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ゼウス・エクス・マキナ~神の仕組んだ英雄譚~ 【企画競作スレ】  作者: まめ太
第三章 ――か、こんな所に隠れていたとは
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第十四話 ゴブリンが追われる

 賭けは『吉』。

 不穏な空気は一変して、悲鳴混じりの喧騒に変わった。

 さらにもう一発、とルルムが吼える。シェリーヌは繋がる洞窟の奥に向けて、霧のようなものを送り込み始める。幻影の魔法だ。土砂崩れの幻を見せる。洞窟内のパニックは、繋がる部分を伝い、この地帯全域へと広がっていった。

「潮時じゃ、引き揚げよ。キッカ、最適な道を案内してやってくれ。」

「はい、」

 あとは、ゴブリンたちが慌てふためき、外へ飛び出すのを待つばかりだった。もし、七志とかち合ったとしても、まったくの無害、無力だろう。少なくとも邪魔はされずに済む。彼らにしてみれば、いい迷惑、踏んだり蹴ったりというところだろうが。


『七志、そこで待機して。ちょっと予定変更なの、刺激しないで。』

「了解、……大丈夫なのか?」

『たぶんね。』

 短く答え、キッカの連絡は途絶えた。こちらは七志サイドの洞窟。七志とジャックの二人はその場を動かず、カニが停止するのを待つ。二人が動かないことで、追われることがなくなったと思ったカニは動作をゆっくりに、やがてその場を動かなくなった。洞窟内に響いていた何とも言えない掘削音が止む。

「止まった、カニが移動を止めた。……何をしてるんだろうな。」

「さあな。恐らくは、落とされた腕の修復だろうが、なんせバケモノのする事だからどの程度復元してくるか、解からないな。」

 魔法生物と通常の生物との大きな違いだ。魔法で作られた疑似生命は、常識の枠に収まらない生態を持つ。

 七志は固唾を呑んで見守っていた。思い付きで映し出したモニター画面、ゴブリンの繁殖地の様子を解析映像で映したのだが、洞窟の形に沿って真っ赤に色付いている。どれだけのゴブリンが充満しているのか、見当も付かなかった。下手に動けば何が起きるかも解からない、ただ師匠ライアスの指示を待つばかりだ。出来ることといえば、ひたすら神に祈ること。


 カニを示す点滅が停止したことを確認すると、即座に画面は女子4人のパーティを映し出した。

 こちらはキッカ、麻衣菜サイド。映しているのはリリィたち4人が向かったゴブリンの洞窟だ。とりあえず、カニの乱入はこれで阻止された。逃げるゴブリンに追い打ちを掛けることは避けたい。大混乱で方向性を失ったゴブリンたちが滅茶苦茶に走り回ることになれば、4人の逃げ場も失われる。

 現状の洞窟内は、出口を求めるゴブリンたちの大移動が始まっており、それでなくても非常に危険な状態となっていた。ほんの僅かな切っ掛けで、彼らは方向性を見失うだろう。普段おっとりなキッカの声も鋭さを増した。

「リリィ、その先5m地点まで全力疾走で! 右に窪地があるから、飛び込んで!」

 もう彼女たちには返事を返すだけの余裕もない、後方からは怒涛のような勢いで足音が迫っている。

 パニックに陥ったゴブリンたちは群れを成し、洞窟内を縦横に走り回って出口へと殺到している。そのうちの一団が、彼女らの居る洞窟にまで移動してきていた。一同が侵入してきた出入り口へと向かっているのだ。


