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第二十七話 ゴブリン山終了

 腹の底にズシンと響く、重い音だ。

 耳栓をしていてなおこれだけの重低音とは思ってもみず、七志は歯を剥いて耐えた。あまりに大きな音響は、それだけで一種の狂気だ。

「七志様、ものすごい反響ですなぁ! からっぽ頭には辛ぉございますぞー!」

 カボチャが目を回しながら、空中でフラフラくるくると回っている。

 なぜここまで大音響になっているのか、と疑問を感じたところへカボチャがタイミング良く状況解説をしてくれた。反響、見回せば低い河原に周囲はぐるりと山の影が覆っている。ちょうど盆地のような地形の真ん中で音を出していたのだ。スピーカーのど真ん中で。

 山々に反響し、それでなくても大きい打ち上げ花火の爆裂音が数倍に増幅されていた。

 頭上に降り注ぐ火花の大輪。大音響で響き渡る炸裂音。火花に彩られて次々と色を変える周囲の景色。

 ゴブリン山の魔物たちは、まさしくパニック状態だった。

「火気厳禁とか言ってたくせに!」

「パールが精霊たちに協力を仰いでくれたおかげだよ!」

 にこやかに、とぼけた答えを返しておく。精霊たちが七志に頼みたい事柄が、よほどに厄介であるのだろう、協力を申し出た彼らの態度はいやに慇懃だった。

 パールのような火の妖精が居るなら、水の妖精もいる。気がかりだった山火事への対処のために、一か八かでコンタクトを頼んでみたが、妖精より上位にいる精霊たちが快く引き受けてくれた。これにて、山火事の心配をせず、心行くまで花火を上げられる。

「あたしのお蔭よね! あっ、交換条件は、忘れないでよ!」

 得意げに、橋渡しの妖精パールが念を押す。

 無理難題を押し付けられそうな予感だが、背に腹は代えられない。


 銃器がある世界に、火薬は珍しくはない。しかし、魔法が発達して銃器に頼る必要のない世界では、火薬そのものが進化を否定され、娯楽品に近い位置付けになった。火器や兵器は大型化する必要もなく、一足飛びに魔法との融合へと向かう。だから、七志が持ち込んだような大型の花火も生まれてこなかった。あるのは、現代技術の先端のような、CGに近い魔法製のホログラムだ。コストの面でも管理の面でもとにかく魔法の方が優秀なのだから。

 麓に展開していた両軍の兵は、従って、生まれて初めて目にすることになった、季節外れの大打ち上げ花火大会に攻撃命令さえ忘れて見入っていた。夜空にイリュージョンのように輝く火花の華に、ほぼ全ての兵が呆然と見とれている。

 幾人も居たという異世界からの来訪者たちも、これを知らぬ者ばかりではなかったろう。しかし、出す機会が無ければ、お目見えするはずもなく……戦乱のこの世界に不釣り合いな『打ち上げ花火』というアイテムは偶然にも今まで誰も持ち出すことがないままだった。

 反則のような魔法世界のことだから、一度でも見てしまえば、原理はどうあれ、瞬く間にこの程度のイリュージョンは再現されてしまうだろう。しかし、今現在、このようなマジックは他のどこにも存在せず、ゆえに人々は目を奪われてしまっていた。

 夜の空を埋め尽くそうとするかの如くに、次々と花開いてゆく光の華。地を揺るがす音響とともに色鮮やかに大輪の花が咲く。次から次、中空で色を変え、流れる雨のように形を変えて地上へ降り落ちて来る黄金の雨。煌めきながら流れ落ち、天と地の狭間で燃え尽きる。地上は錦絵のように色とりどりに染められ、ここにも光と影のイリュージョンが乱れ描かれていた。


