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第十四話 人間界と精霊界と

 いつの間に近付かれたものか、精霊の一団が七志たちのすぐ後ろの茂みの傍に立っていた。いきなりで驚いた七志だが、振り返って二度驚いた。一団は全員とても見目麗しいのだが、その中央に立つ女性の神々しいばかりの美貌は息を呑むほどだった。

「エミリア様っ!」

 口々に語られる覇王の物語を黙って聞いているだけだった妖精が、久しぶりで大声を上げた。

 エミリアという名前は、確か、引き揚げていく精霊の一団も口にしていた名前だ。

「隊長、見えるのですか?」

 きょろきょろと周囲を見回しながら、マーリンが小声で問う。黒騎士も言っていたが、彼らには見えていないのかも知れない。

「うん。人間には見えないとか言ってたな、そう言えば。」

「いや、ぼんやりとした影みたいなのに囲まれてんのは解かるぜ、これが精霊か?」

 ジャックも騎士たち同様、恐る恐ると周囲に目を配っていた。

「人間の中にも、まったく気配も感じない者、輪郭程度は見える者、それぞれです。そして、来訪者とオークの瞳には、我々には見当も付かぬ姿に映っているらしいですね。」

 艶やかな笑みを浮かべて、エミリアと呼ばれた女性の精霊は答えた。


「彼の事は、わたくしがお話しします。……彼と、契約を交わした当人であるこのわたくしが。」

 どうやら先の一団から報告を受けたらしい。七志たちを迎えに来たと彼女は告げた。

「これはまたお美しいお方でございますねぇ、七志様!」

 今まで会話に入ることの出来なかったカボチャがここぞとばかりにそんなお愛想を述べ立てた。ついでで言うと、一緒に精霊界へ飛ばされた馬は、よほどに図太い神経なのか、平然と草を食んでいる。馬という生き物はもう少し繊細な動物のはずなんだけどな、と七志が首を傾げるほどだ。競争馬は場所を移動しただけでストレスで参ってしまう、というような話は、この紅疾風号には関係がないらしい。

 こんな右も左も解からないような場所で暴れられても困るのだが。そういえば、運ぶのを手伝ってくれたオークたちは涎を垂らしていたっけな、と思い出して苦笑する。

 しかし、と意識を現状へと向け直して考える。

 あの黒騎士もそうだったが、この、エミリアと呼ばれた精霊の女性も、七志の心の中を読んだかのような言葉を発していたような気がした。

 そんな事を思いながらで彼女に視線を向けると、またぞろ、意味深な笑みを返される。

「我々と共に都へお越しください。」

 エミリアは優雅な仕草で手招きし、七志たちをいざなった。その瞳には、ついて来るなら秘密を教えてあげようという、少しばかり意地の悪い光が宿っている。


 七志にとってはもはや当たり前になってしまい、まだ気付いてはいないのだが、妖精のパールが妖精語と人間語の二つを当たり前に駆使するように、精霊たちもまた、この時は七志たちに合わせて人間語を話している。

 ダルシアはその事に気が付いていた。彼女は精霊に対する警戒が強い。

 さりげなく七志の傍へ寄り、耳許へ注意を促す。

「妖精も精霊も、人間の言葉が堪能ですね、」

 その言葉には注意の喚起の他に、気味が悪い、というニュアンスが含まれていた。七志には美しい女性に見えるこのエミリアが、彼女には朧ろな影にしか見えない。もやもやとして人の形すらしていない物体が、人間の言葉を喋っていることは、どうにも不自然に感じるものだ。だから気付いたのだろう。

 七志は忠告に頷きを返し、彼らを観察する。

 そういえば、と疑問を思い出した。オークと彼らは話が出来ない、というような事を、オークからも妖精のパールからも聞いている。精霊の特異さを知った今、どうにもその事が奇妙に感じられるようになった。

 妖精語、精霊語、人間語という、まったく異なる種族の言葉を三つも扱える者たちが、どうしてオークの言葉だけは理解できないままでいるのだろうか。

 考えれば、おかしな話だと思えた。

 考え事に耽っている七志の耳元を、蚊トンボのように煩くパールが飛翔する。思わず掌ではたき落としかけて、慌てて手をひっこめた。

「きゃっ! なに!? なによ、今の手!」

「気のせいだから。」

 手をこする仕草で誤魔化し、精霊の後をついて歩きながら七志が素知らぬ顔で答えた。感付かれたらまた煩いに決まっている。不審を露わにした目付きで睨まれたが、知らぬ存ぜぬで押し通す決意を固めた。


