チェリー・コンポートナ
ジルミが天国の門を潜った後、巫女はモモの母であるジェリー・コンポートナを召喚した。
彼女は未だ憂いの残る顔で、ピスタテルを一瞬だけ見つめ顔を逸らせた。彼もそれ以上見ている勇気がなく、視線を下に落とす。
誰も声をかけることなく、沈黙が続いた後にジェリーがポツリと喋りだした。
憂いの一つは友人だったパナを陥れたこと。そして守るべき娘を残して死んでしまったことだったと。
「私が死んだのは、陳腐な自己憐憫に酔っていたせい。あの時はパナに申し訳ないと思いながら、謝罪に行く勇気も罵られる覚悟もなかったの。一番辛いのは、騒動に巻き込まれたパナだった筈なのに、私は逃げていたわ。
潔く謝罪して罵られて、たとえぼろぼろに殴られたとしても、受け入れるべきだった。その上で前を向いて、モモを育てていかなければならなかった。それなのに自分から体調を崩して……下手をすれば、モモの体にまで影響が及んだかもしれなかったのに…………。
でもその時は、ただもう全てを諦めていたの。
もしモモのことが早く分かっていれば、堕胎したかもしれない。醜い心でモモの命を奪っていた可能性も否定できないわ。
………………ピスタテル様のことが好きでした。でもそれは、ただの憧れに過ぎなかったのかもしれません。
王子様のように素敵な人から愛を囁かれて、勘違いしていたのです。何の取り柄もない下位貴族が、伯爵令息と釣り合う筈もないのに。
もしかしたらこれが、身分差を超えた『真実の愛』なのかもしれないと。
けれど私にそんな奇跡は起きず、結局は都合の良い女だったことを理解しました。
残された両親、モモ、パナには、悲しみだけ押し付けて。たぶんピスタテル様は私が死んだことも知らなかったでしょう? モモが生まれたことさえ。
私は死んでから、いろんなことに気付きました。
モモが心の隅では、祖父母となる私の両親に申し訳ないと思って生きていることを。
私の日記を読んでからのあの子は、少女らしく浮わつくことなんてせず、手伝いをし勉学に励んで自立を目指していた。
それなのに私の復讐を果たす為、第三王子ミントジュレ様を利用して、恋人のふりまでして情報集めをして。
私には何も出来ず、ただモモに悲しみだけを与えただけのに。
モモは公爵家と交流を持ち、友人のパナが相思相愛の幼馴染みと結婚したことを教えてくれた。そして貴方が少女を襲おうとして、断罪されたことも。
私の意識はお墓と自宅しか移動が出来なかったから、それを聞いた時は驚いたわ。モモは私の無念を晴らしてくれたの。
そしてモモを守ってくれていた、火の妖精が教えてくれたの。どうしてこんなにモモが一生懸命なのかの理由を。
普通なら妖精なんて見えないけれど、霊体となって境界が曖昧だから見えたのでしょうね。
彼女が言うには、モモの前世がピスタテル様の妹さんらしく、無意識のうちに申し訳なさで駆け回っていたそうなの。今回私の子供として生まれたのも、陰ながら私を支えようとしたみたい。
前世の名前は、確か『レンゲ』さんと言ってたわね。
妖精は「もう、安心して。今回のことでレンゲは区切りがついたみたい」と微笑んでいたし、これからもモモを守ってくれるそうよ。
私の方はもう、モモとレンゲさんに感謝いっぱいで未練もなくなり、天に昇る準備が出来ていたの。妖精と巫女様に頼まれてここに来ただけで。
渇を入れてと言われても、私が言えることはもうないの。
ただ……辛かったけど、貴方と居て楽しかった。可能なら、家族になりたかったことくらいかしらね。
あ、あと、いくら大人に見えても、子供に手を出しちゃ駄目よ。もうおじさんなんだから、自制してよね。じゃあね」
そう言ったきり、ジェリーはバビュンと天へと飛んで行った。何とも、一瞬のことだった。未練が完全に消えたからだろう。
ピスタテルはあまりの展開の早さに、呆然としていた。
そして………………。
「モモがレンゲだったなんて……。俺は昔、彼女の兄で、そしてそして、あぁ、俺はまた、レンゲを不幸にしてしまった。うわぁぁぁ」
ライチであったピスタテルが馬鹿をしなければ、レンゲはまだ転生しない筈だった。けれど天から見ている肉親が、あまりにクズ過ぎて生まれて来てしまった。
前世から一緒にいる火の精霊と共に。火の精霊はレンゲの病を治せず、ずっと泣いて後悔していた。まだ若い精霊だったので、変身も出来ず傍にいることしか出来なかった。
こんなことはあまりないのだが、共に天まで付いて行ってしまった。天界の者も赤ちゃん精霊の気の済むまで放置することにしたのだ。
理由は簡単。可愛くて癒されるから。
これが大人で荒々しければ、NGだった筈。
そもそもブルーベルを襲ったのも、レンゲに似ていたからだった。勿論前世での妹のことは思い出しておらず、懐かしさだけがあった。他の女性達とは違い、共に居たいと渇望したのだ。後はまあ、単純に可愛かったから。
彼は前世の後悔を瞬時に思い出し、苦しい気持ちで膝を突いた。
「俺は死んでからもレンゲに迷惑をかけた。どうしたら良いんだ………………」
これがまあ、前々世ならレンゲも放って置くのだが、前世は記憶も鮮明だからね。真面目な良い子だし。そんな訳でモモの来世は、徳を積んだので幸せ確定だ。
反面ピスタテルの方は、思い出した前世の記憶を持ちながら、世界樹の世話をして生きていくことになる。
自分からモモに会いに行くのは禁止され、モモが来るならOKの許可が出ているものの、モモはレンゲの記憶がない為、彼のことを「母や他の女性を利用して捨てたロクデナシ」と憎んでいるので絶望的だ。
それがピスタテルへの戒めになった。
「この空の下で、レンゲが生きている」
そう思うことで、彼の気持ちは少し前に向いた。いつかモモになったレンゲに会えることも夢見て。
隣で共に働くクルルも、彼の嬉しそうな顔を見て微笑んでいた。世界樹まわりの雑草取りや日当たりを遮る木の伐採で、今日もてんてこ舞いだ。
それでも怠けた時は、巫女の力で別の世界に送ることになるらしい。彼らの性根に応じた、殺伐とした厳しい人間関係の構築された文明世界に。
彼らはまだ、このことを知らない。




