば、妖精のパールがキッカのスカートの中へ逃げ込もうとして拒否されている姿が。
「ちょ、駄目だって! スカートの中なんてダメっ!」
「隠して隠して隠して! なんでアイツがこんなトコに居んのよー!」
ちょっとした騒動になっている。
「なにやってんだ……、」
「いやー、久しぶり。ずっと待ってたのに、ぜんぜん研究室の方へは来てくれないんだから……、」
話の通じなさそうな前振りで、その男、リーフラインがにこやかに近付いてきた。妖精パールにとっては、深い因縁のある魔導師だ。
「僕は依頼を受けてここに来たんだ、わざわざ君を追っていたわけじゃないから安心してくれたまえ。」
胡散臭さ倍増の笑顔でリーフラインは七志に言った。
「いや、君が死んだと聞いた時は複雑な心境だったよ。ああ、これで望みは潰えたか、とね。」
この男が自分を解剖したいと願っているのはよく知っている。七志は無言のまま、鼻白んだ顔で聞いている。
「ほら、来訪者は生きていようが死んでしまおうが、いきなり消えてしまうだろう? あんな山の中じゃ、探すのも大変だし、見つける前に消えてしまう換算の方が高かったからね。諦めていたんだ。」
良かったよ、無事に生きて戻ってくれて。素直に喜べない賛辞を述べて、リーフラインは片手を差し出した。
はたき落してやりたい衝動に耐えて七志もその手を取る。
「討伐したタラバの分析を引き受けたんだ。サンプルはアレだね?
2~3日もあれば解析は済むけど、その後の始末は王国政府に委ねられる。君たちには国王陛下より金一封が下賜されるはずだ。ま、早い話がお買い上げってやつだね。」
リーフラインの言葉に七志は承知の意味を持って頷いた。ジェシカのいう通り、表沙汰にはしたくないという事だったようだ。報酬に、口封じの意味合いも兼ねて、かなりの金額が支払われるのだろう。
七志の反論がない。用意していた続きの説明が不要となって、リーフラインは苦笑いを浮かべた。
「君たちは本当に話が速くて助かるよ。では、陛下からの依頼に入らせてもらうよ、内密でのね。」
「彼らはいいんですか? え、もしかして……、」
内密というからには他者に聞かれては不味い話のはずだ。だが、エルフたちに遠慮する素振りはない。彼らエルフの一団も、もしかしたらグル。そこまで言いかけ、グルという言い方は不味いかと、七志は言葉を濁した。
「陛下からというより、正確には彼らからの依頼だ。」
リーフラインが一歩下がると、彼らの中からリーダーと思しき男性のエルフが一歩、前へ歩み出た。
新しいクエストの予感。エルフは静かに言葉を紡いだ。
「君たちに協力を願いたい。タイラルマウンテンの秘密を、君たちにだけ、教えよう。」
◆◆◆
世間では、たった一人の男が起こした愚挙が、この山を魔物の巣窟とし、周囲の広大な土地を不毛としたと、そう信じられていた。この国の王でさえ、その噂に付け足された真実の断片の一かけらしか知らない。
七志たちが重大なこの国の秘密に触れていた、その数刻前。王宮では密議が行われていた。
「七志があの地へ向かったというのか?」
忙しさにかまけて、報告処理を怠っていたツケが回ってきた。朝のうちに上げられていた情報は、夕刻過ぎになってようやく、国王アレイスタの耳へと届く。
驚きと、少々の当惑がある。いずれあの地へ向かう事は予測済み、けれどこんなに早いとは考えてもみなかった。誰かの差し金かと訝り、真っ先に浮かんだのは火の山に住まう魔女の存在だった。
「魔女は、あれからすぐ隣国へ攻め入ったと聞くが……なにか妙な動きはなかったか?」
「いいえ、陛下。いつもの如く王城へ迫るも戦力が及ばず、引き揚げております。奴等はどうやら夜間には陣地へ戻るべき事情を抱えていると見え、毎度のごとく王城へ迫っているものの、時間切れの様相で引き揚げるのです。」
