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第十九話 円卓会議

 隣国エフロードヴァルツ。

 北に、火の山を望む岩礁砂漠と、南に大小の湖が点在する針葉樹林からなる広大な湖水地帯とを背景にした国土。この砂漠は太古の昔、氷河期の末に厚い氷が大地を削って作り出した不毛の土地だ。少数部族が放牧を中心とする生活を送るばかりで、大きな国は他にない。

 海に突き出た岬にあたる部分全体を要塞として、堅城がそびえる。そこから続く平野部分に、城を中心として放射状に街並みが伸びている。

 城は堅牢な造りで、女性的と形容されるリーゼンヴァイツの白亜の城とは対照的な威容を誇っていた。


 城内、豪奢な調度品が並んでいる一室。

 重要な会議などに使われる大広間は、現在、諸侯が詰めており、作戦会議の只中にある。

 円卓に居並ぶ騎士たちはどれも歴戦の強者という風貌だ。

「して、ロゼル大公殿。この機をどう取られる?」

 ギラリと鋭い眼光を向け、壮年の騎士は上座に構える男に視線を向ける。

 いかつい、熊を思わせる髭面の壮年男性が目を閉じたまま思案に耽っていた。この男こそが、次期国王の呼び名も高いフリードリヒ・ロゼルだった。

 黙して語らぬこの国の実力者。

「彼らの行動は、我が国を侵犯する動機と観られても仕方ないもの。この機に乗じて、叩くべし。」

 反対側からも声が上がった。

 領土侵犯が実際に起きたか否かは問題ではない、それが可能な場所にまで軍を近付けているという事実さえあれば、事足りるのだ。

 さりとて、これを機に戦争に突入するつもりも、また、ありはしない。

 この国は北に火の山の魔物たちを抱えており、現状で戦争を仕掛ける事は得策と思われていない。けれど、リーゼンヴァイツの報復に対する為の切り札ともいうべき策は用意されており、戦端を開く切っ掛けにはさせない算段が十分に立っている。

 従ってこの国は今回の遠征を、横殴りにかの軍を叩く好機と見なしていた。


 これが早朝での会合だというのだから、七志の属する国、リーゼンヴァイツの軍はまだ城から発ってもいなかった頃だ。この国は諜報活動に優れ、近隣国家よりも多くの情報を掴み、またそれぞれの国内で情報を操作する工作活動さえ行っている。隙を見せれば即座に噛みつく、油断のならない国だ。

 複雑な国際情勢を背景に、タイラルマウンテンへの斥候役にも正規の軍を投入することが出来ない、という裏の事情が発生している。幾つかの事情が重なり、両国共に多くの冒険者たちが分の悪いクエストに、半ば騙される形で狩りだされていた。

 互いが互いの隙を窺い、虎視眈々と敵の力を削ぐ機会を狙いあう……。

 とばっちりの冒険者は、しかし、彼らにすれば無宿の流浪者に過ぎなかった。


 ロゼル大公から少しばかり遠い席次の騎士が、今度は口を開いた。

「このような時を見込んで、教皇庁を抱き込んでおいたはず。あちらが文句を言ってくるならば、教皇の一声で黙らせれば宜しい。先に領土を侵犯したのは向こう、こちらは正当防衛の理屈が通る。」

 一頃に比べて教皇の権威失墜は激しかった。人々の信仰心は薄れ、聖職者の一言で民衆が蜂起するというような事態はまず起き得ない。けれど、依然として民衆の良識は宗教を基盤に作られており、教皇庁の決定はそのまま民衆の正義にすり替えられかねなかった。


 宗教は、国民の中に深く根ざす爆弾のようなものだ。宗教者の一言で、故国にさえ牙を剥く。国は、他でもない自身を守る砦である。にも関わらず、宗教などという実態のないものにまんまと騙され、民衆は自身の着る衣を切り刻むのだ。民衆とは、扇動次第でいかようにも動かせる、論理を持たぬ集団だ。

 王侯貴族が恐れるものは、『破門』の宣告を受けることであった。

 その意味など解らなくとも、民衆は単純化した理屈で、王が悪いのだろうと決め付け、断罪する。巧く煽り立てれば国の倒壊すら起き得るほどの『爆弾』なのだ。

 民衆をもっとも効率よく扇動することが出来るツールが、宗教である。

 教皇庁に近付き、便宜を図ってきた意図が、今回のような事態における後始末に利用するためであった。敵がどれほどの打撃を被ろうと、教皇庁の介入が起きれば引き下がらざるを得ないのだ。


 皮肉なものだ。

 宗教者たちは、真実、民衆のため、平和のためにと介入し、国家に利用されている。国家を動かす王侯貴族もまた、国のため、ひいては民衆のため、恒久に続く平和を理想として戦争を画策している。


