スーパーダーリン王太子⁉ 無理無理無理無理! 外見詐欺の平凡男です。だが、彼女を愛している‼
私の名はジャン=クロード・ジュニア・デュショソワ。
デュショソワ王国の王太子だ。
貴族の令息や令嬢が必ず入学しなくてはならないデュショソワ王都貴族学園に、今年の春、入学した新入生。
王太子であるからして、入学式では新入生代表挨拶を行い、生徒会入りもさせられたが……。
入学後の試験の成績は、中の中。平凡。
だが、学園の教師や生徒たちは「王太子教育が厳しい上に、生徒会の業務も担っていただいているのだから、お忙しすぎて学業までは手が回らないのだろう」と好意的な解釈をしてくる。
いや……、違う。
全く違う。
私は王子としては、平凡の極み。
才能、能力、頭の良さ、記憶力……。特に優秀なものはない。
剣技、体力、立ち居振る舞い……。平均値でしかないのだ。
ただ、自慢ではないのだが、私の顔はとても良い。
自分で、鏡を見ても、うっかり「神か……⁉」と思うくらいにものすごく整っている。
ナルシストではない。
ないと思う。
ないんじゃないかな?
しかし、何の神のいたずらか、私の造形だけは恐ろしいほどに整っているのだ。
金色の長い真っ直ぐな髪は、侍女たちが気合を込めて手入れをしているので、サラサラのキラキラだ。
コバルトブルーの瞳は……、手入れのしようもないが、これは我が国の王族なら誰しもが持つ色だ。私の努力の産物ではない。
顔も……、父と母の遺伝でしかないのだが……。父も母も、絶世の美男美女ではあるのだが……。それでも私と共に並ぶと、その絶世の美男美女の顔も霞む。
美男の顔の条件を列挙してみる。
スッキリした顔立ち。
小顔で輪郭がすっきりしている。
目が大きい。
眉毛が整っている。
鼻が高く、鼻筋が通っている。
肌が規定。
歯が白く、歯並びが良い。
顎がシャープ。
バランスにあった耳の大きさ。
髪型が似合っている。
清潔感がある。
唇がやや薄い。
目元に色っぽいほくろがある。
顔のつくりが黄金比……顔の美しさを表す理想的な比率が「1:1.618」である。
エトセトラ、エトセトラ。
……自慢ではないが、外見だけなら私は全て兼ね備えているのだっ!
しかも背が高く、痩せてはいるが、きちんと筋肉はついている。
姿勢もよい。
婚約者であるロキサーヌ・レティツィア・ドヴェール侯爵令嬢を抱き上げることもできるし、私たちのダンスの様子などを見たものは、皆、夢見心地な目つきとなる。
完璧、なのだ。外見は。
だから、私の中身がいくら平凡でも……、外見の良さに、すべてが引きずられる……。
そして、呼ばれるのだ。
「完璧王子」と……。
更に。
一部のご令嬢や庶民の皆様などからは「物語や演劇に登場する『スーパーダーリン』って、まさにジャン=クロード・ジュニア・デュショソワ王太子殿下のことよねー」なんてまで言われて……。
いや、待ってくれ!
神のいたずらで、外見が完璧だとしても。
私の中身は平凡だ!
単なる平均値! いや、平凡以下かもしれない。
スーパーというのなら、スーパー平凡だ。
『スパダリ』などでは絶対に、ないっ!
容姿端麗で、高学歴・高身長・高収入、性格も素敵、非の打ちどころがないパーフェクトな男性……。
ちっがーう!
容姿端麗は……、あってるとしても。
高学歴は……、まあ、貴族学園を無事卒業すれば。
高身長もあっているが、高収入は……、国の税金ぞ?
私財も無きにしも非ずだが。
概ね、勝手に使えない税だけだ。
性格?
パーフェクト?
無茶言うなっ!
無理無理無理無理っ!
そんな超人に、なりたくもないし、なれもしない!
私は、平凡だっ!
運よく、王の子に生まれ。
運よく、造作が整いすぎていただけのこと。
ただ、それだけ。
中身は平凡無才だっ!
実際に、私の学園内の成績だって。
婚約者のロキサーヌが「殿下はお忙しいでしょうから」と、授業内容をノートにまとめてくれるのをおぼえるのみ!
分かりやすく、尚且つ、必要最低限がまとまっている素晴らしきノート。
ありがとうロキサーヌ!
売り出せば、高額で売れるのでは?
そのくらいに素晴らしきノート!
私は彼女の作成したノートを丸暗記しているだけ!