魔女。それが今、七志の傍にいる娘キッカである事を、まだ彼らは知らなかった。
「これから言う者たちを集めよ。今夜、懇親の為の晩餐会を開く。」
「はい、賜りました。」
深く一礼し、テュースは何も聞くことなく、告げられた連名を脳裏に留めるとその場を辞した。懇親の、というからにはそこに集まるのは国王アレイスタの腹心中の腹心たちだ。何か、重大な発表がある。
傍らに参謀長のテュースを控えさせて、国王は数名の腹心たちと食事の卓を囲んでいた。決して豪華とは言えぬその食事内容だが、容量だけは凄まじい。腹心たちも皆、名だたる名門の騎士たち。その食欲は戦闘力に比例する。七志あたりが見れば、燃費の悪い大型車を連想することだろう。テュースが見てすら、気持ちが悪くなるほどの大食漢揃いだ。凄まじい量の食物が、凄まじい勢いで彼らの胃の中へと収められていく。
「で? 七志をあの地へ向かわせた者は誰なのだ、調べは付いているのだろう?」
「かつてこの国に現れた来訪者の血脈にあたる娘です。その者はまた、神々の伝承にも深く関わっているようで、魔導師リーフラインとも繋がりのある女の子供と聞いております。しかし、あの地へ出向いたこと自体は単なる偶然と見るほうが良いかと存じ上げます。」
テュースの口からすらすらと読み出される情報を聞いて、肉をほおばりながらでアレイスタは、ふむ、と頷いた。伝承の研究は民間と国の機関の二つのグループがそれぞれで追っている。神の力が強く作用するのか、いくら派手に動こうともその話題は人の口にのぼらない、不思議な現象が起きていた。自身も、伝承のことはあまり知らないのが実情だ。神の影を色濃く映すあの七志に果たして偶然などあるものか、思いはするが口にはせず。
「リーフラインは伝承に深い興味を示すのだったな。珍しいことだと聞いたが、来訪者に興味を抱く者は多くとも、伝承との関連にまで興味の矛先を向ける者は少ないということか?」
「はい。彼は恐らく、先の来訪者の影響を受けているために、興味が薄まらないのだと考えられます。」
深い交流があったようだと、テュースはアレイスタに報告し、むしろ興味による研究ではなく、責任において、消えてしまった来訪者に対しての義理立てで研究を続けているようだ、と告げた。
「奴の功績は大きい。あの地に発生した奇病についても、多くの研究成果を上げている。七志には魔導回路そのものが存在しないという話だったが、今はどうなのだ? あの地に長く留まって、影響はないのか?」
「奇病を患うのはエルフ族と魔導師の資質を持つごく一部の人間族のみです。目に見えぬ影響のほどは測りかねますが、彼は特別製ゆえに大丈夫でしょう。かの地へ向かった者の中に、危険と見られる者は、最近仲間に入ったというあの娘くらいでしょう。……キッカ、と申しましたか。」
もし罹患するようならば処置せねばならないと、冷徹な参謀長は性質通りの無表情な顔で付け足した。
実際のところ、あの山にエルフが住めなくなった理由は、かつての富豪のせいだけではなかった。ロバート・タイラルという当代随一の大富豪が手に入れたエルフの少女は、ある特殊な病気に罹っていたと考えられている。
この近辺では見ない病、象皮病という伝染病はエルフたちがもっとも恐れる病だと知らされた。その名の通り、彼らエルフの透き通るような美しい肌が、象のそれのように変化し、膨れ上がり、やがては満足に身動きも取れなくなるという奇病。その罹患者を、大富豪は知らずにこの地へ連れてきてしまったのだ。
テュースは立場上で多くの情報を得ることが叶う。彼が元から知っていた情報で判断していた噂の真相は、そういったところだった。象皮病を恐れてエルフはかの地を去ったもの、と。
