第二十三話 チートの使い方・七志流
目を閉じて。仁王立ちに腕を組み。
「う~ん。」
いっちょ前の軍師気取りで七志は思案に耽っていた。余裕綽々。
なにせこっちは例のチート装備がある。はっきり言ってこの場面、あれを出して勝てない道理はない。今さら作戦も何もありはしないのが実情だが、そこはちょっとくらいカッコ付けてみたって罰は当たらないだろう。失敗の可能性は0.0000000…… アレを着て真正面から突っ込めば終了だ。だが、喩え楽勝が確実であってもそれをそのまま実行したのでは、師に申し訳が立たない。この状況が勿体ない。そこで、シミュレーションの訓練を兼ねてみることにした。敵軍にすれば、いい面の皮だろうが。
「ああいう風に展開してるってことは、連中は間違いなく仕掛けてくるってことだよなぁ、」
ライアスが話してくれた事をおさらいして振り返って考える。エフロードヴァルツではまだ戦争に持ち込みたくはないはずで、それは最初の激突後の現在に至ってもまだ継続中のはずだ、とマクロな背景を導き出す。国同士の関係はそれで正しいはずだ。だが、敵軍は未だ軍を退かず、更なる軍備の強化まで行っているのは明らかに次の攻撃を狙っているからだろう。開戦に繋ぎたくはないはずだが、何か言い逃れの手があるという事なのか。
いつまでもぐずぐずと引き揚げない自軍リーゼンヴァイツの兵力そのものが、二次攻撃を許すに足る正当な理由になると見られたのかも知れない。国境付近に大軍を擁している事そのものが該当する、つまり、七志のせい、という事になるわけだ。頭を抱えたくなった。
蹂躙してしまえばいい、片隅ではそんな物騒な考えもなくはない。
向こうが戦う気満々なのだから何の遠慮も要らない、それは解かるのだが、やはり解かりたくない心境が強い。やられたら、やり返せ、とも言うわけだが。現代っ子の七志は戦争を知らずに育った世代なわけで。心のどこかで『戦争、はんたーい、』とか細い声が良心を突ついていた。
こちらの世界では、これが当たり前の光景なのだと理解はしている。
「だからと言って、向こうも人間なわけだしなぁ……。」
本来のチートらしいチート能力を得て、逆に七志の心には迷いが増えた。
出来るなら、誰も傷付けたくない。どうすれば、最小限の怪我人だけで向こうを引き揚げさせることが出来るだろうか、と再び思案に耽る。
「両軍激突の瞬間に躍り出たとして……。」
脳裏に浮かんだのは、人でなしな冷笑を浮かべるアレイスタの姿。
あの国王の性格なら、嬉々として敵軍に追撃魔法をぶちかますだろう。……却下。
「今すぐ連中の鼻先へ飛び出したとして……、」
騎士という人種はクレイジーだ、全軍顔を真っ赤にして突撃してくるに違いない。却下。
「要するに、王様たちが知らないうちにこっちが引き揚げてくれりゃいいわけで。その為には不意打ちで、無力化するのが一番で……」
言うのは易いが、その方法が考え付かない。早くしないと先に行かせたジャックたちが到着する。知らせを受けて、喧嘩を買われたらコトだ。あの国王なら喜び勇んで突っ込んで行くに違いない。それも、ジャックに七志、両者がチートな能力を備えていることを敵軍が知らないとなれば、ほぼ確定の未来だ。
「そうか。こっちの軍が見えればいいんだ。」
戦争は回避したいのだから、そうなれば嫌でも退く。そして、タイミングによっては、こちらの国王も地団太踏むだけで攻撃が出来ないという、タイムラグとも言える瞬間が存在する事に気付いた。
両国とも、現状では決して戦争を望んではいないのだったら。
「よし。」
作戦が決定した。
「カボチャー!」
呼び出しも慣れたものだ。すぐに使い魔は現れた。
「何で御座いますか、七志様! 向こうへ着いたばかりで御座いますよ、一息くらい入れさせてくださいましっ!」
ご機嫌斜めでカボチャが喚くのを無視して、七志は前方を指差す。
「そうか、着いたか。いいタイミングだな。あれ、見えるだろ?」
「はぁ。」
気のない台詞。構わず七志は続ける。
