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第九話 精霊界へ

 一方の七志たちは。


「その陣形はどうかと思います、隊長。」

 最年長のハリーが反対した。どうやら他の者たちも同意見のようで拙いという顔をしている。

 ダンジョンの奥へ戻るに際しての作戦会議中だ。

 確かに、自身が前衛では心許ないという気持ちも解からなくはない。七志の思いが表情に出てしまったようで、慌てた様子でハリーが言葉を続けた。

「いえ、隊長。自分の考えとしましては、お二人の武器は遠距離からの狙撃が可能ですので、むしろ後方からの支援を願いたいと思ったのです。」

 騎士たちの共通した考えらしく、全員が同意の表情を浮かべて七志を見る。

「それに、彼の武器は恐らく我々の中で最高の戦力でしょう。ですから、不意打ちなどで喪失することのないよう、下がっていて欲しいと考えます。」

 彼というのは、もちろんジャックの事だ。ジャックの従えるイフリートが強力な武器であるという認識には七志も異存がない。

「そうだな。じゃあ、ハリーとマーレン、ジェンダ、フロットの四人が並んで進むようにしたらどうだろう。ダルシアと俺がその後ろから行く。最後尾をジャックに頼むのは?」

「いえ、わたしが最後尾に付きます。」

 やはり不意打ちを警戒して、ダルシアが訂正した。

 どこまでも、軍組織としての最善を尽くすのだろう。前後を騎士たちが囲むことで、最悪でも倒れるのは騎士の誰かで済むという計算だ。

 有無を言わせぬ強さに、七志の方が押し切られる形で引き下がる。なにか納得がいかないのだが、理論では彼らの方が正しいと解かっていて、文句も言えなかった。

「七志様ー!」

 いきなり暗闇から呼びかける声に、七志は振り返る。

 聞きなれた声、それよりまさかの念が強くて……。

「カボチャ……?」

「わたくしはジャック・オ・ルァンターンと、」

「カボチャー!!」

 全部は言わせず、七志は使い魔の小さな頭を締め上げていた。


「もう、驚きましてございますよー。七志様とはぐれ、多数の敵に囲まれ……それでもなんとか食い止めようと身構えましたところ、連中、我々には見向きもしませんで、怒涛の勢いで七志様がたの後を追っていきおったのでございます。我々は眼中にない、といった様相で、いやはや面目次第もございませんー。」

 カボチャは不明だった間の経緯を口からの出まかせで塗りつぶした。事実よりは信憑性を持った出鱈目に場の人間たちは完全に騙された。

「ミノタウロスは? 奴はどうしたんだ?」

 ハリーが少しだけ声のトーンを上げて問いただす。

 実際のところ、騎士たちには三匹の生死よりもそちらの方が重要な案件だ。

「はい、彼奴めはなぜかくるりと踵を返しまして、ダンジョンの奥へと向かって歩いてゆきました。我々、後を追おうかと思案したのですが……やはりここは、七志様の安否が最優先でございますゆえ!」

 カボチャの返答に、ハリーは額を打った。

 肝心な魔物の所在が結局は不明である。


 面白ろおかしく脚色されてはいるが、そうとうの危険と覚悟をもって敵に向かってくれたのだろうと七志は思い、感謝の念で三匹を見る。

「無事でよかった……、」

 もう諦めていた仲間の生還。

 しんみりとした空気が流れかけた時にパールが声を上げる。

「そーよ! のんびりしてる場合じゃないんだったわ! あんたたち、急いで円陣を組んでちょうだい、精霊界へのゲートを開くから、しっかり手を繋いでないと置いてきぼりになるわよ!」

 くるりくるりと騎士たちの合間を飛翔して、小さな妖精は声を張り上げる。彼女の飛んだ軌跡には虹色に輝く不思議な空間が溶け出した絵の具のように広がった。

「ち、ちょっと待て。精霊界とはどういう意味だ?」

「ゲート? 解かるように説明してくれ、」

 小さな手に押されて中央へ集められながら、騎士たちが口々に疑問を呈した。

「あっ、失念しておりましたー。」カボチャの声。「なんでも妖精の力を使い、精霊界を通ることでこのダンジョンから脱出することが叶うそうなので御座いますですよー。」

「そんな力があるなら、どうして最初から……!」

 ダルシアが声を荒げる。

「聞かなかったでしょ。」

 人間の抗議に対する妖精族の返答は冷たい。未だ、彼女は人間に好意など持ってはいないのだろう。


 一気に冷えた場の空気も意に介さないのか、カボチャの声は呑気なものだ。

「魔導師の一人も居れば、そのような方法にも思い及んだのでございましょうねぇ。妖精が精霊界からやってくる辺りの事情は、それこそ常識的に知られた事柄だそうですから。」