 リーゼンヴァイツの王、アレイスタも呆然と空を見上げていた。いつか七志の前で見せた闘牙武装の最終段階、完全に獣人と化した姿のままで。

 パニックに陥ったゴブリンが一匹、闇雲に彼へと向かっていく。軽く片手を振り下ろすだけで、魔物は地に這いつくばり動かなくなった。頭が陥没している。

「どうやら来訪者が何か仕出かしたようだな、」

 しばらく夜空を眺めた後、アレイスタは我に返り呟く。完全な無防備に陥っていたが、幸いなことに周囲の敵も多くは呆気に取られて天を仰いでおり、ゴブリンに至っては火花に恐れをなし、頭を抱えて右往左往している。彼らにして見れば、天から火の粉が降り注いでくるようにも見えるのか。

 我に返った者たちも、今さら武器を振り上げて戦闘の続きを、という気にもならぬらしく、狼狽えたまま周囲を窺い、天と地を交互に見遣っているだけだ。戦意は完全に消失。

 自身もまた、先ほどまで戦っていた敵の魔導師を屠る気にもなれず、陶然と空を見るその男を残して馬首を巡らせた。ぽかん、と口を開けた間抜け面は当分忘れ得ぬだろう。

 今までも多くの来訪者が訪れた。だが、これほど不可思議な夜を経験させられた日はまだない。

 妙に可笑しく、自然と口元に笑みがほころぶ。


 一方の、敵の将軍も突撃を指示したまま呆然と止まっていた。

 突然遠く響き渡った音階、夜空一面に広がる光の魔法。いや、あれは火花のイリュージョンか。

 エルフの将、カーミラはため息を落としつつ、「……美しいな、」と呟いた。

 見とれていたのは数秒か、数分か。

 はた、と我に返った。

「しまった……! この一刻を争うときに、呆然自失に陥るとは……!」

 不覚の極みだ。隣の若造はまだ呆然と夜空を見上げている。

 周囲を見回せば、敵も味方もなく、ほぼ全ての将兵が戦意を失い、呆然と天を眺めているだけだ。

 今が千載一遇のチャンスであるとは頭で理解している。が、この幻想的な夜の景色の中では、どうにも動く気になれなかった。

 口元に呪文を呼ぶ。

 召喚されたのは白い幻獣だ。七志がこれを見たなら、おそらく日本酒のCMあたりを思い出すだろう。図鑑に見えるエゾジカ辺りがもっとも近いか。

 真っ白でぼんやりとした光を纏う四足の獣、鱗粉のように周囲に光る物質が浮き、身動きに応じて流れる。エルフが腕を伸ばすと、指令を受け止めた獣は優雅に駆けだした。


 敵味方、ゴブリンが入り混じる戦場。すべての者は戦意喪失でただおろおろと武器を手に戸惑っている。その合間を縫うように、天から煌めく光が流れ落ちる幻想的な夜の風景の中、幻想的な白い獣が優雅にステップを踏んで駆け抜けた。

 救いを見るように表情を緩めたのはエフロードヴァルツの兵士たちだ。あらかじめ定められた退却の合図があり、敵に利用されぬように通常は真似のし難い方法を取る。彼らの場合はこの白い幻獣が姿を見せることであった。

 退却の合図に、誰も声を荒げることはなかった。

 まるでこの夜のショーに遠慮をするように、気付いていない友軍の兵の肩を叩いて知らせつつ引き下がる。名残惜しげに、多くの者たちが一度は空を見上げた。

 壮大なイリュージョンショーは、一時間近くに及んで続けられ、その間にエフロードヴァルツの軍は撤退、リーゼンヴァイツの軍は怯えるゴブリンの幾らかを始末して自軍陣地へと下がった。

 多くのゴブリンは山へ逃げ戻ってしまい、遠征は大成功には程遠い結末に終わった。




「たーまやー。」

 一通り、並べられた花火のすべてを撃ち尽くして、七志は改めて夜空を見上げてラストの数発をのんびりと鑑賞した。煙がもうもうとたち込めて、すぐさま咳き込んで咽たが。

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