モロコシと夜のお散歩
闇夜に月が顔を出した頃。
コロネが住む食堂に、モロコシが迎えに来てた。
「コロネ、迎えに来たぞ。準備は良いか?」
「今、行くわ。モロコシさん」
彼女の住む2階の部屋には行かず、1階から少し大きな声で呼ぶ適当さ。食堂の旦那さんと女将さんはモロコシの友人なので、それでOKなのだ。
食堂はもう閉店時間を過ぎ、周囲の通りも静寂が漂う時間になっていた。多くの者が家路に向かっているのだろう。
軽い外套を着て、階段を降りる。
「お待たせしました。忙しいのにごめんなさいね」
「いや、今はそんなに忙しくないから。それに依頼はラディッシュだから、コロネは気にすることないぞ」
微笑むモロコシに、安堵するコロネ。
ラディッシュはまだ10歳だが、2つの精霊の加護を持つやんごとなき身分の者らしいから、モロコシは逆らえないのだろうか?
ラフなマントを羽織るモロコシは、闇夜に紛れそうな不思議な雰囲気だ。顔を隠すような顔と髭だが瞳の色は青紫。まるでタンザナイトのように、神秘的に夜に溶け込んでいた。
そんな彼の隣で、ゆっくり歩いて街を進む。
裏路地のことまでは分からないが、この食堂やギルドが並ぶ付近は、安全な感じがする。
警ら隊も機能しているし、冒険者(元冒険者含む)の有志で見回りをしているも、影響しているのだろう。
「夜の道は怖いか?」
「モロコシさんがいるから平気だよ」
遠慮じゃなくて、本心だ。
「そうか、なら良かった。でもな、街をここまでにするのに、十年近くかかったんだ。昔は荒くれた者も結構いたからよぉ。俺は腕っぷしだけは良かったから、筋肉で相手を黙らせたクチだ」
「悪い人をやつけたの?」
「やつけたとは、少し違うかな? 活を入れて仕事をさせた。そして給金を払って仲間になったんだ」
「仲間に?」
「そうだ、仲間だ。悪いのもいたけど、根っからのやつはそうはいなかった。荒れてたのは国が滅んで流れて来たやつとか、良くも悪くも貴族に目を付けられたやつ、粗暴な親のように(善悪を考えず)振る舞ってたやつ、家族を生かす為に覚悟を決めたやつとか、理由があったみたいだ」
懐かしむように瞼を閉じて、ため息を吐くモロコシ。
「それを俺達の仲間でボコボコにして、従うか死ぬか選べって。良い想い出だな」
(ほおほお。私には少し過激に思えるけど、昔は酷い時代だったと言うし、良いことをしたんだよね。たぶん、きっと)
「それで……みんな従うことを選んだの? まさか殺したの?」
「いや、殺してはいない。従わないと言った奴らの何人かは、気付いたら逃げてた。その後は残ってた奴等も諦めて、俺達に従ったけどな。逃げた奴らもすごいぜ。結構本気でぶん殴ったから、肋骨の2、3本は折れてた筈だし。その後は姿を見てないから、どっか行ったんだろ? きっと元気にしてると思うぜ。ワハハッ」
笑い事じゃない気がした。
けれどモロコシは、楽しそうだった。
「矜持なんて選んで、死を選ばなくて良かったと思ってさ。別に俺に従わなくても、生きていれば良いんだ。出来れば、人に迷惑をかけないでさ」
そう思ってたから笑ったんだ。
逃げる意欲があるなら、死なないと思って。
その後も話を続けるモロコシ。
どうやらその時捕まった荒くれた人達は、更生したらしい。その一人が食堂の旦那さんだった。
元からモロコシ達は、捕まえた人達を奴隷のように扱う気はなかったそうだ。
「だってよ。状況は俺も、だいたい一緒だからな。ミルキー様に拾われて、フェオレ様と共に育てて貰えたから生き残った。たまたま剣術ができて、読み書きもできたから、ギルド長にもなれた。人の情けがなければ、俺はもうこの世にいなかったぞ。俺はその分、恩を返したいと思って生きている。手に届く範囲でな」
真面目なことを言って恥ずかしかったのか、その後照れて、顔を横に逸らすモロコシ。
「すごいね、モロコシさん。私も同じような気持ちだもの。両親と使用人に愛されて育ったことが、本当に特別だと感じているよ。私ね、親のない子や虐待された子を孤児院で知って、いろいろ解っているつもりだったの。でもお母様もそうだと知って、それがすごく現実味を帯びたのよ。
私が生まれていない可能性。私も隠密として育てられた可能性。孤児院で頼れる親がいなくて、更にひもじさに泣いていた可能性も。だから私も見てみぬ振りをしたくないの。ただの自己満足だけどね。
後ね、私はこの街も、街のあるワッサンモフの領地も好きなの。ここでずっと生きたいと思うの。だから貴族を辞めてお金がなくても、結婚できなくても、息を引き取る時は優しい思い出だけを考えて土に還りたいの。だからこその福祉なの。全部自分の為だけど、この街に良いことだから協力してね」
モロコシは感心して、深く頷いた。
あの両親と使用人達が、コロネを離す気はないだろう。けれど嫌な結婚をセサミに押し付けられたり、理不尽があれば逃がすことはするかもしれない。
そんな時は平民になって、ちょっと変装してここで暮らせば良い。その為の土台作りなら協力しても良い。
それに……。
(俺はモテないから、一生独身かもしれない。その時婆さんになったコロネが隣にいるなら、少し楽しい気がしてきた。自分の為なら、もっとやる気が出そうだ)
「良いぞ、協力する。その代わり、俺が独身なら老後は施設に入れてくれるんだよな?」
「えっ、モロコシさんを! だってモテてるでしょ? 何で?」
「慰めはいらん。じゃあ、頼んだぞ!」
「それは良いけどさ」
何か言いたげなコロネと、心が決まったモロコシ。
◇◇◇
モロコシは知らない。
モロコシが見ていたのは、彼を見て「怖い」だの「無理だの」と言う、失礼な女性だけなのだ。
彼のことを知るギルドや商人、孤児院、そこで働く者は男女問わず彼を慕っている。みんなが慕っているのを知り過ぎて、前に出られないだけなのだ。
あのタンザナイトの瞳も、長身も、筋肉も、実は隠れ美形なところも、好印象に取られている。
仲間の男性達は知っていて、それを伝えていないだけだ。
「いつかあいつに合う、良い女が現れるまで待ってみようぜ。フシシッ」
「昔にモテると自慢されて、ちょっと悔しかったからな。まあ、40(歳)前には教えてやるさ」
「本当は気付いていて、面倒臭いからモテない振りしてるんじゃないのか?」
「「「それはないな。あいつ早く子供が欲しいみたいだし」」」
「なら、教えてやれば良いじゃないか?」
「だってあいつが結婚したら、朝まで一緒に酒が呑めなくなるの寂しいし」
「うん。思いきり喧嘩できなくなるのも寂しいよな」
「お前らなぁ~。まあ、悪意じゃないなら良い、のか?」
モロコシは意外と好かれており、彼らはモロコシが女性に取られないように内緒にしていた。ちなみにこの友人達も荒くれ者から更生していた、付き合いの長い面々だ。
ワイルド系、王子様(麗し)系、インテリ系、爽やか系と、全員顔面偏差値が高い。
その為一部では、男色疑惑もある。
コロネはそれを知っており、モロコシに気付かれぬように静かに息を吐いた。
(好かれ過ぎるのも不憫なものね)
その台詞はまっすぐブーメランになるのだが、彼女が気付くことはない。