 間一髪、4人は間に合った。窪地の壁へ貼り付くように身を潜めた彼女等の横を、緑色の雪崩が通り過ぎる。

『もう少しそこに居てください、まだ来ます。』

「……りょーかいぃ、はー、寿命が縮むわぁ、」

 ルルムに抱き付かれた姿勢で岩壁に貼り付いて、リリィは大きく安堵の息を吐き出した。キッカの声が続く。

『じっとして。大群が通り過ぎます、3、2、1、』

 ごーっ、と濁流のような音の塊が通り過ぎた。風圧で髪がなびく。ほぅ、と息を吐くキッカの声が漏れ聞こえた。

『……しばらくは安全です、あ、ライアスさんからの指示を伝えます。カボチャー、聞こえるー?』

「わたくしはジャック・オ・ルァンターンですと!」

 以前は確かにジャックと呼ばれていたはずのカボチャが怒声を上げて抗議した。ついに麻衣菜までが忌々しいあの通り名で呼び始めたからだ。

「なんでもいいじゃん。なにー? キッカー?」

 ジェシカが代わりに返答した。

『あ、カボチャに指令をお願いします。来た道の洞窟を爆破して塞いで、皆さんは引き返してください。』

「だってさ、」

 伝えるより先にカボチャはすーっと移動して、細長い筒状のものを天井の岩場に引っかける。以前、七志に要請された時には出せないと言っていたダイナマイトにフォルムがそっくりだ。その動作はどこかぞんざいに見える。気を効かせた虎目水晶のお蔭で画面には映っていないのだが、キッカ側では、もし見咎められたなら、かなり不味いと思われる人物が興味深げに見守っていた。カボチャは半分ヤケなのだろう、気にしていないようだ。あるいは虎目水晶の方で誤魔化すものと踏んでいるのか。

 ふよふよと洞窟の天井付近を漂っていたカボチャがようやく皆に振り返る。

「皆様、危のう御座いますので下がっていてくださいませ。」

 そして自身の背後に隠れた導火線に火を点けた。


 その後、ふたたび七志サイドに連絡が来たのはかなりの時間が経過してからだ。まんじりともしない心境だった為に長く感じただけで、実際にはさほどの時間も要してはいないのだが。

『七志、お待たせ。』

「キッカ、皆は無事戻ったか?」

『まだよ。けど、安全は確保してるから心配しないで。』

 そうか、と七志が答えたところで、横合いからジャックが割り込んだ。

「キッカ、こっちもカニ爪を確保してる、すぐ送るから早いトコで凍結処理しといてくれや。」

「ジャック!」

 拾ってくるな、と言っておいたはずがちゃっかりと持ち帰っていて、七志は怒るより呆れた。

「危険かもしれない、だろ? 解かってるって。けどあのまま放置して、間違ってゴブリンの口に入ったらどーするよ?」

 だから確保したんだよ、と憎らしい口が得意げにそう言ってにんまりと笑った。


「ほほっ、カニ爪か、良いの。」

『先生!? 魔導師協会とかに調べて貰わないとダメですよ!?』

「小煩いヤツじゃのー、小姑のようなことを言っとったら、嫌われるぞ。」

 ぎゃいのぎゃいのと煩い七志の声を遮るように耳を塞ぐと、キッカに目で合図を送り、ライアスはその場を離れた。

「七志、ライアスさんはもう居ないわよ。」

 なんだってー!? だか何だかと、七志のわめく声がしばらく続く。笑えるだけの余裕が戻っていた。


     ◆◆◆


「ただいまー、酷い目に遭ったわ、もうっ、」

 衣装に付いた砂ぼこりを手で払い落しながら、リリィが言った。

 なんとか四人揃って陣地へ戻ってきたところだ。

「おもしろかったー!」

 遊びか散歩程度に考えているのだろう、獣人の子供にはちょうどいいくらいのスリルだったようだ。

「と、ところでルルムちゃん、その首輪なんだけどー。」

 猫なで声でリリィが迫ると、猫耳少女はさっとジェシカの背後へ隠れて叫ぶ。「いやっ!」

 商人に預かった日から、ずっと少女の首にかかる首輪を取り外そうと四苦八苦している。なにせ取り付ける時に苦労した跡もありありで、赤い革製の首輪は可愛いビーズに飾られたネックレスとしか見えないものだ、今ではルルムのお気に入りだった。何度となく繰り返す押し問答の末に、言葉は通じなくても、リリィが何を望んでいるかだけは伝わったらしい。

「ルルムが貰ったんだから、もうルルムのだもん!」

「だから、それは不味いんだって~、」

 お願いルルムちゃん、返してー。泣きが入っても頑として獣人少女は聞き入れず、リリィは途方に暮れる。どれだけ可愛くデコレーションされていようが、首輪は首輪、見る者が見れば一目瞭然だ。これが他の獣人の目に触れでもしたらと思うと、ぞっとしない。

