第八話 大集合
元々の目的であった探知アイテムは、その必要性が無くなった。七志に仕えることになった奴隷、シェリーヌがその系統の魔法も習得していたからだ。七志としては思う所があって、なんとかアイテムを仕入れたかったのだが。
六人に増えて戻ってきた一行を迎えた留守番組は呆れ顔。
「こりゃまた、どういう状況じゃ。説明せい、七志。」
おおよそのところの推測は付けた上で、師匠がそう尋ねる。シェリーヌに色目を使われたジャックが、口笛を鳴らした後にリリィに足を踏んづけられて悲鳴も上げた。
七志にライアスにジャックにリリィにジェシカにシェリーヌにルルム。一晩で大所帯。特に関連の女の子は皆が七志の周囲に集まってハーレム状態だ。ビバ・ヴァルハラ。ハレルヤ。男たる者、高揚しないはずはない、が。
…………虚しい。(ガクリ
「なに黄昏れてるんですか、七志さん。」
「……べつに。」
ちゃっかり隣に陣取っているジェシカにも誤魔化してそう言い。
なんでここに肝心のキッカが居ない、一番一緒に居たい少女が居ない理不尽も、ひしひしと感じた七志だった。
「けど、今日は一緒に付いてって良かったです、大収穫でした、七志さん。」
ずいぶん機嫌の良い様子でジェシカが改まってそう言う。
「なんかすごく七志さんのことを知ることが出来て、それがとても嬉しかったです。七志さんの事を、本気で好きになってきました。」
「えっと、」
どう答えるべきかと悩んだ七志に、畳み掛けるようにジェシカは言う。
「知ってますよ、キッカさんでしょう。七志さんは、彼女が好きなんですよね。大丈夫です、気にしませんから。」
気にしないとはどういう意味なのだ、そっちは気にならなくともこっちは気になる、と頭の中がぐるぐるし始めた七志だが、もちろん何も言い返せない。
「あら、ご主人様には好きな女性がいるんですか? わたしも気にしませんから大丈夫ですよ。気兼ねなく仰ってくださいね、いつでも気が向いた時にお相手致しますわ。」
だからなんの相手なんだ、と激しく突っ込みたい心情を無理に押さえつける。そのタイミングで、様子を見ていたライアスが耐えかねて噴き出した。遊ばれている、きっと彼女たちも全員がグルだ。
「ひ、人をからかうのもいい加減にしろよ、二人とも。」
本気で焦ったじゃないか、とボヤき気味に文句を返すと、意に反するとばかりにジェシカはむくれてみせる。
「嘘なんて吐いてませんよ、わたし。七志さんだって解かるでしょう、人を好きになるのに理屈なんてないって。」
初対面の人間に微笑みかけられただけで惚れるだなんて話は眉唾だが、ほんのちょっとした日常の積み重ねだけでも、人は人を好きになれたりするものだ。その期間は一日もあれば充分。
「七志さんの性格を知れば、誰だって好意を持つと思いますよ。」
にっこりと、ジェシカが言う。誰もに好かれる性質だと、その言い方はずいぶん客観的だ。
それは恋愛感情的な好きとは違うのではないか?で、確かめるには自分で探りを入れねばならない状況になる。そんな危険など冒したくない七志は黙り込み、そこでその話題を有耶無耶にされた体だ。
シェリーヌは内心の見えない謎の微笑を浮かべて聞いていた。
「モテる男はつらいねぇ、七志。」
ジャックが冷やかしの茶々を入れる。余計な世話、かつ、人の事が言えるか、でムッとした七志だ。
「ところで、シェリーヌさん。」
「シェリーヌと呼び捨ててください、ご主人様。」
「いや、その『ご主人様』は止めてほしいんだ。俺は来訪者で、たぶん君も知ってると思うけど、例に漏れずで奴隷制度反対の立場だから。君を奴隷として扱うつもりもないから、嫌だというなら、他の人を当たってもらわなくちゃいけない。」
対等な仲間としての付き合いならば、呼び捨てにもなるが、出てゆくお客さんなら敬称を付けて呼ばねばいけない、と七志は彼女に選択を迫った。
「奴隷として生きるのもいい、それは君の自由だから。けど、俺は奴隷を所有するつもりはないから、ここで決めて欲しいんだ。奴隷を止めて仲間として来てくれるのか、やっぱり此処に残るのか。」
奴隷のままがいいならこの街にある奴隷商の許へ斡旋しようとの七志の提示に、シェリーヌは目を見開いて、驚きの表情を見せた。
「わたしをどうとでも好きに出来るのですよ? 権利として所有できる、それに自由を与えようと? 貴方は大金でわたしを買ったのですよ? 元を取り返す前に大損をするというのに、なによりわたしは貴方を好ましいと認めているというのに、……貴方の考えはわたしには理解出来ません!」
食い違う常識の軋轢。そこへライアスが助け舟を出した。
