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第十九話 パイルバンカーは浪漫武器

 ひらり、ひらりと魔物の攻撃を躱す。まったく息一つ切れもせず、まるで自動で動くかのように、敵の攻撃を軽く避けることが出来た。

 自身の身体に違和感を覚える。こんなのは、まるで自分ではない。

 奇妙な感覚に首を傾げながら、またアルケニーの放った三発の粘着物を躱してみせた。

 昔、友人のゲームでチートのキャラクターを使った時のような、まるで手応えのない感覚。夢の中のような、自分ではない自分をなぜか自分の中から自分が見物しているかのような。

 正直、気持ちが悪いと感じていた。

 ゲームの時に使ったオート戦闘用AIが優れたシロモノで、こちらで操作しなくても自動的に敵の攻撃を避けてダメージを食らうことがない、というプログラムだったが、まさしく今の状態がそれだ。自身が気付かなくても敵の攻撃モーションに反応して、身体が勝手に最適の動きで判定外へ逃れ出る。友人は全面的にAIに頼るというプレイは好まなかったから、回避だけを徹底した特化AIだった。

 そんなどうでもいい事をつらつらと思っていた。

 まるで緊張感がない、ひょいと肩の位置をずらすだけでギリギリ頭のすぐ横を粘液の塊が飛び去っていった。


「おのれ、小僧! ちょろちょろと逃げ回りおって!」

 激高したアルケニーが苛立たしげに舌打ちして、そう言った。怒らせては不味いのだろうが、このチート状態がどうにかなるという事もなければ、攻撃に当たることも容認出来るはずがない。仕方なしに、七志は小さく肩を竦めてみせた。

「小僧!!」

 アルケニーの顔がどす黒く変色する。余計に怒らせたらしい。

「よかろう、苦しんで死ね!」


 魔物はその巨大さには似合わぬ動きでするりと七志の懐へと踏み込んだ。スピードが予想を遥かに上回る。

 振り上げられた前足の一本がまるで死神の大鎌にも見えた。躱す、鋭い振り抜きに衣装の端が切れて飛ぶ。もう一本の足が反対側へ振り落ちる。自動避けには限界がある、すぐ後ろには吐き飛ばされた粘着物、真横には巨大な鎌の足、退路を断たれた七志は髪のひと房を千切られながら、アルケニーの胴の下へと飛び込んだ。

 魔物の胴が頭上へ落ちる。八足の檻がまわりを囲い、逃げ場を塞ぐ。ギリギリで足の合間を抜け出す。彼女の体当ては床石を粉砕した。

 籠手の先、ミスリルの刃が長さを変える。ナイフでは追いつかない、ショートソードの形態に変化した。咄嗟に前方へ出した刃が、アルケニーの薙ぎ払いを受け止めた。

「くはは! 受けては不味いだろう、小僧!」

 有利を悟った声が叫ぶ。横合いから別の足が、したたかに七志の身体を殴り飛ばした。

「うぐ!」

 重い一撃にアバラが逝った。みしりと体内で嫌な音が響いたが、それに構っているだけの余裕もない。転がされたその場で、さらなる追撃を避けて床を転がる。ガシガシと数本の鎌が交互に追いかけた。

 痛い。痛くて堪らないのに身体は勝手に動く。アクロバティックな動作でバックステップ、右腕を支点に捻るような動作でふわりと宙を舞う。無理な態勢にまた激痛が走った。着地点に再び敵の攻撃が被せられる。二本の鎌が恐ろしいスピードで七志の身に迫った。

 片方は受け、片方は致命傷を避けるだけで手一杯だ。皮の胸当てごと、肉をざっくりと切り裂かれる。迂闊にジャンプすれば空中での方向転換が不可能な分、大きな隙を生むことを学習した。

 よろよろと後ろへ下がった七志に、なおもアルケニーの追撃が続く。ジャンプすれば不利になる、それを知っての足払いが二本、左右から刈り込むように繰り出される。避けるには上へ行くしかない。跳んだところを待ち構えたようにトドメの一撃が脳天を狙い撃ちにした。


 籠手がいきなり光を発したのはその刹那だった。第二段階の覚醒。

 大鎌は装甲に遮られて目標を貫く前に止まった。何時の間に纏ったというのか、そこにはこの魔物の見た覚えもない何かが居る。七志自身も咄嗟に閉ざした目を開いて驚いた。視界が、異様だ。

