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第十一話 王家の血

「……ときに、大臣。あれはなんだ?」

 宮殿の廊下を渡っていた国王アレイスタが、突然に歩みを止めてそう言った。

 視線の先には王宮の城壁にしがみつく人間。

「あれは、先日、謁見に訪れましたる来訪者で御座いますな、名は確か、七志と。」

「ふむ。……弓と火矢を持て。」

 火種は要らぬ、と従者に命じて、アレイスタは侵入者の動向を観察した。


「くーそー! 降りれねー!! 誰かー! 誰か、助けてくれー!!」

 あらん限りの声を振り絞って、七志は取り付いた壁で叫び続けていた。

 蔦を調達し、堀の水を泳いで渡り、壁をよじ登った、までは良かった。

 低そうに見えた城壁は、中が低い造りをしていて、壁を越えた者を容赦なく突き落すのだ。

 登る時に使った蔦は、降りる時には半分しか足りていなかった。

 もちろん、城内の兵士たちに七志の声が届いていないわけはない。が、助ける義務を感じた者は一人も居なかった。


 突然に飛来する弓矢。

「あぶね!」

 頭を引っ込めなければ的中していただろう。

 矢が飛んできた方向を見れば、国王が今まさに超級の弓を引き絞っている。

「俺です、俺! こないだ来た来訪者!」

 必死に声を張り上げる七志に国王が気付いた風もなく、続けて第二派が襲ってきた。

 射落とすつもりだ。


 火の付いていない火矢は、矢の先端に鏃ではなく油を染ませた綿が巻いてある。それでも当たれば痛い。そして、落ちたならばさらに痛手を受けるだろう。

 なにより、七志からはそれが鏃か綿かは判別出来ない。

「やめろー!! 俺だってば! 忘れちまったのかよ、脳筋国王!!」

 聞かれたら拙いというだけでは済まない罵りの言葉。

 しかし声の届かない国王が七志を狙う手を止めることはなく、次の矢は引き絞られた。

 蔦を掴む両手に、激痛が一瞬だけ走る。それは十分に七志を落とすに足る痛みで、緩んだ掌から蔦はするりと逃げ去った。

 落下。

「お見事で御座います、陛下!」

「うむ。しかし二度外した。精進せねばな。」

 人でなしな会話が為されていた。




 地面に激突する寸前で、七志は止まっていた。

 宙に浮いたまま、段ボール箱の中身と対峙している。

 段ボール箱にはヘタクソな字で『だれか、ひろってください』と書かれており、無理やり入ったらしいギチギチの身体を窮屈そうに縮めた何かが七志を見ていた。

 ハロウィンで見たようなカボチャを被っているが、横に見える羽は悪魔のような。

「……拾ってください。」

「断る。」

 即答。落下。

 強かに七志は腰を打った。

「いてて……、」

「拾ってくださいよー、可哀そうな小動物がこんな哀れっぽく鳴いてるのに、見捨てるんですかー?」

「可哀そうな小動物には見えないから見捨てる。てか、通報する。」

 カボチャ頭が小さな羽を動かして、宙へ浮いた。

「命だって助けたじゃないですかー。あのまま落ちてたら、絶対怪我してたでしょー?」

「そ、それは……。て、お前、なんなんだよ? 見た目だけだと悪魔にしか見えないんだから、拾えとか無理!」

 ずい、とカボチャが七志の顔に寄った。カボチャの中身はカラのような気がしたが、言うのはなんだか気が引けた。からっぽ頭とはこのことか。いや、絶対、それタブーだろ、と。妙なところで気が回る小心者な七志だ。