意味も考えずに丸暗記しているので、試験に出される思考的な問題は、私は減点されてしまうのだが……。
そう、私が阿呆なのだ。
丸暗記はそれなりにできるが、ちょっと問題が異なれば、対応できない無能で阿呆!
ちなみにロキサーヌはすべての科目において、学年一位の成績だ!
王子妃教育を、十歳で終えた天才令嬢!
しかも美人だし、立ち居振る舞いも優雅。令嬢として完璧だっ!
近隣諸外国の言葉だって、すべて話せる!
美術にも宝飾品にも造詣が深い。
歌もピアノも超一流。
王太子妃などにならずとも、楽団員としてやっていくこともできるだろう。
舞台女優、いや、他国に嫁して、その国の王妃になることさせ可能だろう。
性格だってとても素晴らしい!
優しく、気配りがあり、女性としてのしなやかさもあり、決して才を誇らない。
完璧だ。
完璧というのなら、この私ではなくロキサーヌだろう!
と、思うのに……。
褒められるのは、いつもこの私……。
「ロキサーヌ様なんて、ジャン=クロード王太子殿下には相応しくないわ」
などと、野心家のご令嬢や、聖女とか言うわけの分からない女たちから嫌味を言われるロキサーヌ。
逆だろう?
「ジャン=クロード王太子殿下なんて、ロキサーヌ様には相応しくないわ」
これが当然だろう?
だって、私は外見だけの、平凡男。
いや、地位もあるが……、地位に伴う責任を、果たしているのは……私ではなく、ロキサーヌだ……。
外交の場などで、私は何も言わずにただにっこりと微笑んでいるだけだ。
交渉をしたり、会話を弾ませたり……。
それは、すべてロキサーヌが行っているっ!
阿呆な私には、他国の王子や王女が話す流行の話題や各国の情勢などは、まるで分らない。
下手なことを言って、問題となるのが怖いので。
何を問われても、にっこり。
笑って済ませているのだっ!
私が笑った後、「ああ、それはですね……」と、話をまとめ、我が国に有利になるように話を展開させているのはロキサーヌ!
マジ女神!
などと、庶民の言いかたをしてしまうほど、ロキサーヌは素晴らしいっ!
もしも、私の側からロキサーヌがいなくなったら……。
絶対に、私の無能っぷりは露見する。
顔だけ王子。
無能王太子。
絶対にそう言われる。
父王には子どもは私しかいない。
私以外の子を作ってほしい。
母が子を産まないというなら、父には側室でも愛人でも作って、私の代わりに王太子となってくれる者を作成してほしい。
優秀な弟が居れば、即座に王太子の地位を譲る。
優秀な妹であれば、法を改正して、王女が王太子になるようにしてもよい。
頼むよー。
私には国王なんか無理だよー。
継承したくないよー。
私、マジで、顔だけなんだよー。
置物としての価値しかないよー。
冗談交じりに言っても無駄。
真剣に言っても、「殿下はお冗談がお上手ですな!」
なんて、流される。
皆、私が「完璧王子」と誤解をしている……。
う、ううう……。
こうなってしまえばロキサーヌを手放すことはできない。
何としてでもロキサーヌを私の妻にしなければ!
私の未来はないっ!
頼むよ、ロキサーヌっ!
一生私の側にいてくれっ!
と、言うわけで。
私は毎朝、王城の薔薇園に向かう。
毎朝のことだから、庭師もすでに控えている。
「おはよう! 今朝、一番美しい花はどれだ!」
「はっ! こちらの赤い薔薇でございます!」
「わかった。ハサミを貸せっ!」
庭師に頼むことなく、私自らの手で、薔薇の枝を切る。枝の棘も取る。
恐ろしいことに、花言葉というものがあるだけではなく。
本数にも意味があるらしい。
私は側近たちに、花言葉と本数の意味が書いてある書物を常に携帯させている。
暗記できないからな!
その本に書いてあるのは……。
たとえば、赤い薔薇が12本の場合の意味は「私と結婚してください」でプロポーズにぴったりだそうだ。
赤い薔薇の花が3本の場合は「愛しています」で記念日や誕生日に最適だとか。
赤以外でも、ピンクのバラが11本だと「最愛+感謝」で、深い愛情と感謝の気持ちを伝えるらしい。
「よし、今日は赤の薔薇を108本!」
登校時間までは余裕がある。が、本数が本数だ。せっせと切ろう。
私は一心不乱で切りまくる。棘を取り、侍女に用意させた白いレースのリボンで薔薇を束ねる。
「よし! プロポーズだっ!」
王命で婚約は結んではいる。
だが、せっせと愛を告げなければ、どこかの馬の骨にロキサーヌを取られてしまうかもしれない。
恐ろしいことに、昨今は「婚約破棄」だのなんだのと言う演劇が流行りだというからな!
