第二話 ……盗賊団フラグでした。
馬車の後方で戦闘が開始されると、様子を見てとった御者席のジャックも予定通りの行動に移る。街道途中で襲われた場合の対処法は二つある。腕に覚えがないならそのまま馬に鞭を入れて振りほどく方向へ出るし、用心棒などが居れば馬を離して避難させ、迎え撃つ。一行の選択は後者だ。
ジャックが大きな声で後ろへ合図の声を送った。
「馬を切り離す! 頼んだぜ、クリムゾン!」
賢い馬だからもう一頭も連れて戻ってくると計算して、二頭を繋ぐ皮の留め具をぶつりと切った。普通は御者が馬を連れて逃げるものだが、並外れて賢いこの馬ならそれさえ必要でない。
けたたましい悲鳴のようないななきと共にクリムゾンが前足を蹴りあげたのはこの時で、見れば尻に矢じりが突き立っている。留め具は切れたところだった。いななきに驚いたもう一頭も激しく暴れる。
「チッ、しくじった! クリムゾン、落ち着け!」
二頭の馬は驚いた様子のまま、街道を爆走し姿が見えなくなる。戻ってくれることを祈るばかりだ。騒ぎを聞いて咄嗟に七志も反応した、自身の使い魔に命令を放つ。
「カボチャ! 念のために追ってくれ!」
「アイアイサー!」
素知らぬ顔でカボチャ妖魔は調子を合わせ、慌てる素振りで二頭の馬を追いかけていく。クリムゾンが馬でないことなど百も承知だ。パニックに陥り二度と戻ってこないことなど有りえないくらいは解かっていて、芝居を打った。
むしろ、別の方向性の危険が考えられて放っておけない。
馬車が止まると、待ち構えたように盗賊たちが森の中から飛び出してくる。これが彼らのセオリーなのだろう、弓矢で狙い、馬を倒すか離させて、止まった馬車を襲うという戦法。
「ひゃっはー! 身ぐるみ置いていきなー!」
異世界でもこういう輩の言う台詞はオリジナリティがないらしい、と割に呑気な感想を抱いて七志も応戦のために抜刀した。右腕の腕輪を戦闘形態へ変化させる。思えば慣れたもので、今では身体の震えさえ起きない。最初にゴブリンと出会った時には心臓が止まるかと思うほどの恐怖を覚えたものだったが。
身体能力系チートは未だに健在で、盗賊の動きはスローモーションのようにさえ感じられる。避けられない方がおかしい、という感覚だ。斬りかかってきたブロンズソードをするりと躱し、ついでに刀身の根元あたりで斬り落としてやる。ミスリルの刃とブロンズでは勝負にさえならなかった。
「ひ!?」
先の無くなった柄を凝視して、目を剥いた表情の男。その顎辺りを狙って、刃を引っ込めた籠手で思い切りぶん殴ってやると、呆気なくのびた。一丁上がり。
「やりますね、七志さん!」
そんな言葉を掛けながら、七志が面倒な手順で一人を気絶させる同じだけの時間で彼女は三人をあっという間に斬り倒した。効率が悪いことは否めない、と七志は頭を掻く。七志に気遣ってか、その気になれば首を飛ばせば済むだろうに、三名とも足を斬られて転げまわっている。逃げようとする一人を追い、その顎を蹴り飛ばして気絶させてから、ジェシカは七志に手を振った。
宣言通り、師匠のライアスは問答無用だ。二名を斬って捨て、一人を捕縛。ジャックになるとさらに手酷く、呼び出したイフリートを使って、逃げる盗賊団の弓手たちを森の木々ごと両断した。
思っていた程の嫌悪は涌かない。自身でも不思議な感覚で、むしろ自分自身の心境が一番居た堪れないと感じている。嫌だと思っていたのは、多分、こんな心境にしかならない自分を知ることの方だったのだろう。
人間は、慣れてしまう生き物だ。どんなに嫌でありたいと願っても、気持ちではどうにもならない。かつて感じたものよりも確実に、今の七志にとっての『人の死』は軽いものだ。
斬り殺された死体の前に立ち、見下ろしていても、そこにある感情は冷淡なものだ。なにも殺さなくても良かったんじゃないかとは感じても、恐ろしく冷めた思いでしかなくて、むしろその冷たさの方にこそ嫌悪を覚えた。
「ほぼ片付いたかの。では、嬢ちゃんの出番じゃな。」
生き残りの盗賊たちを纏めて縛り上げ、ライアスが少女に手招きをする。ジェシカの姿を見たとたん、数名の盗賊が目に見えて狼狽え始めた。
「げぇ!」
