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第十話 遅れてきたヒロイン

 チート。姫将軍のあの脚力はきっとチートで間違いない。うん。

 チート・ツールは数々あれど、大抵は『使ったら負け』という意味でプレイヤーの間には広まっていた。

 はずだ。うん。

 チートとは、自力ではゲームがクリア出来ないようなヘタクソが、機械を頼ってやっとこさクリアするようなプレイ方法を言うのだから。チーターというのは、そんなズルが染みついたプレイヤーに対して、むしろ憐憫を込めて呼ぶ蔑称という色合いの方が強いのだ。

 それが転じて、まるで機械仕掛けのようにすら見える凄腕のプレイヤーに対しても使われるようになったわけで、正しくは『チートを使ってるんじゃないかと見紛うほどの腕前』という事で、前提でチートは使われていない事が必須条件になる。

 そうなんだ、チートみたい、というのとチートってのは反転した関係なんだ。

 ブツブツと呟きが地に落ちる。

 そんなあれやこれやを考えながら、七志は森の中を一人とぼとぼと歩いていた。


 プレイ途中のあのゲームはどうなっただろう、だとか、図書館で借りた本は借りっぱなしになってしまったな、だとか、そんな取り留めもない事柄が脳裏を巡る。

 時間が急いているからと早馬で……いや、早ロバで城まで来たというのに、これでは乗合馬車を使った場合となにも変わらないじゃないか、と、むくむくと怒りが沸いてくる。己の迂闊さに。

 一刻を争うという大事な場面で、大失態だ。

「あー! もう、死んじまいたい、俺!」

 うずくまって頭を抱えた七志の耳に、ワンテンポ遅れて足音が聞こえた。

 ピタリ、と止まる音の主。

「……俺の後を付けてんのは誰だ? 今、ものすごく虫の居所が悪いんだけど、俺。」

 座り込んだままの姿勢で、静かに七志が告げた。

「ご、ごめんなさい、あの、迷子になっちゃったんじゃないかなーって思って……。」

 振り向いて視線を投げた先に、女の子が立っていた。


 レースなのかショールなのか、細かい刺繍の施された薄い布を頭に被せている少女。歳は七志と同年代くらいか。ゲームや漫画でいうなら、彼女の職業は巫女とか神官とかじゃないだろうか。そんな服装。

「……誰?」

 露骨に怪訝そうな顔を作って、七志は短くそう質問した。

 多分にまだ拗ねがあって、いわば八つ当たりだ。

「わ、わたしの名前はキッカ。占い師をやってるの。わたし、あなたのファンなの。

 ずーっとあなたの活躍を見てたのよ、ほら、この水晶玉で……、」

 少女は慌てた様子で手提げ袋から大きな茶色い球を出して、七志の前にかざす。

 虎瑪瑙とかいう石だ、茶色い縞目が動物の瞳を思わせる。両手で支えるほどの大きさは珍しいが。

「タイラルマウンテンでゴブリンをやっつけたり、カトブレパスを倒したり……。ぜんぶ、見てたの。

 わたし、来訪者が来たらこの水晶に映して、街の人にお知らせしているの。だから、あなたが来た時からずーっと、あなたの事を見てたのよ。」

 憧れていたアイドルに出会った女子高生のように、キッカは頬を上気させてうっとりと息を吐き出した。

「すごいわ、こんな間近で見られるなんて。こんな風にお話し出来るなんて思わなかった!」

「そ、そうかな……?」

 一人で盛り上がっている少女に、七志はなんとも居心地が悪い。そんな風に自慢できるような活躍だとは思っていないからなおさらだ。

 話に聞いた、チートな能力を貰っていたという他の来訪者たちならいざ知らず、自分など通訳の力などというロクに使い道もない能力持ちなのだ、どう考えたってこの少女に絶賛される謂れはないと思えた。


