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第十四話 チュートリアル・ダンジョンⅡ

 スタート。

 いきなり七志にとっては全力とも云えるスピードに乗った。

 そのまま、スライムの下を通過。ぼとりと落下するスライムが頭上に迫り、人形と化した七志の腕がマッハのスピードで弾き飛ばす。

 あまりのスピードにスライムは触手を絡める隙さえ与えられず、後方へと飛ばされる。だが、さすがはワーストのトップテンに名を連ねる魔物だ、廊下の幅以上の広さに瞬時、触手を伸ばした。

 ぐん、と後ろへ引かれ、その勢いのままバネの原理で追い戻ってくる。

 恐ろしいスピードだ、まさしく床を滑るという表現しか出来ない。人間の走る速度では逃れることなど出来はしないだろう。

 瞬く間に、再び七志の背後へと忍び寄った。

『心臓が、張り裂けそうだ……!』

 序盤には歯を食い縛ることで耐えていた七志だが、本物の限界値、トップスピードに乗った辺りからは意識の半分以上が飛んでいた。


「七志様……! 限界点を突破致しますぞ!」

 朦朧とした意識の底で使い魔の声を聴いた気がした。

 やはり、持ち場だのテリトリーだのという、甘い相手ではなかったか。

 その時、いきなり閃きが走った。あの時と同じだ、ゴブリンと対峙した時に何度か経験した。

 突然に沸き起こる思考。


 もし、スタート地点のあの場所に、別の、新たな敵が出現したら?

「七志様、その考えには一理ありますぞ、試してみる価値が!」

「え……?」

 心を読んだかのように、カボチャが返事を遣した。半分意識が飛びかけている七志には理解が及ばなかったが。


 何が起きたのかは、よく解からなかった。

 気付けば七志は石畳の上で大の字に寝転がり、息を切らせて喘いでいる。

 スライムはその場のどこにも見えなかった。


「やりましたぞ、七志様! 読みは大当たりで御座いました!

 あ奴めは凄まじいスピードで引き返してゆきましたぞー!」

 どうやったんだ、と質問したいのだが、すでに言葉も出せない状態だ。

 すると、カボチャの魔物はまたしても七志の心を読んだかのように、説明を始める。

「わたくしの分身を即席で作りましてございます、それを、最初にあ奴が居ましたる地点に転移させ、挑発行動を行ったのでございますよ!」

「そ、そう、なのか、」

 ようやく言葉が出せるようになった七志が、答えた。



「……これは、一体、何が起きたというのです?」

 緊急の知らせを受けた王妃は、スライム配置の定位置へと引き返していた。

 何者か、恐ろしく力の強い者が暴れたという、その痕跡がありありと残されていた。

 三本の鋭い爪が、強固な石造りの壁を抉り取っている。七志が連れていたあの魔物の、これが真の力だというのだろうか。

「監視者の申しますところでは、それらしき人影はまったく見えなかった、と。何事か、突然にスライムが舞い戻って来たとしか思われなかったと報告致しております。」

 そのスライムも、手酷い痛手を受け凶暴化した為に捕獲され、看護の魔道士たちに引き渡されているという。

 王妃は細い指先を、壁に付けられた傷跡の上に這わせた。

「目に見えぬ何者かが、この壁を抉り取っていったのですわね。

 あの者の仲間なのか、偶然別の敵が舞い込んだものか、判別が付きかねますわ。」

 しかし、今はもう、無害な来訪者を相手に遊んでいる場合ではない事だけは知れる。

 侵入者の発見。

 それも、七志とは比べるべくもない、恐ろしい破壊力を秘めている。

「……全ての罠を停止なさい。全部隊を出動させ、侵入者を索敵するのです。

 そして、陛下の御身辺を固めるのです、護衛兵を増員! 即刻、配置に付きなさい!!」

「ははっ!」

 もう、非力な来訪者になど構っている余裕はなくなった。

 新たな敵を迎え撃たねばならない。



 一方で、国王も言い知れぬざわめきを敏感に感じ取っていた。

「……なにか起きているな。」

「王妃様より緊急の知らせが届けられまして御座います!