 森の中をかなりの距離で、歩くことになった。時間的には余裕があるという事で、一同は安堵している。どうやら、木になってしまう危機は回避出来たようだ。

 木々の合間に、立派な城門が見えはじめた頃合いで、エミリアが振り返り、一同に告げた。

「あまりゆっくり出来るほどには時間がないと思いますが、皆様に精霊王様の加護を頂き、接待をさせて頂くくらいのゆとりはあると思います。お腹も空いていらっしゃるでしょう、お食事だけでもご用意致しますので、それをお食べになられた後に、人間界へお送りいたしましょう。」

 すると、七志に代わり、ハリーが即座に断りの返答を返した。

「いえ、我々は作戦行動の途中ですので、帰れるのならば早急に帰りたいのです。申し出は有難いのですが、携行用の食糧のみ頂けましたら十分です。隊長、」

「あ? ああ、うん。それと、水だけ飲ませて頂けますか? あとは、彼の言う通り、食糧だけ分けて貰えれば、充分です、助かります。」

 ハリーにせっつかれて、慌てて七志も口調を揃える。

 すっかり忘れていたが、軍事行動の途中での遭難だったのだ。他の隊はどうなっただろう、師のライアスは果たして無事なのだろうか、と、急激に不安が頭をもたげる。

「退却はほぼ完全に成功していた、そんな心配するほどの事もないだろうよ、七志。」

 肩を叩いて、ジャックが教えてくれた。

「それよりもあれから丸一日は過ぎています、軍が引き揚げてしまった可能性も……。」

 それがもっとも確率が高く、現時点で一番の問題だ。一同、深刻な表情で顔を見合わせる。死亡扱い程度は、生きて帰ればいいだけだが、ほとんど廃墟と化しているあの麓の地域をこの少人数だけで行軍する事の危険性を、誰もが危惧していた。

「御心配には及びません。あなた方の陣営の軍はまだあの地に展開したまま、あなた方の帰りを待っておいでですよ。」

 柔らかな声で、エミリアが一同に答えてくれた。


     ◆◆◆


 一方の、タイラルマウンテンでは。

 麓の荒れ野に展開した軍勢は、時間の制約に縛られながら、じりじりと待ち続けていた。王命が下らない理由を、誰もが憶測しながら、誰も口に上せない。なぜ帰還しないのか。

「やはり、何かあったか。」

 それ以外の事情はもはや考え付かず、アレイスタは心痛を吐露した。待つ、と決断したものの、今度はいつまで待つかと、切り捨ての為の決断を迫られている。

 丸一日が経過したが、依然として、不明の部隊は戻らないままだ。

「無事でおれば使い魔を使って知らせる程度の知恵はある、それが無いという事は……。」

「いえ、陛下。彼の傍には熟練の騎士も付けてあります、何かあれば必ず知らせを送るでしょう。それがないという事は、恐らくは、よほど急激に外界と遮断されたものと考えられます。」

 アレイスタの腹心の部下とも呼ばれる、魔導師上がりの文官が恐れながらと答えた。

「うむ。知らせを送る方法を阻止されておるのだろうな。あの魔物を使えぬとは、よほどの事だ。」

 答えはそれ以外にない。

 この腹心、オーリクスに言われるまでもなく、王の心中にはほぼ事実と決定されている事態だ。何事か、ゴブリン如きとは比べるべくもない危機に陥っており、自力での脱出が不可能な状況か。

 まだ生きているとするなら、そういう事態が仮定される。具体的な状況というものは、さっぱりと予測が付かなかったが。

 迷宮の存在は、誰にも知られてはいなかった。


 本陣の大きなホロのすぐ傍で、ライアスは受け取った暖かい飲み物を手に、日没の太陽をじっと見ていた。ゴブリン山に沈んでゆく太陽は、周囲を紅く染め、夜空がそれを紫に塗り替えていく。

 隣にはいつの間にやらそこが定位置であるかのように、王妹であるフィオーネがいつも陣取るようになっていた。七志には、並々ならぬ敵対心を抱いて。

「七志が生きておれば、いや、それ以前に何かあれば、誰ぞと機転を利かせて知らせを送ってくるだろう。それが叶わぬということは、よほどに急激な変化に見舞われたと見るべきじゃな。」

「例えば……七志がこの世界へ飛ばされた時のような?」

 還らぬ弟子を想い、遠く魔物の山を眺める老軍師。美貌の姫将軍は少しばかりの羨望と嫉妬、多分には還らぬ若造への心配と苛立ちをもって同じようにかの山を眺める。

「別の場所へ飛ばされたという可能性か。確かに、有りえぬ話ではないが、前例は聞かぬな。お前さんは、聞いたことがあるかな?

