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第二十二話 永遠の夜の終わり

「七志!」

「隊長、ご無事でしたか!」

 仲間たちが口々に叫び、駆け寄ってくる。ジャックには髪をくしゃくしゃにされ、騎士たちには代わる代わるで腕を千切らんばかりの握手を求められた。風の精霊に送られ、ひと足先に城へと戻り七志の到着を待ち受けていたらしい。

「女王様!?」

「まさか、月の女王は眠っていらっしゃるはずでは!?」

 精霊たちも騒々しい。突如、姿を現した彼らの王が、あらぬ方向からやってきたために起きた混乱だ。

「説明は後です。今すぐこの方たちを人間世界へお戻しします。準備を。」

 凛と、通る声に弾かれたように精霊たちは動きだす。そこへ、城の方角から慌てて駆け寄るエミリアの姿が、七志の目に入った。

「いったい、……これは?」

「長く苦労をかけました、エミリア。わたくしの言葉をよく聞くのです。この世界の大地を枯らし、豊かな緑を奪い続けてきた存在は、今しがた消滅しました。……精霊界は救われました。ここにいる、七志に救われたのです。」

 精霊同士は言葉を必要としない。ごく簡単な一言ですべてを理解した彼らは、一斉に七志の方へと向き直る。逆に七志は狼狽えた。その場の精霊たちがすべて、彼の周囲へと集まった。

 代表するように、エミリアが優雅に腰を折る。正式の返礼に七志はまた直立だ。

「有難うございました、七志、いえ、勇者様。貴方の為した偉業を、我ら精霊界の全ての者が、子々孫々に至るまで語り継ぎたいと存じます。この世界を救ってくださったこと、貴方の名と共に、決して忘れることはないでしょう。」

「い、いえ、その、……ありがとうございますっ!」

 気が動転して、適当なことを口走ってしまい激しく後悔した。

 どっ、と歓声が湧いた。


 精霊の女王に案内され、一同は揃って城門を潜り広い中庭へと通される。初めて立ち入るその場所は、文字通り、水晶と白銀とに覆われた別天地だ。人間世界のどこにも、ここまで壮麗な城は存在しないだろう。中庭はとてつもない広さで、その中央には厳かな佇まいを見せる祭壇がある。堅牢な石造り、けれど多くの場面で見たとは違い、その石は滑らかに磨き上げられた大理石の艶を持つ。支柱と床には複雑に描かれた文様、円形の魔法陣。ぼんやりと、薄い水色の光を放っている。

 女王の指示に従い、七志たちはその祭壇へと進んだ。


「心配が一つあります。あの塔が世に出てしまったことです。……悪い予兆でなければ良いのですが。」

 ゲートの祭壇へと向かう七志に向かって、月の女王はそう言って表情を曇らせた。

「わたくしにはあの塔の正体は解かりません。なぜ、あの地に隠されていたのか。よりによって、あの地に。」

 憂いを秘めた表情で、女王は独りごちた。そこが、古代の神タナトスの神殿が置かれた地である事を指すのだろうと七志は感じ取り、共に神妙に受け止める。

 夫婦神である二柱。だから、という理由ではないのだろう、恐らくは。

「神が貴方がた来訪者を呼び寄せる理由を、この世界の誰も知る者は居ません。無責任な噂のうちには、貴方の心を酷く迷わせる類のものもあるでしょう。けれど、畏れずに進みなさい、七志。」

 強い口調で女王は七志に告げた。女神は生きようと望む者の味方だと。最初のうちに聞かされた噂話を思い出し、より一層の深刻さを感じる。

「わたくしは女神の神託を受け、あの塔を護っていました。慈愛に満ちたかの女神の声を、聴いてもいるのです。あの塔は、間違いなく貴方のために創られたもの。

 貴方は再びこの地へ戻ることとなるでしょう。あの七つの塔は、いずれ貴方を引き寄せる運命の鍵なのです。畏れずに聞いてください、七志。今後、貴方は恐ろしい敵と戦うことになるでしょう。けれど忘れないでください、その時には、わたくしも太陽の王も、いいえ、この世界のすべての者たちは貴方の味方として働きましょう。多くの味方を得たこと、決して忘れずにおいてください。」

 ゲートの祭壇へ登った七志に向かって、月の女王はそう言った。両腕を厳かに天へ向ける。月の光がゲートへ満ちる。七志を筆頭に、騎士たち五人とジャック、全員無事に帰れるのだ。

