エピローグ.:夜明けの向こう側 ―― 境界なき空の下で
━━━あの日、1200年の停滞を象徴していた「鉄の空」が割れ、真実の陽光が世界を照らしてから三年の月日が流れました。
人間と獣人を分かち、互いの存在を疎外していた透明な壁はもうどこにもありません。今、私たちの頭上に広がっているのは、あの日アッシュさんがボロボロになりながら掴み取ってくれた、どこまでも深く、吸い込まれるような青色です。
争いが一夜にして消えたわけではありません。言葉や文化の違い、過去の遺恨……乗り越えなければならない課題は、今も山積みです。
けれど、私たちはもう、見えない壁に怯えて背を向けることはありません。
分断を越えた世界で、私たちが歩んでいる「今」を、少しだけお話ししますね。
【アシュフォード・グローリア】
世界を繋ぎ止め、理を打ち砕く代償として、お兄ちゃんはあの日、自身に宿っていた強大な力のすべてを使い果たしました。現在はその後遺症により、自力で歩くことは叶わず、車椅子での生活を送っています。
かつて「空白」と呼ばれたその瞳には、今は陽だまりのような穏やかさと、確かな平穏が宿っています。
カナンの丘、風の抜けるテラスで、お兄ちゃんは膝に乗せた「錆びた古剣」を愛おしそうに眺めながら、過ぎ去った日々に思いを馳せています。
「あぁ……今日の空も、綺麗だな」
その言葉に嘘はありません。
かつて見たあの青年は今、世界で一番静かに「生」を噛み締めています。
【シオン】
そんなお兄ちゃんの傍らには、常に影のように寄り添うシオンさんの姿があります。
彼女にはもう、闇を駆ける暗殺術も、心を殺すメイドの仮面も必要ありません。
ただ一人の女性として、愛する人の車椅子を押し、共に同じ季節の移ろいを見つめる。それは、かつて「死を運ぶ者」と呼ばれた彼女にとって、生涯で最大の、そして何物にも代えがたい幸福なのだと言います。
あの時、自らの意思で切り落とした髪は、今もセミショートのまま。風に揺れるその髪型は、彼女が自分の人生を自分の手で選び取った、誇らしい証でもあります。
【リネット】
リネットさんは、師匠カサンドラさんから受け継いだ「叡智の断崖」を拠点に、大陸全土を飛び回っています。
科学や魔導を「支配」の道具ではなく、人間と獣人が「共生」するための技術として再定義した彼女は、今や世界中から頼られる賢者となりました。
過去の罪を消すことはできなくても、未来を作ることはできる。そう語る彼女は、時折カナンの丘を訪れては、「お兄ちゃんのメンテナンスは私にしかできないんだから!」とお節介を焼き、シオンさんと微笑ましい火花を散らしています。
【スレイン】
氷狼の里の若き長となったスレインさんは、里の復興と新しい秩序の構築に、休む暇もない日々を過ごしているそうです。
けれど、数ヶ月に一度、お兄ちゃんのもとに乱暴な筆跡の手紙が届きます。「たまには里の秘蔵酒を飲みに来い。来られないなら、その車椅子ごと担いで雪山を登ってやる」
――相変わらず口は悪いけれど、そこには分断を越えて結ばれた、不器用で熱い「友」への絆が綴られています。
【ククルとテオ】
そして私、ククルは、新しく設立された「境界の学校」で、人間と獣人の子供たちを導く手伝いをしています。かつての私たちがそうだったように、未来を担う子供たちが「違い」を恐れるのではなく、分かち合う喜びを知ることができるように。
私の光は、もう誰かを傷つけるためのものではなく、誰かの進む道を照らすための灯になりました。
━━ふと、私がこうして日記に今の幸せを綴っていると、窓の外から賑やかな声が聞こえてきます。
「おーい、ククル! 何をそんなに熱心に書いてるんだよ。早く来いよ、アッシュさんが丘の向こうまで行きたいってさ!」
私を呼ぶのは、アッシュさんのような立派な騎士を目指して、毎日泥だらけになって修行に励んでいるテオです。
「もう、わかったわよ! 今行くから!」
私はペンを置き、日記を閉じました。
窓の外、どこまでも続く青空の下で、アッシュさんが、シオンさんが、テオが私を待っています。
理に定められた結末なんていらない。
私たちは、この不確かで、美しく、愛おしい世界を、これからも自分たちの足で歩いていく。
「お待たせ! ……ねぇ、みんな。見て、今日の空、本当に綺麗ね」
分断を越えた世界で、『アシュフォード・グローリア』の新しい一歩は、今この瞬間も、力強く刻まれています。
本作を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
初投稿作品として至らぬ点も多かったかと思いますが、無事に完結を迎えられたのは皆様の応援のおかげです。
今後の予定(短編の投稿や新作、第二部の構想など)につきましては、活動報告にて詳しく書かせていただきました。よろしければ、ぜひ併せてご覧ください。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3592266/
本日(3月6日)、短編を投稿いたしました。
魔導少女は動けない 〜理論と直感の協奏曲〜
です。処女作の『境界のグローリア』の世界観と同じですが、時系列的に見るとだいぶ後の時代となります。(ざっくり数百年後)こちらからお読みいただけます。
https://ncode.syosetu.com/n5303lu/
また別の物語でお会いできることを楽しみにしています!




