フォカッチャー・クロダイン公爵の焦り
フォカッチャーは焦っていた。
クルル・ミズーレン伯爵の失踪後、隠密達よりあがってくる情報が薄くなっていった為だ。いや薄いどころか、役に立たないレベルだっだ。
前伯爵家の当主であったクルルには、守りたい者がいた。先妻のジルミと忘れ形見であるピスタテルである。
人として狡さのある小者ではあったが、愛することを知り妻子を守って来たのだ。
守る為にはフォカッチャーに逆らわず、従順に仕事を熟すことも含まれていた。
貴族的な歪んだ発想ではあるが、他者を踏み台にしてでも立場を守り、家族を守っていたのだ。
陰でどんなに弱者が虐げられても見ない振りで、多くの犠牲を出し続けながら。
そんな保身に走り、隠密達や部下を統率して来たクルルはもういない。
彼の代わりに当主となった後妻のタルテは役に立たず、次期伯爵のクルミナにはまだ、隠密としての当主教育は為されていなかった。
14歳の彼女に、出来ることはないのだ。
フォカッチャーは頭を抱える。
クロダイン公爵家の縁者が上役に就いているミズーレン伯爵家の隠密は、クルルと言う管理者を失い機能不全を起こしていた。
実力のある使い捨ての隠密達は、既にワッサンモフ公爵家の二重スパイとなり、陰ながら保護を受けている。
上官隠密達の命令には従うが、決定打になることはわざと報告しない。従順だが役に立たない情報を与え、処罰を受けない程度に動く。
コネだけで上官職に就いた愚かなクロダイン筋の者達は、何が悪いかも判断できないだろう。
その間に王太子派の貴族達は、事業で利益を得て力を増していき、クロダイン公爵家やミズーレン伯爵家の商売的な利権を奪っていく。
商人達は嗅覚が鋭い為、儲けが確実に出る方につく。高位貴族に目を付けられぬよう、少しずつ手を退いていくのだ。
クルルは時に貴族の表に出せない恋愛、不倫、賭博、薬物使用などの恥部を探り、それをネタに流通を呑ませることもあった。
寧ろその後ろ暗い仕事が中心であったと言っても良い。ハニートラップで仕掛けて脅すのも、お家芸だった。
だが今は、それを受け継け継ぐ隠密がいなくなった。クルルが汚れ仕事専門で右手にしていた隠密も、既にワッサンモフ公爵家に取り込まれており、これまでの調査結果もレイアーが握っている。
結果として。
クロダイン公爵家の隠密であるミズーレン伯爵家は機能不全を起こし、今までの仕事を熟すことができない。下位の隠密達を除く、役に立たぬ上官縁者を高額で養うだけの組織となった。
「組織解体をするべきか? だが仕事の漏洩をされては、我が公爵家の汚点になる。どうするべきか?」
「苦渋の決断となりますが、一度親族以外は葬りましょう。新しく子供達に教育をしていく方が有効かと思います。役に立たない親族は再教育し、それでも使えねば別の用途に……」
「そうだな。今考えれば、あれは優秀な指導役だったな」
「はい。今思えばそうかと……」
フォカッチャーを見張っていた隠密達は、その呟きを聞きレイアーに指示を仰ぐ。
「潮時かの。至急全員を教会に集めるように」
「はい、直ちに集めます」
頭を下げて走り去る隠密に「頼んだぞ」と、背を見送るレイアー。
チェルシーの教会に集められた隠密30名は、リオニオンの手により、ガシェーラル国に送られた。
誰の目にも触れない、亡国へと。
その際にはコロネが、『エクラ』で頼んだスイーツをお土産にたくさん持って付いて行った。
「美しくて優しいウンディーネ様、この人達をここで預かって下さい。お願いします」
「「「「「お願いします!!!」」」」」
煽てられ照れ臭いウンディーネは「どうしようかな? ねえ、サフラン。どう思う?」と、元ウンディーネのサフランに話を振る。
「ウンディーネ様が決めれば良いわ。みんなにこの地を任されているのは、貴女だもの」
「そうだね。じゃあ良いことにするわ。でもここに地の妖精がいないから、家具とか家も作れないけど平気?」
その言葉に隠密達は頷く。
「それは大丈夫です。七つ道具だけで、これまでも生きてきましたから。狩りや果物の採取も良いのですよね? ならばもう、生き延びるには問題ありません。
ただ、この地を少し整えて家を立てて良いのなら、道具と材料があればやって置きます。勿論居住権なんて要求は致しませんから」
彼らは着替えと、必要最低限の荷物を持参していた。
ミカヌレもそうだが、下位の隠密達は給金も殆どなく工夫して生活してきたので、基本的にサバイバル生活は得意だった。
「家はあると良いわね。別荘みたいに出来そう! ウンディーネ様、ノコギリ、すのこや釘とか持ち込んで良いですか?」
「別に良いわよ。駄目な時は一瞬で壊せるし、やってみれば」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっとリオニオンと取ってきます」
「えっ、コロネ様。今すぐですか?」
「うん、お願いします。道具がないとみんなが眠れる場所が作れないもの」
「まあ、そうですけど。まずはハンモックとかじゃ駄目ですか?」
「家が出来るまではそれも使うけど、準備は必要でしょ?」
「そうですが……(連続で飛ぶの疲れるんですよ。でも目がキラキラしてるし、言っても無駄だな)。じゃあ、行きますか? 隠密達はここで待機で良いですよね」
「うん、そうね。みんなはジャングルの果物を食べて待っててね。以前に作ったテーブルと椅子が残ってるけど、全員は座れないかも。ごめんなさいね。じゃあ、行って来るから」
バタバタと空間転移で姿を消すコロネに、驚愕と笑みが漏れる隠密達とウンディーネとサフラン。
「あの子はいつも元気ね」
「ええ。返事も聞かずに飛んで行ったわ」
「まあ、良いわ。ここに来たみんなは、適当にジャングルで食べ物を見つけて食べて頂戴。私達から手出しはしないから、好きにしなさい」
「は、はい。ありがとうございます。寛大なご厚意に感謝致します」
隠密の代表として答えたのは、以前ブルーベルと同時期にワッサンモフ公爵家の地下拷問部屋にいたビサンダだった。
恋人の隠密が人質となり、裏切れないと嘆いていた彼だ。
あの後はレイアーの下で二重スパイをし、恋人ルフランと無事に生きていた。
彼女も今は、ワッサンモフ公爵家に忠誠を誓う一人だ。
頭脳派で礼儀正しい彼ならば、ここで隠密達を率いるのに不足はない。
「良いのよ、コロネの頼みだもの。でもこのスイーツは、供物として貰ったからあげられないの。ごめんなさいね」
「滅相もございません。居住を許して頂き、ありがとうございます」
頭を下げた後、みんなでジャングルに向かうビサンダは、少年のようにわくわくした顔をしていた。
追っ手のいない未開の島。ジャングルには冒険が待っている。
彼以外も安堵したように表情が緩んでいた。
理不尽で殺されるかもしれないと言う、恐怖の支配から解放された。思えば暴言や暴力も日常茶飯事だった。
彼らはこの時間を心から楽しんでいる。
「行こう、ルフラン。ジャングルが待ってる」
「ふふっ、子供みたい。でも危険があるかもしれないから、気は抜かないようにね!」
「当然だ。絶対君を守るよ」
「私は平気よ。まずは自分に注意を向けて」
「そうだった。未開の場所だから、背中を預けるくらいにしようか?」
「OKよ。怪我をしないように、行きましょう!」
恋人達は楽しげに、ジャングルへ駆けて行った。




