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第二十二話 魔導経路と魔導師と

 美しい、しかし無表情なエルフの士官と、かつてはその従属だった将軍の会話は続く。

 エルフは相変わらず前を見たまま、ベルンストには一瞥も与えずに言葉を綴った。見据える先にあるのは、荒れ果てた台地だ。こちら側のこの近辺は元から不毛の岩場である。


「戦争というものは、褒賞が出てこそ、やるだけの価値がある。しかし、考えて御覧なさい。あのゴブリン山を何度攻め落としたところで、遠征した兵士たちには何の恩恵もありはしないではないですか。

 山や麓の村が人の住める状態に回復されるわけでもなく、多大な出費を強いられても補償は何もない。けれど遠征しなければ、ますます不毛の地は広がってゆく。」

 戦費に見合うだけの取り分がない戦いだ。

 だからこそ、両国は互いに相手の国が欲しいのだ。喉から手が出るほどに。

「冒険者からなる傭兵たちの不満は募るばかり。だけでなく、正規兵たる騎士たちにも不満は蓄積されています。いくら手強い魔物を倒してもその栄誉に対する見返りは期待出来ない。それは、敵国のみではなく、我が国も同様です。だからこそ、両国の戦争は避けられない。」

「解かっていますよ、サー。しかし、今は目の前の敵が先決でしょう?」

 歳に合わぬ表情をして、口を尖らせてベルンストは反論した。二十歳をとうに超えた男とは思えないが、このエルフの士官に対しての甘えがあり、そういう態度を取らせることを彼女自身はよく弁えていた。


「あの布陣、一見すれば確かに貴方の見立て通りと考えられるでしょう。」

 肯定の言葉に若き将軍は満足げに頷きを返す。しかし、続く言葉がある。

「けれど、見た目通りの布陣ではないとしたら、どうなりますか?」

 こういう質問をする時、彼女の表情は軍人のそれから、教師としてのものへと変わる。かつて従属となり傍にずっと付いて回っていた頃の、甘酸っぱい気持ちが顔を出してベルンストは狼狽えた。

 歳を取らぬ美しいエルフのかつての上司は、十年の時が流れた今でも当時と何も変わらなかった。

 自身をまるで子供扱いな部分まで、何も。

 こほん、と咳払いを一つ。

 もう子供ではないのだ、と誇示したい気持ちもあって、ベルンストは本気で戦場の見取り図に目を落とした。

「……三方へ展開していると見られるこの布陣。これ自体が疑わしいものになる、かな。」

 夜だ。

 遠目で陣営を一瞥出来るはずもなく、実際にホロの数、灯の数とそこに控える兵卒の数が合っているとは限らない。

「敵陣に放ったスパイは戻りましたか?」

「いえ。……そうか、戻らないと言うことは、あのままの布陣ではない、という確たる証か。」

 幾通りかの原因は考えられる。単にスパイと見破られ捕らえられたとも、脱出の際に捕まったものとも考えられる。が、脱出の際にどのような情報を得ていたのかは知れない。

 だが、戻らない以上、こちらが得た情報通りと見るばかりは出来なくなった。

「疑ってかかるべきでしょうね。少なくとも。」


「ならば……。そうだ、俺が敵将であれば、隣国の伏兵を警戒しないわけはない。三方に展開すると見せかけて、実際には王の周囲に全兵力を展開させる。ゴブリンなど、別の機会に叩けばいい話であり、もっとも警戒すべきは挟撃に合うことだ。」

「敵将はかの誉れ高きライアス将軍です。みすみすゴブリン山を放置するなどという手を使うはずはありません。必ず、あの山には進撃するはずです。」

 カーミラの言葉に、ベルンストは大きく頷いた。にわかに自信が漲る。

 彼は言葉を続けた。

「敵は、その名声ゆえ……いや、名将であるからこそ、この状況を予測していても消極的な作戦に出ることはない、か。なるほど。しかも彼は客賓だ、凡百の作戦立案など許される立場ではない。

