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ゼウス・エクス・マキナ~神の仕組んだ英雄譚~ 【企画競作スレ】  作者: まめ太
第三章 ――か、こんな所に隠れていたとは
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第九話 そしてクエストが山積みに。

 役者が揃った、と表現したのは師匠のライアスだったか、ジャックの方だったか。奴隷商人から譲り受けた品のうち、すぐ使いそうなもの以外をあらかた処分してから、キッカとパールを加えた一行はふたたび飛空便の発着場へと向かう。

 途中でトラブルが発生。

「ライアス殿、こちらへ来られたならどうして顔を見せに来てくださらないのですか!」

 厄介な相手に見つかってしまった。王の妹でありながら軍務に服し将軍の任についている猛者、フィオーネが往来に立ちはだかってそう言った。七志はぐるりと周囲を見回し、そういえばものすごい豪華キャストだな、などとどうでもいい感想を浮かべている。美人ばかりが一堂に会しているというのも圧巻だ、と。本当のところ、往来に人は多数行き来しているし、姫将軍は多数の部下を引き連れているのだが、むさ苦しい風景はきれいに視界から消し去っている。

 数少ない男性キャスト、ライアスが隣で口を開いた。

「わしはとうに引退した身。時代遅れも甚だしいし、今さら若い者たちに教えることなど何もないよ。」

 教本にすら載っている基礎の基礎など語ったところで意味もない、とライアスは躱して逃げた。

「ですから! 顔を見せてくださっても良かったのにと。貴方の姿を見るだけでも兵の士気が違うのです、激励の言葉の一つもかけてくだされば、皆、感激いたします。」

 確かに、姫将軍に付き従う数名の騎士たちは高揚した様子で、この場の幸運に感謝しているようだ。七志は他人事のような顔で二人のやり取りを見ていたが、お鉢が回ってきた。

「七志、お前からもなんとか言え! 国軍と王を救った英雄だろうが!」

「へ?」

 間抜けた声が出た。何時の間にそんな話になっていたのだろう。


「またお前は何も知らずに、呑気な奴め。兄上がお前を利用しないわけがなかろう。今やお前は我が軍の旗印も同然だ、その心算をもって行動してもらわねば困るぞ。」

 ちょっと待て。七志は内心の冷や汗と共にそうツッコミを入れる。

「その様子ではなにやら冒険者としての大仕事を抱えているのだろうが、何をするつもりだ? 出来ればお前にはあまり動き回ってほしくはないのだがな。」

「フィオーネ様、七志さんの件はこのわたしに一任されているはず。逐一報告も上げておりますから、ご心配には及びません。」

 さっ、と七志の前へ出てジェシカが敬礼とともにそう言った。そういえば、この少女は自身に付けられたお目付けだったな、などと今さらで七志は思いだす。

「ああ、そうだったな。忘れていたわけではない、失礼した。ただ、姉君が2~3日前からご機嫌斜めでな、私も少々避けて通っている。兄上と揉めるのは珍しいことではないが、今回はいやに激昂されていたのでな。情報を聞き出すどころではなかったのだ。そのあたり、何か知らないだろうか?」

「え、姉様が陛下とまた喧嘩しているんですか? ……なんでしょう? おおかた、お気に入りの宮廷小説を燃やされたとか、そんな下らないことでしょうけど。陛下も嫌なら嫌だってはっきり仰ればいいのに、回りくどく邪魔をするから喧嘩になるんですよね。」

 姉様がダメなら兄様からお聞きになってください、とジェシカが言えば、フィオーネは苦虫を噛んだような顔で、あの男は苦手だと文句を垂れた。ロシュト家現当主のテュースは冷徹無表情な人物で、とっつきにくいと評判だ。


「今はほれ、大仕事の前なのでな。片付いたら改めて練兵場へも顔を出そうじゃないか。それでよかろ?」

 話が長くなりそうだと踏んで、ライアスが切り上げのための言葉をかける。話し込んでいた二人が気付き、そこでお開きになるかと思われた。が、そのタイミングでまたしても邪魔が入るのはお約束か。

「あーら、そこにいらっしゃるのはフィオーネ様でなくって?」

 美しい女が、開かれた馬車の扉から半身を覗かせて会釈した。豪奢なドレスを身に纏い、見事な黒髪を高く結い上げた髪型で、少々キツそうな顔の女。彼女が貴族であったとしても、王妹であるフィオーネの方が遥かに地位は上であろうに、彼女は馬車を降りなかった。かなり位の高い女だということだ。フィオーネやお付きの騎士たちは全員が、ライアスに敬意を表して騎馬から降りている。ライアスはもちろん徒歩だ。

「アデリーン様。」

 知り合い、というより敬称を使って名を呼ぶあたりで、七志と一部の者以外は彼女の素性にピンときた。

「そちらにいらっしゃるのは、名軍師と名高いライアス様で、その隣は噂の英雄、七志様ですわね? わたくし、アデリーン・フィラルド・ロクスウェルと申しますわ、お見知りおきくださいませね。」