 円卓会議は進む。

 政事のことごとくを、議会の招集で決するこの国の形態は、七志の感覚でいうなら議会制政治とも見えるかも知れない。違いといえば、参集する諸侯は地位や序列で決められ、市民に選択権が与えられない事などか。それ以外は、利点も、弱点も、さしたる違いは見えない。

「敵軍がゴブリンどもと交戦し、乱戦状況に陥った時を見計らい、背後から奇襲をかけることが出来たならば、これが一番の上策かと。」

「そうは巧くゆくまい。なにより、今回、国王自ら本陣を構え背後に備えているらしいという情報も受けている。あの王は、あれは化け物だ。一筋縄ではゆくまいて。」

 正確な情報を掴むこの国にはすでに、国王アレイスタの実力と、客賓(きゃくじん)となっている軍師ライアスの噂も数多く収集されていた。アレイスタ一人が、一騎当千ともいうべき真の化け物だということを、だ。


「化け物に正規の騎馬隊をぶつける愚策は有り得まいて。騎士道に離反する恐れすらない。あれは、化け物、なのだから。」

 侮蔑を込めて、別な古参貴族が吐き捨てた。

「かの化け物には相応しい相手が居よう。この時のために秘かに招集した者たちがいる。彼奴の魔力が自身の内に向くだけの性質しか持ちえない事は確認済みだ。自身の直接攻撃の力を増強するだけの魔力。なれば、距離を取っての戦いには著しく不利となる。

 魔道士たちが取り囲み、火の手を掛け、攻撃魔法で狙い撃ちにすればよい。……炎の檻の中でじっくりと焼き殺してくれよう。」

 過去、幾度かの小競り合いにおいて、敵国王による甚大な被害は毎度のごとくに報告が上る。それだけ、アレイスタはこの国の者たちに憎まれていた。

 魔道士は接近戦には脆弱だが、遠距離攻撃に関しては最大の火力を発揮する兵士であった。魔法の存在する世界における戦争は、この、魔道士の扱いで決まると見て間違いなかった。

「彼奴等はまだ知らぬはず。こちらに、すべての作戦が筒抜けになっていることをな。」


     ◆◆◆


 魔道士部隊として、20名もの迎撃要員が配置された。はっきりと、敵国王アレイスタ一人に対する備えである。情報の漏えいに対しての策も万全と見られている。今朝までに、五人の間者が捕縛された。

 遠征後の城を守る王妃、エリーゼの苛立ちの様も報告が入っている。

「我が国を裏切ったあの女狐めが。癇癪を起こし、扇をへし折ったそうだ。」

 こちらへ放ったスパイが一人も戻らぬことで、王妃は側近に折れた扇を投げつけたというのだ。この王妃が、諜報部を統括するトップであることも、この国では当たり前に知られている。

「少しでもこちらの情報が欲しい、と。泣ける話ではありませぬか、夫のために力になりたいと願う女心というものでしょうな。」

 嘲笑の声が、室内に波打つように広がる。

 かの国の多数の人民が知らぬことでさえ、彼らは掴んでいる。情報戦では、一歩も二歩も、こちら、エフロードヴァルツがリードしていた。


 沈黙を破るべく、ゆっくりと、ロゼル大公が重い瞼を持ち上げた。

 場に居並ぶ誰よりも鋭い眼光が、周囲をねめつけてまわる。

「……して。誉れある先陣の役目、誰に負わせる所存か?」

 波が一度に引いた。しん、と静まり返り、それぞれが顔を見合わせる。


「ドメル将軍に出陣願えまいか。」

 続く大公の言葉には、即と否定の声があがる。

「いや、将軍が出られるほどの事はありますまい。こちらの切り札を敵に晒すには尚早というもの。それに、客賓となっているライアス将軍の実力も、実際の程を知っておきたいところ。」