 この集団が騎士たちばかりの構成だったために、持ちうる情報が偏っているのだ。傭兵という職業柄、彼らよりは世情に詳しいジャックでさえ、今になって思い出したような素振りだった。

「そういや、聞いたことがあるな。だが、これだけの人数だろうが関係なく、お前さんは全員揃えて精霊界へ運ぶことが出来るってのか?」

「あたりまえじゃない! 人間とは違うのよ、人間とは!」

 人間と妖精と、互いに自分のほうが上等な生物だと思っているきらいがある。妖精が何かいうにつれ、騎士たちはトーンダウンした。

 七志はといえば、場を収める言葉を探しつつ右往左往するのみだった。


「しっかりと目を閉じる! あたしがいいって言うまで絶対に開けちゃダメよ! 目が潰れるから! ジャンプの瞬間には衝撃が来るわ! しっかり手を握って、絶対に放しちゃダメよ! 弾かれたらここに置いてかれるからね!」

 妖精の指示に従い、慌てて円陣のカタチになって手を結びあう。

 目を閉じたまま、七志が叫んだ。

「あっ! 馬は……クリムゾンは!?」

「あたしが乗るから大丈夫! じゃ、行くわよ!」

 言い置いてひらりと赤いたてがみに取りつき、手綱を持つ騎手のようなポーズ。

 虹色の絵の具は大きな泡の球体になり、ぱちんと弾けた。

 暗い迷宮の広間にはもう誰も居ない。


     ◆◆◆


 しっかりと目を閉じていた。それでも瞼の裏にはカレイドスコープの目まぐるしい彩りが踊る。浮遊感なのか、得体の知れないざわつきが肌を刺した。

 ゲートの通過時間は一瞬だったのか、それとも数分に及んだのか。それさえ定かでない。

「もう目を開けていいわよ。」

 恐る恐るで薄目を開く。

 気付けば、円陣を組んだままの一行が見知らぬ沼地に膝まで浸かり込んで立っていた。どんよりとした空に、目につく立木は枯れたものばかり。昼なのか夜なのかも定かでない。随分と、抱いていたイメージとはかけ離れた、妖精たちの住む世界が広がっていた。

 沼の水は澱んだ紫に染められている。ただならぬ空気に嫌な予感がひしひしと湧いてきた。

「着いたわよ。注意しておくけど、この世界にあんた達が居られる時間は僅かしかないからね。それ以上に居座れば木になっちゃうから。」

「なんで、それを今さら言うんだ、貴様!」

 予感的中。堪りかねたマーレンが声を荒げた。

「聞かなかったでしょ!」

 とにかくこの一言で押し通すつもりのようだ。閉口して彼は言葉を失った。


 毒々しい沼地から慌てて一行は移動する。岸を求めて、妖精の放つ頼りない光に先導されながら歩を進めた。

「元々はこの辺りも緑が生い茂る美しい湖沼だったのよ! ぜんぶアイツ等が悪いの! オークの連中がね!」

 ここへ来てさらにヒステリックになったパールが、一行を誘導しながらボヤき続けている。この世界のことを説明しているのか、彼女たちが敵対する相手を謗っているのか、どちらが主なのか解からない。

「オーク?」

 またぞろ聞き覚えのある嫌な名詞を耳にして、七志が問い返した。確か、ゴブリンよりも上位のエネミーだったような気がする……。

「オークキングの墓が近くにあるのよ。そこから呪いが発せられていて、樹霊たちは狂ってしまったの。だから、あたしが七志に頼もうと思っていた事は、その呪いを解いてもらうことだったのよ。」

