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第一話 終幕、そして新たな冒険。In The donjon

「ほう。……この歳まで生きてみるもんだの。」

 豊かなあごひげをひと撫でして、ライアスは目を細める。夜空を彩る美しい火花にしばし見入った。

 騎乗したライアスの傍へと伝令の兵が駆け寄り、何やら耳打ちを残して去り、ライアス自身は一人納得したかのように頷いた。戦況の報告が為された後も、彼は動かず夜空を見上げている。

 予想していたよりも相当に低い数値で抑えられた犠牲者の数だ。ただし、討伐したゴブリンの数も比例して少なくなっていよう。遠征自体の成否は際どいところだ。国王自らが出陣している以上、表向きは大成功と喧伝するはずだが。

 また宮中がきな臭くなる。知ったことではないが。そういう意味でライアスは再び一人頷いた。

 騎士団に痛手はほとんどないらしい。しかし、あわや挟撃という憂き目に逢った冒険者からなる陽動部隊は、無視出来ぬ損害を被ったようだった。

 冒険者ギルドは上層で王侯貴族と太いパイプで癒着し、冒険者はみな首根っこを押さえられているようなものだ。どのような時も皺寄せは彼らが真っ先に被る。

 そもそも冒険者の監督管理は同じ冒険者にやらせるという形が出来ている。犯罪を犯した冒険者を追うのは、同じ冒険者だ。各種ギルドは相互監視のシステムでもあった。

 国が用意した機関など得てしてそんなもの、頂点には王侯貴族がふんぞり返る。システムに収まろうとしない者は、信用の名のもとに、容赦なく叩き出すのだ。

 現状で、カナリア亭の面々と王侯貴族は知り合いでもなんでもない。七志は少しばかり王宮に顔が売れた程度のことだ。同様に、傭兵および冒険者の多くも、『来訪者』七志の存在を知った程度。


 山中では、未だ多くの冒険者が傭兵として駆り出されたまま死と隣り合わせの状況に居る。

「ジェリク……、死んじまったか、」

 腕の中の友を見つめて、痛ましい声がそう呟く。

 うっすらと目を細め、彼の死に顔は穏やかだった。この夜の美しいイリュージョンに看取られたのは、せめてもの救いか。死の恐怖を忘れていただろうことも、彼を知る者にとっては幸いだ。

 ジャックは七志の部下をそれぞれ少数に分けて指揮系統を騎士たちに任せて下山させた。自身は幾つかの傭兵部隊の間を渡り、最後まで作戦変更の伝令役に徹していた。

 七志の能力は絶対的な伝達力を誇ったが、それでも取りこぼしは幾つもあったのだ。七志が居なければ、もっと多くの知人たちと永遠の別れをする事になっただろう。それでも、多くの冒険者が死んだ。

 黙とうを捧げ、自身の武器を腰に戻し、亡き友の愛用したブロードソードを手に取る。

 生きて帰ることが叶えば、遺品を持ち帰ることが出来るだろう。幸い、ゴブリンたちは空に広がる火花のショーと、山にこだまする轟音とに怯え、姿を隠したまま出てこない。

 逃げるなら今だ。亡骸を横たえ、ジャックは急ぎ下山を開始した。音が止めば、じきにゴブリンたちも回復して出てくるに違いなかった。

「……そうだ、七志、」

 踵を返す。どういう状況か解からない以上、彼が一人きりになる可能性を考えた。なんのチートも持たないあの少年が無事に下山出来る確率は低い。


 打ち上げ花火の点火は妖精パールと新米騎士たちに任せ、七志は使い魔のカボチャと共に使用済み花火の後始末を受け持っていた。点火の合図に目と耳を塞ぎ、地響きのような騒音を受け流した後には一列分の筒を川に放り込んで消火、カボチャが消し去る。

 打ち上がった花火の火の粉が枯れた冬山の木々に燃え移らないように、水の精霊たちが先回りで素早く水のベールを魔法で草木に掛けてくれる。彼女らの報告を聞いたら、次の段を点火する。

 繰り返しの作業は分業ではかどった。

 そうして、ようやく全ての花火は打ち終えて、一息、落ち着くことが出来た。もうもうと煙が立ち込める沢を離れ、少し上流へ避難した。風が下流に向いていたので仕方なく、だ。