 ドメル将軍は、この国において最強と目される軍人だった。知略のみならず、武人としても一級の人物だ。その言葉を受けたように、さらなる声が重なる。

「ライアス『元』将軍、とお呼びするべきでしょうなぁ。各地を流浪した末に隣国へと身を寄せた亡国の将とお聞きする。」

 言葉には、故国を救うことが出来なかった愚将という揶揄が含まれて、棘があった。

「それには事情があったようですがな。愚というべきは、むしろ、故国の王にこそ相応しい冠であったと聞き及ぶ。」

 かと思えば、声に対する反発の言葉もあがる。敵の智将は人望も厚く、こちらの国にも轟いている様子と見えた。

 この国髄一の将ドメルと、敵国一の将ライアス。

 その対決を見たい、という念が無いわけでもない。しかし、国政に私情を挟む愚を知らぬ者など一人も居ないこの会議の場で、史上最高のカードは実現しえなかった。


「ここは様子見を兼ねて、このところ実績の振るわぬ我が甥っ子に、武勲の機会を与えてやっては戴けまいか。」

 割って入ったのは大公の隣に座る貴族だった。

 次期国王の次席に控えるということは、すなわち、そういうことだ。この男は国庫を牛耳る役目についている。この国の、実質のナンバー2であった。

「いかがですかな、大公。」

「……わしに異存はない。」

 場の最高権力者が承認を下すことにより、周囲の者も一様に賛同の空気へと同調した。その時。

「が、火傷を負うのはむしろ甥御殿になるやも知れぬが、覚悟は宜しいのか。」

 続けられた一言に、空気が冷えて固まった。



 進軍の騎馬はゆっくり、しかし予定通りに工程を進めている。

 先頭をゆくは翻る大隊旗。深紅の重厚な地に黄金のグリフォンを表わす刺繍が風に踊る。


 ライアスが、請われて姫将軍に軍略の講義を行っていた。

「隣国とこちらの兵力では、三割益しあちらが優れる。だが、だ。戦争というものを兵力で押し切るにはちと差が少ない。」

 通常、三割程度の兵力差をもってすれば危うからずと言われるべきところを、ライアスはそうではない、と言い切った。

「軍の強さを測る物差しは、人事よ。いくら数を揃えようとも、上層が無能であれば意味を成さぬ。」

 専制国家の弱点はそこにこそあった。君主の出来如何によって、国力までが決定されかねない。その君主がどれほどの権力を有し、一極に支配体制が集中しているかにも拠る。

 もっとも始末に負えないものが、周囲の声を入れぬ暴君であり、その治世が、専制国家におけるもっとも弱体化した時代となる。

「しかし、ライアス殿。かの国は円卓会議において、諸事を決定する仕組みを取っております。我が国のように、国王の権限が強大なわけではありません。」

 専制国家の弱点を補うために出来たもの、というわけではなかったが、結果的に、隣国の国力を富ませてきたものは、有力諸侯による閣議決定という政治システムであった。


 フィオーネの言葉に、ライアスは愉快げに眉尻を下げる。

「権力を分散すれば、また、分散した先で無能が蔓延る。これは人が人であるゆえに、避けられぬ理というべきかな。人は権力を得れば必ず、我が子に譲り渡したいと願う故にな。」

 フィオーネが、感服したと言わんばかりに深く頷いた。

 親が有能であれば子もまた有能である、などという確証はない。むしろ、親に似合わぬ愚鈍と呼ばれる者のほうが多い。

 しかし、会議制はその性質ゆえに一度腐り始めると、途中で止めることが出来ないという決定的な弱点を抱えている。優秀な王の率いる専制国家の軍隊と、無能者の蔓延る会議制国家。どちらがまだマシかという話に過ぎない。それゆえに、負けはない、とライアスは断言してのけた。

 この先、時が経てば経つほどに隣国は状況を悪くするのみであり、いつ仕掛けようとも負ける謂れはないのだと。


「あの国の兵力は五割は差っ引いて見ねばならん。それは、彼らが円卓会議などという下らぬ幻想に惑わされ、その弊害に気付いていても抜き差しならぬという、悪しき状況にあるからだ。

 王政は、王を挿げ替えれば済む。だが、会議の席を総入れ替えするなどという事は、そうそう簡単にはゆかぬものよ。」

 強力な王が出れば、粛清という風が吹いてそれまでの腐敗は払拭される。総入れ替えの叶わぬ議会制政治というものは、この粛清という大鉈が振るえない、欠陥政治なのだ。

 じわり、じわり、と腐り……根元から、自然に倒壊するまでは誰にも腐敗を止められない。


 王政国家において、もっとも危惧すべきは、故に王家の暗殺である。王は、愚鈍でも殺され、優秀でも殺される。生き残った王は報復に貴族を粛清する。長い目で見るなら、それがバランスを取る舵となってきた。流血は必然で起きてきたのだ。


「こちらは、……そうさな。せいぜい、無能の将が誘き出されてくれるように、稚拙の策を装うこととしようかの。」

 円卓会議が始まって、すでに相応の時が流れ去った。否応もなく、人間の作るものは腐り、風化する定めにあるのだ。

 ならば。

 敵国の人事にはすでに腐敗臭が漂うはず。軍上層である将軍の何人かも、お飾りの体であろう。そのお飾りを戦線に出す機会を、彼ら円卓会議は常に図っている。政治のバランスを取るために。

 ライアスはほくそ笑み、隣に騎馬を寄せる美貌の女将軍も瞳を輝かせた。

<補足>

客・賓=まろうど、が正。

文中は造語です。


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