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第二十四話 チートの使い方・七志流Ⅱ

「来訪者。」

 エルフの言葉を反芻して、ベルンストが呟く。先日、煮え湯を飲まされた相手だ。勝ったはずの戦いを、訳の分からぬ幻術紛いの仕業で台無しにされた。苦い唾液が口の中に広がる。飲み下して、平静を装ってから、再び口を開いた。

「確かに、油断のならぬ相手ではあります。が、しかし、」

 その言葉を遮るように隣のエルフが割り込む。

「何より怖いのは、あの来訪者の能力が、こちらにはまったく解からないという事です。」

 言葉の中断より、その内容に思い至る部分があり、ベルンストは苦い表情で隣のエルフを見つめた。


 慢心とは無縁のエルフの将だ、再三に渡り敵陣へスパイを送り込み、その後の情報収集に努めていた。それでも、依然として敵陣にいるはずの来訪者の能力はおろか、存在すらキャッチ出来ていない。

 まさか、その来訪者……七志が行方不明になっているなどとは知らず、さすがに向こう陣営でも伏せられた重要機密扱いであるせいで、彼女に運が無かった部分が大きいのだが。

 警戒は殊更に大きく、本来なら小手先の作戦など通じるような状況ではなかった。ベルンスト以下、将兵たちに油断はまるでない。

「どちらにせよ、こちらは作戦通りに行くしかありますまい。もはや敵は来訪者ただ一人と目し、あやつだけを注意しておれば良い。」

 いくら無双を誇る来訪者といえど、その能力には限界がある。直接攻撃に優れる者であれば迂回して相手をせず、魔法に優れるというならこちらの魔導師を総動員して戦えばいい。たった一人の異能など、それと知れてしまえば数で押し切る事は充分に可能だ。


 恐らくは魔導師系の能力者と予測をたて、ベルンストは脳内で作戦を組み立てている。

「魔導師たちを全員、来訪者にぶつけましょう。スピードが要となる。なに、一刻と掛からず、打撃を与えて引き返してみせますよ。」

 ほんの数分、魔導師たちが来訪者の攻撃を食い止めてくれれば良い。魔法の相殺は単純で、幾ら魔力が強くとも、威力そのものに変化がなければこれも数で十分に対応が取れる。彼の知る限りの常識では、魔法のクラスというものは固定値があり、個人によって威力に差が出るものではないとされていた。つまり、火の玉を出す魔法はあれど、その火力の調整までは、人間の力の及ぶ範囲ではない。だからこそ、魔法は魔法で相殺出来るのだ。それが、彼の、いや、この世界の人間たちの常識である。

 あくまで、人間の能力の、だが。それ以上となるとお手上げだ、だから端から対応など考えなくて良い。……考えることは無意味だ。


「魔導系の能力者であれば、それで良いでしょう。しかし、能動系であれば? あちらにはもう一人、国王アレイスタが居ます。二人掛かりで連携を取られるのは不味い。」

 二人とも、すでに敗北を視野に入れて話している。能力の解からぬ来訪者という存在は、それだけで充分過ぎる脅威だ。最悪の場合、相対した瞬間に、全滅さえ考えられる。いかに被害を最小に食い止め、なおかつ、敵の能力は最大に晒し出させるか。今回の従軍は思いもよらぬ方向へと進んでいた。

 新たな脅威の出現。それと知った上で今さら引き返すことなど、軍人として許されぬ。

「カーミラ副官、一軍を率いる将軍として命令する。この場に残り、仔細を国許へ伝えてくれ。」

 この場面で、優秀な指揮官であるこのエルフを死なせるわけには行かないと、ベルンストは自身と彼女を秤にかけてそう言った。戦場からは離れた位置になるこの場所は、戦況を分析するに如く、さらに攻撃の手は及びがたい場所だ。けれどカーミラはぴしゃりと返した。

「そういう役目は小姓辺りに命じなさい。わたしは残ります、貴方に任せるには荷が勝ち過ぎです。」

 緊張感がいや増してくる。新たな脅威に対し、ここはその力を見極めることが肝要だ。対策を練るのは国許のドメル将軍あたりに任せることになるかも知れないが。死をも覚悟して、二人は刻一刻と近付く作戦決行の時を待っていた。


 口には出さず、エルフは考えを纏めきれずに秀麗なその柳眉を潜める。いったい、なぜ、今の今までその力を見せなかった。幾らもこちらを蹂躙するチャンスはあっただろうに、なぜだ、と。

 やはり罠かと思考が揺れる。もっともな理屈がまるで見当たらない。これさえもが敵軍の作戦であるなら、なんと狡猾な参謀が付いているのか、否、ここまで回りくどく勿体ぶる意味はない、と元々の作戦であった可能性を切り捨てた。

