ネリネの秘密
コロネの住むユゼフィラン王国は、大陸の東側にある。規模はせいぜいが、小国を2つくっ付けたくらいの面積だ。
東の大国はスルファカトレと言い、ユゼフィランの北に位置する貿易国である。
エルフの暮らすニズラッシェリル王国は、大陸の西に。
過去にエルフとの戦いに破れた大陸は、北の王国ガランサススノー。
南にある王国が、サクラアイランドである。
この4つ(ユゼフィランは除く)は大陸面積・人口共に多く、独自の文化が栄えた国である。
その背景には多くの精霊達が4つの大陸にまんべんなく誕生し、人間達に力を貸していたからだと言われている。
けれど…………。
そこに暮らす王族の考えにより、自由な存在の妖精達は住みかを移すことになった。
この世界を誕生させ、管理する女神は直接の手出しはしない。
世界が誕生した際に祝福の種を蒔き、4本の世界樹が育ち、その周囲から精霊達は誕生した。
多くの魔力を含む世界樹の葉は、精霊達の養分となり、人間達には全ての病を直す妙薬となる。
世界樹の周囲に住む者達に、女神は一度だけ顕現し、分かりやすく説明した。
『世界樹には多くの魔力が必要なので、世界樹周囲に根付く魔力の宿る森に手を出してはならない。そして必要以上に世界樹の葉を取れば、魔力が枯渇し体を支えられず倒れるだろう』
世界樹は魔力の塊であり、普通の樹の常識とはかけ離れている。
今現在、女神の教えを守ってきたのはニズラッシェリル王国だけと言えるだろう。
それでも太古と比べ魔素の濃度が低下していることで、人為的にエルフの女王から魔力の供給を受けている状態だ。
世界樹の加護と同様に、力を貸してくれる精霊達への敬う心を忘れた人間達は、その姿を見られなくなっていった。
そうなればもう、精霊達も自分の好きなように動き出す。自分達を信じ、魔力に溢れた場所へと。
元々人間だった者が、魔力に溢れたエルフになったのも、そんなことが理由だ。
例えば、万能薬として世界樹を使い潰さず、人間達で葉の成分を研究する必要があった。
例えば、魔力の森を破壊し人間が住むべきではなかった。
例えば、精霊達の助力を無視し、どこまでも自分達の都合で精霊達を使うべきではなかった。その上、敬わなければ離れるのは当然のことだ。
そんなことが重なり、世界樹は数を減らし精霊は特別な存在になった。遥か昔なら、いつも隣にいてくれた彼らは。
◇◇◇
そんな中。
ガランサススノーには良い鉱山があり、火の精霊と地の精霊が残っていた。土と火の精霊は力を合わせて人間達の金属成形を援助し、生活を豊かにしていく。
けれど国王達は鍛治の力で武器を作ることを命じ、精霊の加護を受けた職人達は多くの者を傷つける物を生み出し続けた。
精霊と職人達は深く傷付き、半数近くがその地を去った。技術の卓越を目指す精霊と職人は残り、引き続き武器を作り続けた。
水の精霊と風の精霊は、人間同士の争いを嫌いその地を多くが離れた。結果として加護を失い過ぎた地は常に寒く、年の半分が雪や嵐が多い土地と化した。
食料が取れなくなることで、他国から奪うことになり、更に軍事に力を入れることになるのだ。
それがガランサススノー王国の実態だった。
◇◇◇
そのガランサススノーは、救助された少女、ネリネの祖国である。
彼女はその国の6番目の王女で、母は侵略された地から人質のように拐われた王女だった。
彼女もその母も、ガランサススノー王国の使用人よりも酷い扱いを受けていた。
教育の放棄は元よりで、使用人と共に労働していた。
ただ拐われてきた王女は、彼女の母だけではなく、他にも4つの小国の王女がその城にはいた。
拐われた王女の中でも国王に気に入られ、寵姫となった王女は小国の王女達を執拗に虐めた。
まるで自分の立場を守り、さらにストレスをぶつけるように。
◇◇◇
ある日。
弱い立場にある、小国の王女の娘、カンラが病に罹った。腹部を病み、高熱が続く酷い状態だ。
その王女の母は、医師に見て欲しいと必死に訴えたが、誰も取り合ってくれなかった。
ネリネの母リリーは薬草の知識があり、庭に生えている薬草を煎じて彼女に飲ませた。一時的に熱は下がるものの、根本的な解決にはならない。
拐われてきた王女達は、みんなで協力して生きていた為、自らの娘のようにカンラを心配していた。
医師に見てもらえない絶望の中。
寵姫であるコゴリが豪華なドレスに身を包み、扇子を口元に当てて、彼女達の前に立ちはだかる。
「私、チェルシーハニーを使ったスイーツがもっと食べたいのよ。聞けば東にある小国が産地らしいの。それにその地の果物は、砂糖菓子くらい甘くてジューシーなんですって。
この国にはスルファカトレを通して、ほんの少ししか輸入できないのよ。ならばその国を支配して、直接奪えば良いと思わない?
