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ゼウス・エクス・マキナ~神の仕組んだ英雄譚~ 【企画競作スレ】  作者: まめ太
第三章 ――か、こんな所に隠れていたとは
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第四話 弔いの鐘が鳴る

 警邏隊に現場を任せ、一同はようやくで街へ向かう。すっかり日も暮れたが、もう危険はないはずだ。

 夜のうちに街へ入る。王都に次ぐ中堅都市のひとつは、さすがに活気が違っていた。賑やかな夜の街かど。通りには露店が並び、夜の店も客引きの声が途切れることなく聞こえてくる。

 七志はとりあえずで入った宿屋でまずは腹を膨らませていた。ここも冒険者の宿であるらしく、いかにもな人物が多数たむろしている。一癖も二癖もありそうな連中とジャックやリリィは知り合いらしく、なにやら話し込んでは笑ったり唸ったりと、見ていて飽きない。

「七志、この宿の酒は上等だのう。」

「そうですね、先生。けど、値段も高そうです。」

 ジョッキに注がれた赤い液体を覗き見て、七志は見当を付ける。おそらく今年のワインだろう、まだ若い。もう酒にも慣れたもので、最近は味の違いも解かるようになってきた。未成年だが、ここは異世界だ、無礼講だ。なにより、飲料水のほうがべらぼうに高いんだから、仕方ないんだ、と心のうちに言い訳をして七志はジョッキを呷った。

 田舎ではタダ同然の水が、都市部へ行けば酒より高いのだ。衛生状況の為に仕方ないことだという話だった。腐らせない為の魔法を掛ければ、魔法代がまたぼったくりなのだから。

「魔法ってのはまた、どーしてあんなにぼったくるんでしょうか、先生?」

「おまえ、酔っとるだろ、七志。」

 クダを巻きはじめた弟子を嗜めて、ライアスはちびちびと酒杯を舐めている。七志の向こう隣に座ったはずのお嬢ちゃんはとっくの昔に顔を真っ赤に眠りこけていた。冒険者は酒を浴びるほど呑んでその場で潰れるものと相場が決まっているから、誰も止めもしないし気にもしない。子供が酒を呑むこともしかり。昼間の出来事もあり、とにかく呑まねば済まない気分だ。潰れるまで飲むものという冒険者のイメージはきっとこういう裏事情で出来たに違いない、七志は早いペースでジョッキのワインを飲み干しながら、何かから逃げるようにそう考えていた。早々に潰れてしまった少女が少し羨ましかった。

 それぞれの過ごし方で、夜が更ける。


 翌朝、ガンガンと痛む頭を抱えて朝食の席についている七志の許へ、一人の男が訪ねてきた。夢見が悪かったせいで今朝の七志は極端に不機嫌だが、来客はそんな事にはお構いなしに話を始める。

「君が七志か、ようやく見つけた。こんな所に居るとは思わなかったよ、なぜもっと上等の宿を取らなかったね?」

 見上げると禿げ頭がまず目に入る。その下に丸顔があり温和な笑顔が貼り付いていた。司祭という人々は皆が笑顔で不思議に思ったりもする。服装はいつだったか城で見た僧服で、きっとルーディルアートの司祭だろう、と見当を付ける。あの後、本当に教皇庁から地図が贈られてきて、七志は近隣三国だけは覚えたのだ。口に咥えたトーストを齧って咀嚼しながら続く言葉を聞いていた。

「いやぁ、探したよ。ホームにしていると聞いた冒険者の宿へ行けば行き違いになるし、盗賊退治に出かけたと聞いて、こちらの街で待っていれば会えるかと、一番立派なホテルで待っていたのだがね……。」

 冒険者などを相手にする安い宿屋とは別に、旅行者や金持ち相手の立派なホテルも幾つかある。七志は今や英雄クラスに祭り上げられた来訪者だから、まさかこんな安い宿屋に居るとは思わなかったらしい。

 慣れとは怖いものだ、この世界へ来た当初はやれ虫が飛んでるだの床がカビてるだのと衛生面では文句たらたらだった七志が、今や厩の悪臭の中ですら平気で眠れるようになった。抜群の順応力だ。

「ホテルなんて高いとこで眠れる身分じゃないですよ、」

 ごくりとパンを飲み込んだところで、七志が答えた。なにせ借金地獄の身の上だ。


 謙遜をしているものだと司祭はまたしても良い方へ取って感心したかのような表情を見せる。七志の方でも、それらのやり取りに慣れてしまって、いちいち取り合わなくなった。好きなイメージで考えてくれたらいい、どうせあまり関係もない人々なのだから、と。毎度の説明が嫌になった、ということもある。