「お、王妃! こんなところに居たなんて!?」
本人も認める瓜二つ具合だから仕方ない。王妃を知る者は勝手に彼女を姉と勘違いで、震えあがる。王妃の悪しき噂は王国中に響き渡っている。その妹は否定もせずににっこりと笑い、言い放った。
「光栄ですね、こんな末端にまで知れ渡っているとは。けど、わたしは姉上ほどに拷問は上手じゃないので、もし殺してしまったなら、その時はごめんなさい。」
死刑執行の宣言に、盗賊たちは青褪めた。
気の毒そうな顔をして、ライアスが取引を申し出る。
「わしらとて悪魔ではない。彼女に引き渡すかどうかは、お前さんたちの気持ち一つだがどうするかね?」
望むものは、彼らのアジトの場所だ。そして盗賊団というものは、訓練された軍隊とはまるで違う烏合の衆に過ぎないことを彼らは証明してくれる。ジェシカの出番を待つ以前で、あっさりと口を割った。捕まった以上、先に待つのは死ばかりだ。自身は死ぬのに、アジトの仲間は助かるかも知れない、そんな不条理のために拷問を受けるなど、彼らにすればまっぴら、ということになるのか。こちらで聞くまでもなく、詳細な情報を自分たちで喋ってくれた。
ボスの名はガンゾというらしい。その名をジャックが知っていた。
「俺と同じ傭兵上がりの冒険者、というか、冒険者も向かなくて盗賊になっちまってたようだな。」
堕ちる奴はとことん堕ちる、と吐き捨ててジャックは嫌悪を露わにした。
「傭兵やらせりゃ兵器の横流しで仲間を見殺す。冒険者になったらなったで依頼人を途中で殺して金品を奪う。手口が悪どくてな、それまで証拠は残さなかったんだが一度ヘマをして、問い詰められるとあっさり正体を現しやがってな、査問官を殺してお尋ね者の賞金首になったんだ。噂を聞かなくなったと思ったら、こんなところに居やがった。」
ジャックに続いてリリィが情報網で拾った噂を披露する。
「街で聞いた話じゃ、コイツにかかった依頼主数人が不明になってるらしいわ。巧い事誤魔化して、事故扱いになってる件も幾つかあるんじゃないかな。冒険者がいつまでもならず者扱いされる原因って、こういう奴が紛れ込んでるせいなのよね、巧い事やるから手が出ないって悪党、他にも何人か聞くわ。」
ヤクザ映画のような話だと七志は思い、聞いている。
「とにかく。見つけた限りはぶっ潰さないとな、冒険者の風上にも置けないあの野郎を。」
ばしん、と拳を打ち鳴らし、忌々しげにジャックが吼えた。
◆◆◆
「か、頭ぁ! あいつら、バケモンだ!!」
襲い掛かった盗賊団の後方、森の中に身を潜める数人のもとへさらに少数の弓手が合流する。さすがに名の知れた悪党、そこいらの盗賊とは違い用心深く一味を二手に分けていた。アジトにはさらに何十名かの手下も残してある。
商隊を襲う別働隊を数人の手下に見張らせ、その報告を受けて応援を送るなり先回りで挟み撃ちにするなりを決定してきたのだ。
「くそぅ、こうなったらズラかるしかねぇ。」ボヤきのような呟きの後に怒鳴りつける。
「捕まった奴らがアジトの場所を吐いちまうのも時間の問題だ、さっさと戻ってお宝を持って逃げるぞ!」
これが、この男を今日まで生き延びさせてきた狡賢さだった。
が。
「頭! なんか来た!!」
振り返ったこの男が見たものは、正真正銘の魔物だ。頭が馬だった。
ブフゥー、と鼻息さえ聞こえてきそうなほどに怒り狂う馬の化け物。
「俺様の尻に矢を射かけたのはどいつだ?」
見れば右の臀部に深々と矢が突き立っている。
お前か!? 言いつつ神速の動きで弓手の一人の頭を粉砕。
それともお前か!? さてはお前だろう!? 次々と殺されていく仲間をしり目に、頭目の男は一目散に逃げ出した。もう仲間など構っている余裕もない。この桁外れの強敵をこの男は知っている。これ以上はないほどの強力な使い魔を多数操るという噂を聞いて、警戒していたのだから。噂には聞いていたが、まさか自身がかち合うなどとは夢にも思わなかった。
襲った相手が悪すぎた。
「来訪者か! なんでこんなところに!?」
半泣きの体で、命からがら男はアジトへ逃げ戻る。
そんな事とは露も知らずに冒険者たちは簡単な作戦会議を済ませ、進撃を開始した。
