スライストの始動
コロネとミディアは、契約も交わしていない仮婚約状態だ。口約束と言っても良いだろう。
セサミとミディアの父、ヴィーガンとの話し合いで、現当主不在で決められたもの。
そのワッサンモフ公爵家の現当主であるスライストは、現在チェロスト子爵家の会計をしている。
ミカヌレ仕込みの変装をして。
何故そこにいるかと言えば、一番の盲点だからである。
実弟であるクリムはワッサンモフ公爵家におり、父セサミはコロネを使って遊んでいる。
言わばこの地はノーマークなのだ。
それでも優秀であるワッサンモフ公爵家の隠密達が動けば、一発で身柄確保 & 連れ戻されていただろう。
けれどスライストは、傷病中は王都でミカヌレに看病されて過ごし、ワッサンモフ公爵家の状況をレイアーから報告されていた。
スライストが崖から落ちて治療中の際、隠密達は彼のことをセサミに報告しなかった。
もしミカヌレと共にいると知らせれば、余計な難題をスライスト達にするのを分かっていたからだ。
ミカヌレの出奔は、セサミからすると裏切りとなる。特にそれを重要視せずともだ。
その当時。
報告うんぬんをどうするかを悩んでいた隠密達は、スライスト不在時にクリムに好き勝手させ、コロネに難癖をつけるセサミに愛想を尽かしていた。
そしてミカヌレとスライスト達に味方することに決め、動き始めていたのだ。その一つがチェロスト子爵家の財政再建である。
元々クリムがチェロスト子爵になったことで、かなりの損害を負わせている自覚のあったスライスト。けれど裏当主のセサミに内緒では、援助一つ出来なかった。
「一度甘い顔をすれば、全力でたかられるぞ。お前だとて、クリムの性格は知っているだろう?」
そう言われ、何も出来ずにいたのだ。
だが潜伏生活で情報を得ていたスライストは、ワッサンモフ公爵家にクリム達がいる状況を利用し、チェロスト子爵家へと赴いた。
『男爵家の会計士、ライス』と、偽名を名乗り。
ワッサンモフ公爵家の家令である、レイアーの紹介状を持参すると即採用された。チェロスト子爵家の財政が傾いていると知って、わざわざ派遣してくれたことに感謝しかない。
田舎でさらに給金も高くない子爵家には、会計士はなかなか働きには来てくれないのだ。
またレイアーはチルド前侯爵の三男で、現コールス子爵でもある為、信頼もされていた。
◇◇◇
チェロスト前子爵夫妻は美しいコーラスを可愛がり甘やかした為、経営などを何もできず(クリムも全く使えず)、その皺寄せはサイダー夫妻に降りかかっていた。
その前子爵夫妻は隠居し、送金を宛にして南の島で暢気にしているのだ。
こんな理不尽はない。
と言うことで。
チェロスト子爵を継げないサイダーとジンジャーには、独自で商会を立ち上げて貰った。
丁度コロネ達と取り引きして、軌道に乗った時の話である。
チェロスト子爵領の作物や肉製品は、一度夫妻の商会へ全て売却してから、加工や他領地との取り引きをすることになる。
チェロスト子爵領では、今まで残って捨てていた作物も買い取られ、コロネと取り引き前より収益を得られる。
ただ収益の大部分は、加工や新しい取り引き相手から得られ、商会に入る金銭がかなり多くはなるが。
スライストの給金はチェロスト子爵家から支給され、サイダー夫妻には適正な利益が商会から分配されることになった。本来の正しい姿である。
商会の立ち上げ前後で、チェロスト子爵領の収入の増減はあるものの、きっと誰も気付くことはないだろう。
領民はサイダー夫妻を信頼し、共に領地のことを考えている。商会を通すことにも大賛成だ。実質の子爵領を支えているのは、サイダーとジンジャーだと知られてもいた。
そして子爵家の使用人達もサイダー夫妻の味方で、裏切る者は皆無なのだ。
◇◇◇
ワッサンモフ公爵家にクリムと共に訪れ、そのクリムにさらにワッサンモフ公爵家の資産を使えるように帳簿を弄れと言われていた、クリムの子爵家当主補佐クリムゾンは、フォカッチャー・クロダインの隠密だった。
そのクリムゾンはレイアー達の作った偽の帳簿をフォカッチャーに渡し、無能の烙印を押されて王都を追われた。
「あの公爵家が、こんな僅かな収入である筈がなかろうが。こんなこと子供でも分かるわ! あの馬鹿息子と一緒に騙されたなど、恥でしかないわい。ええい、お前はクビじゃ! 俺に切られる前に立ち去れ!」
「そ、そんな、殺生な!」
クリムに付きで何年も楽をしていた為、元は優秀であった彼も腑抜けていたのだ。こんなものを主に持って来るほどに。
切られなかったのは、温情と言っても良いだろう。
◇◇◇
コロネの情報は、レイアーから逐一報告を受けているスライスト。いつもハラハラしながらも、口角を上げて嬉しそうに。
ちなみにスライストは、3日おきにミカヌレの待つ王都の家に戻っている。
「待っててくれ、ミカヌレ。今帰るからなぁ~。コロネにも、お土産がたくさんあるぞ!」
馬に乗って駆ける姿は、生気に満ちていた。もうすぐ彼も、娘に会えるのだ。




