《過去》 コロネへの気持ち(ミカヌレ) その1
ミカヌレは知る。
ワッサンモフ公爵家の使用人は、とても優秀だと言うことを。
嫁いですぐの時は見えない壁を感じていたが、次第に彼らの態度は軟化し、いつの間にか仲間に入れてくれていた。
生まれたコロネと一緒に、自分に対しての態度にも敬いを見せ、丁寧に仕えてくれた。この邸の女主人として業務もミカヌレに教え、導いてもくれたのだ。
ただ相変わらずスライストの執務室へ入ることは許されなかったが、だからこそミズレーン伯爵に嘘をつかずに済んだ。
もし入れたなら、報告の義務が発生するからだ。
『ワッサンモフ公爵家の守りは堅く、入室は困難です』
いつも手紙の内容は変わらない。
送れるのはその日の食事のメニューや、自分に宛てられた仕事くらいだ。
孤児院や教会への訪問と、その寄付額の内容。家政費や職員の人数など。
名前は分かっても、姓は分からないと告げていた。
ミズレーン伯爵家では、余計な知識を得て逃げたりしないようにと、最低限のことしか学んでいない。今思えば、そこでしか生きられないようにする為なのだろう。
だから知性が低いと思われているミカヌレは、そうしても別段叱責を受けることもなかった。
勿論学校にも通っていないし、幼い時は下働き扱いだった。衣類や食器の手が荒れる仕事や、トイレや浴室の掃除、浴室の水を井戸から汲むのもミカヌレ達子供の仕事。
でもそれに集められた孤児は、順繰りとそれが繰り返されているようだった。
少し成長して容姿が良いと判断されれば、男女共に特殊任務の勉強をさせられる。痩せっぽちの体に肉が付くように、今までよりたくさん食事が食べられるようになった。
けれど年上のある隠密の先輩は、私達を悲愴な面持ちで見ていた。
時には「あいつらは淫売になるんだ。俺達とは違う」と見下して囁く声も、別の者から何度も聞いた。
何のことか分からないし、上の先輩達に言われたことは絶対だから、任務に逆らうこともできない。
そして少し大人になって気付いた時に、自分達の仕事は世間一般では穢らわしいものなのだと知るのだ。
けれど親もなく、今さら孤児院に戻ることさえできはしない。孤児院もお金に余裕がなく、空腹でそこを飛び出して悪事に手を染めたり、空腹のまま病気にかかり、亡くなることも多いと聞いたからだ。
悪人にも上下があり、後ろ楯のない孤児はいつでも危険に晒される。捕まれば牢屋に入れられて体罰を加えられた後に、危険地帯で労役に就かされるか死刑になるかだ。
孤児院で生き延びても、貴族や金持ちに雇われて一生働くことになる。良い人に雇われれば幸せだが、そんな場所は恵まれた者から埋まっていき、はずれクジが多く残る。
一部の貴族は平民を見下す為、扱いも酷いと聞いた。
伯爵に拾われた子供達も同じだ。
訓練に耐えられなければ、怪我をして死に。
逆らえば体罰を受けて死に。
失敗すれば体罰を受けながら、次は失敗は許されないと怯えながら生きるのだ。
だから同じ元孤児でも、ランク付けをする。
ハニートラップは個人仕事で、性的な部分の負担はあれど戦闘による怪我は負わない。だから死亡率や怪我のリスクも低い。生き延びる可能性が高いのだ。
敵地に忍び込み、時に戦闘に加わる隠密は明日の命も知れない場合もある。だからハニートラップ要因を貶めてうさを晴らすのだろう。
そんな場所で生きていたミカヌレは、長生きしたい気持ちなどを持っていなかった。
死にたくないから従うが、命乞いまでして生きたくもない。できれば銃で急所を一発で撃ち抜いて、苦しまないで土に還りたい。
そう思って生きていた。
我が子に出会うまでは。