「あっ、あのっ、この森は慣れない人だと、けっこう迷ってしまうの。

 そういう風に作られている人工の森なの。だから、わたしが案内するわ、付いてきて。」

「そうなの? じゃあ、よろしくお願いします、」

 すんなりと見知らぬ少女を信用して、七志はその後ろについて行く。

 平和が当たり前という世界に生まれると、世界の違いに慣れるのはなかなか大変なのだ。


「足元に気をつけて。この森はあちこち、トラップだらけだから。」

 キッカが鋭く声をかけた。

 突然現れた地の裂け目のような深い溝。寸で堪えて七志が止まる。

「狭いように見えるけど、中は広くて袋状になってるのよ。落ちたら這い上がれないの。」

 覗き込むと、底のほうはどのくらいあるのか、闇が広がっているばかりで見当もつかなかった。

 穴はネズミ返しのように壁がせり上がっていて、落ちた者が登れないように工夫がなされている。

「でも、七志の武器は鎖が付いているから、わりと落ちても平気かも知れないね。」

 師匠のライアスに感謝だ、そのような使い道など思いつきもしなかったけれど。


 森の、数々のトラップを教わり、回避しながら七志は城へと近付いていた。

 キッカは物知りで、道すがらに色んな事柄を七志に教えてくれた。

「翼の神々というのは、正しくは、旅の守護神である翼の女神とその眷属の神様たちのことね。

 翼の女神は大空の神の七人の娘の一人で、もっとも美しい女神なの。だけど、鍛冶の神が攫っていって、無理やり自分の妻にしてしまったっていう神話があって、翼の女神と鍛冶の神は夫婦なのよ。」

「へー、」

 この世界で時々耳にした翼の神々について、道すがらで七志はキッカに質問をした。

 翼の神々というものが、異空間へ飛ばされた者たちと何かの関連があるのだと聞いていたからだ。


「この世界へ時々飛ばされてくる来訪者は、女神に呼ばれてくるんだって話なの。

 女神は、好きでもない神の妻にされたせいで性格がねじ曲がって、悪神になってしまったの。夫である鍛冶の神を困らせるために、来訪者たちに恐ろしい力を与えて、鍛冶の神が作った地上世界を破壊しようとしてるそうよ。」

