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第三話 激闘! カトブレパス

「俺にはさすがにこれが限界だ、」

 さすがに、鏡のように、とはいかない。

 水気が取れると薄く膜を貼ったように細かい研磨傷が顕われ、鏡は曇った。

 巨岩の隙間には、染み出した川の水溜りが少しだけあった。水が無ければ、刃物は研げない。再び、水を掌に掬い取り刀身に振り掛けると、また少しだけ鏡面を取り戻した。

 心許ない上に、不安がよぎる。だが、これで行くしかないと心を決めた。

 リリィには岩の陰にぴたりと身体を這わせるように指示した。太もも部分の怪我だけを晒すかたちに手頃な岩を残る足首付近へと配置する。これで、岩が邪魔をして他の部分が石化するのを防いでくれるはずだ。魔物の前に晒されるのは、脚の怪我部分のみになるように、彼女を隠す。

「俺が奴を誘って光線を当てるから、その後もここを動かずじっとしててくれ。」

 七志がしくじれば、それで一巻のおしまい。無謀とも言える作戦だが、リリィには従う以外に取れる選択肢はなさそうだった。今や、ろくすっぽ動くことさえ出来ないほどに弱っている。

 悔しいのだろう、唇を噛み、目元を赤くする。

「大丈夫、まったく手がないわけじゃないんだ。」

 奴が、自分の石化光線で自分が石になるって事を教えてくれた君のお蔭だ、と少女を勇気付ける。

 実際、何も知らない七志にとって、その情報は宝石よりも貴重なものだった。

 そのお蔭で、この作戦を思いついたようなものだ。


「けど、気をつけて! 奴は確かに自分の光線で自分が石になるわ、けど、それもほんの少しの間で、自力で元に戻すのよ、だから……!」

「大丈夫、その前にトドメを刺せばいいんだろ、」

 今一度、鏡を確認し、七志は獣の方へ向き直る。

 こちらには見向きもせず、倒れた死肉をむさぼっている化け物。

 化け物が化け物を食っている。


 さっき、試しにこの獣の横を抜けて逃げられるかどうかを試した。

 答えは、威嚇射撃。

 足元を掠めていった虹色の怪光線が、あの化け物は一心不乱に獲物に食いついていると見せて、すでに二人を射程に収めている事を教えた。

 あの位置にいる間に、リリィの足に一発命中させなくてはならない。角度が変われば隠れている部分のどこかに当たる可能性がある。一発当てたら、すぐに場所を変えて……あれこれと考えていた時、獣が身を震わせた。