「七志! ちょっとこれ見て!」

 なんだか仰々しい声で、妖精が契約主を呼んで手を振り回している。一人勝手に先行したかと思えば、どうやら何か見つけたらしかったが。

 なんだかとてもわざとらしい動きと声だ。七志は訝しんだ表情を隠すこともせずに彼女を睨んだ。意にも介さぬ様子の妖精、パールは白々しい演技を続ける。

「見てぇ、これ! なにかしらぁ!?」

 大げさなジェスチャーはまるで子供のお遊戯会だ。精霊界が何がしかの企みを持っている事はとうに承知の七志だったから、パールの態度は胡散臭いことこの上ない。

 無言の七志、その後ろの見えない位置でカボチャが首を横に振って嘆いていた。ヘタクソ、と言いたげに。

 七志の部下、以前に名乗った三名……ハリー・エマーソン、ジェンダ・エイブル、マーレン・ベレットにやはりあの場に居た二人、フロット・ベイツとダルシア・ウォーレインの計五人がここまで付き従ってきてくれた。紅一点のダルシアは黒人系統なのか、肌が浅黒く唇がぽってりと厚い。

 その彼女がまず妖精の声に反応して駆けだした。

「隊長、わたしが見て参ります!」

「あっ! 気をつけて!」ソイツは油断ならないから、という言葉を危うく飲み込んだ。

 駆けてきた人物がお目当ての者ではないと解かって、パールは露骨に頬を膨らませ不満を表わした。

「なによ! あんたなんか呼んでないのに!」

「うるさい! 妖精や精霊など信用出来ん!」

 早々に応酬しあう二人の様子を離れた場所から見て、七志は狼狽える。さっきまで協力プレイで息もぴたりと合っていたはずなのに、どうしたというのか。七志の知らない事だが、この世界は人間同士も仲が悪く、また人間と他の種族もみな、仲が悪いのだ。およそ、人間はこの世界の嫌われ者という位置付けだ。

 こじれてしまった糸は、よほどの事がない限り、解けることはないだろう。


 やがて彼女は腰を屈め、やにわに背筋を伸ばして報告を寄越した。

「隊長、こちらに石碑があります!」

「石碑?」

「七志様、この地域には幾つかの石碑が見つかっているのでございますよ。リーゼンヴァイツに2つ、エフロードヴァルツに2つ、教皇領に1つ。で、ここにまた1つ見つかったということでございます。」

 七志が疑問を明確にする前に、カボチャが素早く補足した。あまり現段階で深く興味を持たれたくはなかったためだが、七志はこの意図には気付いていない。

「ふーん、」

「七志様の能力ならば、もしやして碑文を読むことが出来るやも知れませんなぁ。」

 さほど興味もない風を装って、カボチャの誘導は巧みだ。

「あの石碑、実はまだ解読が為されていないのでございますよ。どうにも特殊な文字であるらしく、どの国のどの時代の言語にも当てはまらないんだそうです。あ、そう言えば七志様の能力がどの程度なのか、あの碑文を使えばいくらか見当が付けられるやも知れませんなぁ。」

 まぁ、そうそう巧く行くものでもないでしょうけれどねぇ、と、カボチャは軽く言い放った。


     ◆◆◆


「よぉし! 読んでやろうじゃないか!」

 巧いこと引っかけられた。

 なんとなく期待の篭もった眼差しが全員から注がれているような気がして、七志としては気分がいい。

「もしかすると、もしかするやも知れません、隊長!」

「この碑文が読めれば、世の魔導師どもの度肝を抜きます、隊長!」

「あのエラそうで憎たらしい魔導師協会をギャフンと言わせてやってください、隊長!」

 八割がた私怨の篭もった声援を受けて、七志は石碑へと歩み寄った。気分はレッドカーペットだ。主演男優の気取った歩調で歩き、石碑の前へ到着。探偵のようなポーズで腕を組んだ。

 そもそも騎士と魔導師はソリの合わない者同士で、片や貧弱な体躯を嘲笑い、片や脳みそも筋肉なのかと謗りあう仲だ。性質的に正反対なのだから、仕方がない部分もある。

 いつも低能だの猿同然だのとバカにされてきた相手に、一矢報いることが出来る可能性に、場は大いに盛り上がる。騎士職の七志が、彼らには不可能だった偉業を果たそうとしている、と。

「なになに、……ふーん。よし、読めた。」

 あっさりと解読に成功したとアピールする七志。あっさりし過ぎて周囲の感動は薄い。

「なんと書いてあるのですか、隊長、」

 騎士の中でもリーダー格のハリー・エマーソンが代表で七志に尋ねた。


「石碑の文章はこうだ。『タナトスの宝飾、三種のうちの一つを求める者よ。魂は奥深くにあり、器は表層にあり。知恵ある者を誘い理知の迷宮、その中心へ向かえ。台座に智慧の炎がたなびく時に魂は解放されん。旅立ちの門は今、この時より開かれん。』だよ。」

