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第三話 影の中の魔剣 Efreet

 円周率3.14、コンマより向こう側の数字14個目は……。

「解かるかよ、そんなもん!」

 あっさりと思考を放棄して七志は自身の頭を掻き毟った。

「隊長、エンシューリッツとはなんの事ですか!?」

 他の者たちも、解からないなりに考えようとしてくれているのだが、さすがに時代が違いすぎる。いや、魔導師あたりなら知っている事柄なのかも知れないが、その辺りの事情は来訪者である七志には解からない。

 ここにいるメンツが知らないだけなのかも知れないし、この世界には知られていないのかも知れないし、どちらとも判別は付かない。

「テレフォンを!」

 間違うわけにはいかず、止む無く七志はそう叫んだ。

「宜しいでしょう、テレフォーン! さぁ、これでライフライン最後の一つが消えたぁ!」

 制限時間は3分です、と前置きする声が終わると同時に、七志の前に見慣れた四角い物体が現れた。折り畳み式の本体はひとりでに空中で開かれて、液晶画面を七志の前に向けてくる。

 スマートフォンが欲しかった、友達はみんな買い換えていたのに自分だけは親に止められて買えなかった、そんな事柄が脈絡なく思い出される。懐かしい古い型の携帯電話だ。

 泣きたくなった。


 目の前に現れる携帯電話に一瞬驚いたものの、深く考える時間すら惜しい状況で、すぐさまひったくるように手にする。携帯が出てくることも、それが宙に浮いている事も理不尽だが、何より今現在の状況そのものが理不尽過ぎるから、思わぬ笑いがこみ上げてきた。泣きたいのに笑える。

 なぜこんな目に遭っているのか。考えが掠めるだけで笑いがこみ上げてくる。ヤケクソだ。

 携帯のメモリーには、家族や学校の他、優等生の知人のアドレスが当然のように載っていて、七志は迷わず彼に電話を掛けた。

「もしもし!」

「もしもし? て、あれ? もしかして、七志か?」

 懐かしいと思ってしまう。

 知人の声がすぐに電話の向こうに聞こえてきた。多少の焦りが感じられる声だ。七志はたぶん行方不明になっているだろう自分の周囲を想像した。心配をかけているだろう、と改めて思う。

「うん、そう。いや、話してる余裕はないんだ、円周率の3.14の続きを知ってるだけ言ってみてくれ。」

 すっ、と潮が引くように落ち着きが戻った。

 同時に、両親の顔がなぜか浮かんできて、涙が自然と浮き上がった。時間があるなら、いや、本当なら両親に無事を伝えたかった。

「え? 円周率って……えーと、3.14159、265…3、5、8、9793? 238……」

「9か、ありがとう。」

 さすがは学校一の秀才だ。数学大好きの変人だからきっと知っていると思った。思いつつ、指折り数えて電話口の数字を聞いていた七志が途中で遮る。残り時間は僅かしかないだろう。

 他の誰かに掛けられるだけの余裕がないくらいは嫌でも解かる。

「おい、七志! お前、今どこに居るんだよ!? みんな心配してんだぞ、」

 少し怒ったような声が返ってきた。

 心配してくれていたんだ、と解かる言葉と温もり。瞬きをした拍子に涙が零れ落ちた。

「あ、えーと……、話してる暇があまりないんだけど、心配しないでくれ、大丈夫だからって伝えて。」

 胸が痛い。せめて、家出という程度に考えてくれればいい。あまり心配するような事態じゃないから、と付け加えようと口を開いた。

 プツリ、と電話は自動で途切れる。堰を切ったように、涙が溢れた。


「隊長、大丈夫ですよ、きっと元の世界にだって帰れますから、」

 慰めるように声をかけ、肩を叩いたのは女性騎士のダルシアだ。彼女はそのまま、幼子をあやす仕草で七志を抱き留め、背中をさすってくれた。

 みるみる頬が熱くなる。役得、と喜ぶ場面でもないが、気恥ずかしくて七志が身じろぐ。

「だ、ダイジョウブ、心配かけてごめん!」

 慌てて押し戻し、赤くなった顔面と潤む目を手の平で煽いで誤魔化した。

 それにしても、この迷宮は誰が作ったのだろうか。いきなり異界の存在である携帯電話が出てきて、しかも簡単に自身の知人に連絡が取れてしまうとは……。

 何か巨大な力を感じて、七志は思わず身震いをした。



 禿山となったタイラルマウンテンの山頂。通称でゴブリン山と呼ばれるこの山は、実際のところは三方を平原と丘陵に囲まれた山岳地帯である。この周囲の一部だけが険しい山岳を成している。

 その頂上付近で、ジャックは怪鳥との死闘を演じていた。


 並みの鎧ならば撃ち抜いてしまう威力。そのボゥガンの矢が、簡単に弾かれる。

 怪鳥の足に当たって跳ね返った矢が、むなしく地に落ちた。咄嗟に固く目を閉ざしたジャックの耳に、つんざくような怪鳥の鳴き声が響く。同時に鋭い金属音が。風圧は凄まじく、背にした岩に身体を押し付けられている。その風がぴたりと止んだ。

