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第四話 ミノタウロス、逆襲

 禿山の頂きで、人と鳥との戦闘の勝敗が決した、その同じ頃。

 何処とも知れぬ迷宮の奥では、事態が急変していた。

「第11問! 通常、極大魔法の行使には多人数による魔法陣が不可欠ですがぁ~、さて、重力魔法の最大級と呼ばれるグラビティ・バインドでは、どのレベルの魔導師を何名必要とするでしょう。答えは4つ、正解は1つ! さぁ、お答えください! 」

 この設問に、七志は頼りとしていた騎士5人を振り返った。この世界の問題は、この世界の者たちに頼るしかない。だが。

「魔導法学は……我ら騎士職には無関係であります……、」

 絞り出すような声が、ハリーの口から零れた。

「カボチャ!」

「わたくしが知ってるわけないで御座いますですよ、七志様。」

「おなじーく!」

 どこまでも自慢げかつ使えない使い魔二匹が得意げに答えた。

 司会進行、ミノさんの言葉は続く。

「A、中級魔導師12名。 B、中級魔導師20名。 C、上級魔導師12名。 D、上級魔導師20名。……さあ、貴方の答えは?」


 イッツ・シンキング・ターイム。

 通常、複数人数で掛ける大規模魔法は、同じ修練程度を持つ魔導師たちで行われるはずだ、と騎士の一人が言う。なるほど選択肢に混合のものはないから、そうなのだろうと七志は思う。そして、最上級というくらいなのだから、修練途中の中級魔導師では扱えないだろう、という相談結果から、選択肢のAとBを消した。

 魔法に不都合があるとするなら、妙な法則性のために高位魔法の使用には制限が掛かるという点だろう。バラバラのレベルの魔導師が集まって、低いレベルに合わせて魔法を駆使するという事が出来ないのだ。高次の魔力が低次の方向へ逆流し、ヘタをすれば死人を出す。

 複数人数の魔力は束ねて使用すると水の性質の如くに低いところへと収束してしまう性質を持つ。互いに干渉し合うために、戦時において魔導師は魔力にリンクされる事をもっとも恐れたものだった。

 回線を開く、閉じる、と表記して個人間の魔力誘導が自在に操れるようになれば、一人前と言われた。

 ここには居ない七志の仲間、ジャックと魔剣との間にも同様の回線が通じている。もちろん、七志はそんな事になっていようとは予想もしていなかったが。


 考えようにも、何のとっかかりもない事柄で、残る二択は運を天に任せた。

 理屈としては、最大級というのだから人数も多かろう、という頼りないものだ。

「……Dで宜しゅうございますか? ファイナル・アンサー?」

「ふ、ファイナル・アンサー、」

 11度目の掛け合い。今度も出来れば正解であって欲しい。

「……」

 嫌な沈黙が石造りの小部屋を支配する。

 ごくり、と喉を鳴らした時だった。

「……残念!! 答えはC!! グラビティ・バインド発動に有する魔導師のレベルは高位で、人数は10人以上15人までで発動するのです!! 残念ー!!」

 どこまでも能天気に響く司会者の声だが、その口調とは裏腹に、室内は異様な空気を作り始めていた。天井から細かなカケラが降ってくる。小刻みに床面が揺れ、そして石像のミノタウロスの瞳はひときわに、不気味に、赤みを増してゆく。

 壁に刻まれたレリーフの怪物たちが、個々で実体化して壁の中から我がの身体を引っこ抜く。長年、石に変化して窮屈だったと言いたげに、彼らは節々を鳴らしながらゆっくりと動き始めた。

 ゴキゴキと骨を鳴らす、朽ちたミイラのような彼ら。干物のような身体では元が何の魔物であったのかさえ識別が出来なかった。

 石化が解けて、色味が次第にはっきりとしだしたミノタウロスの像に、ハリー・エマーソンが剣を抜いて斬りかかる。完全に石化が解けるまえに破壊してしまおうという腹だったが、砕けたのは表面の石だけだ。剥がれた石の下から、茶色い毛並みが姿を見せていた。

 石膏像のように、塗り固められていたのか。


 ミノタウロスは両手で巨大な円盤を捧げ持っている。その両腕の石膏がビシビシとひび割れ、砕け、やにわに彼は円盤を持つ手を放した。ぐらりと揺れた円盤は音を立てて床に落ちる。

