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第五話 冒険者の宿「カナリア亭」

 七志が、政治や国家にほとんど知識がないと解ると、職員はにこやかな笑顔は崩さないままでさっさと七志を追い払った。後がつかえているという事もあるが、なんだか邪険に扱われたことだけは感じ取れたので七志は気分が悪い。

「お役所ってのは、どこも一緒か。」

「ほれ、七志。こっち、こっち。」

 ジャックが手招きしている。

「むくれるなって、役人たちはまだ笑顔なだけマシなんだからよ。」

「あれで?」

「もっとヒドいのがそのうち来るからよ、まぁ見てな。」


 しばらく待って別の窓口から回答の書類を貰い、七志の市民登録が終了すると、それまで知らん顔をしていたジャックが改めて役人に話しかけた。

「ついでで悪いんだが、これを買い取ってほしいんだけどな。」

「これは……、カトブレパスの毛皮ですか!?」

 おどろいた役人の声に、場が騒然とする。

 しかし倒した当人である七志は、一目見ただけで解るもんなんだなぁ、などと少々ボケた感想を抱いて見ているだけだ。


「よぉ、ジャック。特丸クエストを受けて、生きて帰ったのか。さすがだな。」

「よぉ、タイラー。手出ししなかったお前さんの眼力のがスゲェよ。ひでぇ目に遭った。」

 同じ冒険者だろうか、見るからに悪党面をした男が近寄って、ジャックと一言二言の挨拶を交わした。

 入れ替わりでまた違う誰かが声を掛ける。

「ジャック、タイラルマウンテン攻略に参加したんだって!?」

「攻略戦じゃねぇよ、斥候役だ! まぁ、中身は同じようなモンだったけどな!」

 離れた場所から掛けられたその声にも、ジャックは律儀に答える。

 勝手の解らない七志はただ成り行きを見守っているだけだ。七志は油断ならぬ世界に身を置いたことがない。皆が、挨拶や軽口に紛れて探りを入れているという事に気付かない。ジャックは素知らぬ顔をして彼らの追及の視線を躱していた。

 窓口の女性職員が皮袋を手前の台に置く。それを掠め取るように受け取って、ジャックは七志を引っ張った。

「今はまだ余計なことを言うんじゃない、アイツを仕留めたのが誰か聞かれても曖昧に答えとけ。」

「別に構わないけど、」

 なんでだ、と聞こうとした時に、玄関付近が急に騒がしくなった。

 騎士団だ、使者が来やがった、と口々に囁く声。もう怪物を倒した者の話題は忘れられ、また別の緊張感がこの場の空気に滲んだ。


「『ヒドイ』のが来やがったぜ、噂をすればってヤツだな。」

 見れば、一見して解かる立派な身なりをした者が数名、玄関扉を押し開いて入ってきたところだった。

 新品同然に磨き上げられたスチールの鎧に、深紅のマントはベルベッドの光沢を放つ。上等そうだ。後ろに控える数人はマントではなく、派手な刺繍の入った上衣を着ている。

「静まれ! 騎士団からの広報を伝える!」

 怒鳴らずとも聞こえているのだが、格式だのの問題であろうか、先頭の騎士は声を張り上げて場内に向けて宣言した。

 続けて別の騎士が。

「今回、タイラルマウンテンを攻略するにあたり、新規に傭兵を募ることとなった!

 報酬は一人につき、一日200Gを支給する! これにより、全行程一か月の最低報酬6000Gが保障される! 更に、めざましい活躍をした者には国王陛下より、直々に報奨金を賜る栄誉が与えられる!

 募集人員は1000名! 募集期限は本日より一週間! 先着順とする!」

 一気に言いおいて、一区切り、息を吐いた。

 そして、場内の人々を見回し、一瞬だけ七志と目があった。

 当然、七志に注目などするはずもない、すぐに視線は逸れてゆく。

 最後にまた怒鳴った。

「……国に忠義を示す場である! 多くの者の参加を期待しているっ! 以上だっ!!」


 言うだけの事を言って、彼らはさっさと役所を出ていった。

 職員が慌てて、あらかじめ用意されていたであろう募集要綱の張り紙を掲示版の一番目立つ箇所に貼り付けた。掲示板には数々のクエスト要綱がメモ紙のように貼り付けられ、これまた所内の一番目立つ場所に置かれて、人々が覗き込んでいる。クエストといっても個人の依頼などを役所やギルドが一括して管理しているというだけのことだ。相互保障のシステム上、依頼はギルドを介するルールになっている。