「ああ、二人に紹介しておこう、こちら……」

 フィオーネの言葉を遮り、アデリーンがさっさと名乗りを続ける。

「わたくし、陛下の一番の寵愛を受けておりますのよ。いわゆる側室というものですかしら? もちろん、王妃様は別格ですけれどね。」

 国王の愛妾の一人だ、と臆する風もなしに堂々と告げる。王妃の方があらゆる意味合いで自身より格上になると、口先では宣言しているのだが、むしろその口調は社交辞令を強調していた。

 自身のほうが陛下に愛されている、と、暗に目が語っている。七志としては、どうでもいい事だったが。

 場に美人が一人増えた、その程度の認識だ。


 この国は、誰も彼もが複雑な恋愛事情を持っていそうだ。国王からして後宮には美姫を多数と抱えているらしい。

「後宮などございませんぞ、七志様。」

 思考を読んで訂正を掛ける者など、七志の知る限りでは一人きりだ。いや、一匹というか。

「かぼちゃ。気配を消して後ろからいきなり声を掛けるのは止めろって言っただろ。」

「一瞬たりと驚きませんなー、面白味がないですぞ。」

 そんな事はない、ちょっとだけ心臓が強く打ちつけた。ほんのちょっとの時間だが。

「用事を済ませましたので、戻ってきたのでございますですよー。わたくしもお供致しますです。」

 なにはともあれ、頼りになる使い魔が戻ってきた。七志の気分も軽くなる。その使い魔が耳元でひそひそと内情を教えてくれる。

「国王の寵妃は王妃エリーゼ様とそちらのアデリーン様と言われております。他にも数名、名前ばかりの関係者がおりますが、あの国王ですからぁ、面倒臭がって他は放ったらかしですなぁ。で、この国では、王妃以外の者は王宮には住まわせないのですよ。別宅と申しますか、それぞれが館を与えられ、国王がお越しになられるという形式なのです。」

 そのため、王の寵愛を受けた女はみな貴族の位を授けられるのだ、とカボチャが小声で説明してくれた。

 歴代の国王はみな女性関係を控えていたのだが、中には愚君もおり、そういう代では名ばかりの貴族がぼろぼろと増えたのだそうだ。謂れの無い罪を押し付けて家ごと潰したり、後始末は陰惨なものだとカボチャが耳打ちした。

「最近の流行りは、大貴族が見目麗しい娘を養女にして国王に押し付ける、という形式でございますな。アデリーン様も弱小貴族の出で、大貴族フィラルド侯爵の養女になる事で初めて国王に謁見が叶った、とか。自身の為だけでなく養父の野望が掛かっておりますから、必死でございましょうとも。」

「へー。」

 ゴシップ誌そのままの情報だ。まぁ、自分には関係ない、と七志はタカを括っていたのだが。

 考えが甘かった。フラグはこの時点で立ちまくっている。


     ◆◆◆


「そうそう、七志様。キッカ様よりのご依頼で、これを届けに参ったのですよー、わたくし。」

 そう言って、カボチャがべろりとその舌に乗せて見せたのは、あげてしまったはずの腕時計だった。

 驚く七志に先回りで事情を告げるカボチャ。

「勘違いはいけませんぞー。先方にはこれより遥かに価値のある宝石類を一山にして差し上げておりますから、当面の暮らし向きは安泰でございます。事情を話しまして、納得の上で交換していただいております、はい。」

 商人殿からは、七志様にくれぐれもよろしくと伝言を申し付かっておりますぞ、とカボチャが報告を終えた。

「そうか、大丈夫だったんだな、良かった。……で、これをキッカが……、」

 一団の中に彼女の姿を探すと、控えめな彼女は後方でちんまりとしているのが見えた。視線に気付いたのか、目と目が合うと、とたんにそわそわし始めるのが何とも愛おしい。

 こほん、とこれ見よがしの咳ばらいが聴こえ、慌てて前を向いた七志の視線が今度は美しき麗人のそれとぶつかる。

「わたくし、何か失礼でも致しましたかしら? 完全にお背中を向けられたことなど、わたくし、初めてのことですわ。」

 アデリーンはなにやら激怒していた。こめかみ辺りがピクピクと動いていてそれとわかる。

 位の高い貴族に背を向けるというのは、第一級の無礼だから気をつけろ、と、かつて師匠に言われたような。初めて国王に謁見する際に教わった忠告の一つを今さらで思い出した七志だ。話はまとまりかけていたのだろう、ライアスは渋い顔をしているし、向こうに居るフィオーネも恨めしげだ。

「あの、すいません、そういうつもりはなかったんですが。」

 王妹の前でも降りなかった馬車のテロップを踏みしめて、彼女は優雅な足取りで地に降り立つ。

「あなたに興味が涌きましたわ。このお仕事が終わった後で結構ですから、我が屋敷へいらして下さいませんこと? 陛下以外の殿方をご招待するのは初めてですのよ。……もちろん、お断りになるのもご自由ですけれども。」