それは、困る! マジ困るっ!
あ、また、平民の言葉使いが……。ま、いいか。
とにかくっ!
王太子の地位を返上できないのであれば、身勝手だが、ロキサーヌを一生手放すことはできないのだっ!
気合いを込めて、私は貴族学園に向かった。
馬車の停車場で降りて、教科書などの荷物は侍女に持たせるが、108本のバラの花束は、私自身で持って歩く。
薔薇と美形の男。
いや、自分で言うのもなんだが、外見だけは優れている私が薔薇の花束なんぞを抱えているものだから。
ご令嬢のみならず、令息たちも夢見心地だ。
校舎の前に立ち、ロキサーヌが登校してくるのを待つ。
待っているのだが……。
「いやーん♡ 殿下と薔薇、似合いますねー♡」
無意味に甲高い声でやってきたのは、桃色の髪をツインテールにした、小柄な令嬢。というか、小娘。
元平民。
最近、教会から聖女とかに認定されたとかで。
ブイブイ言いながら、学園を闊歩している小娘だ。
コイツが無意味に私の側にまとわりつくのだから、私は心の中で「羽虫」と呼んでいる。
羽虫は学園などに来ないで、神殿の奥に居ればいいものを……!
なんだかんだとコイツは私にまとわりついてくる。
「きれーな薔薇ですね~。あたしのために用意してくれたんですよねー」
返事も待たずに、羽虫は薔薇の花束を私から奪い取る。
「あっ!」
何ということだ!
ロキサーヌにプロポーズをしようと思って、用意した薔薇がっ!
余りの出来事に、文句も言えずに呆然とした私。
羽虫は、バラの花束を掲げるようにして持ち、くるくるとその場で回る。
「きゃあ、すてきー。ありがとーございますぅ、殿下ー」
素敵じゃねえっ!
それはお前のものじゃねえっ!
間の悪いことに、今っ!
ロキサーヌが登校してきたっ!
何ということだっ!
「……ジャン=クロード王太子殿下、ごきげんよう」
「ロキサーヌ……」
こんな時でもロキサーヌは淑女としての態度を崩さない。
だが、発した声は……、いつもより、心なしか、元気がない……。
ああ、ロキサーヌ……。
もしも誤解でもして、ロキサーヌの心に傷をつけてしまったら……。
どうしよう。
どうしたらいいのだろう。
ヘタレで、優秀ではない私は、パニックに落ちそうだった。
誤解されて、ロキサーヌから見限られたら。
いったいどうすればいいのだっ!
私の混乱など気にもしないで、羽虫は「ふふん!」とばかりに偉そうに笑う。
「あら~、ロキサーヌさん、おはようございますぅ」
「……おはようございます、聖女様」
「素敵でしょう、このバラの花束。ジャン=クロード様からいただいたのよー」
「…………よろしゅうございましたわね」
あ、あああああああああああっ!
ロキサーヌが!
誤解をするっ!
待ってくれ!
その薔薇は、羽虫などではなく、ロキサーヌに渡してプロポーズをと思っていたのに……。
ショックで棒立ちの私。
何もできない無能な私。
「そー言うことですからぁ、ロキサーヌさん、いい加減に、身を引いてくれませんかぁ? いつまでもジャン=クロード様にしがみついているのはみっともないですよぉ?」
「……婚約は、王命によるものですから。わたくしには何ともできませんわ」
「ふうん。じゃあ、王様に言えばいいのねー」
やめろ!
ロキサーヌがいなくなったら私の人生は終わりだっ!
無能王太子が率いる国なんて、あっという間に勇猛苛烈な他国に支配されて、私など、よければ幽閉、悪ければ断頭台の露と消えるぞ!
「……それでは、わたくしは失礼させていただきますわ」
ロキサーヌが完璧な淑女の礼をして去って行く。
淋し気な、瞳で。
それでも、淑女の微笑みを浮かべたまま。
あ、あああああああああああああああああああっ!
いくら私が無能でもっ!
阿呆で無様でろくでもない顔だけ王太子だとしてもっ!
ロキサーヌに、あんなさみしい瞳をさせるなんてっ!
許せんっ!
羽虫よりも、自分が許せないっ!
