慈愛のシスター『チェルシー』 その1
「私は曲がりなりにも公爵夫人だから、夫人の役割で大金を使うことが多いの。でももし可能なら、そのお金は困っている人に使いたいのよ。
貴族には『ノブレス・オブリージュ《高貴なる者の義務》』と言う考え方があって、社会的地位や財力を持つ者はその特権に見合った社会的責任を果たし、弱い立場の人々を助けるべきなんだって。
それには大賛成なの。だって私の幼い時はいつも空腹で勉強も訓練も辛くて、生き残ることがやっとで。その一方でいつも綺麗な服を来て親に愛されて、空腹なんて無縁で笑っている子供を見ると「神様は私が嫌いだから、こんなにあの子達と差をつけるのね」って、たくさん泣いたもの。そんな子を助けてあげたいなって、まさかのこんな地位になって強く思うのよ」
コロネは時々思い出すことがある。
幼い、本当に幼い時に、母ミカヌレが呟いた言葉を。
当時の彼女は恐らく、1歳か2歳くらいだったはずで、普通なら意味も理解できず、忘れてしまう記憶だ。
でも世の中には、神からの贈り物と言う才能を与えられるものがいる。コロネもその一人だった。
『超記憶』
自分の人生のほとんど全ての出来事を、日付とともに非常に詳細かつ鮮明に思い出せる稀有な記憶能力。世界でもごく一部の人が持つ特殊な能力だ。
この能力を持つ人は、自分の過去の体験を、天気やその日の出来事など細部に至るまで、まるで昨日のことのように再現できる。
一見便利に思えるが、辛い記憶も忘れられない為、精神的に負担がかかると言われている。
◇◇◇
コロネは成長してから、その言葉の意味を知ることになる。
「もしかしたらお母様は、辛い環境で生きてきたのではないかしら? 貧しい田舎の下位貴族と言うだけではなく、継母や他の家族に苛められていたとか、それとも家族の誰かが問題を起こして、家族ごと周囲から迫害されていたとか? だからこそ、辛い思いをしている子供達を救いたいと思ったのでしょうか?」
後にも先にも母のネガティブ発言はあれきりだった。きっと子供とは言え、聞かせていけないと思ったのだろう。
母はずっと支援を続けていた。
パーティーに着る衣装や装飾品、公爵家で開くお茶会に挨拶状やお祝品に返礼品と、必要な経費以外は全て孤児院に寄付していた。無駄遣いなんてしていなかった。
でも母はいつも孤児院を訪れ「もっと寄付ができれば良いのですが」と、寂しそうにシスターに話していた。シスターは母の知人だったようで、「貴女は頑張ってくれているわ。本当に感謝しているの、ありがとう」と、涙ぐんで頭を下げていた。
その孤児院は子供を亡くした、元伯爵夫人チェルシーが個人資産を注いで作ったものだ。例に漏れず運営は厳しく贅沢はできなかったが、子供達は笑って過ごしていた。
元貴族である彼女に圧力をかける者は、殆どいなかったからだ。
けれど元伯爵夫人であり今も貴族家と繋がりのあるチェルシーでも、高位貴族には逆らえないことがあった。引き取りを固辞しても『この娘の将来を考えてやれ』だの、『孤児よりも引き取られて、贅沢ができる方が良いだろう』と言って。
その後にチェルシーの生家や親族に圧力をかけるまでし、子供を連れて行った者がいたのだ。
チェルシーは泣いてその子に謝罪した。
「私の力が及ばずに、ごめんなさい。許さなくて良いから、元気でいてね」
チェルシーの手を握り泣いている少女は、全てを理解して受け入れた。
「恨んでなんていないわ。感謝しています、愛するチェルシー」と優しく微笑み、お互いに強く抱擁して別れたのだった。
その少女はある侯爵家の庶子で、侯爵の後継である一人息子が落馬し亡くなったことで引き取られた。
既に8歳になった少女は名を変えられ、庶子と周知されたまま貴族社会に放り込まれることになる。会ったこともなく、憎しみしか湧かない父の元から。
息子を亡くした侯爵夫人や使用人達の態度がどんなものか分からないが、きっと冷たい世界だろう。
子供達が望まない引き取りをなくしたい。
後にミカヌレと知り合ったチェルシーは、互いにそれを強く語り合った。




