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ゼウス・エクス・マキナ~神の仕組んだ英雄譚~ 【企画競作スレ】  作者: まめ太
第三章 ――か、こんな所に隠れていたとは
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第一話 もしかしてハーレムフラグ?

 遠征が終わり、キッカが宿に来てのちの数日後くらいで、最後の一人のライアスが帰還した。

「やれやれ。老人をこき使う国だわい。」

 帰って最初の言葉がこれだ。

「お帰りなさい、先生。ずいぶん長い会議になりましたね、」

 労うつもりの七志の台詞に、ライアスは憮然として口をへの字に曲げる。

「何を言うとるか。お前の処遇で揉めたというのに、この呑気者めが。」

「え、また俺のせいですか?」

「騎士団の末尾に列せよとの王命が下されるところを助けてやったのだぞ、感謝せんか。」

 軽い口調でもたらされた内容には絶句して、七志はあんぐりと口を開ける。あの王様は本当に油断がならない、と続けてはこくこくと頷いて師に感謝の意を示した。

「有難うございます、先生! 王宮はたぶん、俺にとっての鬼門だから、あんなトコには絶対に関わりたくないです!」

 鬼門という言葉に瞬時首を傾げ、それからライアスは当時の様子を詳しく聞かせてくれたのだった。強硬に騎士への叙勲をゴリ押したのは二人、フィオーネとテュースという人物だと聞いた。


「テュース?」

 クランベルの名に聞き覚えはあったものの、知らない人物の名前だ。

「王妃の兄だ、アサシン一族の一人で王の側近中の側近じゃな。で、そやつからお前に見張り役を付ける事を条件として王宮への出仕をなんとか断ってきた。もうそろそろ来るだろうよ、お前のお目付け役がの。」

 自身がどれほど危険視されているかを嫌がおうにも知らされる。遠征の前にも後にも師匠のライアスには迷惑を掛けっぱなしで、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「すいません、先生。俺が迂闊に力を見せたから……。調子に乗って、馬鹿でした。」

 調子に乗って、パワー全開で持てる力のすべてを見せつけてしまった。敵国にまで。

「気にせんで良い。あれはあれで上出来じゃ。そうだろう? 宣言通り、おまえは部下を一人も死なせておらんではないか。」

 胸を張れ、と拳で軽く胸元を叩かれた。


 アサシン一族から刺客、ならぬ見張り役がここカナリア亭に送り込まれ、到着したのは結局翌日の朝になってからだった。この間に、七志が逃げたならとか、そういう懸念は抱かなかったらしい。妙なところで信用があるなと当人は思っているが、周囲は単にナメられているだけだろうと見てとった。そのような人選だ。

 宿にやってきたのは、厳つい戦士でもなければ、切れ味鋭い策士でもない。一見して普通の女の子だった。

「兄上や姉上の期待に沿うよう、目一杯に努力します! 七志さん、宜しくお願いします!」

 気合の入りまくった第一声。

「お客さんだべか~?」

「庭掃除終わっただよー、」

 ぬっ、と後ろに立ったモンスター二匹に、新参の少女は振り向き、そのまま悲鳴を上げて逃げ出した。

「そっただ怖ぇ顔してるべな?」

「新入りさんだべや、悪いことしただ。」

「うむ、走りのスピードは良いのぉ。お前さんたちは気にせんでも良いよ。」

 慣れてるだぁ、みーんな最初は逃げ出すだ、とオークの二匹はそのまままた庭仕事へ出ていった。

 あれがお目付け役らしい、と残る面子は顔を見合わせ。そうこうする間にけたたましい少女がまたダイニングに叫びながらで戻ってきた。宿屋の作り上、玄関ホールのすぐ奥がこのダイニングで、近隣住民も時には食事に訪れたりする。冒険者の宿は一般の宿屋もこなすし、ちょっとした喫茶店にもレストランにもなるのだ。


「な、なんですか! あの化け物は!?」

 声が大きいらしく、少女の言葉はダイニング中に響き渡る。忍んでナンボのアサシンがこれで勤まるのだろうか、と七志は苦笑する。

「あっ! さては七志さんの使い魔ですね! 兄上から聞いています、色々と強力な使い魔を多数使役する、ものすごいモンスター・テイマーだと! そうですね!?」

「いや、別に彼らは使い魔なんかじゃないよ。ていうか、普通にこの宿の仲間だけど?」

 それより君、誰なの?