 スコープ越しにアルケニーが見える。いや、それ以前に自身の周囲がメカニックすぎる。異世界からまた別の世界に飛ばされたのかと焦ったほどだ。計器の類は何を示すものかも解からない、だが、周囲を埋めるゴテゴテとしたメカの類いは、もともとゲーム好きの七志にはご褒美に近いフォルムで厨二心を刺激する。広範囲をフォローするスコープ画面は中心がクリアで周囲は少しばかり暗い。真正面に捉えた標的を識別しやすくなっている。オート機能はここにも生きていて、ターゲティングは常にアルケニーをロックする。おそらく姿勢制御は常に敵を正面にするのだろう。

「な、なんだ貴様は!?」

 アルケニーの大鎌がスコープ画面に迫ってくる。咄嗟に両腕でガードすると、画面には異様な青いメタルの装甲が映された。巨大な魔物と目線が同じ位置にある。人型が本体とすれば、画面に映るその顔はやけに小さく感じる。ここは、操縦席だ。おそらく、操縦者と同じ動きをするマン・スレイブ、アーマード・スーツと呼ばれるシロモノだと感じた。手にはグローブ、両足にも同じくエンコーダーの役割を果たすブーツが、これもよくあるアニメチックなデザインで胸にこみ上げるものがある。

 ロボットモノの嫌いな男子はいない、七志は状況も忘れて感激に身を任せてしまっていた。

 外観が見たい! 強く念じた時、残念ながら現実に引き戻す事態が起きる。アルケニーの体当たりをまともに食らい、視界に空が映し出された。転倒。

 ショックバランサーが秀逸だ、多少の衝撃はきたが、戦闘に支障をきたすほどではない。ここでランチャーなりアサルトなりをぶちかましてやりたい場面だが、そう考えた瞬間には腕が変形を始めている。メカ特有のスライドとオープン、組み換えの動き、見る間に右腕だった部位がサブマシンガンに似た形状に変わる。歓喜しながら、のしかかる魔物の腹に狙い定めたオート掃射をくれてやる。血飛沫を撒き、アルケニーの巨体が浮き上がった。AM遣いになれば一度はやる、足蹴りで自身から引っぺがした。

 左腕も意識する通りに変化する、態勢を整えて、次にやる事といえばお約束だ。振り抜いた左腕はパイルバンカー仕様、無様に石舞台へ叩きつけられた蜘蛛の化け物に猛チャージで走り寄る。足元はホバリングで文字通りの滑空走行、みるみる視界にアルケニーが近付いた。


     ◆◆◆ 


「うおぉぉぉ!!」

 ノリと厨二病とその場の勢いに乗って、雄叫びと共に突撃。ここでノらなきゃ、男がすたる!

 アメフトよろしく右の肩から敵に突っ込み、勢いのまま巨石の壁へ押し付ける。アルケニーの重い胴が壁に沿って浮き上がった。右腕を大きく後方へ、その勢いを加算し、ボディブローの要領でパイルバンカーを叩きこんだ。ヒットと同時に凶悪な杭が魔物の腹を石の壁へと縫い付ける。深々と。七志のパイルバンカーは、ここから更に追い打ちをかける。ぶっ刺したのは固定のためだ、杭の下にある拳が変形、大口径の砲門が姿を現した。白くバーナーの炎が揺れているかに見えるのは、過剰なエネルギーチャージの余波だ。「き、貴様、よせ! やめろ!」アルケニーが気付いて滅茶苦茶に暴れ始めた。


 フルバースト。撃ち出されたエネルギーの塊は紫の放電を纏い重力すら歪ませた。


「ぐぁあああぁ!!」

 衝撃で、後ろに回した巨石の建造物が砕けて吹き飛んだ。

 凶悪仕様のパイルバンカーは、ぶっ刺した上からフルバーストのエネルギー弾をお見舞いする仕組みだ。なぜいきなりこんな事になったか、そんな話は後でいい。今やるべきは、とにかくあのデカいのを倒すことだけだ。巨石さえ砕くフルバースト重撃を叩きこまれてもなお、アルケニーは砂ぼこりの中から、七志に踊りかかってきた。

「ちくしょう! あれで死なないなんて、バケモノか!?」

 違う、咄嗟に魔法障壁を張ったのだ、と思考を即座に切り替えて攻撃に備える。ここは、『魔法』のある世界だ。アルケニーもなりふり構わぬというスタイルに変わったらしい。一瞬でマウントポジションを奪われた。魔力に依る加速か。四肢を拘束した魔物の女が叫ぶ。