 いきなりのクエスト発生に、思わず七志は足場を踏み外し大きくよろめいた。

「隊長、しっかり。」

 ダルシアの助けで危うく毒沼にダイブする難を逃れる。

「そんなに動揺することないでしょ、あんたなら簡単じゃない。」

「なにが簡単なんだよ! オークといえばゴブリンより強いと相場が決まってる相手じゃないか!」

「ああ、そっか。今のあんたじゃまだ無理か。」

 何が無理でどう簡単になるのか、まったく説明のないまま、パールは独り合点で納得している。

「だが今の俺たちなら、ゴブリン程度はものの数でもないんじゃないか?」

 途中で口を挿んだのはジャックだ。彼が言うのは、例のクリア報酬によってグレードアップされた各自の武器のことだろう。ミスリルコートされた剣に加え、暇をみて全員の防具にもコーティングを施してある。攻撃力も防御力も格段に上がっているはずだ。

 クリア報酬というには語弊がある、あのダンジョンは結局クリアされていない。

 INすればもれなく貰える参加賞といったところだろう、ずいぶんと太っ腹だが。


「オークって、やっぱりゴブリンよりも相当に強い魔物かな?」

 出来れば耳に障り良い返答が聞けますように。願いも虚しく、ジャックの声は厳しい。

「ああ。ゴブリンに余裕で勝てる戦士でも、オーク相手じゃ1対1では勝てない。」

「そこまでインフレするのか……、」

 がっくりと肩を落とした七志に視線を向け、ジャックは怪訝そうに眉を潜めた。インフレという言葉の意味が解らない。

「トレントだっ!」

 そこへハリーの鋭い言葉が掛けられた。トレント。木の姿をした魔物。


 一見すれば枯木だ。花どころか、葉の一枚さえ纏うことのない、枯れた樹木が目の前に立っている。

 実際、植物とて生き物であるから、早回しのビデオで見れば動いている事はなんら不可思議でも何でもない。だが、目の前の枯れ木はスピードが尋常ではなかった。

 目に見えて、人と同じ速さで枝や根を動かしていた。

 慎重に、かつ素早く取り囲む。どうにもバランスが悪いらしく、魔物はよたよたと動いている。

「やめて! 傷つけないで! あたし達の仲間なの、魔物なんかじゃないわ!!」

 剣を引き抜いた騎士たちの前へ立ち塞がるように、パールが飛翔しながら叫んだ。

「あぶない!」

 七志の注意が届くより先に、妖精は自身の庇った魔物の攻撃を受けて地に叩きつけられていた。

「パール!」

「駄目! ……お願い、この子を傷付けないで、お願い……、」

 ざっくりと切り裂かれた背中。

 願いは虚しく、騎士たちが踊りかかってゆく光景を前に彼女は涙を流した。

「やめて、お願い、やめてよぉ……、」

「喋るな、パール! カボチャ!」

 困った時の神頼みというわけでもないが、七志にとってこの使い魔ほど頼りになる存在はいない。

「はいはい、七志様。この世界でもっとも高価とされる秘薬、それがこの黄龍の体液……、」

 説明を聞くのももどかしく、ひったくるように七志はカボチャの頭に乗っていた小瓶を取り上げる。急いで封を切り、中の液体を傷付いた妖精の背に塗りつけた。

 ねっとりとした濁りのある白い液体。覚えのある、強烈なすっぱい臭気が指に残る。

 思わず眉をしかめた七志に、使い魔が説明を続ける。

「ドラゴンの唾液にはどのような治癒魔法も及ばぬほどの強い再生能力がございます。」

 七志の顔が引きつった。


「お願い、七志、アイツ等を止めて……! 殺さないで! お願い!」

 いつもツンケンと愛想のない妖精が、七志に懇願した。人間嫌いで高慢で生意気な妖精族が。

 ただならぬ事だ。七志は理由を聞かないまま、戦闘に入った騎士たちに命令を下した。

「撤退だ! そいつの動きを見れば解かる、走れば追いつけない!」

「しかし、隊長!」

 襲いくる枝を切り払い、血気にはやるフロットが抗議の声を返す。圧倒的にこちらが優位だ。負けるはずがないとさえ思える戦局に、七志の命令は理不尽にしか聞こえなかった。

「撤退だ!」

 フロットの不満を察知して、リーダー格のハリーが七志に同意の言葉を叫んでくれた。

 不服を隠しもせずにフロットは地を蹴りつける。撤退。

「岩場へ移りましょう、七志様。連中は坂を上ることは出来ませんゆえ。」

 カボチャの提言に従うことにして、七志は頷いた。

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