 ひとしきりお褒めの言葉を戴いた後に、司祭のきり出した本題を七志は聞かされた。

「王国政府を通じて正式な申し入れが届いているはずなんだが、その様子だとまだ聞き及んではいないようだね?」

「なにがですか?」

 また王様絡みと察知して、警戒を強めた七志が問い返した。

「我が国ルーディルアートに教皇府があるのはもう知っている事と思うが、このたび、正式に君が招待されたのだよ、現教皇ユリウス猊下に謁見するため我が国に来てくれたまえ。」

 聞いた言葉を反芻するより先に頭に浮かんだ言葉は、『まったくあの王様はロクなモンじゃねぇ』だった。

 しきりと返事を聞きたがる教皇府の使者に、少しばかりの警戒が涌いたのは現代っ子にしては上出来だったと思う。さすがに何度もしてやられてきているだけに、ピンとくるものがある。なにか、胡散臭いのだ。

 これは迂闊に返事をしては不味いかも知れないと感じた七志は言ってのけた。

「俺の一存では決められません。なにより、王家を通じての話はまだ来ていないので、そこをすっ飛ばしてお受けするのは失礼になりますよね?」

 正解だったようだ。司祭はさっと顔色を変えた。きっと、迂闊に引き受けては不味い類の誘いなのだ、だから王様からは何の通達も来ない。いや、王家から話が来る前にと、先回りでこうして近付いてきたのかも知れない。来訪者という者は、多分に政治的判断というやつには疎いだろう、と読んで。


「お話があるという事だけ承りました。返事は、王国政府を通じてお返しします。いいですか?」

 キリッ。

 うおー、このやり取りを先生に聞いてもらいたい。急にしどろもどろになった司祭を相手に、七志は少し有頂天になっていた。

「解かりました、そのように報告致しましょう。こちら、政府にお出ししたと同じものですが、正式な招待状です。お受け取りください。」

 そっ、とテーブルに置かれた封書を見て、七志は少しテンションを下げる。なんだか嫌な予感がしたのだった。


     ◆◆◆


「やられおったのー、七志。」

 顛末を聞かされた師匠の第一声は無情だ。

「やっぱりですか。」

 嫌な予感は的中し、司祭の目的が遂行されたことを知らされる。七志の返答など二の次で、真の目的はこの招待状を直接七志に押し付けることだったのだと教えられた。

「王の手で握り潰すことが、これにて不可能になったという事だわな。お前も、あの司祭を前に知らぬ存ぜぬを通すのは苦痛じゃろう?」

「王様は断るつもりだったんですね、だからこっちには話が来なかったんだ。」

 そのため、教皇府は独自で七志本人を探し出し、直接で招待状を手渡したのだろう。力関係でいえば、まだまだ教皇のほうが立場は上なのだ、諸侯よりも。その招待を無下に出来るわけがない。それはまた、教皇府の目的がこの王国には都合が悪く、七志にとっても厄介なものだと暗に語るものでもある。

 にこやかな笑顔で隣に座った少女が耳打ちで提案する。

「あの司祭が国へ戻らねば問題はありませんよ、七志さん。」

「物騒なことを言わないでくれ、」

 ヒヤリとしたものが背を伝う。冗談抜きでやりそうな少女なのだ、ジェシカは。いつもは大きなその声を潜めて言うあたりが実に真剣みを帯びて恐ろしい。

「手出しは要らないよ、そんなんなら直接教皇に会って断るから。どうせ無理難題を押し付けるつもりなんだろうけど。」

「解かってるんじゃないですかー、今やあなたは恐ろしい力を秘めた来訪者なんですからね。色んな人間があなたを利用しようと近付いてきます。もし、あなたの手に余る場合は、遠慮なくやらせてもらいますから、そのつもりでいてくださいね。」

 わたしはそういう指令を受けてきていますので。アサシンの少女の言葉は重くのしかかる。仲間である前にお目付け役だという自覚がしっかりあって、それを七志にも思い知らせるのだ。

「解かってるよ、」

 解かっている、ますます動き辛くなった事は肌で感じていた。

 近付いてくる者は皆が何か目的を隠している。王様や王妃、貴族たちは皆がロクでもない事を考えていたし、隣国も似たようなものだった。来たる戦火を見据えて、少しでも自国に有利に働くように。戦争反対を表明する七志の意思などお構いなしだ。使いたくないと願っても、七志の全力を期待し、それを望む。……教皇は何を狙っているのだろう。

 いつまでも砦での出来事がこびり付いていて、足元に鎖が絡まっているような嫌なわだかまりがある。こういう感覚もそのうち感じなくなるのだろうが、今ではそれを半分は望んでしまっている。忘れることへの嫌悪が薄まっていく。自覚するたびにやりきれない気分にさせられた。


