欲望のピスタテル
ピスタテルとの約束の日。
ブルーベルは赤と茶のチェック柄のワンピース、白いつばのある帽子姿で現れた。
袖口には赤い長めの三角レースが縁取られ、そのワンポイントが可憐に見える。
(精一杯のお洒落をしたってとこかな? 美しいじゃないか)
「こんにちは。今日も美味しいものを食べましょうね」
一方のピスタテルは白いブラウスに水色のジャケット、黄土色のトラウザーズは仕立ての良さが滲み出ている。ジャケットには家紋の鷹が隠すことなく刺繍されていた。
(身分を隠すことはないと言うことね。まあ名乗りも受けたから、今さらかしら)
もし詐欺でミズーレン伯爵家を名乗ったとしても、家紋までは用意するのは難しいだろう。だから彼は間違いなく、伯爵家の人間だと確認できた。
「来てくれてありがとう。じゃあ、店に入ろうか」
「はい。楽しみですね」
『エクラ』の支店に並んで入室する二人は、壁側の席に座り注文を行う。
ブルーベルは金箔が上に飾られた濃厚なチョコケーキのオペラ、ピスタテルはラム酒シロップをふんだんに使ったサバランと、おすすめの紅茶2つを頼み待つ。
その間にピスタテルは、最近行った観劇の話や王都の噂などを話した。
「オペラで主演を熟す歌手のデュラキアは、舞台で有名な美人女優のルイスリープと恋人らしい。お似合いな二人だと言いたいところだが、ルイスリープの方はパトロンが黙っていないろうな」
「パトロンですか?」
「そう。舞台の保有者が、彼の父親だからね。降板もありえるらしい」
「降板ですか? それは大変ですね。でも有名な女優さんなのに……」
「確かにそうだが、ただの美人なら掃いて捨てる程いるだろ? 相当に演技力がずば抜けていなければ、生き残れない職種だよ」
「そうなんですね。舞台に立つだけでも大変みたい。でもデュラキアさんと結婚できれば、幸せではないかしら?」
「デュラキアは恋多き人みたいだから、難しいかもしれないね。本当に結婚できると良いけど」
なんて世間話をしたところで、ケーキがテーブルに届く。
「わぁ。チョコケーキの黒に金粉で模様が描かれてます。すごく細かくて素敵だわ」
「本当だ、繊細だね。私のはラム酒が効いているよ。スポンジ生地がしっとりしていて、食感が他のケーキと違うな。旨い」
ケーキを食べ終えた後、ブルーベルはお手洗いにと席を立つ。
待ち構えたようにピスタテルは、彼女に「次の注文をしておくよ」と声をかけ、自分のものと共にウェイトレスに依頼する。
戻ってきたブルーベルは既に席に届いていたリンゴジュースを口に含み、美味しいと笑顔になった。
両手でコップを持ち上げて、ゆっくりと飲んでいる彼女を見つめるピスタテルは満足げで、無意識に唇を舐めていた。
10分くらい話をしていると、ブルーベルの瞼が何度も閉じかけて眠そうに船を漕ぐ。
「大丈夫かい、ブルーベル。少し横になった方が良いかもしれないね」
「だ、大丈夫です……もう少しすれば、目も覚めますから……」
そう言っている間に、テーブルに伏せてしまうブルーベル。ピスタテルは何度か声をかけた後、返答のない彼女の腕を自分に肩にまわし立ち上がった。
「二人分の支払いを頼む。疲れたのか、彼女が眠ってしまったので。多い分はチップだから貰ってくれ。じゃあ、ご馳走さま」
「あ、ありがとうございました。またお待ちしております」
若いウェイトレスにウインクして、店を出ていくピスタテル。
ウェイトレスは何度もお礼を言って、頭を下げていた。
ブルーベルを抱えて路地に移動するピスタテルは、恍惚としていた。
「眠った顔も可愛いな。早く横になれる所へ行こうね。俺のブルーベル」
彼女は未だ目覚めず、脱力した状態で引きずられるように移動させられていた。けれど如何にも高位貴族の彼に声をかけられる者はおらず、問題がありそうな状態は見逃されたのだ。
目指すのは彼が市井で借りている家だ。2階建ての変哲のない場所は、同じような建物が並んでおり、昔から同じような目的で貴族が借りているらしい。
連れ込んだり、愛人を囲って暮らす家として。
その一つに、彼女を運ぼうとしているのだ。
未だ彼女は目を覚まさない。
肩口の美しい少女に眼差しを向ける彼は、欲望の笑みを携えていた。