「先のクエストは騎士団の連中が告知なしで、こっそりと貼ってやがったものだったんだ。冒険者を投入して、敵がどのくらいの勢力かを測るために利用しやがったのさ。

 クエストを受けた3チーム、20名のうちで生き残ったのはお前もご存じの通り、たったの2名。少数精鋭の騎士団のみで処理しようという腹だったんだろうが、この結果を見て、方針を変えたってとこだろうよ。」

 相互保障の為とギルド仲介での依頼のやり取りが為されているが、それでも依頼する側請け負う側双方で、不利益な結果をもたらす場面も少なくない。詐欺のような依頼で手酷い目に遭う冒険者や、悪どい冒険者に引っ掛かる依頼者もいる。制裁ももちろん行われたが、相手によっては泣き寝入りだ、今回のように。


「そんなフザけた依頼、受ける奴居ないだろ?」

 詐欺のような手口で利用されたと知っているなら、当然、参加者などない、と七志は思った。

「ああ。初期の集まりは悪いだろうな。

 けどよ、そうなりゃ連中はギルドに圧力を掛けてきやがるだけなんだよ。宿一軒につき、何名の参加を要請する、てなもんでな。断りゃ、べらぼうな税をふっかけてくる。」

「なんだよ、それ? ……本当にヒデェな。」

 なんとも言いようのない胸の悪さを憶え、七志は両手の拳を打ち合わせた。

「だから、連中からの依頼は特丸と呼ばれてるんだ。サイアク、て意味でな。」

 耳打ちされた言葉を聞いて、頷いた時、なんとも言えない嫌な感覚が走った。

 予感がする。特別に嫌な予感。

 もう二度と、あんな場所へは行きたくもないのだが。

 またゴブリンに追われて逃げ惑う自身を想像してしまい、七志は慌てて打ち払う。

 冗談ではなかった。


「さぁ、こっちの用事は全て済んだ。さっさとリリィを迎えに行って、宿へ引き上げようぜ。」

「リリィの怪我、酷かったけどちゃんと治ったのかな、」

「死んでない限りは元通りにしてくれるのがヒーラーって職業さ。ただし、怪我に限るけどな。」

 この世界の治癒魔法は、物理的な損傷に対してのみ有効なのだ。

 病気やメンタルダメージ、憑依などによる衰弱などを回復する力はない。傷はお好み次第で跡形もなく消すことも出来たが、そこまで完璧に治癒させるとなると、多額の治療費を請求される。

 治癒魔法の習得には個人差が激しく、適性が合う者は本職として看板を掲げている。その中でも一握りの者だけが、傷跡すら完璧に治癒させる事が出来る。そのくらい高度な能力を有する。

 そういった一部の高位ヒーラー以外には、例えば潰れた目を再生させるなどという事は出来なかった。

「リリィは帰ったらしばらくは安静にさせとく事になるかな。あれだけの怪我だ、おまけに衰弱も激しい。傷が治っても、病気になって死んでたんじゃ、洒落にならんからな。」

 怪我が原因で死ぬ者は少なかったが、その怪我で衰弱した為に感染症に罹り死亡する例は多かった。

「と、いうわけでだ、七志。この金はリリィの治療費に充てたいんだが、どうだろう?」

 真面目な顔付きでそう言われると、嫌とは言いにくい。突き出された皮袋とジャックのまっすぐな視線を交互に見て、七志は黙って頷いておいた。金が惜しいわけではないが、してやられた、という気分で悔しい。