「人間如きと侮ったわ! 溜め込んだ魔力が惜しいと思うていたが、もうよい! 叩き潰してくれる!」

 蜘蛛の八足がアーマードスーツの四肢をがっちりと固定して、さらに女の二本の細い腕が印を刻む。計十本の自在な手足を持つ魔物。人型の、両腕の間に燦然と輝く高濃度圧縮された分子の塊が現れた。光属性なのか、炎属性なのか、別の属性なのか、圧縮され過ぎた塊は元が何であるかさえ解からない。

「死ね!」

 魔弾が弾き出される、瞬間、七志は眼前にシールドを張った。敵に出来ることが、己に出来ない道理はない。この世界は魔法の支配する世界。薄いガラス板が無数に展開したように見えた。六角形の、ハチの巣型のガラス片が不規則に重なり合い、七志の機体を保護した。弾かれた魔法は術者へと還る。右腕を押さえつけていた脚の一本が外れ、これを空へと弾き飛ばした。

 反撃の機会、押さえられた右腕を横へスライド、突然支点を失ったアルケニーの足ががくんと下がる。マシンガンだった腕を元の拳へ。手の平を限界まで開き、反対側の腕を押さえる二本の足を張り手で弾いた。バランスを大きく崩したアルケニーが、横倒しに倒れ、拍子に七志の機体を押さえていたそれぞれの脚も宙へ浮いた。巴投げの要領で投げ、完全に魔物を射程外へ押し出す。仕切り直しに持ち込み、危機を脱した。変幻自在なこの動きこそロボットの真骨頂。


 崩れ落ちたアルケニーに追撃の大口径フルバーストをお見舞いする。さすがに軽く避けられたが、飛び退いたその着地点に追い打ちのガトリング掃射。付け入る隙を必死に探る。

 どうでも良い事がこういう時には集中を乱すのだ、ヘッドギアがない事が納得がいかない。ここまで厨二心に溢れていながら、なぜカッコイイヘッドギアがない!? 途端に、すっ、と視界が再び変化した。

「ギア、出た。」

 ドキリとした。自身の意識にリンクしているのは薄々気付いていたが、どこまでの事が可能なのかと思い始める。敵が有機生命体ならば、もっとも有効と思われる手段が一つ、七志の脳裏には浮かんでいた。

 低い体勢から、ふたたびアルケニーが地面すれすれのスライディングで飛び込む。

 コクピットの七志が、口を大きく開いた。

「ああああぁぁ!!」

 半分はヤケだ、これが効くならどれだけ楽か。

 アーマードスーツの側で転換され実行に移されたのは、高周波の発生だった。


 効果は絶大。あと数ミリで七志の機体を穿ったであろう複数本の鋭い脚は一斉に動きを止め、ついで飛び退って距離を置いた。美しい女体は自らの耳を両手で塞ぎ、身悶えている。

「おのれ、おのれ、……小僧!!」

 ゆらりと白い靄のようなものが女の周囲に立ち昇る。

「こうなったら、仕方がない、……小僧、これを見るが良い!!」

 女の身体のすぐ下、八足の生え際辺りの部位が、甲殻のつなぎ目に合わせてバクンと開いた。粘液に包まれ、捕らわれている、別の女性の姿が露わになった。

 誰かは解からない、が、解からないからと攻撃を続行出来るような人間ではない。むしろ、この場面で攻撃する者が居れば、自身がソイツを止めに入るというタイプが七志だ。猛攻が止み、余裕を戻した魔物の女が口元をゆがめて笑う。

「解かったか、小僧。この女を殺したくないなら、その忌々しい鎧を脱ぐがいい……!」

 アーマードスーツを、この魔物は鎧の一種だと考えたようだった。あながち間違いではない、兵士を守る防具という意味では同じか。人命に替えられるものなどない、それでも躊躇が涌く。

「い……、いけ、ま、せん、」

「ぬ、黙れ!」

 人質が口を開いた。その女性を縛る粘性の糸がきつさを増すと、彼女はか細い悲鳴を上げた。うっすらと目を開けたその女性はとても美しく、恐らくは精霊の一人だと思う。緊迫した空気の中で、それでも彼女は息も絶え絶えに言葉を繋いだ。

「い、いけません、わたくしごと斬りなさい、」

「小僧! この女が誰か知らぬだろう!? 月の女王を殺せば、その表裏一体である太陽の王も死ぬ! そうなれば、解かるか、小僧! この世界も滅びるのだ!!」

 思わず一歩を踏み出した七志に向かって、慌ててアルケニーは叫んだ。ひどく焦っているように見えるのは、そこそこには攻撃が効いていた証か。

「この世界を滅ぼすのか!? 鎧を脱げ、小僧!」

 魔物に締め上げられ、月の女王が声にならない悲鳴をあげた。

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