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弁えすぎた令嬢  作者: ねこまんまときみどりのことり


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クルミナの出奔

 クルミナはタバサやブルーベルから詳細を聞き、ガシェーラル国に行きたい気持ちが高まっていた。


 今は14歳の半ばで、まだ婚姻までに1年半くらい猶予はある。

 生粋の貴族令嬢が未開の地に住むのは過酷な気がして、少し家事の訓練をしたり向こうの環境が整ってからが良いのではないかと考えていたタバサ。


 少なくとも邸が完成してからで良いと思っていたのだ。


 けれどクルミナは、母タルテに生理的な嫌悪を生じており、彼女をカザンサススノーに送り出そうとしている親族にも拒絶感が強くなった。


 この国では学園に通うのは自由だが、クルミナは通っていない。ちなみにコロネもブルーベル、ミディアも家庭教師派だった。


 クルミナは隠密を率いる当主となることが決まっていたので、露出を控える意味で。

 コロネとブルーベルは家庭のゴタゴタを探られるのが面倒なので、お茶会などの参加だけで良いかと割り切っていた。


 ミディアは独自の植物研究を、ワッサンモフ公爵家の庭師をしているセージ・キンパナ伯爵令息と進めており、時間が勿体無いのでそもそも通う気がない。嫡男でないことで彼の両親も好きにさせていた。


 セージ・キンパナはスライストの同級生で、30代の隠密であり毒使いでもある。彼の父が現役伯爵な為まだ伯爵令息だが、兄が家を継げば平民となる予定である。


 それでもミディアは彼を尊敬しており、師匠と呼んでなんだかんだ気が合っている。彼にとってはセージが貴族でも平民でも関係がないのだ。



 家と家の結び付きを増やす為に行く学園は、筆頭公爵家になったワッサンモフ公爵家にはそれ程重要ではない。

 貴族としては通う方が望ましいが、スライストとミカヌレはコロネが辛い思いをしてまで行かなくても良いと思っている。


 コロネは他人の評価など気にしないくらいメンタルが強くなっていたが、商会がなどが忙しくて辞退し、ブルーベルはそもそも行ける資格がないと思っている。学校に割く時間があるのなら、少しでも隠密として役に立つことを学びたいと考えていた。



 他の家庭でも家の事情や体調、距離的なことで行かない者もいる。



 そんな感じで学園に行かない貴族も一定数いることだし、クルミナも通っていないので、出奔しても暫くは騒がれないだろう。



「自分のことは自分でやります。先に住んでる方の足手まといにならないように頑張りますから、島へ住まわせて下さい。お願いします!」


 仲介役のタルテとブルーベルは彼女の決意を聞き、前向きを通り越して必死な姿に涙が溢れた。


(ああ……この子に残りたいと思わせる人は、誰もいないんだな)

(私だってこんな環境なら、いつまでもいたいとは思わないな。微塵も未練がないとか、終わってるわね、この家」



 彼女の父クルルと義兄ピスタテルの失踪後のことを知らないクルミナは、彼らが亡くなっていると思っている。

 もう直近の身内は母タルテしかいないのだが、彼女はもう関わりを持ちたくないと思ってしまった。


 悲しみや寂しさもない。

 そんな感情はもう、遠い場所に置いてきてしまった。


 

 貴族なら家の為の政略結婚は当たり前なのだが、一切関心を向けられて来なかった他人のような者に従う気は起きない。没落するならすれば良いとさえ思ってしまう。


 それ程母子の距離は、冷たいものになっていた。


 長く生きれば過去を振り返り、母親を可哀想だと思える時期が来るかもしれないが、若い彼女にはそれを求めるのは無理がある。



「分かったわ、クルミナ。コロネ様とミカヌレ様に相談してみるから、少し待ってて」


「はい。よろしくお願いします」



 微笑んでタバサ達を見送るクルミナの目は、もう暗い色を宿していなかった。タルテが外出中で不在の邸の窓から身を乗り出し、ブンブンと腕を振り見送りをする彼女(クルミナ)はちゃんと笑えていた。




