ミディアとのお茶会 その1
セサミに決められたお茶会は、ワッサンモフ公爵邸の温室で行われていた。
巨大温室の中央にお茶席がセッティングされ、可憐な花々に囲まれたそこは、まるで絵本の世界に入り込んだような神秘的な空間だ。
普通の乙女なら『素敵ね。まるで花の国の王女様みたい』なんて、思わず口ずさむかもしれない。
でも今日も金策に励むコロネは、『あのバラの花びらが綺麗なうちに、何とか精製できないかしら』くらいにしか思っていない。「夢でお腹は膨れないから」と言って、自身に贈られたアクセサリーを既に売却している彼女だもの。
花から作られるオイルは、主に精油や植物油として利用されている。
芳香植物の花、茎、葉などから抽出される天然の液体で、香りの成分が凝縮されたもの。主にアロマテラピーや香水などに使用される。
ローズオイル:バラの花びらから抽出され、非常に貴重で高価なオイル。
ラベンダーオイルは、ラベンダーの花と葉から。
カモミールオイルは、カモミールの花から。
イランイランオイルは、イランイランの黄色い花から。
ジャスミンオイルは、ジャスミンの花から抽出される。
植物油とは、植物(種子・果実・胚芽など)から搾り取って精製した油の総称で、大規模な作付が必要だ。けれどコロネには、領地にそれらを植える権限は今のところないので、公爵邸の周囲でできることだけを考えていた。
(でも……精油って(バラ等の花びら)が大量に必要だから、この温室の分では小瓶に10本取れれば良いほうよね。花を植える、広大な場所が必要だわ)
そんなことを考えつつ、微笑みながらミディアの様子を窺うコロネ。彼の方も花が好きなのか、温室を見渡して目を輝かせていた。
(あの花は熱帯にはヒスイカズラ、タッカ・シャントリエリも! あれはリュウゼツラン(数十年に一度しか咲かない幻の花)じゃないか! 月下美人まである。全て温室がないと咲かない熱帯の花達だ。すごい、すごいよ!!!)
「美しいですね。それに珍しい植物がたくさんあります。ワッサンモフ公爵令嬢は、花がお好きなんですか?」
彼は温室の端の方にある植物へも、わざわざ目を向けていたようなので、本当に興味があるようだ。
青磁の髪と煌めくような灰色の瞳で、真剣に尋ねてくる彼に、コロネは正直に答える。
「この温室は、私の父が母の為に建てたのです。母はバラの花が好きだったので。珍しいものがあるのは、父が母を喜ばせようとして、取り寄せたみたいですね。専門の庭師が必要となり、その時雇い入れたナップラルは薬草にも詳しくて、私もたくさん学ばせて頂きましたわ」
家族で庭で遊んだことを思い出し、笑顔になるコロネ。ミディアは2つ上のせいかとても落ち着いており、教養が深いように思えた。
勿論年齢と人柄は別だろう。けれど話す速度や声音、受け答えの内容は、コロネを年下だと侮ることはなく、優しさを含んでいた。
「そうなのですか? それはとても羨ましいです。僕も植物には興味があって、よく本を読みますから。あ、えーと、男らしくないですよね、こんな趣味なんて。面白い話でもないし……」
言い終えてから気まずげに俯く彼に、「そんなことないですよ。実際に植物は、毒にも薬にもなりますし、いろいろ奥が深いですから。(お金になりやすいので)私もいろいろと勉強中なんです」と、コロネは食いぎみに声をかけた。
ミディアは一瞬ポカンとしたが、その後嬉しげに破顔していた。
「ありがとう。じゃあこれからも、植物の話をさせて貰うね」
「はい。私もいろいろ教えて欲しいです。モンテカルロ伯爵令息様」
お互いの共通点が見つかり、婚約者と言うよりは友人のように心が通う2人。
そんな彼らに甲高くて、甘ったるい声が響く。
「ミディア様~。私もご一緒させて下さい。たくさんお話したいです♡♡♡」
温室には似つかわしくない服装で現れたブルーベル(8歳)は、コロネを無視してミディアに走り寄って来たのだ。
彼女の白いドレスには、ドピンクのレースとリボンがふんだんに縫い付けられ、桃色の髪にもドデカい宝石付きのストライプ(ピンクと黄緑の)リボンが、ツインテールの髪に揺れていた。
その勢いにドン引くミディアと、彼の前に立って守ろうとするコロネ。
「何よ、邪魔する気なの? 超うざいんですけどぉ。ミディア様だって地味なあんたより、私と話がしたい筈よ。そこを退きなさいよ!」
「いいえ、退きませんわ。モンテカルロ伯爵令息様に失礼ですよ」
「何よ、気取った言い方なんてして。知ってるのよ、親無しの癖に! もうあんたの親は、帰ってこないんでしょ?」
「…………(分からないわ。でもその可能性はあるのかも?)」
俯くコロネに気を良くするブルーベルと、困惑するミディア。
そこにアンナに呼ばれた家令のレイアーが、場を収集する為に急いで駆けて来た。
「ブルーベル様。この時間は、お二人の為にお約束されたものですので、何卒お部屋にお戻り下さい!」
ブルーベルの声だけが温室に響いていた。




