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宿縁モノローグ  作者: ゐぬい
一章 ブラックアウト・マジックダウト
4/5

マジック

 俺は朝の八時ぐらいにいつも学校に着く。中庭に自転車を停めて、教室へと向かえば八時五分になるが、どちらにせよ人があまりいない時間を狙って行っている。

 学校自体が始まるのは八時半からだ。何をそんなに早く行く必要があるのか?といつか来栖に言われたが、特に目的はない。通学道中の人が少ないという利点もあるかもしれないが、一番の理由は『最も落ち着くから』だろう。学校生活の中で最も静かになる時間はこの時間だけだ。もちろん、授業中はいくらか静かになるが、この朝は単に静かなのではなく、清々しくゆったりとした空気が流れている。まあ、突き詰めればなぜ落ち着きを求めるのか、となるが、そこに理由はないだろう。落ち着きを求めるのは、ある種の本能かもしれないし、学校生活という喧騒の中に少なからず休息となる時間を求めた結果なのかもしれない。

 いずれにせよ、感性に理由はないのだ。


 俺はおそらく、それを言いたいがために長い前置きをしたのかもしれない。

 理由が生じるのは行動だけで、感性ではない。そこに合理性があるか否かは行動のみだから。

 だからこそ謎だ。昨日、土御門はなぜ一緒に帰ることを望んだのか。

 一緒に帰ることに一切の合理性はない。ということはそれは感性の問題だ。とは言っても、人を呪う自称魔女の感性など、一人間の俺には到底理解ができない。まあ、理解しようとも思わないが。

 それに、だ。


 人と一緒に帰ったのは一体何年振りなのだろうか。


 あのとき、何か懐かしい感覚を思い出しそうになった。

 が、あれはもう過去の遺物だ。いや、異物だ。体に残ってしまった異物。取り出すことも、馴染むこともできない異物。テセウスの船的に言えば、俺はその異物以外が全て作り替えられてしまった。


 異物は俺だろうか?

 ーーもとい、俺は俺だろうか?ーー


「よっ、実規斗!」

 思惑はそのハイテンションな声に掻き消された。

「……なんだ来栖」

「どうしたんだ?朝からそんな(しか)めっ面して」

「いや、ちょっとした考え事だ」

「そうか」

 気の抜けた返事をすると、興味をなくしたのか鞄を置き、授業準備をし始めた。俺も早く片付けるとしよう。

 また段々と人が増えてきた。廊下のガヤも増えてきて、また今日が始まるのかと憂鬱になる。

「みんな、おはよう!」

 担任が朝から、ただでさえよく響く声をさらに張り上げて入ってきた。

「賀茂は昨日ありがとうな」

 空気を読むことはできずとも、どうやら人間性はあるらしい。少しだけ見直した。

 薄く黄ばんだスピーカーからチャイムが鳴り、じきにちょっとしたホームルームが終わった。

 今日の一限が二年時の初めての授業になるわけだが、これは重要なイベントであると俺の中では認識している。

 教員の当たり外れほど自身に影響が大きいものはない、と思っている。これについては来栖とも意見が合致した。正直に言って、わかりにくい人は本当にわかりにくい。良く言えば拙い、の一言で済むであろうが、悪く言って、というかほとんど悪口だが、よくこれで教員になれましたねと言いたくなる。実際、昨年の数学の教員のおかげで俺の教員免許への認識は、ものすごく簡単、という偏見が九割を占めてしまった。

 まあ、こんな話に生産性があるとは思えないし、こればかりは運である。無駄な思考を止める。

 いつのまに教師が入ってきていた。ボサボサの髪に毛玉だらけのセーター。ボストン型の眼鏡はくっきりとしたくまを拡大するように微妙にずれている。猫背でだらんと両腕を下げて教壇に立っていた。

 教室がしんと静かになった。

「あ゙ー……。夜叉龍介やしゃりゅうすけ。よろしく……」

 どうやら自己紹介だったらしい。

 教室が静かだったこともあってかろうじて聞こえはしたが、おそらく昼休みや廊下では存在しないと認識される声の大きさだった。

「担当は……古典探究。それじゃあ……説明する」

 その後はプリントを配って読経のように淡々と読み、テストについてや今後の授業についてなどを説明して終わった。途中、隣から聞こえてくる爆笑に小さい声がかき消されながらも、それを気にすることなく死んだ魚のような目で説明していた。

 よくも悪くも担任と真反対の人間だ。

「なあ」

 来栖が後ろから囁く。

「これはハズレだよな?」

「間違いなくな」

 どうやらその意見は全会一致だったらしい。

 休み時間に入ると先ほどの静けさはどこへやら、すぐに騒がしくなった。そしてやはり大半はあの夜叉という教師の声の小ささについてだった。

 その後も授業のオリエンテーションが続き、退屈な時間も刻々と過ぎていった。

 窓の外をゆっくりと流れる綿雲に時折り目をやって、つまらない時間を無理にでも早送りしようとした。が、その試みも虚しく、やはり一分一秒は変わらない。

 退屈な時間というのは、なんとも時間経過が遅い。


 もうすっかり下校時刻になっていた。外はまだ明るいが、青色もうっすらとしていて、筋雲が走っている。

 まだ明日も何教科かオリエンテーションがあると考えると本当に面倒でならない。

 今日は昨日のような失態を繰り返さないように教室を出る前に持ち物の確認をした。まあ、掃除があるから上着をかけたままはないだろうし、再三確認したんだ。絶対に忘れない。

 