◇◇◇

 ワッサン公爵邸の執務室では、タバサがミカヌレに状況を伝えていた。


「良いんじゃないかな。リオニオンとコロネには私から頼んでおくわ? 可哀想な子と言い切るのは簡単だけど、売られるように嫁ぐなんて鬼畜過ぎるわ。お金で命も貞操も全て奪われるなんて、腹立たしいったらないわ。コロネがそんな立場になったら、関係者を全員殺すかもしれないのに。彼女の母親は本当に血縁なのかしら?」



 娘を持つ母ミカヌレは、同じ立場のタルテを化け物のように詰った。タバサも子はいないが、今のブルーベルのことを思えば、ミカヌレと同意見だった。



「あの伯爵家のことだから何とも言えないけど、瞳の輝きはミズーレン伯爵家特有のものだな。早く不安から解放してやりたいんだ」


「じゃあ、明後日はどうかしら? リオニオンの勤務日だし、ガシェーラル国から戻った後は直帰で良いことにすれば喜ぶと思うわ。最近忙しくさせて、奥様に寂しい思いをさせてしまってるし。


 コロネに持たせるお菓子も『エクラ』にたくさん頼んでおくし、あ、コロネにも連絡しないと。私が行くのでも良いけど、あの子ジャングルの果物が好きみたいで楽しみにしてたのよ。リオニオンも私が行くと緊張するみたいだから、今回は留守番してるわ。今度ゆっくりと時間を取って、スライストと行くことにするから」



 ミカヌレは両親のお墓を作ることが出来て、心から安堵し喜んでいた。ずっとずっと望んでいたことが叶ったのだから。


 今の彼女は絶好調なのだ。



 そんな感じでクルミナは、最低限の荷物を持ってガシェーラル国に渡った。乳母であるモルニも一緒に。


 先に島に移住した隠密達はクルルに仕えていた時から、クルミナとモルニのことを調査済みだった。そして勿論、タルテのことも。


 伯爵家のお家事情は彼らの待遇に直結するものだから、当然に。


 クルルの先妻ジルミは優しい人だった。関わりが少ない隠密達だったが、外出時の護衛の時には「ありがとうございます。お仕事頑張ってね」と、労いの言葉をかけてくれていた。


 反面タルテは「今日は孤児やら平民やら、下賤な者しかいないのね。騎士を付けて欲しいと言ったのに、クルルの役立たずが!」と、酷い言葉を投げつけられていた。


 そのわりには遊び目的の外出が頻繁にあり、騎士は別に仕事がある為に隠密が関わることが多く、お互いにストレスが強かった。



 その為、クルミナやモルニの状況も分かっていた。執務を押し付けられ、お礼もされず無視される娘と、彼女を必死に守る乳母。こちらの方がよほど親子のようにみえた。モルニは自分のことを婆さまだと言うが、年齢はそこそこだが若く見えるので問題ないと思えた。



 いろいろなことが重なりタルテへ悪感情のありすぎる隠密達は、クルミナの味方になった。


 きっといろいろと失敗をしながら、クルミナは成長していくのだろう。まだ14歳だもの。それで良いのだ。




「お嬢様、いらっしゃい。待ってましたよ」


「もうお嬢様じゃないわ。私は伯爵家を捨てたのだもの。クルミナと呼んで下さい。これからよろしくお願いします」


「私はモルニと言います。私のこともモルニでも婆さんでも、好きなように呼んで下さい。よろしくお願いします」



 二人は隠密達に頭を下げ、教えを乞うことにした。隠密達はそれを受け入れた。




「こちらこそ、これからよろしくお願いします。クルミナさんには俺達のまとめ役になって貰いますので。帳簿関係をお願いします。ここはワッサンモフ公爵家が管理をしているようなので、クルミナさんは代官となりますね」