 不可解な間があいた。ジャックは予測した激痛が来ないことに不審を抱いて、そっと目を開ける。わし掴みにされ、内臓も潰れるほどの激痛が起きると覚悟していたのだが、来ない。

 開かれた視界の先に、今までに見たことも聞いたこともない新たな魔物が出現していた。

 巨大な一振りの剣。

 鳥は空中へ舞い戻り、その魔物に狙いを定めて旋回している。ホブゴブリンは極限状態に陥ったのか、意味不明に暴れ、吼えていた。

 ほの赤くうっすらと輝く巨大な剣は、ちょうどジャックが得意にしている曲刀に似通った姿をして、ゆらりと宙に浮かんでいる。人の二倍ほどもあろうか、かのホブゴブリンよりも一回りは大きい。

 ジズの滑空に、剣は刃を上に、迎え撃つ姿勢を見せた。怪鳥は恐れを持ったのだろう、途中で引き返し、また旋回姿勢に戻る。息を殺して状況に見入るジャックに、突然、声が掛けられた。

『我と契約せよ、』

 頭の中に響く声。


『……お前が死ねば小僧が泣く。小僧が泣けば、我らが真の主も悲しまれる。』

 小僧という名称が誰を指すかはわかり切ったことだった。

 ならば、七志が泣いて悲しむという存在が誰であるかも当然知れる。

 やはり、と思った。七志が知り合ったという娘の正体に確信を持った瞬間だ。だが、なぜあの女が七志を庇うのかが、解からなかった。火の山の魔女は、本来、七志の敵であるはずだ。

「契約する、」

 謎が増えた。しかし、今はそれどころではない。この場を切り抜ける事が先決で、ジャックは即答した。

『我はお前の意のままに動く。操り、そして生き残れ。我が名はイフリート。』

「イフリート、」

 名乗り、呼応する。これで契約は成立した。

 契約と共に、本来の姿を見せるが如く、剣が炎を纏う。燃え盛る紅蓮の炎が逆巻く、巨大な剣。恐らくこの魔物も火の山の魔女が生み出したものだろう。

『ぐずぐずしている時間はない。お前の友を救うのだ。』

 七志が危険に晒されている、直感して頷いて応えた。


     ◆◆◆


 契約は成立した、しかし、剣の様子は変わらず燃え盛っている。

 扱いはよく解からない。近付こうにも炎が渦を巻き、容易にはいかず。しかし、腕を振れば腕の動くに任せて剣も振られて横薙ぎに空を裂いた。

 薄い影のような腕が、巨大な剣を握っている。足元には魔力を行使するための魔法陣が輝く。ジャックの動きに合わせて、寸分変わらぬ同じ仕草を影も起こす。写し絵のようだ。

 どうしたのかは解からないが、自身の魔力が影を媒体に具現化して腕の姿を取り、剣と連結しているらしい。騎士たちが錬気武装を施すように、冒険者のうちには高い魔力を駆使して、見えない鎧のヴェールで身を護る者もいる。その特殊形と見てよさそうだった。自身にはさしたる魔力はない、おそらくこの魔法陣が剣自体の魔力をジャックの身に注ぐジェネレーターの役目を負うのだろう。

 両者の魔力が混ざり込み、本来ならほとんど感じ取ることも出来ないほど弱いジャックの魔力を増幅する。

 なるほど、と得心がいく。ふと目を向ければ、ちょうどいい具合に試し切りの相手が錯乱状態で吼え続けている姿を認める。上空に目をやれば、怪鳥が油断なくこちらの様子を窺っていた。

 つ、と間合いを詰めると、ジャックは振り抜いた腕を逆方向へと払い、斬りつけてみた。

「ゴガ!?」

 驚く威力だった。腰あたりで真っ二つにされたホブゴブリンが、二つに分かれて地上に転がった。

 くるりと一回転、振り向きざまには短く、剣を寸で止めて斬撃を飛ばす。熟練の者が扱うソニック・ウェイブの技法。魔力の強い者にしか扱う事の出来ない、魔法剣士の特権的技術だ。

 思った通り、刀身から分離した炎の風は独自にかまいたちとなって振り抜いた方角への斬撃となり、飛んでいく。炎の軌跡が崩れ落ちた魔物の身体を焼き、消し炭に変えた。

 感覚的に解かることがある。剣を具現化すること、影を連結させること、そして先程の斬撃、すべてが両者の魔力に依っている。斬撃は特に、

「魔力の消費も大きい、か。連続して出すことは出来ないな。」

 呟いたジャックの頭上から、鋭い鳴き声が降り落ちる。変わらず、怪鳥は上空を旋回していた。


「ちっ、煩せぇな。」

 届くか? 距離を目視で測り、同じ斬撃を上空へ向けて撃ち放った。ジャックの動きに合わせて黒い影も動き、剣を振り上げる。炎を纏う風の刃が高速で空気を裂く。まっすぐに怪鳥を目指して飛んだ風刃だが、くるりと翼を捻ったジズに難なく躱された。