「あっ! 申し遅れました!」

 声の大きすぎるところが残念な美少女が軍隊式の敬礼をする。

「わたし、兄上の指令を受けて来ました! 名前は、ジェシカ・ロシュト・クランベル、ロシュト家の三女で王妃エリーゼはわたしの姉です! 自慢の姉上です!」

「ああ、道理で……、」

「光栄なことに、姉上に似ていると、多くの方に認められておりますっ!」

 確かに、黙っていれば可憐な美少女と言えなくもない、黙っていれば。


「ぃやっかましーわね! もうっ!」

「おはよーございます、」

 女の子同士ではずむ会話があるとかで、最近のパールはキッカと寝食を共にしている。それが仲良く二人そろって階段を下りてきた。なかなか気が合うらしく、七志としては複雑な心境だ。

「おはよう、キッカ。今日は一緒に初級のクエストを……、」

「なに下心見え見えの誘い方してんのよ、七志。残念だけど、今日のキッカも貸切ですよー。女将さんのお手伝いで街に買い物だもんねー。」

 先回りのシャットアウト。さも楽しそうな妖精の声が憎たらしい。

 ちきしょう。心の中で地団駄。こんな具合に邪魔が入り、なかなか話す機会が作れない。理想と現実は無情なほどにかけ離れている。好きな女が一つ屋根の下で、なにこれ、この生き地獄っ。

 テーブルに突っ伏してバタフライのように腕を回す七志に、新参の少女二人は引き気味だった。

「おやまぁ。なんならあんたも来るかい? 七志。」

 見かねた女将が橋渡しをしてくれたのは、やはり態度にまで悔しさが滲んだからか。

「行きます!」

「ほい、残念。お前は俺に付き合え。」

 ガタン、と立ち上がった襟首をむんずと掴まれて、問答無用でそのまま七志はジャックに連行された。


 呪ってやる、恨んでやる、で陰鬱とした空気を纏った七志には知らん顔で、ジャックは玄関ホールを出る。

「すまんのー、七志。ちょいと街まで用事を頼まれてくれるかな?」

 ジャック・エリンに連れられた先に待っていたのは、師匠のライアスとリリィだ。すでに支度も整っているらしく、宿の馬で荷馬車を仕立てて、荷台に二人は座っていた。大きな飼い葉の山と共に。これを、街まで運んで売るついでで、買い物を済ませるのだろう。宿の馬が二頭立て、片方はキッカの馬のクリムゾンだ。

「待ってください! わたしも行きます!」

 本来の使命を思い出したのか、慌てた様子でアサシンの少女が追いかけてきたのは出発間際だった。


     ◆◆◆


「キッカと一緒にデートがてらで小遣い稼ぎとでも思ってたんだろうけど、残念だったわね。あんた達のような新人に任せられるような簡単すぎる仕事なんてないわ。」

 シロウトに毛が生えた程度の新米に出来る仕事なら、村の誰かがやるってのよ、とリリィが忠告してくれた。

 実際に、冒険者の宿へ依頼されるような仕事は、雑事であってもそれ相応に厄介なもので、高いリスクが伴うものばかりだ。ハチの巣退治などは初級クエストと呼ばれる、簡単で報酬も低いものだったが、それでもその手の依頼の蜂というのは、猛毒を持つ変異種のハチを指すことがほとんどだった。自給自足が基本の世界なら、村々も大抵の事柄は自分たちで解決出来るものだ。解決出来ない厄介事が、命懸けのクエストとして冒険者の許へ持ち込まれる。だから、低い報酬と言っても、普通に街で働くよりは格段に高い金額でもある。

 冒険者という職業は、堅気の人間が就くまっとうな仕事ではないという認識が当たり前の話だ。


 見透かされた魂胆を誤魔化そうとするように、七志はこほん、と一つ咳払いをした。

「街で飼い葉を売って、それから? なにか危険が伴う仕事なんでしょう?」

 でなければ、これだけの人数を担ぎ出したりはしないと踏んで、七志が先回りで問いかけた。

「西回りの街道を使って街へな。最近になって、盗賊が住処を移したらしい。退治を依頼されたんじゃよ。」

 にこにこと好々爺のフリをして、ライアスは飼い葉の中に潜ませた錚々たる武器類をチラリと七志にも披露した。

「追い払うのが仕事ではない、心して掛かれよ七志。全員捕縛が条件だ。生死は問わぬと言われておるから、まずは一人も逃がさぬことが肝要だ。間違うでないぞ。」

 モンスターならば、敵わぬと見れば逃げて人里以外へ棲家を移すだろうが、相手は人間だ、逃げてもまた別の場所で別の村々に迷惑を及ぼす。仕返しをされる可能性も高い。だから、情けは無用、と念を押された。逃がすくらいならば殺せと暗に言われたも同然で、七志も神妙な顔になる。「七志、」飼い葉の山の向こうから、陽気な調子で付け足しの声がかけられる。ジャックだ。

「脚を捻っちまえば走れない、必ずしも殺せっていう依頼じゃないから安心しな。」

 どのみち捕まれば死刑になる連中なのだが、その点には触れず、ジャックは軽く言って笑った。


「あの、七志さんは人を殺すことを嫌うというのは本当なんでしょうか?」

 馬車は走りだし、揺れる荷台の上で隣に座った少女ジェシカに面と向かってそう聞かれた。

「え? うん、まぁ。」

 甘い考えなのは、今さら誰かに言われなくても解かっている。それでも、嫌いなものは嫌いだと七志は正直に答えた。アサシンの一族で、自分がなんと評価されているかは大よその見当も付こうというものだ。誤魔化したところで仕方がない。