 そこで、機転を利かせたキッカが、横から声をかけた。

「ルルムちゃん、ルルムちゃん。だったら、これと交換は駄目?」

 できるだけにこやかに。ぴらり、と両手で広げて見せたもの。

 二重巻きに見えるチョーカータイプの細い皮ひもは、後ろに留め金が付いているものだ。首輪でないことはすぐ解かる。そして彼女の首に付いている首輪よりもだんぜん可愛いデザインの、リボンの造形をした金のペンダントトップが揺れている。猫耳がぴょこんと跳ねた。ジェシカがキッカの言葉を通訳する。

「これと、交換してほしいって。どう?」

「するっ、」

 瞳を輝かせて、獣人少女は頷いた。


『おーい、そろそろ突入しても構いませんかーだぞ?』

 脇で盛り上がっている時に、虎目水晶の口が通信を寄越す。ジャックの声だ。

「あ、ごめんなさい、えっと、ライアスさんに指示を仰ぎますので、ちょっと待ってください。」

 慌ててキッカが返信し、続けてライアスの姿を探す。生カニをショーユで堪能しているところを見咎める。

「ライアスさんっ! 七志があれほど忠告してたのにー!」

「充分長生きしたでな、いつ死んでもいいんじゃよ。」

 返事になっていない。ずるーい、などと声を上げつつ他のメンバーも我先に加わっていく。

「七志にな、早く仕留めて帰らんと全部食ってしまうぞ、と伝えてくれ。」

「もー……、」

「なに、さっきの戦闘を見る限り、七志のやつはまだまだ余裕。軽く片付くじゃろ。」

 指示なんぞないと伝えてくれ、ライアスの言葉にキッカはため息で考える。そのまんまなんて伝えられない、七志には適当に言っておこう、と。


『七志、聞こえる?』

「うん、全部聞こえてた。」

 怒ることなど通り越して、一周回って平静な七志の声だ。通信の向こうで逆にキッカが慌てる気配。通信を切っていなかったことに今頃で気付いたのだろう。

『ご、ごめん、七志。えーと、現場の判断でヨロシク、とのことデス。』

 漫才のようなユルい指示にうんうんと一人頷き。「了解、テキトーにやりますと伝えてくれ。」司令官はアテにならない事が判明した。こんな事ならジャックと相談して勝手にやればよかった、と思う七志だ。

 通信に師匠の声が遠く、届く。

『カニはちゃんと持って帰るんじゃぞー、』

 脱力。


「キッカ、ゴブリンの方はどうなってる?」

『繁殖地のほぼ全域、もぬけの殻って状態よ。邪魔はないから、存分に戦えるよ、七志。』

「そうか、良かった。洞窟内の状況を見てさ、ヒヤヒヤしたよ。あの時のカニにしても、巧く止まってくれたから良かったけど……、もしそのまま突っ込んでたら、俺一人で相手をしなきゃいけないところだったよ。」

 軽口で七志が笑う。カニがそのまま進んで行った場合の作戦を二人は立てていたが、これが酷かった。ゴブリンが大混乱で走り回っている中では互いのフォローもままならないに違いなく、その時は、ジャックはいっそ引き揚げようという手筈になっていたからだ。

「そうなったら手当たり次第にミサイルぶっ放して、もろとも生き埋めにでもしてやろうかとさ、」

『ひどいよ、それ。』

 通信の向こうでキッカが笑った。

 しばし、好きな女の子と会話を楽しみつつ、もしかしたらと思いついた作戦を実行する為の準備に勤しんでいる。

 魔法生物は眠らないというから、睡眠弾の類は難しい。だが、罠ならば効きそうだった。ジャックの持つ魔剣イフリートの炎で、切断面が焼けていたと聞いた時から、七志はこれを考えている。