 七志が見ていたなら、どういう反応を取るだろう。まるでゲーム、いや、実際に七志が知っていたゲームキャラとまったく同じ技が炸裂した。

 魔物が空を舞っている今は、両者にとって余裕がある。いわば睨み合いの間合い。

 油断なく上空に注意を向けつつ、ジャックは魔力消費の感覚を計算し、短時間のうちに取り込もうとしていた。計算違いが命取りにもなる。

 おそらく残り3発……いや、5発はギリギリで撃てるだろう。そう判断した。

 先程語りかけてきた魔剣の意思は、沈黙を守る。緊迫した空気の中、気を逸らす真似を避けているのか、元から寡黙なのかは解からないが、ありがたいと使役者の方は感じていた。片方で魔導計算をし、片方で敵を観察する芸当は、熟練の傭兵であっても疲れることだった。


 幕間を裂いて怪鳥ジズの甲高い鳴き声。同時に、ほぼ真上から錐もみ飛行で襲撃する魔物の影。黒い弾丸と化した魔鳥は一瞬で間合いを詰め、ジャックの目前で大きく両翼を広げ、風圧で得物の動きを押さえつけた。

 塊になった空気圧が全身に叩きつけられる。ずるずると足元が勝手に後退し、息さえ詰まらせる。

 辛うじて開かれた薄い視界の中に巨大な鳥の足と鋭い鉤爪が映り込む。

 無理やり腕を振り切ると、風の抵抗を受けた筋肉が悲鳴を上げた。狙う余裕もないままに振り抜いた剣は、確かな手応えを返す。

 よし!

 確信、同時に悲鳴のような怪鳥の鳴き声が重なる。斬り飛ばされたジズの片足が視界を横切った。

 完全に態勢を崩した魔鳥が、よろめきながらも再び空に舞い戻り、旋回する。どうにも諦めるつもりがない様子に、ジャックは舌を打った。

『キリがない、』

 今まで沈黙していた剣の意思が、再びジャックにコンタクトを取ったのはその時だった。


 確かにこのままでは、徒に時間ばかりが過ぎる。

 魔鳥は再び上空に陣取り、変わらぬ正確さでジャックの頭上を旋回し始める。互い、一撃で勝敗が決する場面ではよくあることだが、今は一刻が惜しかった。

『剣を真正面に構えよ、』

 言われるまま、宙に浮く巨大な剣がまっすぐに向くよう、正眼に構える。

 なにかする気なのだろう、そう思うからこその基礎、両手でしっかりと握り込むつもりで、両の腕を伸ばした。

 イィィ…ン、

 いきなり湧き上がる、不快にも過ぎる音波。思いがけず、歯を食いしばって耐えねばならないほどに、刀身が発生させた音はきちがいじみていた。

 全身が粟立つような感覚、鳥肌、あるいは耳の奥深くから背骨を駆けあがる、耐え難い律動。

 胃がおかしくなりかけた時、怪鳥ジズの旋回周期がぐだぐだに崩れ、酔ったようにフラつき始めた。

 空中に羽をまき散らし、よたよたと、まっすぐにも飛べなくなった鳥が、次第に遠ざかっていった。あまりにも不快な音波に耐え切れず、逃げ出したものか。

 呆気ない戦闘の終了。

 見届けた後に、使役者のジャックも地面に逆流した胃液を吐き戻した。

「げほ、…うぇ、」

 命は助かったものの、あまりのみっともなさに、思わず周囲を見回してしまう。

 幸い、目撃者は居なかった。


 怪鳥が姿を消すと共に、魔剣も忽然と消え失せる。連結されていた魔力の道も解除された感覚があり、今度こそジャックは息を吐いた。とりあえず、自身に降りかかった危険は脱したらしい。

 僅かに残された気配を探せば、どうやらあの剣は影の中に潜んだようで、足元の影の中に異様な気配を感じることが出来た。影の中の魔剣、やはり例の魔女が創っただけはあり、強力な魔物だった。

 今はどうやら味方のようだ。今は。

 だが、これがいずれ敵に回るとすれば、恐ろしい事になる。再び戻る緊張感に、ジャックは慌てて頭を振って強張る身をほぐした。

「七志を探すのが先だな。」

 これもおかしな感覚だと、自身で思っている。

 他人にここまで気を掛けたことなど、今までなかった。まるで、誰かに操られているかのように、かの少年が気に掛かって仕方がない。思い返せば、それは自身だけでなく、七志の周囲の人間すべてに当てはまることのようにも感じられた。

 何かが、七志という人間は何かが普通ではない。七志に与えられた能力に関連して、絶対的な存在感を植え付けるものなのか。ジャックは首を捻り、そして禿山の頂きから下山の為に歩き始めた。

 足元の影が七志の居る場所へと案内するように、本来は向かぬはずの方向を示して伸びていた。

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