 首を激しく振った。カケラが飛び散り、七志は思わず腕を上げてそれを避けた。

 実体化していく。いや、塗り込められていた封印を解かれ、石の中から這い出てくる。腕に続いて右足が盛大にカケラを巻いて振り上げられ、残る左足は戒める石膏の肌を蹴り崩しながら抜け出た。

 改めて見ると、見上げるほどの大きさだ。3mはあるだろうか。石室の天井に角が付きそうだった。

「まずい! 隊長、退却命令を!」

 一度に相手の出来る数ではないと判断して、マーレン・ベレットが叫んだ。何に措いても軍隊は命令がなければ動けない。

「一旦退きましょう! ここは狭すぎる、最初の大広間まで撤退を!」

「解かった、撤退!」

 促されるままに七志も叫んだ。


 自由を得たミノタウロスは片手で軽々と円盤を掴み上げ、それを一同に向けて投げつける。

 かろうじて身を屈めて、全員が避けた。相当に強度のある素材で出来ているのか、円盤は壁に突き刺さってから、再び床に落ちる。

 先程までの軽口が嘘のように、ミノさんは二度と口を開かなかった。

 襲い掛かる乾涸びた魔物たち。モノクロームの色彩は煤けて彼らの生命を感じさせない。どのくらいの眠りがあったのか、動けば埃が舞う彼らの四肢はおぼつかない様子にも見えた。

 いずれも声がなく、唸りすら響かせず、床を這う足音と侵入者の一行の騒ぐ声だけが石壁に反響している。饒舌に喋っていたはずのミノさんも例に漏れず、沈黙していた。

 もうミノさんではない、怪物ミノタウロス。

 七志は5人の騎士に守られていた。だが、乱戦の中で使い魔たちや馬とははぐれてしまった。

「下がります! 隊長!」

「カボチャ! パール! くそ、魔物が多すぎる……!」

 孤立を防ぐために、踏みとどまろうとする七志の腕をダルシアが掴んで引きずった。


     ◆◆◆


 ダルシアに腕を引かれ、無理やりに部屋を出されると、踏み止まろうと思う心とは裏腹に足が勝手に騎士たちの後を追ってしまった。恐怖に駆られた弱さだと解かっていて、自己嫌悪が凄まじい。

 後ろ髪を引かれて何度か後方に視線を向け、使い魔たちが追ってはいないかと確認を取る。出口に殺到する魔物の姿ばかりで、見慣れた二つの影はそこになかった。

 胸を裂くような痛みは、これで何度味わっただろう。いや、今までも後からひょっこりと姿を現したのだ、きっと今度も大丈夫だ、と無理やりに心を収めようとしたが、どうしても抑えきれない。

 逃げを打つように、思考を切り替えた。今居る者たちを救わねばならない。これも逃げだと解かっていて、打ちのめされながら涙を拭った。


 ここへ至るまでの行程を思い出す。今までに抜けた幾つかの部屋にも、同じような石像群が配置されていたはずだ、と。すべてが実体化していたなら、恐らく万事休す。もし、先ほどの部屋の物だけならば、まだ対応のしようがありそうだ。