「決して、決して、忘れてはなりません。貴方は多くの味方と共に――」

 虹色の光が一同を包み込んだ。そして、一瞬で消し去った。


 人間界からの迷い人を送り出し、女王はその場に佇んでいる。

「行ってしまわれましたか?」

 そこへ、エミリアが近寄った。

「長く、……本当に、長い間、皆を苦しめてしまいました。わたくしを、許して、ください……。」

 言葉の末尾は震え掠れた。

 静かに傍へ寄ったエミリアが、震える肩をそっと支えた。


 たった独り、地の底でわけも解からず待ち続けてきた。

 待ち人はいつ来るのか、

 いつ終わるのかも解からずに。

 愛しい人に逢えない寂しさは雪の舞い散る様にも似ていた。

 ちらちらと、僅かばかりの冷たい雪が、静かに、静かに、心のうちに降り積もる。

 逢いたい。

 逢いたい。


 いつの間に、二人は昼と夜にさえ、阻まれるようになったのだろう。

 地上で目覚めることが叶った時にも、やはり逢えなかった。

 朝日が昇る。

 地の底から、愛しい者の声に耳を澄ませた。

 夜には共に眠りについた。

 離れていても、気配だけでも伝えたかった。

 寂しくて、悲しくて、誰を恨めばよかったのだろう。

 苦しくて、憎くなった。


 世界が滅べば、逢いにゆけるのに。


 呪縛が解けた今、女王とエミリアは共にさめざめと泣き伏した。女王の心が痛いほど解かる、エミリアは黒き帝王を想って泣いた。

 翼の女神、愛の女神アモールは、愛とともに苦しみを与える神。

 空が白んでゆく。永遠にも近い時間を引き裂かれてきた二人が、ようやく、逢える。

「女王様、さあ、参りましょう。じきに、太陽の王がお目覚めになります。」

「あんなにも逢いたいと恋焦がれてきたのに……。今は恥ずかしくて、合わせる顔もありません。本当なら、駆け出して、すぐにでも逢いに行きたいのに……足が、止まってしまうのです。」

 自身のしでかした罪を思い、女王はいつまでも動こうとはしなかった。


     ◆◆◆


 虹色の光が一同を包む。来た時の不安定さはなく、全員が何か見えないカプセルにでも包まれて移動しているかのような感覚がある。光は前方から押し寄せ、後方へ流れ去り、激流の中を泳ぐ魚のような気分で周囲を見渡す。随分と時間が掛かったようにも思え、また、あっという間だったような気もする移動魔法の発動効果が終わった。

 空間にふわりと投げ出される。地上との距離は1mほどか、さすがに全員訓練された戦士だから、一人も転ぶことなく綺麗に着地を決めた。七志は自身の運動神経が、例の塔以来のチート状態が続いていることに一抹の不安を覚えていた。

 時折耳にする噂。神は自らの生贄にする為に来訪者を呼び寄せる、という言葉が脳裏によぎる。消えてしまった者たちはどこへ行ったのか……やにわに激しく首を振った七志を、他の面々が不思議そうに注視した。


「え、なに?」

「いや。お前こそ、どうかしたか?」

 あからさまな不審を現して、逆にジャックが問いかけた。

「大丈夫、目がチカチカしただけだよ。それより、ここは何処かな?」

 周囲を見回して、気付く。地面の傾斜がきつい、山の中かも知れない。

「隊長、あそこに敵国の軍勢が見えます。」

 ハリーの指さす方向、木々の合間に遠く数千規模の軍勢が控えている。タイミング良く、そこで上空から声が掛けられた。

「七志様、ここはゴブリン山の麓付近、高台となっている様子で向こうからは見えぬようで御座いますな。」

 偵察に行ってくれたのだろう、ふわふわと近寄ってカボチャが報告した。

 うん、と頷いて目視で敵軍の様子を窺う。隣へもう一人のジャックが歩み寄る。

「まずいな、奴らはバリスタを用意したらしい。不意打ちを掛けられたら一たまりもないぞ。」

 目を細めて、彼らを観察していたジャックが舌打ちした。

「こっちも負けてないさ。ジャック、ハリーたちと一緒に陣へ戻って敵襲を知らせてくれ。カボチャ、みんなを頼む。」

「わたくしもジャックで御座いますぞ、七志様!」

「うるせー、面倒だからカボチャランタンに改名しとけ!」

 すかさずジャックが黙らせた。やはり本人同士は気にしていたらしい。ついつい噴き出してしまう。幸い、二人には気付かれずに済んだ。知れたらまた八つ当たりだ。

 じゃれ合いのようなもの、と放置して七志は騎士たちに向き直る。

「時間が惜しい、作戦開始だ。ハリー、指揮は任せた。」

「承知しました、隊長。……行くぞ!」

 掴み合いに発展しそうな一匹と一人に向かって、ハリーが声を荒げる場面などもあり。

 行動を開始する。


 きびきびと動き出す七志の部下たち。数々の場面を乗り越え、息もぴたりと合っている。ジャックがハリーと共に先頭に立ち、イフリートを呼び出した。カボチャが上空へ舞い上がり、方向を見定めてからまた戻る。最短コース、一直線に自軍陣地へ向かって進み始める後姿を、七志は独り見送った。

