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弁えすぎた令嬢  作者: ねこまんまときみどりのことり


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ブルーベルの涙

 タバサに抱えられたブルーベルは、ワッサンモフ公爵邸に到着した。抱えられたまま馬車を降りると、正面扉からレイアーとメロアンが駆けつけた。


「遅いから心配したぞ。おやっ? 毛布にくるまって、ブルーベルは眠っているのか? 寒気でも?」


「体調が悪いなら、話すよりまずは中へ。そちらはどなたなの、タバサ?」


 タバサはメロアンの目を見て、軽く頷いた。



「警察から派遣された医師の方です。ブルーベルを診察して頂く必要があります」


「警察だなんて、何があったの! 怪我でもしたのね。早く部屋に移動しましょう」



 何も知らないように慌てるメロアンと、眠った振りをするブルーベル。

 隠密の使用人達は打ち合わせ通り動揺した振りをし、外部からの使用人は何事かと身構えて聞き耳を立てた。



 レイアーは「旦那様に報告します」と執務室へ向かい、タバサはブルーベルに付き添い、彼女の部屋で行われる医師の診察に付き添うことに。



 ベッドに寝かされたブルーベルは、目が覚めた振りをした。


「ここは……私の部屋」


「ブルーベル。悪いんだけど、これから診察を受けて貰う。ベザナ女医の質問に答えた後、身体検査もな」


 ベザナは辛そうな表情を浮かべ、ブルーベルを気遣っていることが分かった。



「ブルーベルさん。辛いかもしれないけれど、診察をさせて頂戴ね。怪我があれば治療もしていくから」


「はい……よろしくお願いします」




 その後は知っての通り、睡眠薬を盛られてピスタテルに部屋へ連れ込まれたことを証言をした。


 抵抗してもワンピースを脱がされ、下着に手をかけられたところまで。


 全裸を観察され純潔かを確認される。

 

 手首を掴まれた痕の他は、擦り傷程度しか確認されなかった。



「不幸中の幸いかもしれませんが、純潔に問題はないと確認しました。他に何か被害はありませんでしたか?」


 羞恥心で張り詰めていた空気が緩み、ブルーベルは俯いた。瞳からは大粒の涙がポタポタと落ちて、絨毯の色が変わる。



「私は……何度も何度も接吻をされました。厭で厭で本当に最悪で、力が入らず舌を咬み切ってやることも出来ずに…………。うくっ、うっ、先生、私は何か悪いことをしたのでしょうか? 甘味屋に男一人で入るのが恥ずかしいと言うから、同席しただけなのに。両親が罪を犯したから、私も穢れた存在だと思われているのでしょうか? あぁぁ、こんな辛いことばかりが待っている未来なら、死んでしまいたいです、グスッ、ああぁ」



「ご両親のことは関係ないわ。貴女が美しいから狙われたの。悪いのはあの男なの。貴女が悪いことなど、一つもないのよ」


 

 思わず彼女を抱きしめるベザナも、堪えきれず涙を流してブルーベルを慰めていた。


 ベザナ自身子供を持つ母親で、彼女の夫は警察の上官であった。職場結婚故に、様々な事件をその目にしてきた。


 悪辣な貴族に被害に合っても、高位貴族には揉み消されたりそもそも訴えることも出来ず、逆に害されることさえある現状。


 こんな世の中は間違っている。


 罪を犯す者はなくならずとも、相応な罰で償う必要はある。そうすれば犯罪自体も減っていく筈なのだ。


 何よりも弱い者が、泣き寝入りすることがないようにしたいと思っていた。



 だから彼女は、提案する。

「ねえ、ブルーベル。沈黙でピスタテルを見逃すより、罪を償わせませんか? あの男の影に怯えながら暮らすより、相応な罪を与えるのです。貴女の前に被害にあった女性と、今後被害に合う女性を救う為に」


「私でお役に立てるのですか? 没落した貴族の娘である私が…………」


「ええ。貴女の持つ血縁と、今現在の身分を(もっ)てすれば裁きは可能ですわ。決して奴らを逃がしませんから」


「是非、お願い致します。私は一度、貴族位をなくした身です。何かあれば私が除籍されることで、許して頂きましょう」



 達観したように言うブルーベルに、タバサが叫ぶ。



「馬鹿っ、そんなことはさせねえよ。お前は私の大事な妹なんだから」


「あ、あ、師匠、いえ、お姉様ぁ、っ、くっ、うわ~ん」




 ブルーベルの部屋で全員が泣いていた。





 これはある意味作戦の一部。

 警察を味方に付けて、ワッサンモフ公爵家の力でミズーレン伯爵家に打撃を与えること。


 ブルーベルは自らハニートラップ役を申し出て、覚悟して作戦に望んだ。


 けれど知識と実践は全然別のものだった。連れ去られたあの時、男の欲望や貞操の危機に恐怖した。


 あくまでも体で籠絡(ろうらく)するのが目的ではない為、性的なレクチャー(講義)は受けてはいなかった。



 大人びていても彼女は12歳で、まだまだ子供。その短い人生はジェットコースターのような高低さで、目がまわりそうだ。



 女医ベザナの同情を引く目的はあったが、途中からは本音で話していたブルーベル。

 周囲から見れば没落した血を持つ貴族家の娘、そして両親の碌でもない散財を見ながら、一部享受していた自分。そんな自分に貴族は相応しくないのではないかと。


 ワッサンモフ公爵家のような、裕福な家で働くことも烏滸がましいのでは? と考えていたのだ。


 もし責任がこちらにかかるなら、自分を離籍し切り捨てて貰い、借金は市井で働いて返そう。

 ただ女性の敵であるピスタテルだけは、何としても断罪して貰うことを願いながら。






 ブルーベルはタバサから教育された時、ミカヌレの過去も聞かされていた。


(少し触られただけで、助けが来ると分かっていても私は絶望していた。

 ミカヌレ様は女性の尊厳を捨てさせられ、ミズーレン伯爵の手駒として、何度も何度も危険で嫌悪することをやらされていたのね…………。最後の任務後は殺処分だったかもしれないと言っていたし。命の重さが人の手に委ねられる……そんな世界があるなんて)



 自分の体験を通して、貴族に翻弄される者達の理不尽さを考えてた。身分を持つのも失うのも紙一重で、相応しくない者は何れ失っていくのかもしれない。

 戦争によって無理矢理奪われることも。



 ブルーベルもまた、若くして大人の思考に近付いてしまった。



 ベザナが帰宅後、ブルーベルを入浴させてからベッドに入れ、手を繋いで無理矢理眠らせたタバサ。


「辛い時は眠るのが一番の薬だ。私がいれば、魔獣だって追い払ってやるから」


「ふふっ、ありがとう。お姉様……」



 入浴して温まったブルーベルは、タバサのドヤ顔を見ながら、幸せな眠りに包まれていった。








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