第三話 チートは思ったほどイイモンじゃない。
吐かせた情報通りの場所に、その小屋はあった。
かつては街道沿いの非難所として機能していたはずの山小屋だ。この道は峠を越える街道の一つだったはずだが、不便のためかいつしか廃れたものだと聞いた。それが今や盗賊の棲家となっている。小さな山小屋だったはずのものは、改築に改築を重ね、不格好に建て増しを加えて、今では砦のようになっていた。
こまかい作戦は不要だ、いきなり正面から突入して蹂躙すればいい。念のために七志はロボを出し一同の盾となる。
「こりゃ大掛かりな物を作っておるわい。ちと作戦を変えるかの。」
予定では全員で突入、という話だった。それを、七志一人の強行突破に変更。残るメンバーは逃れ出てくる残党を捕縛する、という方向で決定。裏手に小さな門が確認され、そこをジャックとイフリートのコンビが担当、ライアスとリリィ、ジェシカの三人は零れてくる残党の始末で正面に陣取る。それぞれが身を隠したと同時に七志が告げた。
「では行きます、」
問答無用と砦の正面玄関、大門を粉砕した。想定した通り、待ち構えていた敵に雨あられと矢羽の洗礼を受ける。どれほどの人数が居るものか、矢羽は次から次と装甲の上に降り注いだ。
「うわー、うぜぇ。」
思わず苦笑が漏れる。本当に雨でも降っているかのようなモニター画面だ。装甲に当たって跳ね返る矢じりの鉄がカンカンと小気味よい音を奏でている。そのまま突進した七志の機体は行き当たる建物を片端からぶち壊して回る。そこに陣取る人間ごと。アクション映画のように人が派手に吹っ飛んだ。
ぐるりと反転、いつかの時と同じに背中にハッチバックが現れ、多数のミサイルを撃ち放つ。かなり殺傷力を落としてはあるが、運の悪い者なら死ぬだろう威力だ。大門の跡へ殺到しようという多数の盗賊の群れへ撃ち込んだ。
咄嗟の判断で、自身にとって大事だと思える方を優先した。なにも無条件に命を大切に、などと思っているわけではない。わずか三人しかいない身内の許へ、あの人数が殺到すればどうなるか、それを考えただけだ。
この時には確実に、七志の頭の中には人を殺すのは嫌だなどという甘えはなくなっている。今だって嫌なものは嫌だ、だが無神経に口に出してはいけない言葉だと気付いている。
簡単に多数の人間をひねり潰すだけのパワーを手にしてしまった。今まで、他者が引き受けてくれていた部分を、自身で請け負わねばならなくなったのだと、ここで自覚した。
今までは、自身に力が無かったから、その役目が回ってこなかっただけなのだ、と。
出来るだけ死人は少なく、仲間の負担も少なく、と七志は立ち回る。どれだけの悪党たちでも、死んで当然の奴等でも、自分が殺すのは嫌だ、と。不可抗力で死ぬのはまぁ許せる、自身の意思で殺そうと思って殺すのだけはまっぴらだ、と、これは七志の最後の一線というべき矜持だ。
「死んじまったもんはしょうがない! けど、俺は自分で望んで殺したりはしたくないんだ!」
誰に聞こえるわけでもない、ヤケクソで叫ぶ。
これもまた、あの少女には逃げだと一刀両断にされてしまうだろうか。下らない拘りだと。
この機体は七志の思うままの能力を備える。センサー機能で人間の位置は隠れていても一目瞭然に判別出来る。盗賊の一味は赤で、そうでない者は青で表示されている。向かっている先の建物内部に青い点滅が二つあった。
不可抗力でも人が死ぬ。そうと解かってもやらなければならない理由が、また一つ増える。たぶん、この二つの青い点滅は、盗賊に捕まった被害者だから。
青は一階部分の奥まった場所、二階部分には多数の赤い点滅。むんずと軒先を両手で掴み、ベキベキと音をたてながらで二階部分を引っぺがして投げ捨てた。一階に潜んでいた盗賊数名が血相を変えて逃げていく。ほぼ壊滅に追い込んであるが、念のためにと彼らにもミサイルと催涙弾をお見舞いしておいた。
逃げた連中の始末は仲間に託し、七志は天井を引っぺがした一階部分を覗きこむ。奥まった部屋に、鎖に繋がれた女性が二人、互いを抱き合って震えているのが見えた。
「大丈夫ですか?」