「それはそうと、七志。昼前に済ませたいことがあるんだ、ちょっと付き合ってくれ。」

 珍しくジャックが神妙な面持ちでそう誘いかけてきて、何事かを感じ取る。どうやらリリィとは別行動になるらしく、彼女は彼女で妙な雰囲気で様子がおかしい。

「行ってらっしゃい、七志。……よろしく頼むわ……、」

 言いたいことがあっても言わないのは、これまでの付き合いで解かっているつもりだ。言える時になったら話してくれるだろうと、七志も二人に詮索したりはしない。その気遣いを無下にする一言を隣の少女が吐き出した。

「なんなんですか? 二人とも。ヘンですよ?」

 空気を読めない新参が一人、呑気にトーストを齧りながらで無遠慮な台詞を投げた。

「行ってきます!」

 厄介な事態になる前にと、慌てて七志はジャックを引っ張って宿を出た。何か言いたげだったリリィの顔は気になるが、なんとなくでもそれにジャックが答えないことくらいは予測が付く。そしてライアスの目が合図をしていた、さっさと連れ出せと。元凶の少女だけはきょとんとした表情で二人を見送っていた。見張り役のくせに抜けたところがある、付いて来なくてはいけないだろうにすっかり忘れているらしい。

「気を使わせちまったな、七志。」

「いいけど。何処に行くんだ? リリィには内緒の話か?」

 気になっていて、道すがらでジャックに尋ねた。


「宿では聞けなかったんだけど、これから行く先には何かあるのか?」

「まぁな、ちょっと個人的な用事だ。付き合せて悪いがな。」

 あまり楽しい用件ではないらしいと思った。ジャックは荷物から取り出した剣をしんみりとした表情で眺め、七志の前に差し出してみせる。根元でぽきりと折れた剣は、その姿だけで雄弁だ。

「例の遠征で死んだ知人のもんだ。遺族に届けてやりたい。」

 ゴブリン山への遠征では、通常に比べれば少ないとはいえ、やはり多数の死傷者が出た。そのうちには、ジャックの知り合いも居たということなのだろう。七志も自然としんみりした顔になる。

「リリィには遠慮してもらった。相手の奥方がな、ちょっと因縁がある女なんだ。」

 昔付き合っていたんだ、という言葉でなんとなく全貌を予感させる。

「そうなんだ、」

 多くは聞かなかった。ジャックもそれ以上を言わなかった。


 喪服を着るだけで女性は何割増しかで美しく見えるものだと言う。それを確かなことだと思わせるほど、未亡人は美しい人だった。涙を拭い、さして取り乱すでもなく淡々と受け止める。……もう、泣き尽くしたのだろう。それでも折れた剣を押し頂くと、ジャックの胸にすがってもう一度だけ、泣いた。

 七志は遠慮して遠目に二人を眺めていた。無関係の自分があの場面にいるのは似つかわしくないと思ったし、何より、どんな顔をして彼女の前に立てばいいのかも解からない。ジャックが七志に来てほしいと願った理由は、おそらくは証人として見届けることと、間違いを起こさぬようにという見張りの意味からだ。

 そんな気遣いをする程度には、彼もリリィの気持ちには気付いているという事なのだろうか。おくびにも見せなくても。大人の事情は分からない、互いに気があるのなら面倒な二人だ、と半分は呆れた。


「奴と俺と彼女と。要は三角関係ってヤツでな。いつの間にか二人がくっ付いて、結婚したんだ。」

 墓の前でようやくジャックは少しだけ事情を説明してくれた。奥方も、今好いている女も居ない場所で、男だけの内緒話というやつだ。

 最初はジャックと彼女が付き合っていたらしい。それがいつしか親友に取られ、二人は結婚し、疎遠になった。

「あの山で出会って、溝が埋まる間もなく奴が死んじまって。……こういう後味の悪いことになっちまったってわけだ。冒険者なんぞやってりゃ、こういう事も覚悟してなきゃいけないわけだがな。」

 七志は聞き役として呼ばれたのだと理解して、何も喋らなかった。それで正解だったように思う。

 きっと、これから先でさらに厄介なことになっていくのだろう、ジャックとリリィとあの未亡人とで。それを予感して、彼は七志を伴ってここを訪れたのかも知れないと、それは穿った考えかも知れないが。

 ジャックの性格からいって、頼る者を亡くした女を一人突き放すことなど出来ないに違いないし、そうなれば知らぬ仲でもない二人がどうなるかも解からない。厄介な未来だと思った。


 街の共同墓地は広い敷地であるらしく、どこからか鐘の音が聴こえてくるのだが、教会の建物は見えない。

 弔いの鐘はひところは一日中鳴りやまなかったが、近ごろようやく落ち着いた、と管理の庭師が言っていた。


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