 地下迷宮に侵入者、不明の怪物につき身辺の警護を強化なされたし! との事、いかが致しましょう!」

 平服した衛兵が急を告げる。

「ふむ、王妃には即刻地下より引き上げるように連絡致せ。我の感覚では、既に敵は城内にはおらぬようだが、念を入れるに如くはない。

 ……七志め、あのカボチャ姿の魔物といい、厄介な手駒を幾つも持っていると見えるな。」

 それが真実、来訪者七志の知る者であるかは問題にせず、国王は独りごちた。


「国王陛下、」

 陰気を絵に描いたような男が進み出た。この国の重鎮の一人、最初の謁見にも居並んでいた。

「あの来訪者は、他の者どもとは少々毛色が違ごうている由に御座いまするな。」

「我もそう思うていたところだ。」

「あの者ならば、大迷宮をも突破するやも知れませぬ。

 いや、今はそれよりも、先に控えおりまするタイラルマウンテン攻略の件が気掛かり。あの者の所持したる書簡にありました最新装備への嘆願をお考えくださいますよう。」

 師匠ライアスの書状は、すでに国王以下、重臣たちの目に触れていた。

 また別の臣下が王に進言した。

「すべての兵にクロスボゥを装備させ、軍の編成は軍師殿の指図のまま、がもっとも宜しいかと。」

 ライアスの描いた筋道の通りに、事は順調に進んでいる。七志の受難は想定外としても。



 七志はとぼとぼと静まり返った通路を歩いていた。

 あれきり、何の仕掛けも起動してこない。拍子抜け、などと言ってしまうと何かが起きそうで憚られるのだが、なんとも薄気味の悪い事態ではあった。

 命懸けのトラップクリアはもう勘弁願いたいところだったので、このまま何事も起こりませんように、と祈りながらの行軍だ。

 最初は慎重にも慎重を重ねた歩行、そのうちに、ずいぶんとゾンザイになり、最後にはまったく警戒心を無くして鼻歌混じりになってしまっていた。

「七志様、ご主人様。あまりに油断なさり過ぎではございませんかー? 伏兵が飛び出してきたらば、どうなさるのですかー?」

 そう言うカボチャの忠告もどこか間延びしていた。


「光だ!」

「おお! ついに出口でございますな!」

 扉の形に、光が四隅から漏れ出ている。

「やった! 脱出したー!!」

 がつん。

 体当たりを食らわせた七志は、閉ざされた扉に敗北して床に転がった。

 なんで鍵掛かってんだよー!? 暗い通路に七志の怒声が響いた。


     ◆◆◆


 散々な目に遭ったものの、七志以下、無事生還。

 話を聞かせたカナリア亭の面々には爆笑された。面白おかしく脚色して話すストーリーテラーのせいである。カボチャの聞かせる語り口はとてもコミカルであった。

「死にそうになったのに、死にそうになったのに、しにそうになったのに……」

 テーブルに突っ伏して涙にくれる七志。


「おにいちゃん、いつまでたっても帰ってこないから、ナリア、先に帰ってきちゃったよ!」

 行きに送ってくれたナリアが頬を膨らませて文句を言った。

「おお、こちらがお噂に聞きましたるカナリア亭の看板娘、ナリアお嬢様でございますかー!」

 ちゃっかり者のカボチャ、すかさずおべっかを使いまくる。

「ナリア、看板なんかじゃないもん、ちゃんと人間だもん、お化けのくせにナマイキっ!」

「おお、これは失礼いたしました。では、では、お近付きのしるしにコチラなど。」

 カボチャの口から大きなペロペロキャンディーが現われる。

「うわぁ!」

「わ、きれーい、」

 色彩も鮮やかなその棒付きキャンディーには、中世にはありえないビニール袋が被せられていた。

 見たこともない珍品に宿の仲間たちが注目する。さすがの七志も違和感に気付いた。

「ん? なんで中世世界にビニール袋?」

「あ、それはで御座いますとですね、ご主人様。貴方様の頭の中の記憶にあったからで御座います。

 わたくし、ご主人様の記憶の物を物質化する程度の力を秘めております、はい。」

 簡単なものしか出せませんので、そこはご了承を。カボチャが答える。

「へー、そうかー。」

 生ぬるい笑顔を作る七志。

 それを言ってくれてたらなー……、あれやこれやの便利グッズが脳裏を巡る。火炎放射器、ガスバーナーにチャッカマンに、最低でもマッチ箱……。

 心臓破りの猛ダッシュをやらかした自分は完全にピエロだ。


 仲間たちは極彩色の珍品を囲んでわいわいと騒いでいる。毒じゃないのか、食えるのか、だのという声が聞こえていた。割と慣れっこのようだ、来訪者が行き来するのだから現代の品も有難味が薄れているのだろう。インパクトが強烈なのは最初だけ、過ぎれば慣れる。