スピーカー越しに声をかけると、二人は慌てた様子でしきりに頷きを返す。この怯えようは、どうやら自分のせいらしい、と七志は機体越しで頭を掻いた。
ほぼ同時刻、盗賊団のボスと裏手で待ち伏せていたジャックとの戦闘もまた、呆気なく終わりを告げる。
鋼鉄の盾など、魔物の剣を前にしては意味がなかったのだ。
逃げてくる盗賊たちもほぼ居なくなった。ここまでに要した時間はほんの僅かだ。斃した頭目の死骸を確認してから、ジャックは一息を吐いて呟く。
「ほぼ終了ってところか? しっかし、七志の奴、遠慮なく暴れたもんだな。」
砦のあちこちからたなびく煙を眺めやり、ジャックも苦笑した。人を殺すのが嫌だと、どの口が言うのやら。
たった一人で砦を陥落。怪我人多数、死者極小。やっぱりでアサシンの少女には呆れられた。
「言っときますけどね、七志さん。見る者から見れば、貴方のやり口はものすごく嫌味ですよ!」
圧倒的な力の差を見せつけるが如く。そう言われれば返す言葉もないのだが、それでもやっぱり死人が多く出るよりはいいはずだ、と七志は自身の心の安定を図る落としどころを見つけたのだった。
誰に理解されなくとも。自身が思い定めていればいい事だと。
「いいよ別に。なんとでも言ってくれ。」
七志の言葉に、アサシンの少女は言いかけた言葉を思わず引っ込める。
初めて会った時とは微妙に雰囲気の変わった異界の勇者に、ジェシカは気付かされた。すぐに別の方からも苦情が寄せられ、この来訪者はそれらの声にも精一杯で対応しようとしている風に見える。
リリィがボヤくと七志は平謝りだ。
「七志、あんたさぁ、ちゃんと始末してくんなきゃだわよ。ほとんどの奴等逃がしちゃって、あたし達三人しか居ないのに、捕まえるの大変だったんだからね!」
「ごめん、リリィ。目潰しはしておいたから、大丈夫かなと思って。」
隣の老兵はにこにこと二人のやり取りを聞いているだけで、何も言わない。けれどジェシカは気付く。この老人の仕組んだ筋書き通りに進んだのだろう、と。致命的な甘さを持つ弟子のために、その性根を叩き直したのかも知れない。
ジェシカは兄に言われた言葉を思い出していた。
曰く、この連中の本当の仲間になるつもりで、一族のことは関係なく付き合ってゆけ、と。そして、彼らが王家に仇為す行動に出ようとするなら命を賭けて阻み、説得するように、とそう命じられた。
ほんの少し付き合っただけだが、七志も仲間たちも思っていたよりずいぶん良い連中だ。王家や国に忠誠を誓うのは、この国に住む者として当然なのだから、彼らとて百も承知のことだろう。案ずるほどもない。
ロシュト家はこの国の王家には並々ならぬ恩がある、王家の為に働くことこそ名誉だと彼女は信じている。七志が人を殺すのが嫌いだということなど、些細な問題だ。基本的なところで、常にこの国の味方をしてくれる、その価値観さえ同じならば、彼女に文句はなかった。この国に住んでいるのだから、それは彼女にとって当然なのだ。
◆◆◆
七志はつくずくと自身の甘さを痛感する。噂に聞いた大物さえ逃がさねば、多少の取りこぼしは大目に見てもらえるかと踏んだのだが、やはり仲間には怒られてしまった。自分の我を通すということは、それだけ周囲に被せる泥が多くなるということだ。人を殺すのが嫌だという七志の我儘が二度手間を生み、外に待機する仲間たちの負担を増大させた。仲間に怪我が無かったことは幸いだ。
「まぁ、一足飛びにはいかんわな。」
ジェシカの読み通りの言葉をライアスは呟き、意外と頑固者だった弟子にやれやれと肩を竦める。
「ジャック、こういう有様だ。すまんが残って連中の見張りを頼む。わしらは街へ行き、警邏を呼んでくるからの。」
「まったく面倒なこった。いいか、七志。生き残りが多数居れば居るほど、見張りをする方は危険がいや増すんだ。嫌だの何だのしのごのぬかすなってんだよ、解かったか。」
冒険者とはそういう仕事、汚れ仕事なんだ、と七志の耳を摘まんでジャックが言った。
「俺が残ります、先生! 見張りが大変だってくらい、解かってるよ、ジャック!」