 火が通用するなら、電気も通じるだろう、ならば高圧電流で焼きガニだ。たぶん、師匠は怒るだろうが。


「じゃあ、そろそろ行くか、ジャック。」

「おし、さっさと片付けてお相伴に預かるとしようぜ。」

 だから食うなってのに、と内心だけでツッコミ。ジャックはくるりと剣を逆さに地面へ突き立て、影へと吸い込まれた。七志と後に合流するために待機したのだ。

 確認して、七志は機体のホバー機構を開く。ふわりと足元が浮き上がるが、ジャイロ機構でバランスは崩れない。浮遊感に慣れるのはじきだ。次いで出力全開、カニに向かって突撃した。

『七志、向こう、気付いて移動開始。ものすごい勢いで逃げてくよ。』

「じゃ、こっちも本気で追いかけるとするよ。」

 そこらじゅうに穴を開けられても困る、七志はスピードを上げ、操縦を半リモートにして手足を出来るだけ縮める。機体をコンパクトにすることで、壁などに当たってスピードダウンすることを防ぐ。掘り進めながらのカニと、まっすぐ突っ込んでいくだけの七志、どちらが早いかは火を見るより明らかだ。

 ことのついで、とばかりに後方へ向けてミサイル群を撃ち放ち、カニが繋いだ坑道との通路を塞ぎながら進む。


 ミサイルの爆裂で洞窟が揺れる。地震のようなもので、あちこちが崩落する。目前の天井が崩れ、岩盤が落ちてくるのが見えた。さらにスピードアップ、岩の下をすり抜ける。

『無茶しないで、七志。カボチャを向かわせたから、坑道の始末は気にしないで。』

「ありがとう、助かる。」

『そろそろ見えてくるよ、気をつけてね。』

 通信が途絶えた。同時に、洞窟の半径が広がる。かなり広い空洞へ出たようだ。

 カニが威嚇の構えでこちらを向いている。その腕は落とされる前とまるで変っていない。

「七志、どうせ何か考えてんだろ? 足を斬り飛ばすから、巧くやれよ。」

 七志の機体の影から、すぅ、とジャックの姿が現れた。

「任せてくれ。」

 後で文句言うなよ、と心の中で舌を出して、七志が動く。ジャックも別の方向へ走る。カニは七志を目標に定めた。


 突っ込んでくるカニを正面で器用に躱す。振り上げる動作のうちに方向転換、鋏が落ちてくる時には前転でその横へ逃れている。ゲームでもよくこの手のタイプのモンスターの相手をした。上から下への単純攻撃なら、横へ躱せる。数々のゲームとは違い、こっちのカニは動きが速い。もたもたと七志の方へ向き直るのかと思いきや、捻るように即座に方向転換、視界にターゲットである七志を収めに来る。再び鋏が振り上げられた。同じ動作で逃れる。

 アルケニーより手強いと見たのは間違いだった、と七志も気付く。アルケニーほどの知恵はないのだ。動作は単純で、何度失敗しても繰り返しをやめない。やりやすい相手だった。

 ジャックが忍び寄った。知能の差、カニは気付くことさえない。脚を盛大に切り払われて、もんどりうって倒れる。

「ナイス、ジャック!」

「後は任せたぜ、」

 するりと剣を引き、素早く距離を取って待機に入る。七志が何をするかは解からない、安全圏へ退避した。

 背中のハッチバックが開く。七志は背をのけぞらせ、両手で引き出す仕草。ずるりと音がしそうな動作で、七志の機体が両手で白い円盤を引っ張り出した。見守るジャックは首を傾げている。

「よいしょぉ、」

 特大サイズの地雷といったフォルムだが、七志のイメージするものは爆発はしないのだ。

 どん、置くと同時に飛び退いた。

 盛大にスパークが散る。ゲーム画面と奇しくも同じに見えるが、実際は気絶程度の可愛いものではない。即死レベルの高圧電流で、周囲に焼けた臭いが漂った。

 ばんっ、と音がした。ショート音にしてもやたらとデカい音だ。火花を散らし、放電線を周囲に撒き散らした物騒な円盤がそれきり沈黙した。カニは白い煙を幾筋も立ち上らせ、茹で上がった色に変色し、もう動かない。

「……やりやがった、」

 生カニを食べ損ねたジャックが、手の平で額を打った。

「さっ、帰ろうか、ジャック。」

 してやったり、と七志がさわやかに言ってのけた。


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