《過去》 両親の出会い
スライスト・ワッサンモフは幼い時から神童と言われ、次期宰相と呼び声高い公爵令息だった。
ちなみに宰相はほぼ世襲性なので、そう言われるのは現宰相フォカッチャー・クロダイン公爵には屈辱でしかない。
「我が息子があいつに劣ると言うのか? 代々親の仕事を継ぐこの国の掟に背く気か!」
なんて場違いな怒りを、若きスライストに向け、事もあろうにハニートラップを仕掛けた。
彼はクロダイン公爵家の小飼のクルル・ミズーレン伯爵に、勢いで依頼を出す。
「あの男に女を宛がって、堕落させろ。なに、真面目だけが取り柄の童貞で、女への免疫が微塵もないから簡単だろう」
「お任せ下さい、公爵様。必ずや希望の通りに」
ミズーレン伯爵家は、クロダイン公爵家を守る為に存在する清掃屋。逆らうことは出来ない。
そんなクルルは、以前孤児院から引き取って教育していたミカヌレを使うことにした。
妖精のようなスラッとしたプロポーションと、水色の髪と瞳を持つ神秘的な雰囲気で、愛嬌のある娘を。引き取った時は目が大きくて可愛い、まるで天使のような幼女だった。
まあ最初から、そういう目的で伯爵家に来た訳なのだが。
まだ入宮間もないスライストに、彼女をメイドとして近付かせて、籠絡させようとしたのだ。
誤算だったのはフォカッチャー・クロダイン公爵の息子ベグルも彼女に堕ちたことだ。
この息子が次期宰相にはなれないのは、女性に惚れっぽいせいで、アホみたいに貢ぐからだった。その間の仕事も適当になり、大事な仕事を任せられない。
優しいしタレ目で子犬のように可愛い顔で、仲間なら良いが上司には向かない性格だった。
本人もそれを自覚しているので、次期宰相なんて目指してもいない。逆に「スライストなら安心だな。頼りになる~」と、本心から微笑んで歓迎していた程だ。
だからこそ仲間も多いし、振られることも多いが女性にも人気があった。
素直で奔放なミカヌレと、彼女に一目惚れしたベグル。
二人は出会い恋に落ちたが、ミカヌレの任務はあくまでもスライストの籠絡だった。
「スライスト様、少し休憩して下さいな。無理をすれば若ハゲになると、おばちゃん達が言ってましたよ」
「本当か! 知らなかったよ。じゃあ私の父は、かなり無理をしたのだろうな。お茶を貰うとしようか」
「そうそう。仕事なんかでハゲたら勿体ないですよ」
「そうだな。程ほどにしておこう」
冗談なのか本気なのか分からない会話をしながら、二人の距離は近付いていった。
仕事一筋のスライストは、純粋無垢な少女のようなミカヌレに心を許し、フォカッチャーの思惑通りになった。
ただベグルのように女性に入れ込むことはなく、節度を保った付き合いが続いていく。
業を煮やしたフォカッチャーがクルルに命じ、ミカヌレに催淫剤を盛ることを命じたのだ。