 恐らくは、あの時、妙なイリュージョンを使ったあの辺りで、来訪者の能力が目覚めたのだろう。

 問題はその能力がいかほどのものかという事に尽きる。

 エフロードヴァルツの全軍が、たった一人の来訪者の存在に捕らわれていた。


 定刻を告げる角笛が鳴り響く。各将兵が、一斉に進軍を開始した。


     ◆◆◆


 騎馬のいななき、地を蹴る蹄鉄の響き、怒涛となる鬨の声。

 迎え撃つリーゼンヴァイツの本陣は、すでに迎撃の姿勢を整え、王の騎馬を先頭に陣を構えていた。

 明らかに、将兵の数が少ない。

「ベルンスト、油断なく!」

「解かっていますよ、奴が来るぞ、構え!」

 大弓隊が後方に控える特殊な陣形。狙い撃ちにするため、来訪者を待ち受ける。

 どこから来るのか、中段には新兵器のバリスタを擁し、敵に射掛ける射程へと突っこんでゆく。

 そこへ、青い影が走った。


「来たか! 総員、構え!」

 もはや、前方に見える敵の本体など頭になかった。たった一人の脅威に、全軍の意識が向かう。

 躍り出た異形に、一瞬、身が竦む思いにかられ、懸命に踏み止まる。見上げるような人型、鉄の魔人が、エフロードヴァルツの行く手を塞いだ。

「なんだ、あれは!?」

「バケモノか!?」

 浴びせられる驚愕の声が、士気を急激に落してゆく。

「怯むな! アレが、我が国を蹂躙する様が見たいか!?」

 落ちかけていた士気が、また急激に引き揚げられた。


 敵軍が怒涛の勢いで迫る、モニターに映るその様子を見て、七志はタイミングを計って飛び出した。

 威圧は充分に与えたはず。……が、予測通り、騎士という人種は怖気ることを知らない。蜘蛛の子を散らすように、とはいってくれなかった。

「やっぱり、逃げ出してはくれないか。」

 そんなに甘い相手じゃないよな、と浮かびかけた苦笑を無理やり引っ込めて、気を引き締める。それでも予定通りに進軍は、止めた。

 問題は、ここからだ。

 とにかく、この機体は七志の望むままにあらゆる武器を無限に装着してのける。前屈みになった機体の背中にいきなりラインが引かれ、アニメーションでも見るようにそこには今まで無かったはずのハッチバックが現れた。戦車搭載の対空ミサイル弾のように、スライドしてせり上がるのは三段ゲージの射出カタパルト、搭載されているのは催涙ミサイル弾だ。その間、僅か1秒と掛かってはない。

 次々と発射される現代の最新武器が、七志のコントロールに従い、それぞれ目標地点に正確に着弾した。

 もうもうと土煙と共に弾幕が周囲を包む。催涙弾の経験が、彼らにはないことを祈りながら、七志は固唾を呑んで待ち受ける。

 微かに見える人影は顔を手で覆い、右往左往するものだ。それさえ確認出来れば、次へと移る。

 邪魔になった催涙弾の煙を除去するために、もう一段、ミサイルを放った。爆風で煙幕を飛ばし、煙の切れ間に見える、真のターゲットをロック。バリスタ。

「こいつさえ、破壊すれば……!」

 精神的ダメージは計り知れないだろう、それで今度こそは退いてくれることを心底から祈って。

「ロックオン、ファイア!」

 背中から打ち出されたミサイルの軌跡に沿って、白く排気煙がたなびく。その姿はメデューサのようだと七志自身は思い、ついで弾頭一つ一つに意識を飛ばした。

 身を挺するかのように立ち塞がろうとする騎士たちを避けねばならない。

 すべての弾は、七志の意のままの軌道を取り、ホーミング弾より上出来の針路で障害物を避けて目標へ到達した。着弾、爆破。新型兵器はその役を果たすことなく、砕け散った。

『よし、これで怪我人は最小限で済むはずだ、』

 緊張の続く中、瞬間、ほぅと息を吐き、七志の口元にも微かな笑みが浮いた。


 僅かに弛んだ緊張を呼び戻すように、緊急を告げるアラーム音。モニターが白黒反転で、表示形式を勝手に切り替えた。映し出される魔法の軌跡。

 七志の攻撃があまりにスピーディで、魔導師たちの攻撃はまるで間に合ってはいなかった。

 陽光を遮るかのように右手を頭上へかざすと、いつかと同じにシールドが展開された。恐らくは、敵味方ないまぜにする大規模魔法であろうと予測して、そのシールドは敵軍までも余すことなく覆い尽くす。

 上空に派手なイルミネーションが咲き乱れた。


 さすがにエルフはこの状況を正確に把握している。隣の年若き将軍は頭に血が昇り、使い物になるまい、と判断してのける。

 青い巨人の後方にはリーゼンヴァイツの軍が控えている。王族を先頭に精鋭騎士団の一派、そのまたさらに後方に本隊が控えているのは明白で、即座にカーミラは撤退を判断した。

「ベルンスト、退却命令を!」

「いや、兵は無傷! まだいける!!」

 やはり若い。血気に逸り判断力を欠いている。

「貴方はバカですか! 奴が情けをかけただけのことです、その気になれば一瞬でこちらは全滅します!」

 カーミラの判断は正しい。何より、こちらの人的被害は極小であり、損害といえば急ごしらえのバリスタ程度だ。そして、有用な情報は多く手に入れた。敵の気が変わらぬうち、いや、後方に控えた騎士団が動き出す前に、この甘ったれた来訪者の思惑に乗るのが一番の得策だと見抜いていた。

 視線はすでに巨人を離れ、その向こうに見える敵の王族の表情を観察している。ふいに何かに気付いたような驚愕の顔、続いて怒気も露わに奴の能力である闘牙武装に移ろうとしている。

 この来訪者にまんまとしてやられたのは、こちらだけではなかったらしい。

「退きなさい、ベルンスト!」

「くっ、……退却だ! 総員退却!!」

 ヤケクソの怒声が響き、角笛が鳴り響く。同時に動き出したリーゼンヴァイツの軍勢が彼らに追いつく事はもはや不可能だった。


 情けをかけられたという事が、時に、蹂躙される以上の屈辱を相手に与えかねない事を、七志は知らなかった。逃げ戻るその途上が、どれほどの惨めさを刻み付けるかを。ましてや、無傷。

「……おのれ、来訪者め、」

 噛みしめた唇の端が切れ、血が滲む。

『覚えていろ、来訪者。その傲慢を必ずや後悔させてやる。』

 激しい憎悪。これほどの屈辱、これほどの憎しみを、未だかつてこの将軍は人間に対して抱いたことはなかった。

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