 多少、自慢が入っていたかも知れない。そのために、重大な失態を犯した。すなわち、声に出して読んでしまった。

 魔法は大抵、呪文の詠唱によって実現されるものだから……。

「今?」

「今、でありますか、隊長。」

「ん?」

 言った自分が最後に気付いた。

「あ、詠唱?」

 時すでに遅し。


 いつか感じた時とまったく同じ状況だ。デジャブのように。

 何の前触れも無しに唐突にこの世界へ飛ばされたあの日と同様に、今回もまた、何の違和感も感じることなく突然に、さっきまで居た場所とは違う空間へと飛ばされた。

 薄暗く、非常に広大な空間が広がっている。全体に灰色で、床は大理石なのかこれも灰色だ。天井は高く、暗く、よく見えない。

「隊長、ここは……?」

「よく解からない。どうしよう、こんな唐突に始まるとかってアリかよ、」

 七志は自身の迂闊さを呪った。どうやら周囲に居た者はみな巻き込まれたようで、騎士5人と妖精、それに使い魔のカボチャと馬が傍に居る。

 嫌な予感しかしない。

 戦闘が終了したかどうかさえ解からない。

 それより、武器以外は何も持っていないというのに、突然、得体の知れない場所へ転移させられたのだ。もし閉じ込められたのなら、導き出される解答はただ一つ、全滅の文字しかない。


 嫌な唾を飲み込んだ時、七志の頭上から声が掛けられた。

「まさかこのような事になるとは……、」

 あるいは独り言かも知れないが。

 ふよふよと宙に浮いて、カボチャが呟いていた。天井にまで上ったのだろう、ゆっくりと降りてくる。

「七志様、天井も探った限りでは大理石で塞がっております。脱出する道は上にはございません。」

 報告を受け、改めて周囲を見回す。薄暗がりで壁の如きは見えない。

 妖精がかなりの飛行速度で遠くから戻ってくる光が見えた。

「七志ー! あっちに扉があったよー!」

 あの速度なら、この空間のかなり広範囲を見て回れるのだろうか。妖精は、ここが四方を壁に囲まれた空間であり、一つだけ扉が存在している事を突きとめて帰ってきたのだった。

 とりあえずその扉の前へ移動することに決めた一行は慎重な足取りで進む。

 碑文にあった迷宮に送られたらしい予感に、全員が無言となった。


 かなりの距離を歩くかと思わされたが、覚悟したほどの時間はかからずに目的の場所へ辿り着く。やはりこの空間は建屋であるようだが、それにしても巨大な空間と思われた。薄明るいこの光源がどこにあるのかは定かではなかったが、空間は不便がない程度には明るかった。

 扉がある事は比較的離れた距離からでも解かる。そのくらいに大きなものだ。どこかの神殿を思わせる石柱に挟まれ、これも石で出来ていると見られる灰色の壁が両側に続いている。等間隔に並ぶ石柱は教科書で観たオリエンタル文明だか何だかのように豪華な装飾が為されていた。続く壁と柱は遠くで闇に紛れてしまい、果てが見えない。

 扉自体も絢爛なレリーフが刻まれている。頑強な石造りの両開きタイプで、中央には台座がある。台座にはなにやら銀色に輝く円盤が取り付けられ、薄ぼんやりとした輝きを放っていた。台座はかの有名な牛と人との混血の怪物、ミノタウロスを模してある。これもやはり石像なのか、動く気配はなかった。

 しかし七志が近付くと、その両目が紅く、ぼんやりと光った。


 石像が支える円盤は大きなものだ。肩に担ぐように首の後ろへ置き、それを両手が支える形。

 円盤には二重の円が刻まれており、内側の円は三等分で三色に塗り分けられている。牛の角がちょうどそのうちの一色と同じ幅になっていて、まるで当確を示す枠取りのようにも見えた。外側には模様が刻まれている。何かの儀式に使われるのだろうか。

 台座の怪物、ミノタウロスの石像の両目が光り、そして、両腕が掲げる銀色の円盤がゆっくりと回転を始める。一同の見上げる前で、回転は徐々に速くなり高速回転に移り、やがてまたゆっくりと速度を落として勝手に止まった。

 角の合間に来た色は黄色だ。


「さあ、始まりました! クイズ・ダンジョネア!」

 これまた唐突に、明るい男性の声が天井辺りから響いてきた。

「出される質問は全部で50問、全問正解で最終チャレンジの間へ降り立つことが出来ます!

 奇問難問に挑むチャレンジャーにはライフラインと呼ばれる3つのセーフティが与えられます。嬉しい助っ人との通信相談はテレフォン、候補を二つにまで絞ってくれるフィフティー・フィフティー、観客の皆さんに意見を伺っちゃえるオーディエンス、どれをどのタイミングで使うかはチャレンジャーである貴方次第!」

 流暢に流れるガイダンスに、七志以下の者たちは目を白黒させて狼狽えていた。

「て、テレフォーン?」

「オーディオ?」

「いったい、何が始まったのですか、隊長!」

 彼らににじり寄られても、引きつり笑いを浮かべた七志が応えられる解答は一つだけだ。


「……さあ?」

 声がひっくり返っていた。

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