「俺が住んでいた世界では、ここみたいに日常で、戦いが当たり前に存在していたりはしなかったからな。モンスターも居ないし、犯罪者は……そりゃ確かに居たんだけど、自分には関係ないと思うくらいに、出会う機会なんてなかったんだ。だから、嫌いっていうか、慣れないんだよ、出来れば関わり合いになりたくないっていうか、さ。」

「逃げです、それは!」

 この少女の声は大きい。何事かと、御者席のジャックまでがこちらを向いた。

 なんでもない、とジェスチュアで返す。そうか、という体で彼はこちらには加わらず、また前を向いた。


 逃げ、という言葉を聞かされても別段なんの感情も湧いてはこない。自身で不思議と感じながらで、七志は続ける。

「逃げ、か。うん、そうだろうな、逃げてたんだと思う。逃げても大丈夫な世界だったからな。」

 拍子抜けな言葉に、隣の少女はがっかりとした顔だ。何を期待していたのか、七志を噂に聞いた英雄かなにかとでも思っていたのかも知れない。遠征から先、またまた尾ひれが付いて七志の評価はうなぎ登りに上がっているとも聞いていた。

 こちらへ来てから、とにかく色々な出来事が起きて、そのどれもが逃げることを許さぬ状況ばかりだった。この世界の危機は目に見える事柄がとにかく多くて、だから逃げるという選択肢は取りにくい。けれど、あちらの世界の危機は頭の上を遥かに飛び越したところにあるような物ばかりで、他人事のようにも感じられて、……だから、知らず知らずに逃げる道を取ってしまう。犯罪者の顔など、ニュースでしか知らない。どこかの誰かが捕まえるものだと感じていて、それが当たり前の感覚だ。

「俺の居た世界と、こっちは、まるで違う世界なんだよな。こっちはさ、とにかく何でも自分でやらない事には解決しないっていうかさ……、」

「そんなの、何処でも同じですっ!」

 またジャックが振り返る。けれど、七志は今度はジェスチュアを返さなかった。動けない、胸に彼女の言葉が突き刺さっている。違う世界だから、という認識さえも逃げだと少女は決めつけてきて、なぜだか酷く傷付いた。

「兄上が言っていました。貴方は人を殺さないと誓いを立てているから、人を殺さないのだと。わたしもそうだと思っていました。だから、わたしは殺すことが当然と考えているから、話し合いを持たなければと思っていて、だから困るんです、そんな中途半端な考えで居てもらっては。」

 どっちなんですか、とジェシカに迫られても、七志にはぐうの音も出ない。そんな風に考えてのことではなかったのだから、答えようもなかった。


 黙ってきいていたらしい隣から、助け舟のような台詞があがる。

「話し合いって言ってもさ、あんたは七志が嫌だと言っても、やっぱり殺すことは止めないわけでしょ?」

 途中でリリィが加わって質問。

「もちろんです。七志さんの好みや矜持など、わたしには関係ありませんから。ただ、戦闘の途中などでこの問題が悪影響を生み出すこともありえるかと思いまして。」

 実際に今から、盗賊団とはいえ人間の集団と戦いに行くわけだから、考えないわけにもいかない。そういう意味なのだろう、七志は投げやりに答える。

「実際にその場面にならなきゃ何とも言えないよ。優柔不断で申し訳ないけどね。」

 ほとんどふて寝の状態で、七志は背中の飼い葉にもたれて目を閉じた。自分が殺すのはもちろん嫌だが、では、他人が殺すのを見ているというのは、はたしてどうなのだろう?

 ざっす。と、耳元に聞きなれない音がして、首を巡らせる。

 頭の真横付近のわら束に矢じりが突き立っていた。


「う、わー!!」

「敵が来ましたね!」

 彼女のお蔭で命拾いした、跳ね起きた七志の身体に突き刺さるはずの無数の矢羽はアサシンの並外れた身体能力によって全てが叩き落されている。見れば、ライアスとリリィも用意の毛布で体を庇って敵を窺っていた。毛布の裏には鎖帷子が仕込んであり、カモフラージュは万全だ。無防備だったのは、おそらく七志ただ一人。

「毛布を! 次が来ます!」

 わたしは手が離せません、とジェシカの鋭い声が飛んだ。

 七志は慌てて用意の毛布を広げ、応戦中のジェシカを庇うかたちで二人の身体に覆いかぶせた。


麻衣菜は現状で偽名中なのでキッカで通っています。

間違い箇所は順次確認後に訂正。申し訳ありません。

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