公爵家に訪れた叔父 『クリム・チェロスト』
「なあ、良いだろ父上。兄上がいない間は、俺がワッサンモフ公爵家を見てやるよ。あの下位貴族の兄嫁は行方知れずで、それを探している時に起きた兄上の事故だ。父上が本邸に戻らないなら、いろいろと困るだろ?」
にやけた顔を晒しながら、前ワッサンモフ公爵である父へ当主代理を申し出るクリム。
彼はスライストの実弟で、チェロスト子爵家に婿入りしていた為、兄の結婚の詳細を知らされていない。
結婚式をあげる前にミカヌレと入籍を済ませ、既に子が生まれて共に暮らしていると分かったのは、世間と同じ速度だった。
彼はミカヌレのことを碌に調査するようなこともなく、下位貴族の娘が伯爵家の養女となり嫁いだことを侮っていた。
(あんなド田舎にある、たかが男爵家の娘が急に公爵夫人になるなんて、おかしいと思っていたんだ。おまけに出奔中だと言うじゃないか? 恐らく重圧に負けて、手近な男とでも逃げたのだろう。父上も兄上同様、その女に騙されているんじゃないのか? それなら俺が公爵家を継いでも文句はないだろう)
世間一般には、ミカヌレの出奔は知らされていない。それこそ公爵家の恥となるからだ。だからこそスライストは、少数で秘密裏に捜索していたのだから。
そんな物知らずのクリムに甘言を囁いたのは、クルル・ミズーレン伯爵。その命令を下したのは、フォカッチャー・クロダイン公爵である。
「クフッ。表立って敵対するとこちらが不利になると行ったハニートラップだったが、面白いことになってきたぞ。手強いワッサンモフ公爵家に醜聞ができれば、クロダイン公爵家はさらに安泰となる。隙ができれば、外務大臣のポストも、こちらの派閥で握れるかもしれんな」
そんな思惑の下に。
◇◇◇
セサミは息子に伝える。
「ワッサンモフ公爵家のことは、政略結婚を無視して婿入りしたお前には関係のないことだ。訪問くらいは構わないが、余計な真似はするな」
それは特に怒ることもなく、ただ感情を乗せない口調だった。
けれどクリムは勘違いした。
(兄が死んでしまい、今後のことを考えて相当落ち込んでいるようだ。ここで俺がワッサンモフ公爵家を立派に仕切っているところを見せれば、何れは俺を公爵にするだろう)
そんな甘い思惑が、彼の脳内を駆け巡っていたのだ。
セサミはそれを察知し、心底落胆した。
クリムは裏表がなく単純な子だった。
「恋人であるコーラスでなければ結婚しない!」と激しく政略結婚に抵抗し、裕福な侯爵家の婿入りを蹴ってまで、政敵であるクロダイン公爵派閥の令嬢と結婚したのだから。それが貴族らしくなく気に入っていたが、何でこんな考えに堕ちたのだろうか?
(早急に調べるべき……だろうな)
彼は傍にいた家令バジルに目配せして、ワッサンモフ公爵家への使いを依頼した。
以心伝心とばかりに、彼は語らずともその意を汲んだ。
その後にワッサンモフ公爵に到着したバジルから話を聞いた使用人達は、各々の持ち場へと俊敏に動き出す。
この家が不利にならぬように、夜を徹して二重帳簿を作成して執務室へ置いた。さらに本帳簿と貴重品・重要書類などは纏め、セサミしか知らない場所へと隠蔽したのだ。
けれどそれは、幼いコロネには知らされない出来事だった。
◇◇◇
翌日の昼。
セサミの許可を得ないまま、クリム・チェロスト子爵一家が玄関ホールに到着した。
「兄上がいない間、俺が力になろう。家族も一緒だから丁重にもてなしてくれよ」
不遜な態度のクリムと、それを見て満足そうに目を輝かせる妻コーラスと娘のブルーベル。
「大きくて素敵なお屋敷ね。私の家より何倍も大きいわ!」
「飾ってある絵画も庭の噴水も、絵本で見たのと一緒よ。お父様はこの家の子供なのね。すごいわ!」
その言葉に気を良くし、「そうだぞ、ブルーベル。だから気兼ねせず、好きにしなさい」とクリムが言う。
使用人達は表情を崩さないが、内心では「何を勝手に言うのだ。この愚物が!」などと怒りを滾らせていた。
ワッサンモフ公爵家の家令レイアーは、言葉を選びながら丁重にクリムに尋ねた。
「まずはいらっしゃいませ、クリム様。ですが……失礼ながら、家の管理は当主の仕事でございます。スライスト様不在時の管理権は、奥様のミカヌレ様へ。奥様が不在時には前公爵であるセサミ様へと権限が一時的に変更になります。既に他家の養子となられたクリム様には、権限はないのでございます」
その言葉にクリムは、眉を潜めて答えた。
「父はここへの訪問を歓迎してくれた。それに俺はこの公爵家の息子だぞ。立場を弁えた方が良い」
セサミは歓迎するとは言っておらず、意図を確かめる為に訪問の許可を出しただけだ。だが自信満々の彼にこれを伝え、恥をかかせるのは悪手だろう。
婿に行ったとは言え、仮にも前当主であるセサミの息子であるのだから。
だから家令は一先ず退く。
「そうでございましたか。大変失礼致しました」
そしてチェロスト子爵一家を客室へ迎えることになったのだ。




