ブラックアウト・マジックダウト 1
⚠︎長いので注意⚠︎
彁蠢〈せいしゅん〉
実態がなく、愚かしいこと。
1
自己紹介というのはいつになっても慣れないものだし、たぶん慣れることもない。慣れようとも思わない。
まあ、自身のことを紹介したところで、だ。この先墓場までの付き合いというのはおそらく片手で事足りるほどの人数しかいないだろう。いや、いないこともある。だからシンプルに、簡潔に。
「俺の名前は賀茂実規斗だ。よろしく」
そう言って席に着く。
誰も何も気にするそぶりもなく次へと進む自己紹介。
クラスメイトの名前を覚えるわけがなく、真ん中列のやや後ろという空気の籠もった場所で、ただ黙々と自己紹介のお経を聞いていた。
こんなことする必要ないだろう。どうせ来年には半数以上をその存在すら海馬から消失してしまうわけだから、会話が、共和が、至極退屈。
もうすっかり新学期だ。しかも二年。去年は何もなかったし、今年も何もないことを祈ろう。
知らぬ間に休み時間になった。
さっきの自己紹介で同志を発見したという輩がぞろぞろと動き出し、いくつかのグループが形成されている。
もちろん、俺はそんな集団に混じることなく、一人の時間を悠々自適に過ごすことにした。
「お前、相変わらずだなぁ」
ニヤニヤとした不敵な笑みで後ろから話しかけてくるのは来栖鎬。いわゆる親友的なポジションの人物だ。一緒にいれば、少なくとも責任感の強い迷惑なクラスメイトや担任から心配されることはない。
こいつだけは俺にずけずけとものを言い、唯一玄関まで入り込んでくる。調子のいいやつとでも言っておこう。とにかく騒がしい。昨年もクラスの中心であった、俗に言う陽キャで、粗雑さと優しさが彼を人気たらしめる要因だ。
「何の用だ」
「楽しみだな」
「なんかあるのか?」
「え?お前もしかしてまた話聞いてなかったのかよ」
「眠かった」
「明日は文化祭の話し合いらしいぜ」
「そんな早かったか?」
「六月にあるからな」
そういえばこのぐらいの時期からもう話が出ていたような気がする。
「俺、お化け屋敷やりてんだよ」
「幽霊なんていないがな」
「ロマンねえなぁ」
来栖は俺と正反対と言ってもいいような性格をしている。社交的、温情的、ロマンチスト。
正反対だからこそ反りが合うのかもしれないが、いずれにせよ俺とクラスの仲介点として今年も利用させてもらう。
今日は初手のオリエンテーションということもあり、授業はなく自己紹介と配布物、クラス委員の決定で終わった。別段面白くもなく、担任のつまらない熱血論と一部の熱帯低気圧集団による上昇気流的勢いですぐに決まってしまった。
担任も担任だった。
担任自身の自己紹介で、実にありがたいことに彼の性格を全て曝け出してくれた。
「君たち一人一人は可能性の塊だ。みんな違ってみんないいんだ。価値の無い人間なんていない!」
そう唾を飛ばしながら熱弁する彼の話は荒唐無稽とでも言うべきであろう。大事な個性?対峙の根底の間違いだろう。みんな違ってみんなイヤ。大きく見開いたその目が性格のめんどくささを語る。真面目に聞く生徒も、いつまで保つだろうか?賞味期限付きの熱に侵されるのは単なる風邪と相違ない。
何はともあれ、決まってしまった領域で一年間虚心を頑張って気張るしかない。
高校を就職への通過点と冷めたようにしか見ていない俺にとって、クラスの親交や学校行事は正直どうでもよくて、かといって直向きに勉強しているわけでもないが、自分のペースでやらせてもらっている。
別に自分自身が感情がない人間なわけではない。ただ少人数で端に固まって穏和に過ごしていたいだけだ。何よりも、人付き合い自体が得意ではない。
それも合間ってなのか、はたまた俺自身の性格が大分捻くれているのか、思春期高校生のような甘酸っぱい青春をしたいとは一切思わない。むしろそんなものは邪魔なものだとさえ思っている。
正直言えば友情ですら必要なのかとさえ思ってはいるが、一応保険として少数の友人とのコミュニティを作ってはいる。康寧という言葉があるが、今の自分に相応しいのではないだろうか。
適度に孤立し、適度に関わり、適度に拒絶し、適度に受け入れる。
それが、どうせあと一年も関わりのない、顔すら忘れてしまう人との付き合い方。俺も忘れてもらう。こうやって世の中は循環しているのかもしれない。
次の日、例の文化祭の話し合いが始まった。
「みんなで最高の思い出を作ろう!」
とかなんとか担任が吐かした後、俺は相も変わらずすかした態度で黒板を眺める。
文化祭か。
正直そこまで楽しみではない。
何が楽しくて放課後残ってまで準備をしなければならないのだろう。何が楽しくてたかだか二日のために時間を費やすのだろう。
二ヶ月の準備が「思い出」という脳内物質ではあまりにもリターンがなさすぎる。どうせ迎えるのは華やかに散る悲しい結末。
「じゃあ、何やりたいかを話し合ってください」
文化祭委員に任命されたであろう四人が黒板の前にいる。
一番張り切っている彼女(髪が青みがかっているから青木と命名)は声からして中心的存在を醸し出している。
「俺お化け屋敷がいい」
「迷路は?」
「メイドカフェ」
「それ食べ物って検査必要だよね」
飛び交うのは、実現可能性を無視した無責任な願望の数々だ。彼らはそれを「自由な意見」と呼ぶのだろうが、俺の目には、単なる自己顕示欲の叩き売り。
あっという間に教室は戦場と化した。