『現代物チートでもやらかした奴が居たのかなぁ……』

 自分の他にも多くの来訪者が来ていたのなら、一人くらいは居そうだよな。一人納得の七志。


 改まった口調になり、ジャックが話題を切り替える。

「しかしまぁ、無事に役目を果たし終えてくれたわけだからな。傭兵連中の、お前を見る目は大きく変わったはずだぜ。」

「それじゃあ、クロスボゥ新調の件は通ったのか、……よかったぁ。」

 ほっ、と胸を撫で下ろす。大役を果たせた……自然と目で師匠を探してしまう。ライアスはにこにこと、いつも通りの好々爺な笑顔で七志を見ていてくれた。

 正直、それどころではない状況の連続だった為に半分諦めかけていたのだ。七志は結局、王への謁見は叶わなかったのだから。あれよあれよと流されて、気付いた時には城門の外だった。


 夕日に赤く染まる景色は刻一刻と墨色に染め変えられてゆき、閉門の時刻へと近づいていく。夜は、どんな理由があろうとも、一般人の出入りは禁じられていると聞いていて、焦った。

 門番と揉めるのはお約束のコメディのようで、最後の最後まで押し問答に終始。

「おお、勇者どの、また会いましたな。御用がお済みでお帰りのところでしょうかな。

 しかしライアス殿の進言は素晴らしい! 国王陛下も心服なさっておいででしたぞ。」

 今朝に会った司祭の馬車にまたしても出会った。これはよくよくの縁があるのかも知れない。

「え?」

 その言葉の奇妙さが、嫌な予感を呼び起こす。国王が、書簡を見ていた?

 慌てて懐を探す。大事に仕舞ってあったはずの、師匠から預かった書簡がない。

「……ない。ない、ない!」

 今になってようやく、七志は自身が大事な書簡を奪われている事に気付いた。


「まずいですぞ、七志様。」

「解かってるけど、」

 ひそひそ話で囁きを交わす使い魔と使役者に、門番はあくまで強硬な態度を貫き、馬車の中の人物は覗き穴から不思議そうに眉をひそめる。


 渡すはずの書簡が手元にない以上、もう直接に会うという事は諦めざるを得ない。用件があって初めて謁見の叶う相手に、肝心の、会うべき用件を失ってしまったのだから。

「どうなさいました?」

「いえ、別に。」

 大事な書簡を無くしました、とは言えず、誤魔化すと。

「国王陛下は即刻、将軍たちに命令をお出しになりましたぞ。全軍に新しい軍備を整えるように、と。

 明後日のタイラルマウンテン攻略は、これにて万全でございますなぁ。すべて、軍議はライアス殿の指図のままに、とも仰せでしたな。

 いや、あの場に勇者どのが居られぬのが、少々歯がゆい思いで御座いましたぞ!」

 まだまだ七志はその功績を認められてはおらず、一般にも知られてはいない。当然、王宮の大事な議会に呼ばれることもあり得ないわけだ。その事を指して、司祭は口惜しい、口惜しい、と連呼した。


 七志にすれば、気恥ずかしさに穴があったら入りたい気分だ。絶賛されればされるだけ、本当のところの情けない実態に心が痛む。事実はまるで違う、どこかで落とした書簡を見つけた誰かが、ライアスの署名を見て王に届けてくれたのだろう。七志はそう思っている。

『どこの誰かは知りませんけど。ほんっっとうに、ありがとう!』

 思わず涙が滲んでしまう。親切な、王宮内のどこかの誰かに感謝した。


 姫将軍に振り回され、国王には引きずり回され、王妃にはいたぶられ。

 王城は俺にとっての鬼門に違いない。心からそう思う七志だった。


「ささ、どうぞ、勇者どの。宿のほうまでお送りいたしましょう。」

 朝は挨拶のみで素通りしていった馬車が、帰り際には扉を開いて迎え入れてくれようと云う。

 たった一日で、ずいぶんと評価の上がった七志だが、本人は気付いていなかった。

「あ、どうも。」

 好意には素直に従ってしまう。それで何度も痛い目を見ているというのに。

 相変わらず、人を疑うということを知らない少年だった。

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