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第十六話 コペルニクス的税収改革

 実際のところ、七志のような来訪者がひっきりなしに現われるおかげで、この世界の秩序は時にありえない回転を見せることもあった。

 最たるものは、税の徴収であろう。

 王宮は、通常ならば直轄地の農民などからしか、税を取ることをしない。貴族、僧侶に税は掛けられなかったし、商人は賤しい身分として、これも徴収対象から外されていた。

 それが、来訪者の居た世界の習いを取り入れて、大きく税収を増やすことに成功している。

 消費税、という考え方はこの世界にはなかった。

 皆が平等に、使った分だけの税を払うという考えは、農村の疲弊を防ぎ、商人が肥え太ることを阻止した。どの商人がどれほど力をつけているかが、丸見えとなるこの方式は国政にも便利だった。

 その上、間接的に、貴族や騎士からも金をとる事が出来る。物品を買えば内訳に税金が含まれているわけだが、実際に支払うのは商人なのだから、煩い貴族たちも文句を言えない。

 庶民はもともと半自給自足、がっつりと税金を支払うのは、そういったわけで贅沢な貴族と豪商だけだ。国民からの文句も出なかった。それを半ば強引にやり遂げた為、彼は敵が多い。

 農民層は国王アレイスタの絶大な支持者となった。減税が可能となり、農地開拓を推奨したからだ。

「そのために、国王は命を狙われてな。で、どこぞの貴族から暗殺を請け負ったのが、現王妃のエリーゼ殿ということなのじゃ。」

 かいつまんだ説明を終えて、ライアスは紅茶をすすった。

 ついでで言うなら、良い事ずくめでもなかった。農地開拓を推奨したはいいが、国土に余裕がなくなってきた。耕地となる豊かな平原は限られている。自然と、近隣諸国への食指が動く。

 これが貴族や中枢の役人だけなら問題もないが、学の無い平民たちが色気を出すと、その先という論理が伴わない。現状の、隣国とのきな臭い状況は、半分が国民の責任であった。愚民政策の弊害だ。

 土地を増やす方法は戦争の二文字しかない、という事実を農民たちはなかなか理解しない。他にも方法はあるはずだと、夢の話をすぐにした。


「貴族のほうへの追及はなかったな、そういえば。」

 ジャックが問えば、ライアスが受ける。国王暗殺未遂、あるいは暗殺計画の露見。

「貴族への査問は下手を打てば内紛にも繋がるからな。どうせ唆されただけの者たちじゃ、自分で思いついたわけもないと、大目に見たのだろう。

 見せしめには黒幕の豪商たち数名の首で十分と思ってのことだろうな。まさか、黒幕の存在にまで気付かれていたとなれば、却って生かされているほうが恐怖は強い。」

 はて処刑された豪商は何名だったか、と首を傾げるライアスに、ジャックも適当な返事を返していた。処分される貴族の家はなかったが、病死した貴族は豪商の数よりも多かった。表に出して処分を受けさせるほどの権力はまだ、現国王の手にはない。寛大な処置の本当の理由だ。


「消費税……、誰が考えたんですか、そんなの。」

 七志のすっとぼけた質問に、またしても一同が顔を見合わせる。

「それについては、お前の世界の偉い人にでも聞いてくれ。」

 肩をすくめてジャックが答えた。

 実際のところでは、現代の税制とも少しばかり異なっている。変わらず貴族の領地では農・工民だけが税制を掛けられていたし、商人は免除されている場所が多い。

 土地に対する税金も課せられ、いわば、二重三重の税を払っている。

 浮浪の徒となれば、さらに難解な方式が取られた。冒険者という職種も、税制の便宜で作られたようなもので、実質は決まった住居を持たない無宿者と同義だった。

 冒険者本人から取るのが難しいから、彼らに寝食を与える宿屋から取る、という理屈だ。

 舐めるようにチビチビと紅茶を啜りながら、ライアスは七志に当時の様子を語る。

「消費税、なんぞという訳の解からん税制が導入される事になって、当初は猛反発があった。だが、地税を引き下げるという決断で、国民は納得した。まぁ、実質はなんの恩恵もなかったわけだがな、街の者にとっては。」

 得をしたのは農民で、損をしたのは商人だ。逃げ出した商家も多かったが、穴の開いた商用ルートを埋める者など、探す手間もなく、幾らでも沸いて出た。利ザヤの大きい商売は、ここぞとばかりに王政が分捕ってしまった。

 街も活気付いた。税計算が複雑になったために、経理士という職業が生まれ、税を徴収する専門の役所が出来、就職の口が増えたのだ。脱税は重罪、専門の捜査機関までが生まれた。

「それらの采配も、お前たち来訪者から得た情報からなのだ。」

 そうして、ここ、リーゼンヴァイツは大国となった。

 保守的な国は弱体化し、幾つかのあざとい国家が頭角を現し、覇権を競っている。


 夜。

 七志はリビングで聞いたこの世界の実情を、思い起こしていた。

 ベッドに寝転がり、窓の外の星空を見つめる。灯りが乏しいため、満天の星だ。

 こんな星空を、そういえば、元の世界でも見た覚えがある。あれは、田舎の祖母の家へ泊まった夜だったか。あまりに見事な星空に感動し、とてもよく憶えている。

 少し、センチメンタルになっている。目元に浮いた涙を指先で拭って、七志は誤魔化し笑いを浮かべた。

 と、そこへいきなり羽音が。

「うわ! ハエが、ハエ! こんちくしょう、また来やがってー!」

 部屋へ戻ると必ずといっていいほど、この大きなハエの襲撃を受ける。

 ドタバタと暴れていると、使い魔のカボチャが、ぽよん、と姿を現わした。

「七志様、こちらを! ハエ叩きです!」

「そんなモンより、フ●キラー出せ! キ●チョール!!」


 そっちだ、あっちだ、ドタンバタン。

「うるせぇなぁ、勘弁しろよぉ、七志のヤロウ……、」

 薄い壁を隔てた隣室の住民が枕を頭からかぶって、ボヤく。

 大抵の来訪者たちが、この世界の住環境の劣悪さに神経を参らせてしまうのだ。今は秋の終わり、虫の被害はほぼ止んでいてもこれである。夏の盛りは考えるだにおぞましい。

 夜の帳に七志の叫び声。

「あー! ちくしょう! 元の世界に帰りたいよー!!」

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