「七志よ、いきなりそれは酷というものじゃの。彼女にも事情があるし、主に仕えてきたという矜持に、自負もあるのだ。お前の提案は、それは普通の奴隷ならば喜んで受けてくれもするだろう、だが、彼女は違うのだ。そんじょそこらの奴隷とは違う、高級な女という誇りを無視してはいかん。価値のある女ということは、わしが見ただけでも解かる。お前の言いたい事も解かるが、それは自己を否定せよというも同然なのだから、即答など出来ようはずもない。」
時間を与えてやれという師の言葉に、七志はバツが悪そうに頭を掻いて、先の言葉の訂正をした。
「あなたがどれほど優秀な人か、有能なのかと、奴隷としてのあなたの価値と、それらを否定するつもりはないんです。ただ、俺は奴隷を持ちたくない。これだけは曲げられないんです、ごめんなさい。」
だからこそ譲歩して、解放か斡旋かの選択肢を用意したのだと七志は改めて説明した。
「けど、確かにすぐに答えられるような問題ではありませんでした。時間を置きましょう、明日か明後日には返事をください。そして、その間、俺をご主人様とか呼ぶのは止めてください。」
呆れた声のリリィの文句が聴こえてくる、頑固で困る、と言っていた。ともかく七志は、この世界の常識に染まるのは嫌なようだ、と。そういう事ではない、と思いはしたが巧く説明できる気がしない、七志は黙っていた。
その夜。眠れない夜というものを、シェリーヌは初めて味わっていた。
今までにも、解放の話は何度かあった。身分の保証、その代わりに何がしかを要求された。結婚であったり、永遠の愛を欲しがる男がそんな話を持ち込んだものだった。要するに、奴隷の身分の彼女は嫌だ、という理由による。
いつの間にか、あるかどうかも知れない裏側をあると信じ込んで決めつけるようになった。主人になる男は決まって自由を餌に彼女の心を縛ろうとしたし、身体だけでは満足しなかった。心だけは我が物にならない、そんな彼女を持て余して、男たちは約束も忘れて彼女を売り払ったものだ。それが人間の真の姿だと思っていた。
『奴隷の身分を捨ててから仲間になれ』
あんな言葉は初めて聞いた。無茶苦茶な命令だ。奴隷を持つのは嫌だけど、仲間として助けてほしい、けれど仲間になるのなら奴隷は止めてくれ、だなどと。奴隷の利点をまるで無視した言葉。自身の魅力も丸ごと無視された。一目で男を虜にする魅力的な女という自負を徹底的に傷付けられた。それだけが、唯一彼女の支えでもあったものを。
こみ上げてくる感情が、しきりと笑いを誘ってくる。
「うふふふ、」
あんな男は初めてだ。拒否権の無い女に、男は安心して本音を丸出しにするものだが、あんな本音を見せられたのは初めてだった。まるで違う常識と価値観がもたらす、意識の有りよう、そのあまりにかけ離れた距離。理解出来ない。
拒否権が無いということは、拒まれることのない、いわば保障だろうに。協力させたいだけなら、奴隷のままで何が不都合だというのか。魅力的な女性だとは思う、と。あの取ってつけたような言い方が憎らしい。
「わたし、自分の身体にはかなりの自信を持っていたんですよ……、」
ため息でそう零す。異世界の男はかなり興味深いと感じた。
ため息をついて眠れぬ夜を過ごしていた者がもう一人。無くなってしまった右腕の重みが懐かしい。濁流のような展開の中で、あまり深く考えもせずに手放してしまったが、あれは、元の世界と自身の存在を繋ぐ、数少ない実証だったのに。どうしてあんなにあっさりと頷いてしまったのか、悔やんでも悔やみきれない思いが七志の眠りを妨げていた。
今さらだ。どうこう言っても仕方ないし、今さらどうこうとみっともない愚痴をこぼしたくもない。けれど、どうしようもなく後悔が溢れて、忘れてしまおうにも頭から離れない。
あの時計をくれた時の情景を思い出しながら、一人、枕に呟きを落とす。
「父さんに貰った時計、あげちゃったよ。けど、一家心中が止められたんだから、安いもんだよね。」
女々しい、そう思った瞬間に七志は枕を被って無理やり羊を数えはじめていた。
◆◆◆
大所帯に膨れ上がった一行に、さらに朝から合流者が出た。
買い物に行くと言っていたキッカとパールだ。だから、朝から七志は気分が高揚している。
朝、来客を知らせる宿の亭主の声を聞き、出迎えに行った玄関ホールでその姿を見た時の、その驚き。
「この子ったら、ずーっとあんたの様子を気にしてんのよ! 見かねて、奥さんがこっちへ合流する手配をしてくれたってわけよー。」
費用はまたあんたのツケに回したからね! とパール。
