ピスタテルとの接触
ピスタテルは手入れの行き届いた優美な髪を掻き分けながら、ブルーベルをお茶へと誘う。
「こんにちはお嬢さん。この街に来たのは初めてかな?」
「えっ、どなたでしょうか? 両親の知人の方ですか?」
突然声をかけられ警戒心を露にしたブルーベルに、ピスタテルは優雅に礼をして答える。
「失礼したお嬢さん、突然声をかけて驚かせてしまったようね。私はピスタテルミ・ズーレンと言う者だ。もしかしたら道に迷っているのかと思い、声をかけただけなのだよ」
自ら名乗る真摯な姿を見て、彼女の警戒が僅かに緩んだ。……と、ピスタテルは感じていた。
そしてすかさず、彼女の罪悪感に漬け込むように提案を口にする。
「もし悪いと思っているのなら、お茶にでも付き合ってくれないか? ああ、ほらそこに、今流行りの喫茶店がある。フルーツパーラー『エクラ』の王都支店さ。本店と同じ物が並び、お土産物も充実しているらしい。
私は甘いものが好きなのだが、男一人では入りづらくてね。共に入って欲しいんだ。お代はその礼として私が出すから、どうだろう?」
押し付けがましくない態度と、奢りの言葉に少女の顔が綻ぶ(ように見えた)。『エクラ』の王都支店は本店より大きく、多くの女性客と数名の男性客がテーブル席に座り、楽しいお喋りと甘味に笑顔が輝いていた。
少し考えた後に彼女は、「では、お言葉に甘えますね。でもお代は自分で出しますから」と微笑みを浮かべた。
連れ立って入店する際に、二人に視線が集まる。厳密に言えばピスタテルに。
彼はミズーレン伯爵家の隠密である筈なのに、自重せずに女性を侍らせる男だったから、プレイボーイとして有名だったのだ。
『今度はあの子が狙われたのか? 可愛そうに』 そんな憐憫の目だけがブルーベルに向けられるも、厄介事を回避する為に関わって来る者はいなかった。
ピスタテルが隠密であることは、ミズーレン伯爵家とクロダイン公爵家の一部しか知らないことだが、クルルが普段から庇い守る為に自重しない人格が形成されていた。
彼の妹で、次期当主になるクルミナが未成年である為、未だ彼は伯爵令息である。
だが後2年で彼女が当主となれば、彼は平民となる予定だ。
それが不憫なクルルは貴族家と縁談を組む為に彼の婿入り先を探すも、爵位を持たない女好きな婿など、力のある貴族は当然に断る。
下位貴族や没落貴族ならば可能であった筈だが、それにはピスタテルが拒否を示した。
下位貴族や没落貴族など、端から彼にとって見下す対象であり結婚に値しないと馬鹿にしていたのだ。
彼は何れ貴族でなくなれば、彼女達より身分が下になることを少しも分かっていない。
代理当主のクルルでは、彼に爵位を買い与えることも勝手に出来ないでいた。勿論後ろ暗い資金は貯蓄しているが、それを表に出せばクロダイン公爵に横領や闇取り引きが露見するからだ。
クルルへ公に配当されている代理当主の資金では、爵位を買える額には到達しない。クルル自身が隠居後、前伯爵となるだけなのだ。
本来既に隠居している年齢の彼が未だに代理当主なのは、次期当主であるクルミナが後妻の子だからである。先妻は女児を産まず、2人の男児を産んだ後病死していた。
表向き後妻である彼女はクロダイン公爵の縁戚である為、権限はクルルより上となる。
声をかけた時のピスタテルは、ブルーベルがワッサンモフ公爵の(血縁上の)姪であることを知らなかった。
◇◇◇
「わぁ~、美味しいです。それに店内もお菓子の家みたいに、クッキーやプリッツェル、クラッカーやチョコを形どった素材で作られているんですね。すごく可愛い」
ブルーベルは本店の『エクラ』を知っている。あちらの方はパステルがメインの夢の国のようなコンセプトであり、王都支店のデザインとは違った為に目を輝かせた。