 すると、残る二つの陣営にも最小限の兵数は置いているはずだ、それは……?」

「傭兵、ですね。」

 うっすらと、酷薄な笑みを張り付けて、エルフの副官が最後の言葉を補足した。


「傭兵たちを山へ突っ込ませるか。なるほど、噂に違わぬ抜け目のない策士だ。いざとなれば、傭兵どもだけの犠牲で、無傷の騎士団は残る。」

「かの名将が、そんな無手で挑むとは考えにくいものですが……恐らくは、貴族のうちの意見を入れたのでしょうね。客賓には、そういった制限が付いてくるものです。」

 だが、そういった余計な配慮が、最高の策を一段落としたものに組み替えてしまうことが多々あることを、二人の軍人は知っている。

「山へ入る傭兵たちは囮。……それを見捨てる選択は、かの名将にはない。名将であるがゆえに。」

「そこにつけ入る隙がある、か。なるほど。」

 狙うべき『目』は決した。



「王の陣営に戦力が集中しているなら話は早い。……こんな時の為の魔導師たちだ。まとめて焼き払ってしまえば後腐れはない。」

「また思慮の浅い……、魔法の使用には多数の制限がかかります。まず、地形。枯れた草原に大規模な延焼魔法など使ったら、どうなりますか。こちらは教皇と手を結んでいるのですよ、人道に反する行為はすべて封じられているも同然です。」

 兵士のみでなく、大規模火災で近隣の村々までが巻き込まれれば、教皇庁が黙ってはいない。

 そのため、火炎系の魔法はごく限られた威力の小さなものしか発動させることが出来ない状態だった。なにより、肝心の魔導師たちが「うん」とは言わないだろう。

 彼らは、純粋に王家・国家に忠誠を誓う存在ではなく、あくまで雇われたに過ぎない者たちだ。無法な命令で動かすことなど、不可能に近かった。

 ならず者にも勤まる冒険者とは違い、彼ら魔導師と呼ばれる者たちは人格的に優れた者にしか、その職に就く資格が与えられないのだ。

「あざといな。ホロの支柱は鉄で作られ、雷撃系はすべて避雷針となったかの支柱に降り注ぐ。水系も同じだ、障壁のない地形では多少の水流など何の意味もない。」

 雷撃以外にも、濁流を人為に作り出す水系魔法、氷の礫を操る氷系魔法など、魔法には幾多の種類がある。しかし、攻める方法に対しては必ず防御の方法が編み出されるもので、すべての魔法には対抗策が生み出されていた。味方に魔導師が居るなら、敵にもまた、魔導師が同じだけは配備されている。シーソーゲームで果てはない。

 それでも、戦略次第で魔法は多大な効果をもたらす有用な武器だ。

 結局は兵法と何も変わらず、運用次第と言えた。


     ◆◆◆


 魔法は、攻撃魔法よりは補助魔法の方が発達してきた。

 なにせ、直接攻撃というものは、同じ速さで無効化する魔法を発動されればおしまいだからだ。リフレクション、チェーン魔法などと呼ばれる種類の魔法だ。

 火炎魔法に対し、冷気魔法をその根源に働きかけることで、魔法の発動そのものを潰してしまう。熟練の魔導師は無詠唱で術を発することが当たり前で、相手の使った魔法に対してどのような反撃魔法を用意するかで勝敗が分かれた。

 燃え盛る火球を投げつけた場合、相手がリフレクションを使っていたなら、こちらもリフレクションなり無効化を仕掛けていなかったならば、大怪我を負うのはこちらだ。また、チェーンを掛けられていたなら、その火球は軌道を変え、味方陣地を襲う。かように、魔法戦は頭脳戦と見て差し支えない。

 そういった説明を魔導師本人からレクチャーされて、七志はふんふんと頷いて聞いていた。

 内容の半分も理解出来ているかどうかは怪しかったが。

「なんか、カードゲームみたいですね、」

 苦笑で答えると、魔導師リーフラインも破顔した。たぶん、そのゲームが如何なる物かは解かっていないだろうが。

「危険極まりない術だからね。遣い手は厳選しなければならないんだ。無駄に命を落とさぬように。」


 さらに言うなら、魔導師同士が直接対決するという場面もそうそうはお目にかかれない。彼ら自身が魔道の性質をよく理解し、互いにぶつかれば決着までには相応の時間が必要になることも、魔法の打ち消し合いに終始して、およそ戦場では役立たずに終わることも解かっているからだ。

 あくまで、魔法は初動、敵の裏を掻かねば威力を発することはない。従って、主に自軍兵士のサポートに徹し、直接武器で切り結ぶ戦士たちに対魔法戦術の為の魔法を掛ける。

 火耐性、雷耐性、冷気耐性、オーソドックスなところの魔法対策を次々と七志の身に振り掛けて、最後に反射魔法を上乗せで掛けた。魔法の動力源を、七志自身へと振り替えて終了。

「リフレクションは一度きりの発動制限のある魔法だ、もし、破られたら、もう一度誰かに掛けてもらった方がいい。時間的にそういう余裕が失われている場合は、防御数値だけでも覚えておいてほしい。」