「ロキサーヌっ!」
私は走った。
走って、ロキサーヌの足元に跪く。
ロキサーヌの手を取って、叫ぶ。
「私が愛しているのはロキサーヌだけだっ!」
「で、殿下……⁉」
「薔薇の花束は、ロキサーヌに渡そうと、今朝、私がこの手で摘んだのだっ! あの羽虫にいきなり奪われて、茫然としていただけだっ!」
「殿下……」
「私を、見捨てないでくれロキサーヌ!」
形振りなど、構っていられない。
羽虫小娘はキイキイ言っているが、知るかっ!
登校する生徒たちの注目も浴びているが、どうでもいいっ!
「愛しているロキサーヌ! 私と結婚してくれっ! 死ぬまで一生! 私の側にいてくれ! ロキサーヌなしの人生は考えられないのだっ!」
見も蓋もなく叫んだ。
顔だけ王子ではあるが、顔はいいのだ。
攻め時は、今っ!
置物にしかならない外見だけの私でも、人外魔境に顔はいいのだっ!
ならば、この顔を利用してでも、ロキサーヌを逃がさないっ!
「ロキサーヌの愛を得られるのであれば、私はどんなことだってするっ! 毎朝花を贈り、毎晩愛を語ろう! 私の人生は君なしでは成り立たないっ! どうか、私を見捨てないでくれっ!」
瞳に力を込めて、じーっと見つめればさすがの完璧令嬢ロキサーヌも、耳まで真っ赤になっている。
「は、はい……」
「ありがとうロキサーヌ! 愛しているっ!」
ばね人形のように、瞬時に立ち上がって、私はロキサーヌを抱きしめた。
「で、殿下……」
「ロキサーヌ、敬称でなどと他人行儀に呼ばないでくれ。君には名前で呼ばれたい」
「は、はい……、ジャン=クロード様……」
ああ、可愛い。
完璧なる令嬢ロキサーヌが。すごくかわいい。
真っ赤になって、目まで潤ませて。
ロキサーヌがいない人生なんて無理とは常々思っていたが。
「すげー、かわいー……」
思わず本音がこぼれてしまった。
おおっと、王太子的ではない発言。
ま、いいか。
ロキサーヌはかわいい。かわいいは正義。よってロキサーヌは正義だ!
見事な三段論法! はっはっは!
よし、このまま結婚式を挙げちゃおうかな……と思ったのに。
「なんなのよっ! 完璧王子と結ばれるのは聖女たるこのあたしでしょう⁉」
キイキイと、羽虫がうるさい。
「黙れ、羽虫」
視界に入れるのも不快だが、睨みつけてやる。
「は、羽虫ぃ⁉ あ、あたしは聖女なのよ⁉」
「だからなんだ。この私は王太子だ。次代の国王だ。その私が黙れと言っているのだっ!」
じろりと睨む。
自分で言うのもアレだが、美形男子の睨みはそりゃあ恐ろしいだろう。切れ味は、バツグンだ!
「愛するロキサーヌへの薔薇の花束を勝手に奪っただけではなく。侯爵令嬢にして、王太子の婚約者であるロキサーヌに敬称もつけずに勝手に名を呼ぶっ! 最低限の礼儀として『様』でもつければ大目に見てられないこともないのだが『ロキサーヌさん』と呼ぶとは、キサマ、偉そうに! 聖女に選ばれただけの平民ごときがっ!」
「ちょっ! ひどーい!」
「うるせえっ! 今日こそはロキサーヌにプロポーズをして、学園の卒業を待つまでもなく早く結婚をしてくれというつもりだったのにっ! 邪魔をしやがってこの小娘がっ! しかも、ロキサーヌに不敬を働き、その心を傷つけたっ!」
ぎゅっと、ロキサーヌを抱きしめながら、私は羽虫を睨む。
「衛兵っ! その女を牢に入れよっ!」
「あ、あたしは聖女よっ! あたしを牢になんて入れたら教会が黙っていないわっ!」
「ならば、王太子たる私と教会で全面対決でも戦争でも起こしてやる! わが愛するロキサーヌに対する不敬っ! 決して許すものかっ! この身が果てようと、キサマだけは許さないっ!」
……後から思い出して、すごーく恥ずかしくはなったのだが。
この時は、もう、ロキサーヌを逃してたまるかという勢いで……。
勢いで……。
何というか、必死で。
なりふり構わずにいて。
あ、ああああああああああああああ。
恥ずかしい。
だけど。
「……嬉しゅうございました」
ロキサーヌが。
頬を染めて。
俯いて。
照れて。
私の袖などをぎゅっと掴むから。
ロキサーヌのこの顔を見るためだったら。
私の似非イケメン顔、似非スパダリ。
それを駆使してでも。
ロキサーヌに愛を囁き続けようと思うのだ。
終わり。