七志たちの使った飛空便の使用料は、依頼者である商店街持ちだと聞いた。かなりお高い金額だとこっそりジャックが教えてくれたが、それが自身のツケに上積みされたかと七志は冷たいモノを胃のあたりに感じた。
「ち、違うの! 女将さんのお手伝いをカボチャのジャックに任せて、クリムゾンに乗せてもらってこっちに来たの! 七志が王都に向かったって、向こうの依頼者さんに聞いたから!」
慌てた様子でキッカが経緯の説明をした。しかし、いくらクリムゾンが駿馬といえど、この短時間で来れるものだろうか。通常なら片道二週間はかかる距離だ、有りえない。疑問はあれど、あえて無視した。
元から、色々と謎の多い少女であることは端から承知している。ちらりと視線をパールに移せば、訳知り顔の彼女は素知らぬふりをしてそっぽを向いた。クリムゾンを飛ばして街道を通って来たなどという話はたぶん嘘だろう。けれどパールがこういう態度を取るという事は、さほど問題視する必要もないのだ。言いたくないうちは、聞かなくてもいい、肩を竦めて七志はそう理解する。
本当のところをいえば、七志たちと同じ飛竜を使って駆け付けたのだ、来訪者の能力で生み出して。
下を向いたキッカは、小さな声で、少々ふてくされたような態度で言った。
「……だって、七志が女の子に囲まれて、鼻の下伸ばしてんのが許せなかったんだもんっ、」
あいたっ、そんな表情で顔を手で覆った七志。この少女が常に自分を見張っていることも承知していたつもりだったが、失念していた。
「見てたよな、」
念を押すようにキッカに問い返すと、彼女は頬をぶーっと膨らませた。例の虎目水晶を使って、一部始終を彼女は見ていたはずなのだ、だから誤解のしようがない。はずだ。
七志はあの二人に何を言われても応えるつもりはないし、はっきりそうと宣言もした。見ていたのなら、解かりそうなものだ、鼻の下を伸ばしていたとかいうのは心外だ。
こんな風に言うのは、きっと心配になったからだ、ジェシカの自信満々なあの態度、とか。けれど、自分の気持ちをまず第一に考えてほしい、と七志は少しだけ苛立っている。信用していないのと同じじゃないか、と。
少々強い口調でキッカに告げた。
「俺は断じて彼女たちにちょっかいなんか掛けてない。見てたなら知ってるはずだろ、曖昧な態度と取られたかも知れないけど、女の子を泣かせるのは嫌だし、恥を掻かせるのもどうかと思ったから言葉を濁しただけで、俺は喜んだつもりもない。それを、デレデレしてたみたいに言われるのは、ちょっとムカつく。」
キッカとてそこまで思ってはいない、言葉のあやだというくらいは解かっている。けれど、自身の気持ちをこの際はしっかりと伝えておこうと思い、七志は心のうちをぶちまけた。言いにくい事もすべて。
「彼女たちがどうこう言っても、俺が好きなのはキッカだけなんだから、あ。」
確かに全てぶちまけるつもりだったのだが、勢いで告白までしてしまい、続く言葉が消え失せた。
勢いとはいえ、しっかりと聞いてしまったキッカも、みるみるうちに顔が真っ赤に染まる。それきり、気まずい空気が玄関ホールに充満して、二人を石化させた。
「お、キッカじゃねーか。こっち来たのか、さすがに目ざといな。」
様子を見に出てきたのか、人間の方のジャックが固まる二人に声を掛けてから、また引っ込んだ。恐らく、玄関先で痴話喧嘩などするな、と釘を刺しに出てきたのだろう。
「と、とりあえず、中に。皆も起きてくると思う、から。」
頬が熱い。告白は不本意過ぎるが、キッカの疑念も払拭出来ただろう。なにせ面と向かって宣言されたのだ、他の子は眼中にない、と。真っ赤な顔で俯いて、彼女は七志の後ろを大人しく従った。
七志としては、もっとムードやら演出やらに配慮して、万全の態勢を整えてからやるつもりの一大イベントだったのだ。こんな形であっさりと終わってしまい、激しくショックを受けた。
自業自得の四文字が圧し掛かってくるようだ。自分なりのプランも持っていた、花束なんぞ抱えて、それなりの場所でそれなりの台詞も用意して、それから、……台無し。
男は女以上にロマンチストなものだと思っている。ヘンなこだわりもあるし、現実より理想を取って女にバカにされるものと相場が決まってるじゃないか。好きな女に好きと告白する、その場面にこだわって何が悪い、精一杯に演出を凝らして、感激する彼女の顔を見たいと思って何が悪い。そういうバカを計画すんのも楽しかったのに。こんなさらっと口が滑って言ってしまって、はいおしまいだなんて最悪だ。
……なんでいつもこうなるんだろう、泣きたい気分だった。