 来訪者がただ一人で異界より飛ばされてくる事例は幾らもあるが、同時に複数が現れた、あるいは消え失せた、などという例は、わしはまだ知らん。」

「神々の思慮は、我々人間の思うところの遥か彼方です、老師。」

 解かるはずがない、首を左右に揺らして姫将軍はそうため息と共に答えた。

「……七志は、恐らく他の来訪者とは違うのだ。だからこそ、何が起きても不思議ではないが。」

 買いかぶりではないのか、と訝しみながらも、フィオーネは反応を返さずにおいた。そうではない、と言い切るだけの自信もない。ライアスがあの少年の内に何を見ているのか、自分には残念ながらそれが見えてはいないのだと、悔しい思いで唇を噛んだ。

 口調から察することが出来る。ライアスは、弟子が死んだとは考えてもいないのだ。『特別』であるから。


 はるか上空を鳶が渡る。

 不思議な光景が広がっている。ゴブリン山を隔てて、反対側同士に陣が敷かれている。

 撤退したと見せかけて、エフロードヴァルツの軍は引き揚げてはいなかった。


 長い耳がぴくりと動く。

「彼らはまだ動きませんね。」

 彼女特有の冷めた口調で言った。成果はどうあれ、作戦は終了したはずだ。帰投を順次行うとみていたところが、まったく動く気配がないためにこちらも色気が出た。

 再び、かの軍勢を叩く機会を窺っている。

 両腕を組み、口をへの字に折り曲げて、かつてハナタレだった将軍はうーむと唸った。

「しかし、こちらが再び仕掛けるわけにもいきますまい。あの時は不明の軍ということでシラを切ることも出来たが、今は相手がリーゼンヴァイツと知れている。」

「けれど、準備はしておいて良いと思いますね。」

「ええ。あのまま動かずに居てくれれば……不審な滞在ですからな。」

 にやりと笑う。

 叩いた後で、理由を問えばいい。いつまでも軍を展開させていたのは、こちらに攻め入る為ではなかったか、と。ふいにエルフの補佐官が彼に顔を向けた。相変わらず美少女だ。年上なのだが。

 それも、いっそ100歳200歳と離れていれば、現実味も無くなるものを、中途半端に年上なせいで、妙に萎える。屋敷のでっぷりと太った給仕長の奥方と同じ歳なのだ。

 長いため息をなんと取ったのかは解からないが、彼女は不機嫌に眉を寄せて、聞いた。

「本国に連絡は?」

 将軍ベルンストは、こほん、と一つ咳払いで邪念を振り払い、仕事モードに切り替える。

「むろん、済んでいます。教皇府からの使者も滞りなく、こちらへ向かっているそうです。」

 教皇府は、二つの軍が衝突することを予測して仲裁のために戦場へと向かっている。……そうなるように仕向けてある。完全な茶番だ。

 戦争をするつもりはまだないのだ。不意打ちに、出来る限りの戦力を削りたい、その為の作戦だ。今の敵軍の滞在は、襲ってくれと言っているようなものだった。

「上策に仕上げなくてはいけませんね。こちらも痛手を受けるのでは、仕掛ける意味がない。」

 危険な笑みを浮かべるエルフの将に目を奪われる。悪巧みな微笑みが、実に魅力的だった。

「明日の朝、向こうが動けば諦めましょう。動かねば……、」

「仕掛けますか?」

 傍に置かれた最新兵器に、ぽん、と手を置いた。

 急ごしらえの兵器だ。材料は、目の前の山に腐るほどあるが。


 丸太を削り、尖らせた巨大な矢。それを撃ち出すための弩。バリスタ。

 まだ数が揃わない。だが、明日の昼には間に合うだろう。

 理由があれば攻撃出来る。敵が動き出さねば。不審な行動を取り続ければ。

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