 耐性値にかかる実際の防御性能、どのレベルの魔法までが防げるかをレクチャーされる。

「ま、お守りと考えて、攻撃魔法に当たらないように立ち回ってくれるのが一番だ。軌道を読んで、先回りで動けば避けられない魔法弾は無いからね。」

 発動の瞬間に、その場を退けば大抵の魔法の射程からは抜けられる。大規模攻撃の魔法以外ならば。

 そうして、大規模の魔法はまた複雑な手順と下準備が欠かせず、おいそれと連発出来るものではなかった。そういう理由があって、この世界での魔法は、魔導師が使う純正・外へ向けた魔法と、騎士の使う強化・内へ向けた魔法とに大別される。


 魔力はすべての生物に備わったもので、生命力とセットのものだと考えられている。だから、生命力の強い魔物は必然で魔力も高く、自然に身についた防御の各耐性値も高いものと考えられていた。

 ホブゴブリンが相手になれば、通常、一般の兵士では歯が立たないと言われるのはその為だ。臀力の違いは体組織そのものの違いであり、筋肉の違いであり、鋼のように固い魔物の皮膚は剣を打ち付けた程度で斬れる代物ではなかった。七志が最初に遭遇したホブゴブリンとて、斬るつもりで対抗していたなら、先に折れていたのは七志の剣だったろう。鈍器としての剣捌きが、逆にあの時の二人を救った。

 魔物と人間では生物としての強度に差がありすぎる。

 その差を補うために発達したのが、魔法の始まりだ。従って、補助で戦士を強化する魔法がまず発達したという経緯があり、単独の攻撃魔法の発展は遅れていた。

「七志、君は魔道の才能はまるでないな。すべての経路が塞がっている。こんなタイプも珍しいよ。」

 七志に魔法を掛け終わった後で、リーフラインは興味深げにそう話した。しげしげと、視線までが物珍しげに七志に注がれている。

「魔力の通る道というようなものがあるんだ、君が倒したカトブレパスなら目に巨大な経路があるし、ゴブリンは内部に経路を持つ。騎士たちや、陛下の使う錬気も内部経路と呼ばれるものだ。」

 仏教などでいうチャクラのようなものだろうか、七志はとりあえず自身の知っている範囲の情報で代替えて説明を聞いていた。


「すべての人間が等しく同じだけの魔力を持っているわけでも、発現出来るわけでもない。魔力の量は生命力の強さに比例すると言われているが、健康さや頑強な肉体的強さと生命力の強さは必ずしも比例しない。同様に、その魔力が通る道筋である魔力経路の種類も、実際に魔法として魔力を発現させるに足る経路とそうでない経路とがある。発現させうる経路は僅かに二種類、外的経路と内的経路の二つ以外、現状では発見されていない。」

 長々とした台詞だ。

 なんとか掻い摘んだ部分だけは聞き逃すことなく、七志は頷きで了解の意思を伝える。

「経路の種類自体は、現状で約20種と言われている。つまり、魔法を習得可能な人間は単純計算で10人に1人という事だね。そして使用するに足る強度のある経路を持つ者はその半分だ。幼児期にははっきりするから、その時の選別式で騎士や魔導師を目指すか、一般人として生きるかが決定されるんだよ。

 さらに、外的経路を持つ者の中でも治癒系魔法に向いた魔力を備えた者は数が少ない。だから、魔法治癒は法外に値段が張るのさ。」

「治癒魔法はやっぱり、誰でも使えるわけじゃないんですね。」

「治癒に限らず、火炎系や雷撃系など、魔法はすべて個人差が大きく出るよ。経路次第だね。

 経路が太ければ、強力な魔法が使える。細ければ習得自体も難しいことになる。」

 七志は同人の仲間内で集まる掲示板のことを思い出していた。いつでも話題は賞のことなど、小説家になりたいという思いに関連するものばかりだった。

 結局は、何事も才能なのか。


「君の魔力経路はなんというか……類を見ない珍しいものだね。ぜんぶ塞がっている。」

 それはつまり、種類を問わずすべての魔法が使用不可という意味なのだろう、と七志は予測をつけ、がっくりと肩を落とす。魔法のことを言われているのに、なぜか小説の才能を言われたようでショックが大きかった。

 七志の落胆など気にも留めずに、魔導師は珍しい被検体を見つけたとばかりにあちこちを触診して回っては、感嘆の息を漏らした。

「珍しい……。本当に珍しい、これは多分、経路そのものが存在しない。」

 興奮気味にリーフラインは言葉を続け、最後に言った。

「七志、この戦いで君が戦死したら、君を解剖させてもらってもいいかな?」

 その瞳がいやに輝いていて、聞かれた七志は後ずさった。

 いわゆる、ドン引き、というヤツだ。

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