 流し目で送られてくる視線がやけに痛い。これだけの無礼を働いてよもや断ったりはすまい、それほど恥を掻かせたいか、と美しい女の目が、嫌というほどに語っていた。

「はぁ、そのうちお伺いします、」

 側室と王妹とを交互に見ながら、ぼそぼそと七志は返事を返した。

 やっぱり王族は自身にとっての鬼門であったらしい。さすがに鈍感な七志にも、彼女だけを特別扱いで訪問などする事がいかに政治的に拙いかくらいは解かっている。アデリーンは王妃との格差を見せつけるために、七志を招待したいのだ。しくじった、エリーゼ王妃の殺意に満ちた冷笑までが目に浮かぶようだ。

 カニ退治と教皇府からの招待状の始末、その後は隣国へ迷子を送り届け、オークが移住したゴブリン山へ様子を見に行く事も考えていたから、そこへ王の愛人への挨拶までが加わることになった。さらには王妃への配慮も必要だろう。

 挨拶だけで済むように、とにかく朝一番に出向いてそのまま帰ろう、固く決意した七志だ。

 もしかしたら、女難の相でも出ているのかも知れない。そう思った。


 美人に囲まれる幸せ、というのはよく聞くし、そういう展開は漫画でも何でも王道というかで、主人公にはとにかく美味しい場面のはずなのだが。実際に経験してみるとさほど楽しい展開というわけでもないな、と七志はつくづくと考えていた。胃がキリキリするばかりだ。美人が居並ぶ光景というのは、やはり客観的に見て楽しむ立場でいるのが一番なのかも知れない。それぞれの思惑が黒い渦を巻き、巻き込まれる者の体力を根こそぎ奪い取っていく。そんなイメージがぴったりだとつくずく思った七志だ。

「七志さん、飛行中にぼーっとしてたら振り落とされますよ。」

 そして落ちたら間違いなく死にます、とジェシカの声。

 はた、と気付けば飛空便の発着場に到着していて、目の前には引き出されてきた飛竜の顔があった。じっと七志の顔を見ている獰猛そうな黄色い瞳とアイコンタクト。ふい、と飛竜は顔を背けて事なきを得た。

「食っていいのかどうかを値踏みしてましたよ、今。」

 飼い慣らされているとはいえ、竜は竜なので気を抜かないように、と操練の兵士に忠告された。二年に一度くらいは人身事故が起きているのだと、別の兵士も教えてくれた。いや、そうなる前に気付いてるんなら止めろよ!と冷や汗を掻きながら、内心でツッコミを入れる七志。心臓がバクバク言っていた。

「飛竜は一般的な馬と比べ、約十倍のスピードで飛行します。しかも馬よりスタミナがあり、積み荷を乗せた馬が半日も走らせればへたばってしまうのに対し、同じだけの荷を乗せた飛竜は三日間飛び続けることが出来ます。ですから、馬だと王都から各都市へは宿泊を含めて一週間の行程を見ねばならないところ、飛竜ならば二日かからず到達することが出来るのです。惜しむらくは、馬よりも飼育コストがかかり、人工孵化が叶わないせいで、頭数が揃わないという欠点がありまして、交通網の開発が立ち遅れていることでしょうか。」

 それでもいずれは飛竜が交通の主役になるでしょう、と飼育員を兼ねる操練の兵士は自信満々に言った。七志が、この国を救った噂の来訪者本人だと知ったとたんに、皆、態度が変わる。七志はそれを面白い現象だと捉えていた。露骨な掌返しを、そうと知っても嫌なものとは感じないのだ。リリィが、他の来訪者とは違うと評した七志の特異な点だ。

 七志からすれば、あまりに頻繁で慣れてしまっただけの事だったが。


 馬が時速60kmとして、この飛竜はどのくらいのスピードで飛ぶのだろうか、などと七志は考えている。そもそも、時速だとかの観念がこの世界にあるかどうかも疑わしく、先ほどの説明でも何やら面倒くさいことを言っていた。馬だと宿泊が込みで一週間、飛竜は泊まりがないからその分早くなって二日、だったら、時速に直すと……そこまで考えて、現地の人間同様、面倒くさくなって考えるのを止めた。

 一昼夜の間、飛び続けるという飛竜に乗る方は、途中、うっかり寝てしまって落ちて死ぬ、なんて事もあるのかも知れないな。そんな具合につらつらと考えを巡らせ、眠りに落ちようとする意識を覚醒させ続ける。七志の乗った飛竜は一人乗りの小さなもので、二人乗り用や、中には大きな荷物を積める大型のものも居るらしい。

 必死に眠気と戦い、ようやく元の中堅都市に戻った七志は、他のメンツが竜の背でぐうぐうと眠っていたことを、到着直後に知らされた。

「あのねぇ、七志。飛竜はものすごいスピードで飛ぶのよ? 補助魔法で保護しないと人間なんてぶっ飛んでくに決まってるでしょう。馬と違って、飛竜を扱うのは全て魔法の力による操縦なのよ。」

 ため息でリリィが解説してくれて。振り落とされると聞いたから、と当人を見れば呆れ顔で返される。

「賢いのか馬鹿なのか解からない人ですねぇ、七志さんは。」

 あんなの冗談に決まってるじゃないですか。常識ですよ、常識。

 自分の常識が誰にでも通じると思うな! 叫びだしたいところをぐっ、と抑えた七志だった。



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