 ぶるぶるっ、こういう動きはゲームで要注意なのだ、七志は咄嗟の判断で動いている。

「!!」

 一つ目が七志を捉える。七志の身体が移動する間に、獣の目が白目を剥き、その眼球の裏側に魔力が虹色の膜を形成した。ほとばしり、撃ち出される、一筋の光。

 横っ飛びに光線から逃れた七志が見ていた、それが石化光線の発射されるメカニズムだった。

 発射のタイミングさえ解れば、避けることはさほど難しくもなさそうだ。


「なるほどね、光線を発する前に身体を震わせる、と。」

 思えば、モンスターたちにはある種の癖のようなものがある。

 ゴブリンは後先考えずに手にした武器を投げ捨てるほど低能だったし、このカトブレパスにしても、厄介な光線を放つ前には威嚇で身を震わせる癖を持つ。

 さすがにリアルの怪物はゲームほど単純ではないだろうが、希望を見いだせた気がした。

 ぶるぶるとまた水牛のような身体が震えた。すぐにその場所を移動、さっき七志が居たところを怪光線が通り過ぎていった。

 だんだんと身震いから光線までの間隔が短くなっている。少しばかりの焦りを感じつつ、七志は誘うように洞窟の前へ立った。

「よし、撃ってこいよ、こっちだ。」

 七志が身振りを激しくすると、相手の獣も威嚇を激しくするという法則にも気付いた。

 間隔が短くなるのは、これは興奮状態の高さかも知れないと思う。

 もう食いかけの死骸はそっちのけで、カトブレパスは前足で地面をしきりに叩いている。

 相当に怒っている様が窺えた。


 ぶるぶると身を震わせ、化け物がまた虹色の怪光線を発する。

 当初の目的を達成した。洞窟へ届いた光線が、赤黒く変色していたリリィの足の怪我を灰色に塗り替えるところを七志ははっきりと認める。

「よしっ!」

 上出来だ、あとはコイツの始末だけ。

 だが振り向いた七志は驚愕する、光線を放つだけだった化け物は、敵に向かって突進してきていた。


 重たい衝撃。

「ぐっ……!!」

 まるでトラックに撥ねられたような、鈍い痛みが腹部に広がった。

「グフゥゥゥ!!」

 怒りを露わにしたカトブレパスという化け物は、間近に見ると本気で水牛ほどの巨体を持っていた。

 さっき倒したホブゴブリンよりもさらに大きいのかも知れない。

 七志の上に覆いかぶさり、まさしく、蹴り殺そうと狙っている。

 四足の獣が地を蹴り、全体重を掛けた二本の前足を中空で揃え、七志の顔面に狙いを付ける。

「くそ……!」

 無理やり上体を起こし、毛むくじゃらの胴にしがみついた。

 ドガッ、振り抜いた両前足が岩を砕く。ラクダの首が居なくなった七志を探して右往左往した。

「ゴフゥゥゥ!!」

 怒りの咆哮が低く響き、ひずめが小石を跳ね上げながら地面を蹴る。

 滅茶苦茶に走り、跳ね、怪光線を発する。


 水の中へ飛び込んだ。

 自分の腹にしがみつく七志に気が付いたのだ、脇腹を剣で刺された。

 滅茶苦茶に暴れ、横倒しに水中へ。

「ぶはっ!」

 もみくちゃにされた七志が、引き剥がされたかたちで勢いよく水中から姿を現わした。

 盛大に水を飲み、盛大にむせ返る。

 カトブレパスの巨体も勢い通りの水しぶきを撒き、立ち上がる。


 ぐるりと白目を剥いた。

 魔力の充実は異様なほど速い。眼球が虹色に輝いているように見えた。

 射出。

 キラリ、と光った、そして跳ね返る虹色の魔力。

 一瞬、怪物は誰かの虹色の瞳を間近で見たような気がしただろうか。

 こんな近くにまで寄ってきていた事が信じられなかったに違いない。

 自身の見た虹色の瞳が、自身のものだとは思わなかっただろう。


 洞窟でじっとしてはいられず、リリィは無茶を推して這い出てきた。

 目にした光景は信じがたいものだ。

 水中から七志が飛び出し、すぐ後からカトブレパスの巨体が水飛沫を上げて立ち上がり、躊躇もなく石化光線をまき散らそうとした。

 その怪物の目の前に、一本の剣が突き出されたのだ。怪物の視界をふさぐように。


 剣を手に滑り込んだ七志は、怪物の足に踏み潰される覚悟を決めていた。

 事実、前足の一本は七志の腹のすぐ上でぴたりと動きを止めている。

 ぶるぶると震えた後に、息を呑む七志の横へと降りた。

 ようやく這い出ていく。改めて見やれば、四足をふんばるようにして、怪物は石化した頭部を支えて踏み止まっていた。戦闘の続行は不可能だろう。

 心の中で詫びて、七志はその頭に剣を振り下ろす。一つ目の怪物、カトブレパスの頭は粉々に砕けた。


     ◆◆◆


 ぱちぱちぱち、

 突然、上空から拍手のような音が降り落ちてきた。ほっ、と息を吐いた七志の油断を裂くように、いきなり何者かの気配が濃厚になった。慌てて左右を確認し、続いて視線を上げる。

 崖の上の黒い森林の陰。目をこらせば、闇に紛れて人影が動いている様子が見える。

「ジャック! あんた、生きてたの!?」

 喜色ばんだリリィの声が後方から聞こえた。

 月明かりの下に、姿を現わしたのは痩せぎすの若い男だ。どうやら知り合いの様子だが、夜盗か犯罪者のような顔つきをしている。第一印象は、胡散臭い、だった。


「悪ぃ、悪ぃ、なかなか見事な戦いぶりでな、思わず観戦しちまってた。」

 崖を滑り降りてきた男が、二人に合流するなり、ヘラヘラと笑いながらそう言った。

 悪びれてもいない物言いに、七志は少々カチンと来る。ずいぶんと脅かされもした、好きになれない。おまけに彼女のあの態度だ。塞ぎ込んでいた顔が、なんと晴れやかな笑顔を作るものだろうか。