耳を引っ張られ、痛がりながらも言うべきは言う、七志は七志なりで考えがあってのことだった。実際のところで、その考えは多分に甘かったことを思い知らされもしたわけだが。
「ちょうどよくクリムゾンが帰ってきたわよ、」
見れば、ご丁寧に馬車まで引いた二頭立て、元通りの姿で御者席にはカボチャのジャックが浮かんでいる。
「お迎えに参りましたぞー。これはまた七志様、立派な破壊魔になられて!」
「うるせー、」
砦に一歩踏み込んで、ぐるりと周囲を見回してカボチャが嫌味を吐いた。一同の侵入経路とは別のところに盗賊たちの作った道路があったようで、馬車はそちらから来ていた。クリムゾンが戻ったことで、後の仕事もしやすくなる。なにせこの馬はこの近隣では最速ではないかと言われる駿馬だ。これにリリィが乗って、街へ使者に出ることに決まって送り出した。
ライアスは捕まっていた二人の女性に事情を尋ねている。七志は生き残りの盗賊を捕縛、特に怪我の酷い者の手当に回って動いていた。自身が傷付けた者たちだ、悪党とはいえ責任を感じずにはいられないのだが、こんな気持ちもそのうち涌かなくなるのだろう、と片方では考えてもいる。慣れてしまう、という事が嫌で仕方なかった。
「俺たちゃ、嫌々やってただけなんだ、本当だ、信じてくれよ。頭目が怖いから逆らえなかったんだ、解かるだろ?」
怪我の軽い中には手伝いを申し出る者も居たが、決まって言い訳を並べたてるためだった。それでも有難く手伝いは受ける。一人ですべてをこなすのは大変だからだ。七志は返事をせず、黙々と己の仕事を片付ける。
「こっちに生き埋めがいる! 頼む、助けてくれ!」
悲痛な声は胸に刺さった。自身がしたことだ、生き埋めがいるという建物の瓦礫を持ち上げると、盗賊たちがわらわらとその下から仲間を引っ張り出した。
自然と、涙目になっていた。自身のした事だ、覚悟の上でした事だ、やられて当然の連中だ、けれど心は傷ついた。
もっと別にやりようはあったのかも知れない、と痛む心のうちで考えた。
裏手に回ると、さっきの傷とは別の出来事に遭遇して心が痛めつけられる。木に吊るされた人々は、たぶん捕まっていた二人の家族だろう。こんな連中なのだから、情けは無用という師の言葉は正しいのだ、恐らく。
複雑な心境で、それでも涙は自然と引いた。こうして慣れていくのだろう、嫌も応もなく。
手伝いの者にシーツを持ってこさせて吊るされた遺体を下ろさせて包ませる。身元の確認だけなら顔が見えれば足りるから、酷い事になっている身体の部分は隠すのだ。こういう事を彼らは知らないらしく、とても感心していた。
加害者の立場から、今は仲間を多く殺された被害者の立場だから、取りすがって泣く彼女たちの心も理解するのだろう、妙にしょんぼりとしている盗賊たちの姿を見る。その後悔がもう少し早ければ、違う未来が開けたかも知れないのに、と七志はまたしても複雑な心境だ。師の言ったように、悪党になる者はやはり馬鹿なのかも知れない。
退治を引き受ける者も嫌々なのに、元凶たちは能天気に自身のした事を理解さえしていなかったのかと、とても腹立たしい気分だった。
夕刻に間に合えば、程度を期待していた警邏隊はずいぶんと早い時間に到着。聞けば、先ほど護送を頼んだ商隊が、ついでで警邏の手配もしてくれたらしく、道の途中で行き会ったのだという。
「ほーれ、七志。わしの目に狂いはなかったろう?」
イタズラの成功した子供のように目を輝かせて、師匠のライアスはにやりと笑う。
人を見る目、でいうならば。
「あの、警備隊長さん。この生き残りの連中なんですが、そんなに悪い奴らじゃないと思うんです。大目に見るっていうんじゃないけど、彼らに更生するチャンスを与えてやる事は出来ませんか?」
「ああ、君が噂の……。大丈夫だ、王国政府にも情けはある。盗賊といえど、吟味もなしに処分される事はない。」
罪に応じた罰が下されるはずだと聞いてほっとする七志を、盗賊たちがざわめきながら見ていた。
偽善者が、という聞えよがしな声も届いて、ずきんと胸が痛む。何をやっても、満点は得られないらしい。
助けたはずの被害女性二人には、視線を向けることさえ出来なかった。