咆哮する大地・第五話、岩犀(がんさい)の古王(こおう
重厚な石の扉を開けたアッシュ達を待ち受けていたのは、巨大なドーム状の空洞だった。
天井の見えない闇の奥からは、淡い燐光を放つ鉱石の脈が幾筋も走り、まるで巨大な生物の血管のように脈打っている。
「……何よ、ここ。重力場の数値がめちゃくちゃだわ」
リネットのゴーグルが激しく点滅する。
地面は石畳ではなく、細かく砕かれた黄金色の砂が敷き詰められ、一歩歩くごとにズブズブと足が沈み込んだ。空気は乾燥し、鼻腔を突くのは古い岩石と、強烈な「熱」を帯びた魔力の匂いだ。
広場の中央には、天を支えるかのような一本の巨大な石柱が立っていた。
その柱の根元に、それはいた。
「……あれが、この遺跡の『主』か」
スレインの声が、かつてないほど低く沈む。
最初、それはただの岩の塊に見えた。だが、アッシュたちが近づくにつれ、その「山」がゆっくりと震え、隆起した。
――ズ、ズズ……ッ!!
地響きと共に、堆積していた砂が滝のように流れ落ちる。
現れたのは、身の丈十メートルを超える巨躯。岩石を繋ぎ合わせたような皮膚を持ち、眉間からは天を突くような一本の黄金の角が伸びている
――岩犀の古王。
土の魔力属性━━『土龍』(どりゅう)の氏族を統治していた太古の長の思念体が、千二百年の眠りから覚醒したのだ。
「うわ……デカすぎるだろ……!」
アッシュは思わず後ずさった。人間大陸で見かけるどんな魔物とも違う。そこにいるだけで周囲の空気が重く、密度を増していく。まるで、重圧そのものが形を成して立っているかのようだった。
『……契約を継ぎし者。この時を待っていたぞ、人の子よ……』
地響きのような声が、直接脳を揺さぶる。
古王の黄金の瞳が、アッシュの右手の紋章を射抜いた。
『だが、その器……あまりに脆く、あまりに頼りない。我ら大地の理を知らぬ者に、境界を越える力があるか。……我が見極めてやろう』
古王がその巨大な前脚を上げた。
それだけで、ドーム全体の空気が一瞬で吸い込まれ、真空のような圧力が一行を襲う。
「待て! 俺は別にこんなもん欲しくて――」
アッシュの言葉を遮るように、古王が巨大な前脚を振り下ろした。
ドォォォォン!!
石畳が爆ぜ、衝撃波だけでアッシュは後方へ吹き飛ばされる。
「うわっ……!?」
「……っ、アッシュ!! ぼーっとしてんじゃないわよ!」
リネットの叫びで、アッシュは正気に返った。
逃げ場のない、砂と燐光のドーム。意識のない子供を抱えたまま、この圧倒的な質量に立ち向かわなければならない。
(…くそっ…やるしかないのか)
アッシュはうずく右手の紋章を堪えながら、意識のないこの子供をかばうようにして、ボロボロの古剣を引き抜いた。
……ガァァァァァッ!」
古王の咆哮がドームに反響し、鼓膜が裂けんばかりに震える。
前脚が振り下ろされるたび、アッシュの足元の石床は紙細工のように砕け散った。
「くっ……そ!」
アッシュは子供を左腕で抱えたまま、横に大きく飛んで地を這う。
直後、さっきまで彼がいた場所に、巨大な岩の杭が地面を突き破って生えた。間一髪。だが、飛び散る石の破片がアッシュの頬や肩を無数に切り裂く。
「スレイン、援護! このままだとあいつ、挽き肉になっちゃうわよ!」
リネットが叫び、腰の鞄から銀色の円盤を投げ飛ばす。
円盤は空中で展開し、不規則な軌道で古王の顔面に向かって高周波の音と鋭利な鉄の礫を撒き散らす。
キィィィン━━、
……ガァァァァァッ
「ははっ、全然、効いてないわね━━━、
………そこよっ!スレイン!!」
「ふんっ……言われずとも!」
直後、スレインの姿が残像となった。
彼は氷の双剣を逆手に保持し、弾丸のような速度で古王の足元を駆け抜ける。
通過した軌道には一瞬で厚い氷の層が形成され、巨大な犀の四肢を大地に縫い止めようとする。
『無駄だ、氷狼の子よ……! 我は大地の化身なり!』
古王が吼え、その巨体を震わせる。
一瞬でスレインの氷に亀裂が入り、砕け散った。それどころか、砕けた氷が古王の魔力を帯び、逆にスレインへと降り注ぐ。
「……ッ、小癪な!」
スレインは空中で身を翻し、飛来する氷片を剣で叩き落とすが、その隙に古王の視線は再びアッシュへと向けられた。
眉間の角が、赤黒い光を蓄え始める。
「っ?!アッシュ、逃げて!! 直撃するわ!!!」
リネットの悲鳴に近い制止。
だが、アッシュは逃げなかった。いや、逃げられなかった。
戦闘の最中に意識を取り戻したこの子供が、恐怖で目を見開きながらも、アッシュの胸に顔を埋めて震えていたからだ。
「逃げて……たまるかよ!」
右手の紋章が、皮膚を突き破らんばかりに隆起し、黄金の脈動を繰り返す。
アッシュは古剣を両手で握り直し、腰を落とした。
意識が遠のくほどの熱。だが、不思議と感覚は研ぎ澄まされていた。
「こいつは、俺が守る……!」
古王の角から放たれたのは、岩石を核とした極大の衝撃波。
アッシュはそれを正面から迎え撃つべく、地を蹴った。
「うおおおおおおおおっ!」
黄金の光を纏った古剣が、空気を焼き切りながら斜めに振り上げられる。
激突。
鼓膜を圧する爆音と共に、アッシュの右手がミシミシと悲鳴を上げた。
骨が軋み、筋肉が焼き切れるような感覚。
それでもアッシュは剣を引かない。
スレインがその隙を見逃さず、空中に氷の道を作り上げ、古王の死角からその角の付け根を氷の剣で強打する。
「今だっ!! 押し返せっ!人間!!」
「……うおおおおおおぁぁ!!!!!」
アッシュの咆哮が古王の叫びを上書きした。
紋章から溢れ出した光が、古王の重圧を押し返し、ついにその巨大な角を真っ向から両断した。
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