この時のブルーベルの楽しげな表情は、本心からだっだ。
だがそれを見るピスタテルは、田舎者の下位貴族の令嬢が感動していると勘違いしていた。
ハッキリ言うと恐らくは、ブルーベルの方が美食を食べた数は多いだろう。クリムとコーラスと共に、各地からの高級食材を食べ漁った時期が3年弱もあったのだから。
「私と君との奇跡の出会いだ。いくらでも注文すると良い」
「ありがとうございます。でももう、これで十分ですわ」
貴族らしく抑えたものではない、満面の笑み(のように演出した微笑み)でピスタテルに語りかけるブルーベルは、花がほころぶような可愛らしさだ。
ピスタテルも話す毎に彼女に引き込まれ、自分の欲望をギラつかせた。抑えていたつもりでも学習も訓練もさぼっていた彼の言動は、周囲の者が聞いていてもあからさまだった。
美味しそうにケーキを頬張る可愛らしい唇、しなやかな腕の動き、可憐な容姿。まるで研磨する前のダイヤモンドの原石だ。
「美味しそうで何よりだよ。ねえ、またここで一緒にお茶をしない? 私もまた違うデザートが食べたいんだ。どうだろう?」
強制ではなくお願い。40歳近いのピスタテルだが若く見える為、20代後半と偽っても通用するくらいなのだ。
ブルーベルが自分のことを知らないと思い、あざとさを振りまいて懇願する。自らの顔が美しいことを知り尽くした、彼だからできる作戦である。これで幾十人の女性が餌食にされたのだ。
「え、えーと。じゃあ、もう一度だけなら」
「本当に? ありがとうね。嬉しいよ」
そうして何気なく彼女の手を握り、喜びを露にするピスタテル。
そしてイヤらしいことを夢想するのだ。
(今度会った時……。お前の全てを剥ぎ取って、別の悦びで満たしてやろう。俺と共にな。くふふっ)
そして…………。
ブルーベルは自分で支払いを済ませ、ピスタテルと共に店を後にする。これで借りはない。
別れの際、彼はブルーベルの手を握り、右の手甲にキスを落として微笑んだ。
「また来週、この時間に待ってる。今日は楽しかった」
「ええ、この時間に来ますね。私も(スイーツを)楽しみにしていますね」
微笑みながら別れる二人は、端から見れば恋人のように見えなくもない。
彼がその場を去り、背後からタバサとアンナが現れた。
「よく頑張ったな。偉いぞ、ブルーベル。私ならキスの時点で股間に蹴りを入れてたよ」
「タバサならまあ、そうでしょうね。だから貴女は諜報より護衛なのよ」
「だってあんなおっさんに触られて、可哀想だろうが!」
「それは同意だけど……。お疲れ様、ブルーベル」
賑やかな歓迎に頬が綻ぶ。
「大丈夫ですよ、二人とも。毒さえなければ、洗えば元通りですから。ずっと見守って下さり、ありがとうございます」
「当たり前だろ、そんなの。そもそもブルーベルが囮になるのは、まだ早いと反対してたんだよ、私は」
「仕方ないでしょ、あいつ面食いだもの。ブルーベルくらいの美少女なんて、そうそういないのよ。被害者の女性達も、あんな男にひっかからなければ、引く手あまただったのよ」
「でもまだ12歳なのによぉ。心配に決まってるじゃんか」
「だから私達がいるんでしょ! 何か起こる前に、玉の一つでも潰せるように。あら、下品だったわね。フフフッ」
「なら仕方ないか。でも怖かっただろ、ブルーベル」
タバサはブルーベルを抱きしめ、「よし、よし。もう怖くないぞ。いつも私が傍にいるからな」と、背中を撫でるのだ。
その時に初めて自分が震えていたことに気付いたブルーベルは、静かに一筋の涙を落とした。
(ああ、自分は怖かったのだ)そう認めることができた。
微笑むアンナは『エクラ』で濡れタオルを貰って来て、その後にブルーベルの右の手甲を拭う。アンナも彼女のことが大事なのだ。
ブルーベルの初任務は成功し、来週への断罪へと繋がっていくのだった。