「テュースよ。お前は知らぬだろうが、重大な事実を我が王家は民衆にすら隠したままでいる。それを今、教えておこう。」
あの来訪者が動き出したということは、何がしかの神の意志が動き出したということだ、とアレイスタは盃を飲み干し、その場に居並ぶ腹心中の腹心たちへと、彼の山の秘密を暴露した。
「この先、何が起きるか解からぬ展開ゆえな。」
大富豪とエルフの奴隷、その真実の物語は断片となってしまっていた。
「タイラルという男が、何を考えてエルフの奴隷など買い求めたものか、今となっては誰にも解からぬ話だ。我が最初に聞いた話では性奴隷として取り寄せたという説であったが、後に文献をかの魔導師が見つけ出し、報告を受けた時にはそのような記述はなかった事を知らされた。およそ他の商人が時折捻じ込んでくるような、商人同士のたらい回しの末というところだろう。病の事も知った上で、内々に始末するつもりで地下へ繋いだのではないかと、我は見ている。
巷で囁かれる噂は、年々悪化するかの土地の状況に対し、愚挙を起こした富豪へと民衆の恨みが募った結果であろう。だが、最大の原因を連れてきたのは間違いなくタイラルなのだ。」
タイラルマウンテンに関わる秘密、ゴブリン山の逸話はとにかく有名で、このテュースも祖国エフロードヴァルツに居た頃から知っていた。が、その内容は今、アレイスタの口から語られている言葉とは大きく異なっている。
文献があったことなど初めて聞かされた。
「地下に繋がれた病のエルフ……、それが、現状のあの山とどう関係すると仰るのですか?」
「通常の象皮病とは違う特異型に変化してしまったのだ。あの辺りが、魔力元素の乱れが激しい土地ということはお前も承知しているだろう。おかしな具合に変化して、不死身の怪物を生み出してしまったのだ。」
タイラルは国王によって処刑されたのではない、自身の造り出してしまったその怪物に殺された、とアレイスタは言った。ごくりと喉を鳴らし、この男には珍しく、テュースは言葉を言いあぐねていた。
「その、エルフの少女が変化したという、その怪物は、今は……?」
ようやくに告げた言葉の返答を待つ。
「まだあの地に幽閉されている。」
厳重な警戒と、封鎖、そして時折訪れるエルフの一団はそういう理由だったのかと、国の重鎮であるはずのテュースでさえ、この時初めて真相を聞かされた。
「だからあの一帯にはエルフが住めなくなったのだ。象皮病を患うエルフが過去に出なかったわけではないだろうが、それでもどういうわけか、かの地を引き払ってしまった。」
その辺りの事情は彼らからも聞かされていないと、アレイスタは断絶したと思われていたエルフ族との交流が今も続いていることを匂わせた。
「あの土地に根付くゴブリンが関係するらしいとは聞かされているが、奴等はそれ以上を言いたがらんのだ。」
「左様ですか。その件に関してはわたくしの方でも調べてみましょう。エルフどもは秘密の多い種族です、容易く教えることはないでしょうから。」
そうなれば、気掛かりなのは現状あの山に移住を果たしたオークたちだ、と話題が移る。
「リーフラインの報告によるならば、オークたちの体細胞組織を解析した限りでは、罹患の可能性は低いということだったが……。しばらくは様子見だ、合わぬようなら始末を考えねばならぬ。」
「彼らが居ついてくれたならば、こちらは好都合なのですが。ゴブリンどもさえ封じ込められれば、後方の憂いを絶ち、エフロードヴァルツとの決戦にも優位となれるでしょうから。」
「お前たちは良いのか? 親しんだ祖国であろう?」
「構いません。」
いっそ、綺麗になくなってくれた方がせいせいする、とでも言いたげな腹心に、アレイスタは凶悪な笑みを浮かべてみせた。
ゴブリン山が封じられた暁には、雌雄を決する。七志には語られなかった騎士たちの念願だ。