ネリネは打ち明ける
緊急事態とはいえ、いかにも怪しい自分を助けてくれたコロネ達に心が震えていた。
生物学上の父はネリネ達に無関心。それどころか邪な気持ちを向けていると言う噂だ。
その父の正妻と子供達は、拐われてきた彼女の母達を奴隷のように蔑んだ眼差しで罵っていた。
「公では側室になっているが、お前達など妾も同然じゃ。私達と同じ王族である等と勘違いするでないぞ」
「我らのように、黒か赤の色を持たぬ下賤な者よ。本当に父上の子供なのか?」
「どうみたって知性の欠片もない、我が国の平民より頭が悪そうな女達だ」
「本当ね。同じ王女と思えないブスばっかり。目障りよ! とっとと使用人棟へ戻りなさい!」
国王はネルネ達母子に一切関わらず、王妃とその王子と王女達は偶然に顔を合わせると、罵倒の言葉を浴びせてくる。
王女のグリルティアは時々、ネリネ達の頬を叩く脛を蹴るなどの暴力を振るってきた。
「少し顔が美しいからと言っても、所詮は人質。一生怯えて暮らすと良いのよ」
吐き捨てるような彼女の顔は、いつも悔しげに歪んでいた。
使用人達と共に働いていたネリネ達は、彼女達のいない(と思っている)所で話すある噂を聞いていた。下級貴族のお喋り雀達から。
「国王はお飾りなんですって。まあ、王妃のお父上が宰相で、国の実権を握っているのは有名ですものね」
「じゃあ、あの噂も本当なの? 国王と王妃は白い結婚で、王妃のお子達は護衛のジェークリア様だと言うじゃない?」
「そうなんじゃない? じゃなければ拐われて来た王女の子を妻にするなんて、いくらなんでも言わないでしょ?」
「妻? 法律上は兄妹でしょ? そんなバカなこと」
「この国の実権は、王妃と宰相が握っているのよ。改竄でも戸籍でも、難なく作れるでしょ?」
「けど……そんなこと」
「王妃の子供である王女は……。ハッキリ言って、美しくないでしょ? だから王子は美しい女を妻にして子を作り、政略結婚に使うらしいわ」
「じゃあ、グリルティア王女はどうなるの?」
「さあ? 適当な家臣へ降嫁させるんじゃないの?」
「国王が王女を欲しがっている噂は? あんなに王妃を恐れているのに、そんな話が出るなんて」
「それもきっと王妃達が流した悪い噂よ。でも分からないわよね。それか共に暮らしたい家族愛とかなら?」
「そうね、全部噂だもの。国王は好色だとか変態だとか言われ、宰相が頼りだと評価されているけど、本当にそうかしら?」
「私もそう思うわ。いつも国王は仕事ばかりで、疲れた顔をしているもの。自由なんてないみたいに」
「そうよね。遊んでいるどころか、休憩時間も碌にないようなのに」
「本当のことは分からないわよね」
「ええ、下っ端の私達ではね。ふふっ」
そんな話を聞いても、真偽不明だった。
国王と関わることが殆どなく、聞ける立場にないネリネは悪い噂の方が真実に思えた。
ただ寵姫コゴリはこの国に来る前にかなり抵抗し、自害しようとしていた。国王は婚約者だったジェニスの命を盾にして、彼と共にこの国に連れて来たと言う。
その時にジェニスの生殖能力を奪ったとも。
もしかしたら彼女の憎しみは、誰よりも強いのかもしれない。
熱に魘されそんな悪夢から覚めたネリネは、コロネ達に全てを伝えようと思った。
本来なら、自分はあの時に亡くなっていた。
救って貰った恩を返すならば、この国まで巻き込まれないように情報を渡そうと思い。
◇◇◇
「助けて下さり、ありがとうございました。そして私があそこにいた理由をお話します」
覚悟したネリネは、翌朝にみんなが目を覚ました後、お礼と共に自分の知り得た情報を全て話した。
「この国が狙われているんですか!?」
「ガランサススノー国は、かなり遠くにある軍事国家だ。こりゃあ、大変なことになるぞ! 急いでそいつらを探さないと」
「僕も母に知らせます。まさかユルファカトレを越えて、ここまで密偵が来るなんて許せない」
未だ力が入らず、ベッドから起き上がれぬネリネは驚いていた。
身元の怪しい自分のことを、素直に信じているようだから。
「どうして、信じてくれるんですか? 会ったばかりなのに!」
「どうしてと言われても。ねえ、ラディッシュ様」
話を振られたラディッシュは、少し躊躇したが話し始めた。
「火の精霊が、ずっと貴女のまわりを飛んでいるんだ。だから貴女が海に落とされた時、暗い中でも赤く光っていたから、すぐに居場所が分かったんだよ。まあ、モロコシは見えてなかったと思うけど」
「じゃあ、あの時、俺だけ見えてなかったのかよ。確かにお前らは迷いなく、その場を見つけてたみたいだけどよ」
「漁港はずっと暗かったんだよ。でも彼女が落ちて、火の精霊が赤く輝いたんだ。まるで『彼女を助けて』と叫んでいるみたいに」
ラディッシュの言葉に、ネリネは目を見張った。
「妖精? 私にですか?」
「うん。火の精霊は水が苦手なのに、貴女を引き上げようと海に浸かっていた。顕現しないと物体に触れないのに、すごく慌てていたんだろうね。
僕の持っていた世界樹の葉の欠片に触れて、何とか精霊も回復したみたい。危なく消えるところだったんだよ」
「私を助けてくれようとしたのね? ありがとうございます、精霊さん」
ラディッシュが示す辺りに、頭を下げるネリネ。
精霊はネリネとモロコシには見えない。
コロネもぼんやりと、光が浮いているようにしか見えない。
ハッキリ見えるのは、ここではラディッシュだけだ。けれど声までは聞こえないらしい。
コロネ達は、ミカヌレとスライストを洋品店に呼び寄せた。本当はミカヌレを呼んだら、スライストが付いて来たのだ。
以前は精霊が見えなかったミカヌレだが、今は両親のことを聞いたことと、幸せに包まれているせいか、精霊が見えるようになってきたと言う。
時々お菓子を焼くと群がって来ると、コロネに笑って話すこともあった。
(お母様なら、妖精の声を聞けるかも?)
そんな思惑があって呼んだ訳だ。
◇◇◇
ミカヌレは精霊の言葉に、静かに耳を傾けた。
「……………………」
「あら、うん、そうなの」
「……………………」
「うん、うん、分かったわ」
30分の会話で分かったこと。
それはカランサススノー国が、エルフとの戦いで破れた時のことだった。
食糧難の彼の国は、大商人であるエジンブレル伯爵を通して取り引きのあった、スルファカトレとの貿易により局面を乗り越えた。
その際にエジンブレル伯爵は大きく資金が潤い、それまでに保有した資金と併せると莫大なものに膨らんだ。
逆に王家はかなりの力を削がれた為、エジンブレル伯爵への援助を頼み、その代わりとして公爵位を与え、複数の国の重役も与えた。
その時より王国はエジンブレル公爵が裏から操る傀儡のように、少しずつ変わっていったのだ。
現政権の国王は王族の血筋であるが、王子と王女は血を繋いでいない。エジンブレル公爵家は完全な簒奪により、全てを手に入れようとしていたのだ。
既にエジンブレル公爵家の商会は世界中にあり、静かに根を張っている。危機はすぐ傍にあった。
「大変だわ。みんなで相談しなきゃ!」
ミカヌレ達は信頼できる者達を集めて、敵の侵入状況などを把握し、今後の対策を話し合うことにしたのだ。