 その後、リリィと合流、三人はようやく、古巣への帰還の途についた。

 高額な治療費にせっかくの稼ぎがほとんど消えてしまったが、リリィに感謝されたので良しとした。

「ありがとう、七志。ほんと……あんたに会わなかったら、あたし……ほんと、ありがとう。」

 帰り道、涙に潤んだ瞳で彼女は何度も礼を述べ、何度もハグをして、何度も頬にキスをした。


     ◆◆◆


 街から外れた田園の片隅に、小さな丘陵が見える。

 この辺り一帯がブドウ畑だとかで、僅かばかりの立木の他はすべて緑の絨毯だ。

 緑の田園と緑の丘。その丘の上に建つ白い建物が、一つぽつんと景色の中で浮き上がっていた。

 乗り合い馬車を利用して、近辺からは徒歩で帰り着いた一行だ。


「おかえり、ジャック! リリィ!」

 ふくよかな体格をした中年女性が、宿屋の戸口の前で待っていた。

 彼女は三人を見るなり大きな声でそう言い、手を振る。七志は知らない事だが、乗り合い馬車の時間ごとに戸口へ出てきて彼らの帰りを待ち侘びていた事を、連れの二人は十分に知っている。

「おかみさんのマリーよ、七志。一家で冒険者の宿を経営してて……あたし達にとっては母親同然の人。」

「へぇ。」

 人の良さそうな笑顔に好感が持てる。出て行った者の何名かは命を落としたという事実をまだ知らないらしく、彼女の表情に影はない。

「さて、どう説明したもんかね……、」

 神妙な顔つきになったジャックが呟いた。七志が彼と知り合ってから先、こんな顔を見るのは初めてだった。

 明るく出迎えようという夫人に対して、三人の足取りは重くなる一方だ。

 出迎えられ、言いよどむうちに中へ入るようにと勧められ、そのまま進んだ七志たちだった。


 冒険者の宿、と看板が玄関ホールを入った場所にも掲げられていた。古い樫の木のプレートだ。黄色い飾り文字で『カナリア亭』と彫られている。

 看板の端っこには認可を受けた宿である事を示す、金属製の丸いチップが嵌め込まれている。紋章は王家のものだろうか。そのプレートがどこか誇らしげに、比較的新しいホールカウンターの上にぶら下げられていた。

 二人に聞いたとおり、出来て日の浅い宿屋らしく、建物も調度品も比較的新しくて清潔だ。現代っ子である七志には幸いなことに。


「そうかい、他のみんなはもう帰って来ないのかい……。」

 目頭の涙を指先で拭い取り、夫人は寂しげに呟く。

 宿へ戻ってすぐ、二人はクエストの顛末を語り、共に出かけた仲間が帰らぬ人となった事を告げた。

 冒険者などという職を生業とすれば、こんな場面は日常だ。想いを振り切るように夫人は大きく頷き、自らの持ち場へと戻る。すなわち、宿のダイニングへ。

「あんたたちの生還祝いだ、今夜は腕を振るうからね。楽しみにしてておくれ。」

 無理やりに発した明るい声。

 それを見て、生き残りの二人も気持ちを切り替えてゆく。

 日常にありふれた死。いつまでも引きずってはいられないのだろう。

「あたしも手伝う! 安静にとは言われたけど、じっと寝てろとは言われてないからね!」

 案外と元気に戻ってきたリリィが、夫人の後からキッチンへと入って行くのを見送った。


 キッチンに繋がるカウンター席に陣取ったジャックに勧められて、七志も隣の席に座った。そういえば、この世界に来てから先、まともに休息を取ったのはこれが初めてだと気付く。

