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第十話、錆びた剣と、誓いの手入れ 




 シオンが仲間に加わり、一行が焚き火を囲んで初めての夜。


 リネットとククルが寝静まり、スレインが少し離れた場所で見張りに立つ中、アッシュは火の傍らで、自分の錆びた古剣こけんを布で丁寧に拭いていた。


 その背後に、音もなくシオンが忍び寄る。満腹になったことで、彼女の隠密歩行は本来の鋭さを取り戻していた。


「……主殿。なぜ、そのような『死んだ鉄』を後生大事に手入れするのですか?」


 シオンの無機質な問い。アッシュは手を止めず、火に照らされた錆びた刃を見つめた。


「死んだ鉄、か。まぁ、そう見えるよな。でもこれは、じいちゃんの形見なんだ。グローリア家が没落して、何もかも失ったときに、これだけは手放すなって言われてさ」


「……非効率です。帝国の兵装であれば、その数十倍の伝導率を持つ剣がいくらでもあります。貴方の右腕にある【土龍どりゅう】の力を乗せるには、その剣はあまりに脆い」


「かもな。でもさ、じいちゃんは言ってたんだ。『剣は人を斬るための道具じゃない。世界から零れ落ちそうな命を、大地に繋ぎ止めるための杭だ』ってな」


 アッシュは、錆びた刀身の小さな欠けを指でなぞる。

「この錆も、欠けも、誰かを守ろうとした証拠みたいなもんだ。ピカピカの新品より、俺にはこいつの方が信頼できるんだよ」


 シオンは黙ってその言葉を聞いていた。彼女の思考回路ロジックでは理解できない価値観。

 しかし、先ほど食べた干し肉の温かさが、まだ胸の奥に残っている。


「……理解不能です。ですが、主殿がそれを『杭』と呼ぶのであれば、私がその杭を守る『鞘』となりましょう」


 シオンは懐から、一瓶の透明な油を取り出した。アサシンが使う、武器の摩擦を極限まで抑えるための特殊な防錆油だ。


「主殿。……貸してください。私の技術で、その『杭』の寿命をわずかばかり延ばして差し上げます」


「え、いいのか? 貴重なものだろ、それ」

「……配給(干し肉)の、前払いです」


 シオンはアッシュから古剣を受け取ると、驚くほど手際よく、かつ繊細な手つきで刃を磨き始めた。

 彼女の指が動くたび、古剣の錆がわずかに落ち、剥がれた鈍い鉄の色が、月の下に浮かび上がる。

 遠くでスレインが「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てるように呟くのが聞こえた。


 だが、その夜、焚き火の明かりに照らされた二人の影は、まるで昔からの戦友のように、静かに、そして確かに重なっていた。


 アッシュは、磨き上げられた剣を握り直し、その重みに新しい意味を感じていた。


 記憶も目的もバラバラな仲間たち。

 けれど、この錆びたつるぎの一振りが、いつかバラバラな彼らを繋ぎ止める「杭」になる。

 そんな予感と共に、アッシュは深い眠りへと落ちていった。










 荒野の夜が明け、水平線から昇る朝日が「鉄の空」の端をわずかに赤く染め上げる。



「お兄ちゃん! 起きて、朝だよ!」


 ククルの元気な声が、焚き火の残骸から立ち昇る煙と共にアッシュを揺り起こした。

 アッシュが目を開けると、驚くべき光景が目に飛び込んできた。朝日の光を浴びたククルの背中から、淡く輝く光の粒子が、まるで小さな翼のように発露していたのだ。



「……え? ククル、それ……」

「はいはい、チェックの時間よ。……数値異常なし。

 ククルの精神波形が安定してるわ。アッシュの『土龍』の理が、あの子の不安定な特性を大地に繋ぎ止めてるみたいね」

 リネットが解析端末を片手に歩み寄り、カナンから持ち出した予備物資を岩の上に広げた。そこには、これからの旅路を見据えた装備が並んでいた。



「はてさて、お兄ちゃん。装備更新の時間よ。これから向かう『天穿の連峰てんせんのれんほう』は、カナンの荒野とは比べものにならない極寒と暴風の地。