 嫌味の一つも言いたくなり、ついつい実行する。

「いつから居たのかは知らないけど、助けるつもりもなしに、高見の見物ってわけかよ。」

 精一杯の皮肉は、にやりと薄笑いを浮かべる気障な男には通用しない。

「そう噛みついて来なさんな。

 カトブレパスだぜ? 冒険者が100人居たら、100人が全員、お前らを見捨てて逃げてる相手だ。……無茶言うなって。」

 確かにそういう話は戦闘前にリリィからも聞かされている。

 言い返す言葉も見つからず、せめてむっとした顔は崩さないままで七志は引き下がった。

 やはり、好意的に見る気にはなれなかった。


「さぁさぁ、ぐずぐずしてたらまた厄介なモンスターが出張ってくるかもしれん。」

「え? ……ちょ、なにすんだよ、」

 ジャックと呼ばれた男は七志の背後へ回ると、その背中をぐいぐいと押しながら川の中にある化け物の死骸へと向かわせる。

「なにって、せっかく大物を倒したんだし、貰うモンは貰っとかなきゃだろ?」

「貰うって?」

 七志が本気で何も知らないらしいと気付き、ジャックはリリィを振り返る。苦笑いを返す彼女をみて、「ああ、」と納得した。

「毛皮を剥ぐんだよ、あっちのホブゴブリンはリリィがやってくれるから、俺たちはちょいと力仕事だ。」

 毛皮と聞いて、今度こそ七志は口をあけたままで、大きく目を見開いた。


 七志を移動させると、男はリリィの元へいったん戻り、何か手渡してから再び川へ戻る。

「お嬢には薬草を噛ませといたから、しばらくは平気だ。」

 濃い緑の草を一束、それを七志に見せながら男が効能を説明してくれた。どこにでも生えている珍しくもない草だそうだが、鎮痛作用と僅かだが気力の回復もしてくれるという。

 忘れないように、その草の形状を必死に覚え込む。食い入るように見る七志に、ジャックは笑いながら薬草の束を握らせてポケットに捻じ込ませた。

「やるよ、本物と見比べた方が解りやすいだろ? これも小銭にはなるから、覚えとくといいさ。

 気力が回復すりゃ、体力も少しは戻る。ヒーラーが居れば手っ取り早いんだが、早々に殺られちまったんでな。治療は無理だ。だが、街までは余裕だよ、これ以上化け物に襲われない限りはな。」

 男の言葉を聞き、七志もほっと息を吐く。

 その肩を叩いて、ジャックは七志を仕事へと促した。


 水の流れに横たわるカトブレパスの死骸。

「仕事をしたんなら、証拠を持って帰らなきゃ報酬は貰えない。……正直、今回はキツ過ぎて証拠を取る間なんかありゃしなかったからな、あんた等に合流出来てラッキーだったよ、俺は。」

 今回はゴブリン退治の依頼だったこと、倒したゴブリンの耳を削いでおき、憲兵の前で山と積み上げて見せることで報酬を貰う予定だったことなどを聞かせてくれた。

「残念ながら途中で散り散りになってな、三人の死体は向こうでみた。生き残りは俺とリリィだけのようだ。あんたは迷子にでもなってたのか? 見たこともない衣装だが?」

 七志は説明する、異世界から飛ばされて来たのだと。

 正直、信じてもらえるとは思わなかった。異世界のなんのと言って、通じるとは思えなかったのだが。

 ジャックは一瞬、怪訝そうな顔をしただけで、七志の言葉をあっさりと信じてくれた。


「こんなに簡単に信用してもらえるとは思わなかったな……、」

「まぁ、前例がないわけじゃないんでな。ていうか、割とポピュラーに見かけるんだよ、スリップしてきたって奴等はな。」

 大抵はすぐに消えて、居なくなってしまうのだ、とジャックは答えた。

「居なくなるって? 元の世界へ戻ったってことか!?」

「さぁな、そこまでは解らんさ。いきなり消えちまうところを見たって奴が大勢居るだけだ。」

「……そう、か。」

 消えてしまう、という事はやはり戻されたという事だろうか。

 神サマのする事はワケが解らない、と七志はため息を零す。

「とりあえず、今はここでの生活の仕方を少しでも覚えておきな。死んじまったらお仕舞だ。お前さんみたいな奴は、どのみち冒険者くらいにしか為りようもないんだからよ。」

 還る宛てを考えるよりも、今この世界で生き抜く方法を考えるほうが重要だ、と。

 得体のしれない、身寄りもない、保証人もない、そんな人間を雇ってくれる場所など冒険者ギルドだけだ、とジャックが締め括った。

 七志の思う冒険者ギルドと、彼の言うギルドでは事の性質がかなり違うものだったが。


「こうするんだ、覚えときな。」

 器用な手つきで四本の脚から順で毛皮を肉から剥がし、脇腹にナイフを入れる。

「普通は真ん中から裂いてしまうんだが、コイツは貴重品だからな、腹の皮は傷つけないようにする。

 で、こうして全体を剥ぎ終わったら、川の水で綺麗に血を落として……、」

「うえっ、」

 最後まで聞かず、七志は顔を背けるついでで水中に吐き戻した。空腹で出るものもなかったが。

 出てきた肉塊はグロテスクすぎて、さすがの七志も耐えきれなかった。ベリベリと生皮をひき剥がす音だけでもショックが大きいというのに。

「おいおい、マジか? どこのお貴族様だよ、お前……。」

「だ、大丈夫だ! で、それ、どうすんだよ。」

 出来るだけ肉塊は見ないよう、視界に入れないようにと気を配って、七志はジャックを睨む。彼に対して悪感情があるわけではなく、気持ちを昂ぶらせておかないとまた吐きそうだったからだ。

 涙目の七志を見て、ジャックは苦笑し、そしてまた作業を再開した。


 一連の工程。

 皮を剥いだら血を流し、即座に塩をまぶしてぐるぐると巻き、手ごろな蔦などで縛って保管する。

 本来は、塩で締めた後に板などに張り付けて天日で干すのだが、それは街の職人の仕事だと教えられた。冒険者が現場でするのは、皮を剥いで塩をまぶす工程までだ。従って、冒険者の荷物には大量の塩が詰まった袋が常備されている。生皮は塩漬けにしないとすぐに腐ってしまうのだ。

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