 自然と、深く細く、息を吐き出して、緊張しきっていた身体の力を抜いた。

「ところで、二人が連れてるのは新入りかい? 変わった服装だけど、どこの人だい?」

「あ、彼は七志よ。よりによって、タイラルマウンテンに放り出されちゃった運の悪い来訪者。」

「へぇ! それじゃ、言葉は通じないのかい? で、どんな能力を貰ったんだい?」

 夫人の言葉に、三人は互いの顔を見合わせた。

 こうして、ようやく気付くことになったのだ、七志の力に。


「便利っちゃぁ、便利だけどなぁ……。」

「なんだか……よね。」

 他になかったのか、他に。そう言いたげな二人。

「以前来た来訪者は剣の名手だった。とんでもねぇ遣い手で、ゴブリンなんぞ、それこそものの数じゃないってくらいに強かったけどなぁ。」

 チラリ。

「あたしが噂に聞いた来訪者は魔法の天才って話だったわ。パチンと指を鳴らせば、天から火の矢が降り注いだそうよ。」

 チラ。

「俺を見るな、俺を。」

 何か言いたげな二人に向かって、七志は不機嫌そうな視線を向けた。


 夫人が出してくれた紅茶をすすりながら、ジャックがぼそりと呟く。

「前に言った通り、そういう連中は決まってどこかへ消えちまったんだけどな。」

「あんまり脅かすなよ……、そっちは大した問題じゃないのかも知れないけど、俺にとっては他人事じゃないんだから。」

 その一言の後だ。カウンターの中から夫人が話に割り込んだ。

「七志、あんた、武器は使えるかい? 無理なら魔法とか。」

「いえ、ぜんぜん。」

 いっそ、しれっと答えた七志だが。

 七志の答えに、ジャックとリリィは目を丸くし、夫人は納得顔でうんうんと頷いた。

「あんた、武器も扱えないでよく……!」

 あの山で生き延びてこれた、と言いかけてリリィは言葉を止めた。

 その状況を実際に見ていたのは他ならぬ自身だ、そういえば、七志の振るう剣はどう考えても素人の扱う滅茶苦茶なものだった。

 よく生き延びられた、と今さらに目の前の少年の強運に感心する。

 再び夫人が口を開く。

「じゃあ、七志。あんたがまずやる事は、ライアスに弟子入りして剣技を教わることだね。」

 笑みを浮かべてそう言った。


「ライアスって?」

「今回のクエストに参加してない仲間よ。実質、この宿の冒険者で生き残ってる最後の一人ね。」

 リリィが答える。彼女は七志の反応を待たず、そのまま続きを話し始める。

「どこかの国の騎士だったそうよ。馬鹿な王様のせいで国が滅びて、仕官するのも嫌になって冒険者に鞍替えしたんだって。

 だから、剣の技量はなかなかのもんね。金は持ってるし、趣味で冒険者やってる酔狂な御仁よ。

 詳しいことは本人に聞いてらっしゃいよ、裏庭に居るはずだからさ。」

 リリィが視線で示す方向に七志もつられて目を向ける。ジャックが後押しで口を挟む。

「奴の剣は正統派だから、教えてもらうにゃ丁度いいな、確かに。

 剣の他、槍、棍棒、斧、弓なんてのも使うはずだから、自分に合った得物を見つけてもらえ。」

 人それぞれ得手不得手がある、苦手な武器で生き抜けるほどこの世界は甘くないから、とジャックは言い、立ち上がった七志の背を推した。


 裏庭へ向かった七志を見送った後のキッチンでは、まだ三人が居残り話を続けている。

「七志、可哀そう。良い子なのに……。」

 出ていった扉を見つめたままリリィが呟くと、返事をするような口調で女将が話し出す。当事者である本人には決して誰も聞かせはしないだろう秘密を。

「翼の神々は底意地が悪いからね、お遊びに付き合わされる者は災難だよ。あの子はまだ言葉が通じるだけマシかも知れない。どれだけ強い力を貰っても、人々に忌み嫌われては為す術がないんだからね。

 誤解から始まって、どんどん悪い状況へ陥って……。誰も彼もが敵に見えてくるんだろうよ。

 そうして……いずれ、本物の魔物になってしまう、火の山の魔女のように。」

 突然消えてしまう異界から来た人々。消えなかった者は決まって魔物となった。そうして、同じように異界から飛ばされてきた者に討たれた。

 その不思議な現象を、人々は色々と推測していた。そうして産まれたのが悪神伝承であり、召喚された人間は以前に召喚されて魔物と化した者を討つために呼ばれたのだと言われた。

 だから、人々は来訪者に真実は告げない。

 要らぬ情にほだされ、魔物を野放しにされては困るのだ。

「あの子はきっと、火の山の魔女を討つために呼ばれたんだろう。

 魔女を倒した後は、他の来訪者がそうであったように、消えてしまうんだろうねぇ。」

 黙って扉を見ていたジャックが、思いを払うように頭を振った。彼は過去に数人の来訪者と会っていた。居なくなった彼らがどうなったのか、本当に誰も知らないことだ。

「贄にされる、と言うが……おい、リリィ、七志には言うなよ。」

「言えるわけないじゃん、」

 知らないほうが、きっとマシだと誰もが思っていた。

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