 翼の神々は悪神、という話もどこかで聞いた気がした。

「鍛冶の神はその後、どこかの国の王女を見初めたのだけど、その王女は女神の嫉妬で醜い化け物にされて、どこかの迷宮の奥底へ封じ込められてしまったんですって。」

「嫌いな旦那が浮気したからって、その浮気相手まで憎いとはね……。」

 七志が皮肉を込めて笑う。

「でも、無理やり連れて来たうえに、浮気なんてされたら許せないよ。女のプライド、ズタズタだよ。」

「うん、そりゃそうか。」

 逆にして考えて、七志は先の言葉を訂正した。

 好きだ好きだと無理やり彼女になった女が、他の男と浮気したら……何とも言いようのない感情を抱くだろう、そう思った。


「神話ってのは、どこの世界でもドロドロなんだなー、」

「そうだよね、きっと住んでる人間はみんな同じだからだと思う。目が二つで、鼻が一つで。

 どこの世界でも同じなんだろうね。」

「うん、たぶん、そうだろうな。」

 キッカの表現は面白いな、と七志は思った。


     ◆◆◆


「あ、ほら、七志。見えてきたよ、あの吊り橋を渡れば、お城。」

 目を向けると、門番が立っている簡素な小屋と跳ね上げられた橋が見えた。

「やったー、なんとか戻ってこれた! ありがとうな、キッカのお蔭だ。」

「いいよ、お礼なんて……。わたしはお城へは入れないから、ここでお別れ。」

 手を振るキッカにさらに礼を言いながら、七志は先へと進んでいった。

「じゃあな、キッカ。また会えるといいな!」

「うん、またね!」


「……また、今度ね。」

 遠く、七志の姿が消えたあとにも、キッカは呟いた。

 両手に抱いていた虎目水晶が、ぎょろりと左右を見回す。

「マイナ様。あれが、今度やってきた刺客でございましょうか。」

「そうだよ。次の来訪者、舞名七志。……わたしを殺しに来た、勇者。」

 キッカの被る純白のベールが、暗い闇色に染まる。

 吉家麻衣奈、七志と同じく、別世界の日本という国からの来訪者だった少女。

 今は、火の山の魔女だ。


 七志の能力は『通訳』。それゆえに、気付かなかったのだ。日本語で会話をしていた事に。

 誰か、この世界の人間が一人でも居れば、いや、七志の注意が足りていれば気付いていただろう。

 なにせ、麻衣奈はこの世界の言葉がまったく理解出来ないのだから。

 麻衣奈の作り出す魔物はみな、日本語を話していた。

「七志を護らなくちゃいけないの。皆、力を貸してあげてね。」

 いつの間にか、彼女の背後には複数の人影が立っている。大小のその影には、人にはない角や翼が生えていた。

「あの者は自身の力がどれほど恵まれたものかも気付いてはおらぬ様子。我らが影となって助けたとして、こちらの思惑通りにその後も動いてくれるかどうか。」

「動いてもらわねば困る。マイナ様が元の世界へお戻りになる為には、あやつの能力は不可欠。……なに、用が済めば、その時に消えてもらうのだ。それまでは、生き永らえて貰わねば困る。」

「ゴブリンごときに、殺されては、困る。」


「わたしはこの世界の言葉が解からない。そのせいで、とても酷い迫害を受けて、魔女にされてしまったわ。こんな世界にいつまでも居たくない、絶対に元の世界に戻るんだから……。」

 放り出された場所が、何処だったのかも解からない。

 いきなり暴漢に襲われ、『力』を使って危機を凌いだ。……それだけだった。

 現われた魔物が自分の作り出したものだとも気付かないまま、いつの間にか人々に追われ、逃げた。

 あとはお決まりだ。他の、数多くの来訪者同様に、魔物になったと決め付けられたのだ。

 弁解さえ出来なかった。言葉が通じないということは、そういう事なのだ。


 この国の隣、隣国からさらに外れた砂漠の土地に、燃え盛る火の山を作り出し、砦を作り、籠城した。

 砦の周囲に張り巡らせた幾重の迷宮。さらにその周囲には魔物の国を作り出した。

 魔王を作り出し、城を構えさせ、魔物の軍勢を与えた。

 そうして、送られてくる刺客、次なる来訪者を待ち受けていた。

 すべては自身を守るためだ。人々は誤解しているが、彼女の能力は『設定を実現する力』だ。手にしたノートに書き込むだけで、その設定はこの世界の現実となる。

 作るのは、なにも魔物ばかりではない。


 ただし、物質化と創造とに限られた。ゼロからの創造だけであり、変更は利かない。元々存在する他者に対しての干渉は出来ない。

 攻略方法があるとするなら、そこを突くしかない。


「七志を護ってあげて。どうしても、彼の能力が必要なの。解読出来るのは、彼だけなの。」

 ミノタウロスのような、しかし、手にはお馴染みの斧ではなく、なぜかエキスパンダーを握りしめた魔物が進み出た。

「マイナ様、あやつを護るのは、それだけが理由では御座いますまい。」

「ち、違うもんっ、碑文を読めるのは七志だけだからだもんっ、別に何もないもんっ、」

 麻衣奈の顔が火を噴いた。

「お顔が真っ赤で御座います、いっそ聾唖のフリをなさればずーっと一緒に居られましたものを。」

 背後から鷲の頭をした男が囁いた。その首には磁気ネックレスがキラリと光る。

「そのつもりだったけど、目の前にしたら喋りたくなっちゃったんだもんっ、」

 麻衣奈の両手が、抱いていた目玉の魔物をぐりぐりと捏ね回した。

「痛いですぞ、マイナ様! お止めくだされ!」

 もうあの小僧めを映して差し上げませんぞ! と、魔物が喚く。

「そっ、それはダメッ!」

 麻衣奈も負けじと大声を上げる。


「その目玉を使って、ずーっとあの小僧を眺めておられた。」

「そうだ、そうだ、ずーっとニヤニヤしておられて気持ち悪かった。」

「うっ、うるさいのですっ! 七志はわたしのツボにど嵌りだっただけですっ!

 ヒーローはやっぱり泥まみれで必死な方がカッコイイんですっ! カトブレパス戦はみんなで盛り上がったじゃないですかっ!」

 つべこべ言わずに守りなさいーっ、麻衣奈の喚き声が静寂の森に響いた。




 一方の七志は。

 自分が思わぬ相手にモテモテだなどとは露ほども知らず、なんとか辿り着いた王宮前で、またしても押し問答に囚われていた。

「だから! 王様に! 会わせてくれっつってんだろが!!」

「だから! 何故かと! 問うているだろうが!!」

 正門へ回れぃ、怪しい奴め! 門番は吊り橋を下してはくれなかった。

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