周りを見れば、スマホで調べたりグループを形成して独自の世界に没入したり。
教師を見れば、それを見てただニコニコと気味の悪い笑みを浮かべている。
今日も空は雲ひとつない青で綺麗だ。
時折り上がる悲鳴にも近い女子の笑い声。最早、鳥の鳴き声にも聞こえてくる。彼女たちにとってもこの文化祭はある意味戦場なのだろう。それは昨年のリベンジマッチだろうか?そして、そのための時限的なコミュニティはまさに砂の城。
やはり仲良しごっこなんて疲れるだけだ。好かれるために浮かべる笑顔も、文化祭後に壊れる友情も、全てが疲れる。
俺は前の住人が残していった机に彫られた文字をペン先でなぞっていた。
「お前はなんかやりたいことないのか?」
後ろから来栖が話しかけてくる。
「話しかける相手を間違っているぞ」
「俺も実を言うとこのペースについていけてねえんだ」
こいつがそんなことを言うとは。
「だからお前に話しかけてるんだ」
「お前は昨日やりたいことを言ってたじゃないか」
「まあ、確かにそうなんだが…」
来栖は周りを見渡して言う。
「なんかみんな同じ感じで、なんとなくみんなと違う方がいいと思ってさ」
「何に決まろうがお前は全力でやるだろう?」
「いやまあそうなんだけど…」
来栖が言葉を濁す。
「で、お前はなにやりたいんだ?」
無理に方向転換をしてきた。
「なんでもいい」
「そりゃないだろ」
「いや本当になんでもいい」
「メイドカフェとかもか?」
「じゃあお化け屋敷」
「お。やっぱお前もか!」
彼にはあっち側の才能がある。嘘の熱狂を、本物の思い出だと自分に信じ込ませる才能。やはりこいつもなんだな。
「そこまでにしてください!」
前で青木が声を張る。
「では案が出たと思うので、前に書きに来てください」
十数人ぐらいがぞろぞろと前に出ていき、おそらく話し合った結果であろう案がいくつか書かれる。嬉々として黒板に書き殴る青木。その横顔は義務感とクラスをまとめていると自負して、陶酔しているように見える呆れるバカ顔。
「ではこの中から予備案も込みで三つ選ぼうと思います」
お化け屋敷、メイドカフェ、再現アトラクション、ジェットコースターなど、どれも幻想を語るスバラシイ案ばかり。全てが叶わない夢で、くだらない。
議論も煮詰まり、案も決まったらしいが、ほとんど聞いていないので知らない。
こうして一週間が過ぎようとしていた。春季課題テストなるものも無事にパスをして、また授業が始まる。来栖は結果が散々だと泣きついてきたが、知ったことじゃない。
きたる退屈に備えて最低限の予習をするのが最低限の礼儀。そんなわけで教材を鞄に詰めて学校を出る。部活に所属しているわけでもないからまっすぐ帰る。
自転車通学のいいところは誰かと一緒になる確率が限りなく低いこと。誰も声をかけないからだ。金が無駄にならないのもあるが、やはり誰かと帰るという面倒極まりないイベントの回避が大きなところではないだろうか。駅へ向かう人たちを横目に自転車を走らせ、近くの公園に差し掛かった頃、鞄がやけに軽いことに気づいた。
上着を教室に忘れた。
正確には脱いで椅子に掛けたままだ。
仕方ない。予定外だが、引き返すとしよう。春先とはいえど、まだ寒さが残る。朝なんかは特に冷えるから日中がどれだけ暖かろうが、明日のためには上着は必要なのである。
来た道を面倒ながらも引き返す。上着一枚のために、往復二十分の労力とカロリーを消費する。これほど生産性のない時間があるだろうか。実に無駄だ。
校門前は早くも閑散としていて、いるのは部活で外周をする人たちのみ。自転車を昇降口前に停めて、上履きへと履き替える。西日が窓から差し込み、春先にかけたであろう新しいワックスに反射して眩しい。廊下は昼の喧騒とは打って変わって物音一つしない。運動部の掛け声も、この廊下では虫の羽音と同じである。いつもがこのくらい静かであれば、どれほど穏やかに過ごすことができるのだろうか?
埃が地味に被った中央階段を静かに上り、自身の教室がある三階へと足を運ぶ。土日明けもまた、ここを憂鬱に上るんだろう。
誰も俺の席を使わないだろうし、今日は掃除もなかったからおそらく上着はそのままだ。
通路を右に曲がり、眩しさに目を細めながら向かう。日がより深く沈み、西日が暴力的に刺してくる。帰る頃にはもうすっかり真っ暗だろう。やはり面倒だな。
誰もいないだろうと思い、教室の前扉に手をかけたそのとき、ドアにつくガラスから
それが見えた。
できれば目撃したくなかった。
関われば確実に面倒ごとになると「直感が言う」。
これは上着を諦めようか?
明日、多少寒くてもいい。別の上着を用意してもいい。とにかく、今すぐにここを離れなければいけない。俺の願いはただ一つ。平穏だ。それを脅かそうものならば、その脅威から逃げる。文化祭準備が本格的に始まる前から騒がしくしたくない。
足早に下がろうとしたとき、邪魔が入った。
そいつは中央階段からひょっこりと出てきた。
「おお、賀茂…だったか?」
担任だ。
「どうかした?もう下校したと思っていたが」
「……いえ、忘れ物です」
「そうか。じゃあついでに。窓が全部閉まってるか確認頼む」
「わかりました」
「ありがとうな」
担任はニコリと笑うと、そのまま階段へ戻っていってしまった。
教室のドアへと顔を戻すと、中にいた、奴が、こっちを向いていた。
次回は会話が入るため、多少テンポがよくなるはずです。
文章量が結構多いため、次の投稿がいつになるか不透明です。