 今の彼らならば、相手がホブゴブリンであってもものの数ではないだろう。ミスリルコートの武装に、ジャックのイフリート。七志の傍に残った紅疾風号がいななきで問いかけた。

「ああ、お前も行ってくれていいよ。今までご苦労さん、助かったよ。」

 真っ赤なたてがみを撫でて、七志はねぎらいの後に馬の背を軽く叩いて促した。一度振り返ってから、クリムゾンはジャックたちの後を追って去っていく。

 見送ってから、改めて七志は敵の軍勢と対峙するように正面へと見据える。

「さてと。タイミングが問題だな。」

 ここでいきなり例のロボを出したら、さすがにバレるだろう。なにせデカ物だ。自分一人ならバレずに彼らの傍にまで近付けそうだ。うん、と頷いてから、七志は行動に移った。


 虎目水晶は、すべての映像を余すことなく映し出している。

「七志ったら……。また、なんか危ないことしようとしてる……。」

 泣き腫らした目は兎のように真っ赤で、低めの鼻も同じく真っ赤になっている。麻衣菜は飛び起きてすぐにまた七志の動向を映し出す水晶にかじりつき、そのまま誰が行っても梃子でも動かないという状態だ。後ろで蘭花が小さく肩を竦め、麻衣菜の作った魔物たちもため息交じりにその光景を見つめている。

「まさかとは思うけど、敵陣にたった一人で突っ込むくらいはしそうだわね、アレは。」

 腕組みで、無責任にそう言った蘭花を、噛みつきそうな視線で麻衣菜が睨んだ。ガタン、と椅子を蹴って立ち上がる。齧りついてから先、初めて別の行動を見せた主に、魔物たちはびくりと身を震わせる。

「スケルトンたち、全部あそこに送る! 魔王たち、二人掛かりならアイツ等やっつけられるし!」

「無茶言ってんじゃないわよー!」

 駆け出しそうな勢いの麻衣菜を、慌てて蘭花が羽交い絞めにして封じた。

 実際のところ、彼女もまた、あれこれと思案を巡らせ続けていたのだ。もっと早くに動くべきだった、軍勢に囲まれていることで消極的に出ていたが、誤算だった、と。

「こんな事なら、ドンパチ仕掛けてりゃ良かったわね、しくじったわ。」

 戦闘に持ち込んで、王国内へ攻め入れば、さすがの彼らとて引き返さざるを得なかっただろう。巧い具合に封じ込められていたのだと、今になって気付く。

「だから、今から七志のとこへ……!!」

 バタバタと暴れながら麻衣菜が喚き倒すのを、懸命に抑えるのが彼女の役目だ。

「落ち着きなさいっての! 今から行っても間に合わないことくらい、解かるでしょ!?」

 電話で即座に連絡のつく現代とは違うのだ、情報の伝達には相応の時間がかかる。本当のところは麻衣菜とて、その程度のことは解かっている。暴れながら、次第にその声は泣き声に変わっていく。

「七志のこと、助けてあげられる! わたし、強いんだからね、ドメルのじじいが何だってのよぅ、いっつも邪魔してっ、皆してわたしのコト、わたしが魔女だからって、助けに行くの邪魔して! もうなんにもしないって言ったのにっ!」

 泣きながら、呪詛のように人々への恨み言が繰り返し、繰り返し、吐き出されていく。

「……七志っ、……わたし、助けてあげる力があるのに、役立たずだ……、」

 嗚咽に呑まれて言葉が出ない。ぼろぼろに泣きじゃくり、振り絞った声はそれだけを言って途切れた。

 力が抜けた彼女の身体を支えきれず、蘭花も共にその場へと座り込む。


「蘭花、わたし……七志と一緒に居たいよ。」

 ぽつりと呟かれた言葉に、告げられた少女は答えを返さず、ただ後ろから彼女を抱き締めた。

「七志の傍に居たい。七志を助けてあげたい。ここで黙って見てるのは、もう嫌だよ。さっきだって、わたしだったら助けてあげられたかも知れない。ううん、きっと助けてあげられたと思う。……わたしが、ここで隠れてなきゃ、七志はあんなボロボロにされたりもしなかったよ!」

 すべてを自分のせいにするのが、麻衣菜の悪い癖だと、蘭花は言ってしまいたくなるところを押さえている。唇を噛み、涙目になった自身の表情を隠して主である少女を抑え続ける。

「世界中を敵にしてもいい! わたしは、七志の傍に居たいの!」

「……解かった。解かったから、麻衣菜。今は、抑えて。あたしが何とかするから。絶対に、七志の傍で大手を振って歩けるようにしてあげるから、だから、今は我慢して。」

 何事かの決意を秘めて、蘭花は宣言のような約束を残した。

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