あんた達から1人と私の護衛をそこに調査員として送り込むことを条件に、カンラを医者に見せてあげるわ。
捨て置かれた身にとっては、破格の条件だと思わない? ふふふっ」
聞けば十年くらい前までは土地も荒れており、雨もあまり降らず、捨て置かれた地だったユゼフィラン。
だからこそ、ガランサススノーにも放置されていたのだが。
だがいくら海路で移動しようとも、必ず関所はある。ガランサススノーの民がすんなり入れるとも思えない。
けれどカンラの為なら、それを受ける覚悟だった。
順当ならばカンラの母、ルトースが選ばれるだろう。
けれど選ばれたは、美しい赤い髪とオレンジの瞳の美しい娘ネリネだった。
「あんたが行きなさい。カンラが大事なら出来るでしょ?」
「……分かりました。参加させて下さい」
ネリネは頷き、すぐに行くと返事をした。
「うふっ、良い返事ね。ジェニス、すぐに医者を呼んで来て頂戴。そして必要があれば手術も受けさせて」
「了解です。直ちに手配します」
「これでもう、撤回できないわよ。早速今から出発して貰うわね。良いでしょ?」
「そ、そんな……。あぁ、ネリネ、ううっ」
コゴリは醜悪な笑顔を浮かべ、リリーは泣き崩れた。ネリネはリリーを抱きしめて「大丈夫よ。きっと帰って来るから」と、声をかけた。
コゴリは今、若く美しいが、ネリネはこれから花咲く蕾のような美しさである。まだ14歳で法的に手は出せないが、国王や王子達は彼女を新たな寵姫にしようと考えているのは透けて見えた。
だからコゴリは新たな寵姫を消し去る為に、ネリネに調査をさせることにしたのだ。
国王には「最近、伸び代のある国の調査をネリネに任せたの。カンラの病気を治してくれるなら、自ら行くと名乗りをあげたのよ。優しい子よね」と、ネリネのせいにして。
カンラもオレンジの髪の美しい少女だ。今は13歳だから、まだ寵姫には暫くなれないだろう。
そんな細かな抵抗を繰り返すコゴリは、もう少しおかしくなっていたのかもしれない。
国王には事後承諾で、ネリネを送り出したコゴリ達。ジェニスと呼ばれるコゴリの故国からの従者は、ネリネと共に小船に乗り込んだ。
泣き叫ぶ母、リリーを後にして。
◇◇◇
そして深夜…………。
関所を通らないルートで、ユゼフィラン国の漁港に入り込んだ彼らは、ネリネを突き落とし殺そうとしたのだ。
冷たい海に服のまま落とされれば、生存確率はかなり下がるだろう。彼らはネリネを突き落とした後、ユゼフィラン国本土に上陸した。
この国の資源を奪う為に。
下手をすれば、戦争になるかもしれない。
そんな事情を抱えた少女ネリネは、コロネ達に助けられたのである。
※ネリネやカンラ達は、母が王女でカザンサススノーが生物学上の父である為、王女としているが、他国に名前は知らせていない。
その為、秘密裏に寵姫にされる可能性が高い。
他国からの批判を避ける為、秘匿しているゲスである。
拐われた王女達から生まれた男児は、出生時に命を奪われている為、彼女達には娘しか存在しない。




