咆哮する大地・第一話、はじまりの大地
はじめまして、
おかイチ と申します。
初投稿作品となっております。
投稿は本日(2月4日)7話まで投稿いたします。
その後、1日1話更新を目指していきます。
稚拙な作品ですが、よろしくお願いします。
━━━その壁は、いつだって空を不自然に切り裂いていた。
ここは人間大陸の東の果て、辺境の町「カナン」。
「……今日もしっくりこねぇな」
町の断崖に立ち、アシュフォード・グローリアは独りごちた。
彼の身に纏うのは、汚れの目立つ警護団の制服。腰には、常に手入れが行き届いている、古い剣を差している。
町の住人たちから「落ちこぼれ」と呼ばれる彼にとって、この景色はあまりに馴染みすぎた、出口のない日常の象徴だった。
だが、その視線の先にあるものだけは、この淀んだ景色と違い━━━
陽光を弾き、まるで虚空に巨大な鏡を埋め込んだかのような「見えない壁」。
それは不自然なほど滑らかな曲線を描き、天を貫き、大地を分かつ絶望的なまでの光の柱━━━、
不可視の境界線――。
そこには、かつて世界を謳歌し、神話の中へと消えた幻の種族【翼人種】たちが住んでいるという「幻想大陸」が広がっていると言われている。
鉄の匂いも、油の汚れも、帝国の騒音も届かない場所━━━
古い伝承は語る。その空は、涙が出るほどに深い蒼。その大地は、生命の鼓動を感じるほどの緑に溢れているのだと。
アッシュが目を凝らせば揺らめく壁の向こうに、この煤けた町では決して見ることのできない、鮮やかな青い空がゆらゆらと揺れている気がした━━━、
「幻想大陸か………」
境界を越えた者は、過去に一人としていない。
壁は物理的な障害ではなく、理そのものを隔てる因果の檻。
人々はいつしか壁の向こうを見ることをやめ、鉄の空の下で今日という一日をやり過ごす術を選んだ。
アッシュは断崖に背を向け、自嘲気味に鼻を鳴らす。
「……馬鹿げてる。そんなもん、あるわけないだろ」
言い聞かせるように呟いた言葉を、生暖かい風が奪い去っていく。
「アシュフォード・グローリアくん。またあんな壁なんて見てるのかい? 暇だねぇ」
ふと、背後からかけられた同僚の声に、アッシュは肩をすくめた。
町の人々からは、半分は親しみ、半分は嘲笑を込めて呼ばれるその名には、やり場のない苛立ちがいつも付き纏っていた。
「……別に。壁が壊れて、化け物がなだれ込んでこないか監視してるだけだよ」
「ははっ、真面目だねぇ。うちの警護団の仕事なんて、逃げ出した家畜の捜索くらいなもんだが…」
酒瓶片手に手をヒラヒラさせながら同僚は笑いながら去っていく。
アッシュは腰に下げた、年季の入った古剣の柄に手を置いた。
先代のじいちゃんからもらったこの剣。
幼い頃、この剣を宝物のように抱えて眠った夜のことを覚えている。いつか夢見た英雄のようになるんだと、無邪気に信じていたあの頃。
けれど━━。
「……英雄、ね」
今の自分には、空を切り裂く壁を越える力も、世界を覆うこのくすんだ煙を払う術もない。
ただ、逃げ出した牛の行方を捜し、酔っ払いの寝言に付き合い、ただの「雇われ警備」として、この停滞した町で生きていくだけだ。
「こんなはずじゃなかったのにな………」
その時、不意に鉄の匂いが混じった風が、壁の方から吹き抜けた。
━その瞬間━━
「……っ!?」
静寂を塗り潰すような、鋭い叫び声。
人間のものより高く、しかし切実な命の叫びだった。
同時に大気が震える。
立ち入りを禁じられた「境界の遺跡」のあたりから、不気味な土煙が立ち上っていた。
「まさか……」
さっき、酒を飲んで去っていった同僚の言葉が頭をよぎる。━━━逃げ出した家畜? いや、違う。
壁の向こう側から、自分を呼ぶような不吉な「音」が、確かにアッシュの耳に届いた。
「くそっ、!冗談だろ……誰かが遺跡に入ったのか?」
「おい、アッシュ! どこへ行くんだ!」
背後であわてて戻ってきた同僚が叫んだが振り返らなかった。
アッシュは走り出した。古剣の柄を強く握りしめて。
英雄への憧れなどとうに捨てたつもりだった。だが、足元をすくうようなこの焦燥感の正体が何なのか、確かめずにはいられなかった。
崩れかけた石柱の間を抜け、禁忌の森を駆け抜ける。
たどり着いた洞窟の奥、古ぼけた祭壇の中で彼が見たのは━━。
血に飢えた肉食獣人の咆哮と、その足元で泥に汚れ、折れそうな耳を伏せて震える一人の小さな子供。
そして、石碑の影で陽炎のように揺らめく、黒髪の少女の幻影だった。
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