《過去》 両親の結婚
その後、仕事終わりで二人で外食している時に、酒に混ぜた催淫剤に負けたスライストは、ミカヌレを抱いてしまう。
スライストは彼女を好きだったし、今回の責任を取る為にも「結婚しよう」と正式にプロポーズをした。
けれどもミカヌレは、王宮の書類上では伯爵の遠縁に当たるの貴族の娘となっているが、そんな戸籍は存在しない。孤児院から平民の届け出を出したままなのだ。
どうするかとクルルが悩んだ時、フォカッチャーが言う。
「ミカヌレを伯爵家の養女にし、嫁がせれば良い。由緒ある公爵家の嫁が、隠密の淫乱女と後で知れば、もう大きな顔はできまい。くくっ」
そんな悪意が渦巻いていた。
けれどそんな最中に、ミカヌレの妊娠が発覚する。
彼女は任務としてスライストの恋人になり、催淫剤を仕込んだ時は避妊薬を飲む時間がなかった。
スライストは知識はあっても女性経験がなく、薬のせいで性交に歯止めが出来ず、ミカヌレを抱き潰したせいで。
彼女が事の最中に気絶し、気付いた時には翌日の昼になっていた為、スライストはその時の妊娠だろうと思い、婚前なのに申し訳ないと言う戸惑いはあったが、その反面で喜びも感じていた。
けれどミカヌレは困惑していた。
任務ではスライストに、そして恋愛対象としてベグルに抱かれていた為だ。
生まれて来るまでは、どちらの子かも分からない。
クロダイン公爵の子息であるベグルと付き合うことは、さすがにまずいと思い隠していたミカヌレだが、もし結婚後に誰にも似ていない子供が生まれたらそれこそ大惨事だ。
ただのハニートラップで足を引っ張る行為だったのが、ワッサンモフ公爵家の簒奪になるのだから。
クルル・ミズーレン伯爵に相談したミカヌレは、クロダイン公爵から出産まで様子をみるようにと指示が出された。
さすがのベグルも、父公爵のフォカッチャーに激怒され、大人しくしているように言われる。もしこれがベグルじゃない男ならば、スライストのアキレス腱になる可能性もあったのにと。
この時初めてミカヌレが伯爵家の隠密で、スライストにハニートラップを仕掛けていることを教えられたベグル。彼女が隠密だった衝撃に、酷く消沈することになる。生家のことは教育されてきた彼だが、「まさが彼女が、そんなぁ……」と絶望しながら。
そして無事に生まれた子供は、金髪碧眼のスライスト似の女の子だった。
だがミカヌレは出産する前、正直にスライストに伝えていた。
「貴方とお付き合いしている時に、他にも付き合っている人がいたの。だからこの子は別の人の子供かもしれない。だから責任なんて取らなくて良いのよ。私が一人で育てるから」
その瞳には、強い決意が込められていた。
スライストも正直驚いたが、彼女のことを既に手放せないほど大事に思っていたので、他人の子供でも育てようと考えていた。
この時のミカヌレは伯爵家から逃走し、(隠密であれば)生涯持てないと思っていた子供を育てて二人で暮らす気だった。
逃走の機会があれば、もし追撃されて死んでも良いと思えるほど本気の思いで。
そうこうしている間に時間は流れ、後のコロネが生まれる。
神殿で血縁鑑定も済ませ、正式にワッサンモフの一員と認められた。
その後にミカヌレは、クルルの養女として籍に入り、ワッサンモフ公爵家に嫁いで行くことになった。
優秀なスライストのデキ婚(と言うか出産後の婚姻)に、多くの令嬢が涙するほど羨んだ。
同じくベグルも強い喪失感を生じ、体調不良の届け出をして暫く仕事を休むことになる。
クロダイン公爵と同じように、ワッサンモフ公爵家にも諜報活動をする者が存在する。もしミカヌレの子供がスライストの子でなければ、彼女はスライストの父公爵の指示により、高確率で殺されていたことだろう。
そんな世界で、彼女は生き抜いていた。