「わたし? ごく、ごく、フツーの召喚獣ですよぉ。ジャック・オ・ルァンターンと、申します。」

「……」

 これをもし仮に使い魔にして、ジャックと呼んだら、向こうのジャックに殺されかねないな、そんな事を考えているうちに、周囲が騒がしくなってきた。


「ああっ! 人が来る、助けてください、兵士に見つかったら問答無用ですよ! 殺されるー!」

 それには全面的に賛同できるな、と、七志はカボチャを両手で捕まえる。

「俺のだって事にして誤魔化すから、調子合わせとけよ、」

「いえいえ、契約してくださればいいのです! さぁ、わたしの名前を呼んで!」

「え、あ、」

 どこだ、こっちから声がするぞ、と鋭い兵士の呼びかけ。

 焦った七志は、軽はずみな事をしでかした。師匠のライアスや宿の仲間たちに散々言われていたこと、平和ボケ、あるいは迂闊。

「ジャック・オ・ランターン?」

「発音が甘いですけど、まぁいいです、装着!」

「ぎゃ!」

 七志の頭がカボチャになった。


「ば、化け物! 衛兵、衛兵ー!!」

「ち、ちが……! なんてコトすんだ、てめー! 離れろ!」

 七志を見た兵士は慌てて、応援を呼び集める。

 瞬く間に、大勢の兵士に囲まれた。

「誤解だっつっても、聞く耳持たずじゃねーか! どうしてくれんだよ!?」

「わたしを装備すれば、素晴らしいチート能力が発現するのです、ほら、ほら!」

 周囲に散開する屈強な兵士たちが、一斉に七志に向かって武器を繰り出す。それは一つも七志に掠らず、指先一つで束ねられ、纏めあげられ、地面に叩きつけられた。

「今のあなたは無敵です!」

 身を捻り、両腕を広げて回転すれば、その周囲に風が巻く。突風と空気の刃が、周囲の兵士を吹き飛ばした。


「無敵! まさしく無敵! ひゃっはー!」

「……黙れ、くそ悪魔。」

 肩で息をしながら、七志は前方を見つめ、低い声で言った。

 怒りは頂点、しかし、それ以上に沸点超えていますと宣言している状態の国王が、七志に向かってゆっくりと歩みを進めていた。

 立ちのぼる闘気。笑みを浮かべる筋肉ダルマ。目がちっとも笑っていない。


     ◆◆◆


 第一、チートな能力という実感がまるでない。

 なにせ、七志の意志で動いたわけではないのだ。この悪魔、カボチャ頭に操られる人形に過ぎない。

 無理やりに身体を動かされた七志は、むしろ、体中の筋肉が軋んで悲鳴を上げているような気さえした。肉体の限界を無視して動かされた結果だ。

「対決です! あの無礼千万な筋肉ダルマを退治しちゃいましょう! 勇者様!」

「ちょ、馬鹿、聞こえるだろ、」


「なにをごちゃごちゃと話している、国王たる我を無視するとはいい度胸だ。」

 あからさまな敵意を剥き出しにして、国王は七志のすぐ傍にまで歩み寄った。

 射程内に入る。互いの攻撃範囲内。それでいて、抜け目のないこの王者は、七志の一連の戦闘を見ただけで、その範囲を正確に見切っている。

 一歩で逃れ得るギリギリのラインで止まった国王に、七志はダメ元の説得を試みた。

「……違うんです、国王様。これには深い事情がですね、」

「なるほど、貴様は真の実力を隠していたのだな? 迂闊に力を見せつければ、それを逆手に、搦め手で対抗される。不意打ちの手など幾らもある故な。……貴様はなかなかに聡い。」

 もっともな見方ではある。かなり真実とはかけ離れているのだが、それでいて、とても近いところを言い当てていた。

 使い魔の力は、イコールで使役者……つまり、七志の力、で間違いない。


 緊張感で胃がおかしくなりそうだ。七志が己の身体の、胃の辺りを押さえようとした瞬間。

「ファイッ!」

 カボチャが叫ぶ。

 勝手に足が地面を蹴っていた。

 自分で自分の繰り出す拳が見えない、両腕が連続で国王にボディブローを叩きつける。

 それを片端から、王の掌が弾いていった。

 一瞬のスピードダウン、その隙を見逃す相手ではない、王に拳を掴み取られた。

 その動作からするりと袖を取られ、懐に忍び入られたと同時に足を払われている。

「ぬぅん!」

 パワーに任せた背負い投げ、しかし、七志の空いた手は手刀を作り、がら空きの脇腹へと向かう。

 横投げに変わった。遠心力で離れた七志の手刀は空を斬る。

 腕が捩じ上げられた状態だが、さらに捩じって、ばちん、と振りほどいた。

 宙でバランスを保ち、両足で姿勢をコントロールする。砂煙をあげ、七志の脚が地面を滑った。

 再び、対峙。

「なかなか遣いおるな、」

「ち……がう、んですぅ……、」

 両腕の筋肉が悲鳴を上げていた。


「小手調べと思うていたが、気が変わった。」

 王を包む闘気がゆらりと動き、渦を巻くように増大化する。

「イシュタール王家はその血に魔物の流れを持つ。

 我が闘牙武装、騎士たちの煉気武装とは訳が違うことを教えてやろう。」

 言葉と共に膨れ上がるオーラ。特化した能力など持たぬ七志にさえ見ることが叶うほどに、物質化に近い形で顕現した。禍々しい。魔物の血というだけはあって、人間である七志は、自身の肌が粟立つ感覚を覚えた。本能が、このケダモノに対して警戒のシグナルを燈している。