おそらくガンゾという悪党はさきほどの様子をどこかで見ていたに違いなく、今頃は慌ててアジトへ戻っている頃だとライアスの見立て通りに事実も進んでいる。イレギュラーはあったものの。
逃げる間を与えずアジトを急襲し、窮鼠となった盗賊の残党を一網打尽にする手筈だ。
「奴らは貯め込んだお宝を捨てて逃げるよりは、こちらの少人数と戦う選択を取るだろう。さすれば今度は全力で、奴らを叩けば良い。七志、お前の奥の手を見せつけてやれ。」
計算があったわけではなかったが、最初の場面で例のロボを出していれば、盗賊たちは全てを投げ捨てて逃げてしまい、クエストは失敗に終わっていたかも知れないな、と師は笑う。
師匠にすれば、別にどちらでも良かったのかも知れない、と七志も曖昧な笑みを返しておいた。
「冒険者という職に限らず、人間が多数集まれば中にはどうしようもない悪党だって居るものだ。」
森の木々を分け入り、敵の本拠地に向かいながらの道筋でライアスが七志に語る。捕らえた盗賊団の生き残りは、途中で行き会った商隊の用心棒たちに託し、街へと護送を依頼した。予定ではリリィが残る手筈だったが、そういう訳で行動を共にしている。馬が帰ってきたとしても、まぁ、クリムゾンならば大人しく待っていよう。さほど時間を取るつもりもない、急襲して壊滅させるに要する時間はわずかと計算していた。
「どんな職業でも同じだが、とりわけ冒険者なんぞという元々のイメージが悪い職種となれば、同じ割合であっても悪党の数はことさらに多いように感じられるものだ。先入観というやつじゃな。悪さの質も、元々の仕事内容に応じて凶悪にならざるを得んものだしの。」
ゆえに冒険者同士で自浄作用が働かねば、この職業自体が成り立たなくなってしまうのだ、とライアスは言う。
「さっきの商隊は知り合いか何かですか? いやにあっさりと信用したけど……、」
「すぐに他人を信用するお前にしては珍しいの。」
大げさに驚いた風に見せたのは、多分に冗談交じりだからだろう。七志は膨れっ面で口を尖らせる。
「いや、冗談じゃ。せっかくの手柄を横取りする輩というものもあるだろうが、この世界で長く生きておればそれなりに人を見る目も養われてくるものだからの。信用できる人間か、そうでない人間か、くらいの区別は自然と付くようになるわい。」
見分け方など簡単だ、とライアスは笑う。
「頭のそこそこ良い人間ならば、先を見越して物事を考えておるから信用がいかに大事かが解かっておる。馬鹿はそれが解からんから、人を裏切るし、悪事を行うのじゃ、後先も考えずにの。だから、頭の良さそうな人間はまず信用を置いて大丈夫なんじゃよ。」
小賢しいという悪党は、あれは真実頭が良いわけではないから賢そうな顔はしていない、と言い切った。
「まぁ、そのうち見分けが付くようになる。目を見れば解かるようにな。」
人間は社会性を持った動物である。社会をないがしろにする者が賢い謂れなどない。簡単な理屈だ。
「悪党にも二種類があるな。頭の悪い悪党と、頭のイカれた悪党とがの。」
言わんとするところはなんとなく解かるから、七志も同意で頷いた。
「普通であれば賢人になろう者が、なんの間違いかで悪党と化す場合がある。それが何と言っても厄介な第一でな。そういう輩は頭がイカれてしまった連中なのだ。そうとしか周囲には理解が出来ぬ。」
思い当たる人が居る。七志は精霊界を苦しめ続けた元凶の魔物を思い出していた。頷くのに合わせるように、師の言葉が続く。
「その者の心を破壊するような何かが、その者の環境のうちに起きたのだろう。この世のすべてを呪いたくなるような苦しみを感じた時、その者の頭はイカれてしまうのじゃよ。他者から見れば、なんと下らぬことでと呆れかえることかも知れぬし、思わず同情を抱いてしまうほどに哀れなことかも知れぬ。他人には測れぬし、助けてもやれぬ。」
果てしないとさえ思える長い月日を苦しんだ末に、魔物と成り果てた心。そういえば、まだ精霊界では解決していない問題があったと七志は気付く。何があったのか、そんな事は解からないけれど。
黒騎士、英雄王の亡霊。エミリアと和解できる日がいつか来ればいい、と願う。