出て行った、お母様
「そう言う訳だから、一応覚えておいて。まあ、忘れても良いし。じゃあ、元気でね~」
「そんなこと言われても……(何でこんな時に、囁くように言うの?)」
恋多きミカヌレ・ワッサンモフこと、私の母は公爵邸を去った。この場にいれば引き止めるであろう、父スライスト・ワッサンモフが城に出仕している間に。
父である当主に命じられている筈の使用人達は、彼女を止める素振りもなく、その背を見ているだけだった。
元々母は、恋多き伯爵令嬢として有名だったらしい。妖精のようなスラッとしたプロポーションと、水色の髪と瞳を持つ神秘的な雰囲気で、男達の心を惹き付けて止まない人だったと言う(本人談なので盛ってある可能性はある)。
「お嬢様。これからは私達がお守りしますので、悲しまないで下さい」
「あの女は情操教育に良くありません。これで良かったのです」
「お嬢様のことは、我々が大事に育てさせて頂きますから!」
使用人達の温かい言葉に、申し訳なさが滲んで涙も溢れる。
(あんな母の娘である私に、こんな言葉をくれるなんて。優しくされると、もう駄目だ……)
「うっ、ありがとうね、みんな大好きよ」
「「「大丈夫ですから、悲しまないで下さい」」」
そんなやり取りがあったその夕方に、父が帰宅し慟哭した。
「どうして止めなかったんだ。あんなに頼んだのに、ううっ……」
私は使用人が怒られないように、父に嘘をついた。
「みんなは止めてくれたけど、お母様がどうしても行くと聞いてくれなくて。お母様には無理に触れることも出来ないでしょ?」
その言葉でさらに落ち込む父は、「どうして俺がいない時に。酷いよ」と、フラツキながら部屋でお酒を呑んで眠ったようだ。
物静かで優しい父だから、使用人を責めることはなかった。
でもその日から、母の捜索が秘密裏に開始されることになる。
父はまだ、母のことを諦めていないようだ。