 結局、何も忘れることなどなく、家に着いた。

 それでも何か忘れている気がする。

 いや、正確に言えば思い出そうとしている。何を思い出そうとしているのか?忘れてはいけないことだったような。そんな感じがする。

 それでも、それはやはり自身の本能が、感性が、そう言っているだけだ。

 なぜ思い出す必要があるのか。それはわからない。

 

 難しく考えるのを放棄することにした。

 何か、俺からアクションがない限り思い出せないだろうし。


 そうして二日が過ぎた。

 まどろっこしさにまみれたオリエンテーション日程も終わりを迎えようとしている。週一回の教科は仕方ないにしても、もう本格的に授業が開始される。

 ここからまた優劣がつき始めると考えると、これもこれで面倒である。しかし、教師の退屈な身重話を聞くよりもよっぽどいいだろう。

 今日は何故か帰りが早いらしく、十時前には学校が終わった。

 嬉しいかぎりである。

 が、タイミングが悪いことに

「賀茂!ちょっといいか」

 担任だ。

「なんでしょう?」

 事務的な笑顔で利口を演じる。

「そこのダンボール捨ててきてくれないか?」

 黒板前に積み上げられた六枚のダンボールを指さして笑顔で言う。

 その笑顔にはなんの意味があるのだろうか?

 呼ばれた手前仕方ない。

「……わかりました」

「悪いな」

 しかしまあ。この枚数を一人で運ぶには少々手間がかかる。

「私、手伝います!」

 後ろ側から知っている声がした。

 知っているけど名前が出てこない。

「本当か!頼むぞ土御門」

 担任は申し訳なさそうな顔をした。

 ……その顔なら俺に向けるべきじゃないのか?

「じゃあ早く行こう!賀茂くん」

 悪夢。と言うのは違うかもしれないが、できるだけ関わりたくなかった。

「……」

 仕方がないので一緒に行くことにした。

 反対の棟の非常階段の下に雑紙類を捨てる場所がある。教室に帰ってくるのも面倒なのでそのまま帰れるように鞄を背負う。

「私もそのまま帰ろ」

「お前部活入ってないのか?」

「あ、やっと話してくれた!」

 しまった。

 迂闊だったな。

「あの日から話してくれないんだもん」

「……」

「私何かしたかなあって心配したんだけど」

「……」

「何もなかったんだね?」

「……」

「ねえ聞いてる?」

「いや全く」

「ちゃんと聞いてよ!」

 ちょうど中庭に出たところで、風が通り過ぎた。

 この際、はっきりと言ってやろう。

「今後一切俺に関わるな」

「え?」

 隣を歩いていた土御門が立ち止まる。

「それがお互いのためだ」

 そう、お互いのため。この前のあの物言いも。

 俺は振り返って土御門と向き合う。

「私は迷惑だと思ってないけど……」

「俺には迷惑かもな」

「……」

「それだけじゃない。俺に関わらない方がいい。この高校生活を白けた目で見る俺といたって楽しくないだろうしな」

「そんなことないよ!!」

「じゃあ、何が目的なんだ?」

 ファーストコンタクトは儀式の目撃だったが、かといってあのときのことは無かったことになったはずだ。だがしかし、今日のゴミ捨てにおいては向こうから接触を図ってきた。

 俺は人が信じられない。もう胸の最奥に押し込めたあの日から。全てを他所と位置付け、全てに疑ってかかり、なんの変化もない平穏を求めた。誰一人として心から許すことなどなく、例外なく誰もが"他人"であり、世の中に合理性を求めた。

 意地汚い、人間の、本性と、本能と、思惑と、私悪とを恨み嫉み僻み憎んだ。

 優しさに隠れた性を表すまで、決して信用などしない。

 信用しないんだ。

「……私ね」

 土御門がその沈黙を破った。

「こんな破天荒な性格だからさ。今まで友達と呼べる人がいなかったんだよね」

 俯きがちに話し始める。

 向こう側が部活で騒がしい。

「私自身、人との付き合いが苦手だし、でもなんとなく、細くてもいいから繋がりだけは保っておいた方がいい気がしてて。そんなことしてたらあっという間に高校に入ってた。中学のとき、私はたまに話す人みたいな立ち位置だったけど、卒業してからは誰とも一切関わりがなくなって。誰とも友達と言えそうにないような関係になっちゃった。でもね」

 顔は依然として見えない。

「高校に入って、自分と似た人を見つけた」

 似た人。

「人付き合いが苦手なのは他にもいるかもしれないけど、賀茂くんはそんなものじゃない。敢えて言うなら深淵かな?見えるようで見えない。でもその深淵を覗けばそこに写ってるは私」

「……そうか」

「だから私は話しかけた。ある種の必然性を感じたんだよ。私はこの世界が巡り合わせで出来てるって思ってる。全部不思議な縁なんだって」

「……わかった。好きにしろ」

「ホント!?」

 中庭の張り詰めた空気が一気に解けた。

「はぁぁぁぁあっ!!緊張したぁ!」

 土御門がへなへなとその場に座り込む。

「だが、俺はお前を信用したわけじゃない。心を許したわけでもない。友達になったわけでもない。俺は人間不信だ。人間不信で人間嫌いだ。お前が俺との関係をどうするかなんてのは俺の関するところじゃないが、これだけは言っておこう」

 少しの間を空けて俺は続ける。

「俺はお前を知らないし、お前も俺を知らない。互いに互いを知らないんだ」

「大丈夫!これから知ってくから。これから知ってもらうから。だからよろしくね!」

 ……最後の脅しを一掃されてしまった。

「まあ、とりあえずゴミ捨てるか」

もう次も書き終わってます。

来週くらいに出します。

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