「たぶん、あの国王のことだから、先生が何を言ってももう聞かないと思うんだ。今頃、戦闘態勢を整えてるんだろ、どうせ。」
「御明察で御座います。魔導師たちに命じて、とりあえず防護シールドの展開を急がせておいででしたが、迎え撃つ気満々で御座いました。」
迎え撃つ、と聞いて七志は満足げに頷いた。
「先生に伝えてくれ、そのまま足止めしておいて下さいって。」
何かやらかすつもりと気付いて、カボチャが少し表情を変えた。この主人が自ら積極的に動こうとするのは、これが初めてかも知れない。舞名七志という一人の人間の資質を見るに、ちょうどいいイベントになるだろう。一個人が持つには大それた力を得た、その後にどう変わるのか、なかなか興味深い。
いずれ本当の主である麻衣菜に敵対する事となったとしても、このデータは有用だ。
「では、さっそくお師匠にも伝えて参りますです。」
さっと翻り、空の彼方へ消えた。準備万端、仕上げをご覧じろ、といったところ。
七志の許を離れたカボチャはさっそく師匠、ライアスの許へと馳せ参じる。
「ほう、七志のやつは何かやらかすつもりか。ふむ。」
顎鬚を撫で、にんまりと悪ふざけの笑みを湛えた。この師にしてあの弟子。
「解かった。ご苦労だったの、カボチャ殿。まぁ、お茶でも飲みながら、あやつのお手並みを拝見するとしようか。」
ほぼ、何をしようというのかは解かっている、そういう口調でライアスはカボチャにお茶を勧めた。
「わしの予想では、そろそろお譲さんが来る頃合いだろうよ。丁度良い、少しお膳立てをしてやろう。」
言葉が終わるか終らないか、というタイミングで外の騒ぎが響いてきた。ホロの外側で厳しい号令の声をかける女性の声音だ。
「失礼する、ライアス殿。」
勢いよくホロの前立てを捲し上げて、姫将軍が乱入した。
◆◆◆
「おお、七志の使い魔が居るではないですか、すると既に奴とは連絡が?」
「うむ。向こうの世界で大きな力を得たと言うておってな。此度の敵軍程度であれば、独りで蹴散らせると豪語しておるよ。」
飄々としたライアスの言葉に、姫将軍フィオーネの顔が喜色ばんだ。
「では、期待して宜しいか。兄上が早急に今後の作戦立案を、と望んでおいでなのです。」
「ぬかりはない。国王陛下にも万事任されたしと伝えおいて頂きたい。後方支援の為の配置は、魔導師たちを最後方へ下げた布陣で。今後の政争に備えて傭兵部隊はすべて第二陣へ下げて、待機の命を。まだ七志の新しい力は見せぬが宜しかろう。なに、その分の働き程度はあ奴一人で充分ですからな。」
ライアスの口から滑り出す出任せを、フィオーネは満足げに頷きながら聞いている。今までの来訪者が全てそうであったように、七志の得た力も途方もないものと、これは先入観の為せる業だ。本当のところは解からずとも、七志の性格から嘘であるわけはなく、前例を見てそれが大きな戦力でないはずがない、と決めつけて掛かっていた。
わざと真剣な顔を作ってライアスが続ける。
「むしろこの戦役よりも、この先国許へ帰ってからの国政にこそ気を配られよ。魔導師協会も油断が為らぬゆえな、傭兵たち共々後方へ下げて戦線から離脱させておくが宜しかろう。騎士たちの中でも特に王家に忠誠の高い者を前方へ、難であれば半分は待機を命じてもよいくらいと存ずる。」
「それほどに、七志の得た力は大きい、と?」
「うむ。」
心の中で舌を出し。
本当のところはライアスも知らないことだ。だが、助言を求めない程度には自信があるという意味だろうから、独りで蹴散らせる云々の辺りは恐らく嘘にはなるまい、と考えている。
七志は恐らく先々の事まで考えにはない、そう予測して足りない部分を補っておく。この場面で要らぬ敵を内外に作るべきではないし、実力を多数に晒すべきでもない。七志を手駒としたい国王にしても、それは同じのはずなのだ。利害が一致するなら動かすのも容易い。
「真に厄介な敵は内々の敵、と申しますでな。」
多少の戦果を犠牲にしてでも、温存すべき情報というべきはある、とライアスは不敵な笑みの中に含みを持たせた。