「代官ですか。分かりました。みんなに相談しますので、一緒に頑張って良い場所を作りましょうね」


「「「「はい、よろしくお願いします!」」」」



「お嬢様、ご立派でございます。うっ、うっ」



「モルニにも、クルミナと呼んで欲しいわ。お願い」


「クルミナ……。ああ、良いのかしら?」


「良いのよ、嬉しい。私はモルニのことをお母さんと呼びたいくらいよ」


「ク、クルミナが良ければ、呼んで下さい。いいえ、呼んで欲しいわ、呼んで頂戴」


「良いのね、本当に。お母さん、お母さん、ああ、ずっとこう呼びたかった」


「私だってそうよ、クルミナ。二人で頑張って生きていきましょう」


「はい、はい! お母さん、うわ~ん」


「うっ、うっ、泣かないで、笑いましょう」


「だって、嬉しくて。うえ~ん、涙が止まらないの」




 抱き合うクルミナとモルニを見て、隠密達も泣いていた。これから始まる生活は厳しいけれど、きっと優しい時間もたくさん訪れる筈だ。








 クルミナが心底安堵した数日後、タルテは漸く彼女がいないことを気付いた。



「クルミナは何処なの。仕事もしないで生意気な子ね」


「それが奥様。何処にもおりません」


「なんですって、居ないじゃ済まないのよ。探せーーーーーーーー!!!!!」

 


「「「「はいっ!!!!!」」」」

 



 恐ろしい形相のタルテに戦く使用人や護衛達は、いろんな場所を探すも見つけられなかった。 とうとう独自調査では無理と諦め、クロダイン公爵フォカッチャーに打ち明け叱責されるタルテ。


 金を積み極秘裏に冒険者ギルドへ捜索依頼するも、それは無駄だった。だって空間転移でしか行けない場所を探し出せる筈がないのだ。


 モロコシが協力することもないし。




 結局出奔のことがカザンサススノー国にバレてしまい、責任を取る為に30代だがまだまだ美しいタルテが嫁ぐことになった。


 過失がミズーレン伯爵家にある為、結納金もかなり減らされた。タルテは成人しているので、すぐにカザンサススノーへ連行され、国王の側妃と言う名の使用人として扱われていた。


 体の良い妾と書類仕事を押し付けられる事務員のような日々に、毎日愚痴を叫び狂いそうになるタルテ。


 生娘じゃないが手をかけられ美しかった彼女は、国王どころか王子達にも欲情を向けられ夜這いされてしまう。



「国王! どうなってるんですか? 貴方の息子が、王子が、私を陵辱したのです」


 

 それを聞いても国王は何も関心を向けないどころか、当たり前のように言い放った。


「妾の仕事は閨事だ。王族の相手になれるのだから、喜べば良い。その為の結納金はお前に渡しているだろう? 令嬢が欲して止まない、美しく若い王子の欲情をうけるのだから、喜んで股を開くと良い。その後に俺も抱いてやるからな。フハハッ」


「そんな……こんなのただの娼婦じゃない。うっ、うっ、酷いわ。もう離婚して下さい…………」



 さすがのタルテもメンタルの限界だった。だが契約書には、10年は帰れないと記されていたのだ。


「嘘、うそよ、そんな。嫌あああああ」




 そして王妃には、書類仕事がちゃんと出来ていないと叱責されていた。


「貴女の国、レベルがずいぶんと低いのね。まあ、小さい国だし仕方ないか。貴女には王子達のシモの世話でも任せるしかないわね。でも書類仕事もちゃんと覚えて頂戴ね。フフフッ、側妃のタルテ様」


「ぁ、イヤ、もう嫌ぁ………………」



「あらあら、お疲れね。そこの侍女、タルテ様を部屋に連れて行って(もう壊れたのかしら? でもまあ結納金も値切ったから、1年もてば良いかしらね。憂さ晴らしに丁度良い女だわ。ウフッ)」





 タルテは娘がされる予定だったことを身をもって体験していた。


 既に婚姻歴がある為、閨事もかなり雑な扱われ方をされている。国から付いて来たいと言う使用人もおらず、彼女はいつも他人に囲まれ孤独だった。


 今はまだ侍女を多く付けて手入れが行われ、この国としては良い方の待遇で扱われているが、彼女の美貌が衰えた時、その扱いはさらに酷くなるだろう。

 

 妾としても扱われなくなれば、その時は……。




 これが娘を物として扱った、彼女の断罪になった。



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