 今の格好じゃ、遺跡に着く前に凍死するのがオチだわ」


「さて………まずは、ククル……あなたにはこの祈祷服とこれね」


「……ベル?」


 ククルは獣人種特有の民族衣装にも似た、防風、防塵の祈祷服とアクセサリーに身を包んだ。


「わたしには……」


 リネットは、慣れ親しんだエンジニアコートの予備をベースに、自ら改造を施した「防寒強化型エンジニアコート・改」に身を包んでいた。


 一見するといつものコートだが、裏地には魔導発熱繊維ヒートジェネリングファイバーが編み込まれ、各所のポケットには最新の解析センサーが内蔵されている。

 彼女にとって、このコートは科学者としてのアイデンティティそのものだった。


「シオン、あんたもこれに着替えなさい。そんな薄着で連峰の風を受けたら、エネルギー切れでまた道端で倒れるわよ。

 これは、風の抵抗を和らげる特殊繊維のインナーと防風ジャケットよ」


「……御意。配給(干し肉)の恩に報いるため、最適化を行います」


 シオンは冷静に答え、機能的な漆黒の防寒装備へと着替え始めた。

 昨夜アッシュに磨いてもらった刃を、新しいベルトの鞘へと収める。

 一方、スレインは焚き火から少し離れた場所で、氷の双剣を眺めながら鼻で笑った。


「……フン、魔導の小細工など。この氷狼の血が、どんな防寒具よりも優れた鎧だ。俺に構わず、その脆弱な人間を補強してやれ」


 リネットはスレインの毒舌を軽く受け流し、アッシュに一つの漆黒の鞘を差し出した。


「お兄ちゃんにはこれ。昨夜、眠い目をこすって改造した『魔導転写鞘マジックケース・シース』よ」


さや……? でも、俺の剣にはもう古い鞘があるけど」


「バカね。これはただの鞘じゃないわ。アッシュの『土龍どりゅう』の重圧は強力すぎて、今の錆びた古剣じゃ刃が負けちゃうの。

 この鞘はね、収めている間に剣の『錆』を触媒にして魔力を溜め込み、抜刀の瞬間にことわりを刃へ一気に転写リリースする機能があるのよ」


 アッシュはその改造鞘を手に取った。金属の質感が、手にしっくりと馴染む。錆びた古剣を収めると、カチンという重厚な音が響いた。


「これなら、最初から『土龍』や『日輪』のフルパワーを出せる。……まだ使い慣れないあなたの力を、この鞘がサポートしてくれるはずよ」


「リネット……ありがとう。大切に使うよ」




アッシュが新調された鞘を腰に帯び、出発の準備を整えた時だった。リネットがふと手を止め、アッシュの足元を伺うように指差した。




「ねえ、改めて見ると、私たちの足跡、笑っちゃうくらいバラバラね。歩幅も、向きも、重さも。こんな効率の悪いパーティ、帝国のアカデミーなら真っ先に落第点だわ。

 ………どうしてあなたは、こんな不揃いな連中わたしたちを連れて行く気になるの?」


 アッシュは立ち止まり、荒野に残された五人分の足跡を見つめた。

 ━━自分の跡、規則正しいリネットの跡、音のないシオンの跡、迷いのないスレインの鋭い跡、そして小さなククルの足跡……。

「……確かに、バラバラだな」

 アッシュは独りごちて、小さく笑った。



「でもさ、リネット。俺はこの『()()()()()()』が嫌いじゃないんだ。

 みんな同じ歩幅で進むより、違う方向を見て、違う歩き方をする奴らが集まってるからこそ、独りじゃ見落とすような小さな希望に気づける気がするんだよ」


 アッシュの屈託のない言葉に、リネットは一瞬呆れたように目を丸くし、やがて「……データ外の精神論ね」と、照れ隠しのようにコートの襟を立てた。


「ふん、……勝手にしなさい。その『不揃いな一歩』がどこまで続くか、私が最後まで観測してあげるわよ」



 土龍の理を宿した少年。光の翼の片鱗を見せる少女。そして、それを取り巻く不器用な仲間たち。



 朝日を背に、一行は雲を穿つ西の連峰へと歩み出した。






ここまでお読みいただきありがとうございます。


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