 にんまりと笑う口元に見える歯は、鋭く尖った牙の群。瞳は金色に染まり、瞳孔は爬虫類のように縦に伸び、赤と黒の斑な文様が皮膚に浮かぶ。……どんどん人間から遠ざかっていく。


「むむっ!? いけません、七志様! こやつの戦闘力はおよそ貴方様の100倍……!!

 迂闊すぎる選択でしたぞ、ご主人様!!」

「お前が売った喧嘩じゃねーかっ!」

 泣きの混じった声で怒鳴る。

 すでに七志は及び腰を越えて、逃げる算段に掛かっている。

 とうてい勝てるとは思えない、蚊を潰すように叩かれて、地面の汚いシミに成り下がる自身の姿が容易に想像できてゾッとする。

 タイラルマウンテンでゴブリンに対峙した時の、あの緊張感が急激に戻ってきていた。


 なんのかんのと言いつつ、今までは、まだ余裕があったのだ。

 相手は人間、本当には危害など加えられるはずがない、そんな不確かな自信。

 甘い考えは消し飛んでしまった。

 今、目の前に居るのは、人間の王ではなく、魔物。それも、あの山で出会ったモンスターたちが可愛く思えてくるほどの、禍々しい妖気を放つ化け物だ。

 その容姿、発される空気からは、話の通じる相手だという期待は微塵とも感じられない。

 最善の策は、逃げることのみ。七志は静かに息を整えはじめた。

 タイミングを間違えば、一撃で終了。自分は挽肉のようになるだろう。


 考えるんだ、考えるんだ、

 この国王はこれほどのパワーを秘めているにも関わらず、国政を気にかけて臣下や国民の動向にも注意を払っていた。いや、気にしていた! 恐れていた!

 なぜか。簡単だ、MAX、つまり限界点が存在するからだ、国民が一斉に蜂起したら抑えきれないという程度には、国王の方が弱いからだ!

 弱者でも、一斉に掛かられると拙い、つまり広範囲攻撃は使えない。オーソドックスな『魔法』というべき手段は持ち合わせていないとしたら。ゲームでいう、パワーアップやヘイト系の術しか使えないということなら。

 逃げる手は、ある。


「おい、カボチャ。」

「わたしはジャック・オ・ルァンターンという名が……、」

「いいから聞けよ、」

 密談の相手は自分の頭に被さっている。

 極力声を落として呟いていても、前方の王に気付かれることはなかった。

 すっかり変貌を遂げた国王アレクセイが、七志の動向を観察するように一歩、一歩と、ゆっくりと攻撃範囲の周辺を移動する。迂闊に飛び込む真似はせず、横への移動。

 七志もじっとして、気配を殺す。

 そうしておいて、気付かれぬように、唇を動かさぬようにくぐもった言葉を綴った。

「いいか。向こうが仕掛けてきたら、分離しろ。二手に分かれるんだ、攪乱されてくれれば儲けものだ。」

「……解りました、ご主人様。」


「誘うぞ、」

 七志の合図。

 突進の素振りをみせた七志に、国王も応えるように前へ出た。

 一歩目は小さい、だが二歩目は前振りのない跳躍。片方の、足首のスナップだけでの飛距離は、完全に七志を捕えていた。ぐん、と王の巨体が迫る。

「今だ!」

「はい!」

 バチン、と開閉音はなぜか二度響く。

「ぐっ!?」

 くぐもった国王の呻き。

 横へ走りかけた七志が急ブレーキを掛けた。

 国王の頭がカボチャになっていた。


「な、なんだよ、コレ!?」

「七志様、お逃げください! 長くは抑えきれません!!」

「けどっ、」

「大丈夫です、先にお逃げを!」

 カボチャを引き剥がそうと王は滅茶苦茶に暴れ、七志は巻き込まれないよう距離を取る。

 剥がした途端に殺すつもりじゃ……、一瞬過ぎる不安、しかし七志は方向を変え、走り出した。

 助けるだけの力はない、悔しさに唇を噛み締める。

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