 考える。走りながら、師であるライアスを思い浮かべながら、彼ならどうするかを考えた。

 常に部下が動きやすいよう、敵に対して先手を取れるようにと考えることが、上に立つ者の役目であると教えられた事を思い出した。

「行き止まりがあるはずだ! 少しぐらい速度を落としてもいい、慎重に進んでくれ!」

 全速で引き返そうとしている5人に対し、七志は鋭く叫んだ。

 新兵たちばかりなのだ。逃げることに必死で、危うく道を違えるところだった。


「済みません、隊長、」

 本来なら一番年上の自分が、強く全体を牽引すべきところだったものを、とハリーが走りながらで詫びを寄越した。

「うん。ゆっくり、慎重に逃げよう。」

 矛盾したアドバイスに、ハリーは苦笑を返してきた。少しは余裕が戻ったらしかった。

 石壁に刻んだ目印を頼りに元来た道を引き返す。ゲームではない、封印を解かれた魔物たちは小部屋を抜け出し、ゆっくりとだが、侵入者を追ってくる。

 一つ前の小部屋が見えた。石室は、その出入口の周囲だけがアーチ型の飾り石に囲われていて、廊下を形成する石段とは趣きが異なるのだ。ぼんやりとした闇が口を開けている。

「南無三!!」

 覚悟を決めて飛び込む。ここの魔物も実体化していたなら、アウトだ。

 走り込んだ室内は静まり返り、壁に埋め込まれた石像たちも動く気配を見せない。一度クリアした部屋の魔物までは実体化されないらしいと見当を付ける。もし、彼らまでが動き出したなら、どれほど性悪な迷宮だか解からない。

 全員の動きを止めるようにとハリーが片手を上げて制した。耳を澄ませ、魔物たちの距離を測っているらしい様子に、七志も固唾を呑んで息を殺す。邪魔をしないように、緊張感に耐えた。

 やがて彼は七志の方へ顔を向ける。

「どうやらこちらの速度よりもかなり遅い様子です、どうしますか、隊長?」

 足音の響く大きさ、一歩の間隔から判断したらしい。態勢を立て直した今なら、迎撃も可能だと視線で訴えかけてくる。

「……よし、ここで叩いてみよう。ハリーとジェンダで入り口の横へ待機してくれ。一撃、殴ってみて手応えがないなら、逃げる。後は、また後で考えよう。」

 即断して良いものか、少し迷った。が、迷う時間も惜しいと指示を送った。

 魔法で幾らかは強化してあるとはいえ、所詮は人間だ。攻撃が通じない場合もある。最初から最悪を視野に入れて動かねばならないと、これもライアスの教えだ。

 魔物の多くは、人間よりも遥かに強い生物なのだ。

 先頭があのミノタウロスだったら、それこそ一気に最悪の場面が訪れるだろう。

 せめてカボチャが居てくれたら……、いつの間にか、無くてはならない存在になっていて、七志は泣き笑いの表情を浮かべた。自分自身は、あまりにも非力だ。このメンバーの中ではお荷物でしかない。


 力が欲しい……。

 強く、そう感じた時、右腕に熱を感じた。熱いというほどではない、だが、今までにないはっきりとした感覚で、右腕に装着したバングルが熱を持ってその存在を主張し始めた。そして、なぜか「既に」理解にある。このバングルの本当の姿、性能を。

 青い光が腕輪から発せられ、その光は装着者の腕にまで広がった。肘から下がすっぽりと、淡い水色の光に包まれ、その下にかつては腕輪の形状をしていた蒼い金属で出来た籠手が現れた。

「隊長、それ……?」

 皆が驚いた顔をして、七志の腕に現れた宝具の変化を見守る。

 七志が軽く腕を振ると、籠手の先に鋭利な刃が滑り出る。手首と同じくらいの長さを持つナイフが現れた。指先を伸ばすと同程度、拳を握ると10cm程が露出する。あまり刃渡りの長いものは扱いきれない、この程度がたぶん、今の七志には丁度良いのだ。

 材質も理解にある、これは、ミスリル。薄く延ばされた独特の形状をした刃は、この金属が他の素材よりも圧倒的な強度を誇るが故に、歴史の中で研鑽され編み出されてきた形だ。極限まで軽量化と鋭利さを追求した結果、紙のように薄い両刃になった。曇りガラスのようにも見える銀色の刃。

 籠手に仕込む形は、アサシンが好んで使う暗器に種類が多い。この宝具も恐らくはその一種だろう、とハリーが教えてくれた。

「魔導協会に問い合わせねば確証はありませんが、おそらくこの輝きはミスリルですね。希少金属ですよ、隊長。」

「うん。……もっと詳しく聞きたいところだけど、悠長に話してる時間はなさそうだ、配置に付いてくれ、みんな。」

 七志の耳にもはっきりと解かるほどに、魔物たちの引きずるような足音はすぐ傍にまで近付いていた。

 腰にある本来の得物、モーニングスターに視線を送る。接近戦にはこちらが使える。このミスリルのナイフは、実際には飛び道具であることを既に七志は理解していた。

 が、とりあえず、これで戦えるはずだ。

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