姫将軍がホロを辞した後にライアスは顎鬚を撫でて、口を尖らせた。カボチャに聞いた不確定要素がどうにも気に掛かる。天を衝くほどの巨大な剣が現出したという辺り、まさか七志の力がそこまでとは考えにくいが、もしもの事もある。どのように誤魔化すかを考えながら、冷めかけた紅茶を啜った。
「まぁ、その時はその時だわな。」
「何で御座いますか、お師匠?」
「いや。昔を思い出しておったのよ。民や周辺の者どもを信用し過ぎて痛い目にあったことなどをな。」
若い時分の事だと、ライアスはまたぞろ飄々とした顔で答える。茶化すような口調でカボチャが相槌を打って、話題を合わせた。
「お師匠が、で御座いますか? いやはや、想像が出来ませんなぁ。お師匠ほどの策士を出し抜いた強者がおりましたか、過去には。」
「うむ。お蔭でわしは故国を失ってしもうたよ。陰謀というものは、どこをどのように這い寄ってくるかも知れぬ。油断大敵、というわけじゃな。うっかり、国を滅ぼしてしもうたよ。」
黙ったままのカボチャに、ライアスはにたりと人の悪い笑みをして返し、それきり口を閉ざした。愚かな国王の為に滅びた国、そのように聞いていた。自身からそのような話をしそうにもないこの老兵の事だから、その話自体はおそらくは別の誰かから広まったのだろう。
単に、愚鈍な王によって滅びただけではない事情がありそうだ、とカボチャは一人納得した。
一方で敵軍にも動きがある。
「……妙ですね、」
「何がですか?」
エルフはその特殊な能力ゆえに人間よりも遥かに優れた種族として知られる。長い寿命のなせる業か、彼らはマクロの視点を持つことに優れ高い洞察力を備えている。無駄を排した彼らは、行動から生活様式までが合理主義で洗練された雰囲気を持っていた。
そのエルフの副官が、将軍をそっちのけで思案に耽ったまま呟いた。問い返した言葉も聞こえてはいないらしく、無視された形の将軍ベルンストの方がため息を零す。まったくこれではどちらが上官かすら解からない。
少女のように線の細い可憐なエルフは、愛でている分には眼福だが、口を開くと恐ろしく合理主義で夢も希望も打ち砕かれる。人間とそっくりでありながら、人間とは違う種族という実感を、嫌というほど叩き込んでくれる生き物だ。
「私に見とれている場合ではないでしょう。相変わらず軟派な性質のようですね、色事より先に今は考えるべきことがあるはずですよ。敵の動きがきな臭いと、貴方は気付きませんか。」
まだ軍議よりも恋話の方が興味津々だった頃に仕えたかつての上官だ。痛いところをグサリとやられて、ベルンストは声を尖らせる。
「はいはいはい、解かっていますよ、サー!」自棄気味に答えた後、言葉の意味に気付く。「……敵軍の動き、ですか?」斥候から送られてくる情報は、いずれも敵リーゼンヴァイツの軍は引き揚げる気配なし、との報ばかりだが。それ以外にも何か注目すべきものがあったか、と首を捻る。
「だから貴方は駄目なのです、一つのことに執着しすぎるから、他が見えない。全体を見るようにといつも言っていたはずですが、忘れてしまったようですね。」
ああ煩い、と表情に出たのが悪かったか、畳み掛けるようにエルフの特別講義が始まった。
「本陣は引き揚げる気配がない、にも関わらず部隊を忙しく動かしているのは何のためです?」
「恐らく、こちらの動きに気付いている、あるいは逆に何か仕掛けようとしている?」
けれど、仕掛けるなら夜に乗じてのはず、ここまで周辺が白んできてしまえば、奇襲は成り立たないだろう。ならばやはりこちらの動きに気付かれたのだとしか。
「いや、違うな。気付いたなら、軍を下げるという行動は不可解だ。あるいは、魔法戦。それだけの余暇は充分に与えられたわけだから、可能性があるとすれば、魔法でしょう?」
「もう一つ、重要な因子を忘れていますよ。」
エルフはいつになく厳しい表情をして、どこか別の何かを睨みつけているようにも見えた。
「忘れている……?」
「来訪者の存在です。」